第70話 合歓綢繆
誾千代、謙信、エリーゼ以外、全員未成年の為、今回未成年の妻達は、裳着を受ける事になった。
「「「裳着♪ 裳着♪ 裳着♪」」」
三つ盛亀甲に花菱の家紋が入った
「私も?」
「10歳でしょう?」
戸惑う朝顔に、年長者・謙信は、微笑む。
朝顔のそれは、十六葉八重表菊ではない。
山城真田家の六文銭に桜花の家紋だ。
「「……」」
千姫は、丸に三つ葉葵。
稲姫は、本多葵の柄だ。
2人共、姿見を見詰め、動けないでいる。
色々と想いが込み上げているのだろう。
誾千代は、楠、小太郎を見ていた。
「楠ちゃん、似合ってるわよ。丸に十文字。小太郎ちゃんも」
「……有難う」
「有難う御座います」
楠は、何度も丸に十文字の部分を見る。
正式な島津氏ではなく、継承権も無いが、彼女は島津氏の自己同一性があるのだ。
一方、小太郎は、山城真田家だ。
奴隷である彼女に裳着を祝う権利も義務も無いのだが、普段から妹の様に可愛がっている誾千代の配慮で、今回は特別に参加している。
別室では、その他の人々が待機していた。
「あぷとは、もぎしないの?」
「華様、私は部外者ですから」
一応、アイヌにも『アイシロシ』という家紋がある。
只、アプトの場合は、アイヌの中でも家紋をそれ程重要視しない少数部族であった為、成人式の概念が無い。
信松尼が優しく告げる。
「華様も最短で5年後ですね」
「うん!」
「日本人は、不思議ね。家柄によって紋章があるなんて」
家紋は、日本独自の紋章だ。
海外では、貴族以上の高貴な家柄にはあるが、庶民には無い。
その為、エリーゼには
「大河のは?」
「あるよ。向こうで朝顔と小太郎が着ている筈だ」
「ふーん。私も作れる?」
「個人のは難しいだろう。もう既存の家紋があるから」
「私が、
ずーん、とエリーゼは、残念がる。
「運が悪かったな」
エリーゼの頬を撫でつつ、大河は、ちらっと望月を見る。
「望月、君は、大谷氏だったのか?」
丸に鷹の羽紋の裳を着、その腰紐を結び、髪上げし、お歯黒を付け、眉を剃り、厚化粧をして
その家紋は、大谷吉継が、刑部少輪になってから使用していた向かい蝶の後に採用していた物だ。
「いえ、違うと思います。家のを持って来ただけなので」
「……」
大谷吉継は、天正13(1585)年に鷹の羽から向かい蝶に変更した(*1)。
その後の詳細な記録は分からないが、関ヶ原合戦の際には、この鷹の羽を使って戦っている。
最期の戦いで変えた理由は不明だが、鷹の羽は、「勇敢」の意味が込められているという。
天下分け目に際して、彼の戦いに対する想いが伺えるだろう。
(……若しかしたら、彼女がこの異世界での大谷吉継なのか?)
万和元(1576)年現在、大谷吉継の消息不明だ。
生年から察するに12歳(1565年説)、又は、18歳(1559年説)が、今年の年齢になる。
史実で表舞台に出てくるのは、来年、万和2(1577)年からの事。
若し、彼女が大谷吉継なら年代的にも時機的にも合う可能性が高い。
今迄登場してきた人物は、女性説のあった謙信を除き、皆、史実通りだ。
大谷吉継に女性説は、聞いた事が無い。
(これも時間の逆説?)
望月は、大河の前に座った。
「似合いますか?」
何時ものは違う装いなので、望月も自然と積極的になれる。
「似合うと言うか、可愛いよ」
「え?」
「いやぁ、好みだな」
まじまじと見られ、望月は赤くなっていく。
折角の厚化粧も、これでは台無しだ。
「又、発情して」
「いたたたた……」
エリーゼが、耳を引っ張って制止する。
「(誾が、私だけをここに配置したのは、この為だったのね)」
「? 何の話だ?」
「煩い。万年発情野郎」
不機嫌になったエリーゼは、大河を抱き寄せ、
「もう絶対、妻以外、見ちゃ駄目よ? 貴方は、
「そりゃあ、有難う」
腕を締め付けられる。
玄人の彼女だ。
本気を出せば、大河の腕は骨折し、最悪、終生使い物にならなくなる。
「大丈夫。例え、達磨になっても私が、介護してあげるから」
「そりゃどうも」
ヤンデレな彼女は、大河が四肢を欠損しても、宣言通り、愛するだろう。
怖いのが、抵抗出来なくなった彼を監禁する可能性がある事だ。
(そろそろ反撃しますかね)
意を決した大河は、
「なぁ、エリーゼ」
「何?」
「好きだよ」
「!」
ぼっと、エリーゼは、赤くなる。
と、同時に力が和らぐ。
その瞬間を大河は、見逃さない。
「よっと」
簡単に抜け出し、逆に馬乗りになる。
「あら、誘っているの?」
「さぁな? でも、君程の美人に反応しない男は、この世には、居ないと思うよ」
「分かってるじゃない?」
余りの熱々振りにアプトは、目を逸らす。
逆に信松尼は、興味津々で見詰める。
「だーめ」
怒った顔で、華姫が割って入った。
「ちちうえ、はなのしたのばしすぎ!」
養女からきつい御叱りだ。
「は、はい」
その圧に大河は、直ぐに正座した。
「だめだよ。ぬけがけをゆるしちゃ。けんかになる」
御尤もだ。
眼鏡をかけたS系学級委員長を連想しつつ、大河は、黙って聞く。
「ちちうえは、じょせいにだらしない。あまい。やさしすぎ」
「……」
正論に大河は、どんどん小さくなる。
威厳のある父―――ではなく、子供に
雅楽が鳴る中、元服式が始まる。
・三姉妹
・千姫
・朝顔
・楠
・小太郎
・望月
・稲姫
の9人は、整然と並んでいた。
相対するのは、
・市
・謙信
・誾千代
本当は濃姫も来たかった様だが、天下人の妻が来るのは、流石に警備費用が
その為、市は濃姫の分まで、報告する義務がある。
市の後ろには、旧浅井氏家臣団が同窓会の様に集まっていた。
他家に転職した者、低位まで
もっと参加希望者が居た様だが、徳勝寺のキャパシティーから、入場制限により、その程度しか居ない。
寺の周りには、三つ盛亀甲に花菱の家紋を掲げた数百人の人々が居る。
彼等は、入場出来ないが、旧家のアイドルの晴れ舞台という事もあって、「会場だけの雰囲気だけでも」との想いから集まっているのだ。
当然、彼等を監視する織田兵も居る。
非武装とはいえ、浅井氏の復興を目論む者も中には、居るかもしれない。
平和な治世になっても尚、悪く言えば疑心暗鬼。
良く言えば石橋を叩いて渡る信長だ。
近江守・光秀が挨拶する。
「皆様、初めまして。
明智近江守光秀です。
新時代を担う皆様方が、心身共に健やかに成長され、立派な成人になられました。
皆様に、心からお慶び申し上げます。
皆様が元服式を迎えられるにあたり、温かく見守り、育んでこられました御家族の皆様、地域の皆様等に、皆様と一緒に感謝を申し上げたいと存じます。
元服式という一生に一度だけの機会に、感謝の言葉を申し上げて下さい。
この感謝の言葉は皆様を育んで頂いた方にとって、何よりの喜びになります。
来賓各位におかれましては、公私とも何かと御多用の所、御臨席を賜り、感謝申し上げます。
又、本日の式を、思いを込め一生懸命準備をしてこられた徳勝寺の皆様に感謝申し上げます。
有難う御座います。
皆様は、元服と同時に、重要な権利と義務を与えられます。
今年は、貴国・山城国にて国政選挙が予定されています。
棄権する事無く、投票をして下さい。
皆様が、自分自身の人生を、数多くの事に挑戦され、悔いの無い充実した人生を切り拓く事を念願し祝辞と致します。
御清聴有難う御座いました」
近江国は現在、織田家のお膝元になっている。
その為、織田家の家臣・光秀主導の下で行事が進んでいくのは、当然の事だ。
当然、旧浅井氏家臣団には、複雑な想いだが、これが現実―――勝者と敗北者の差である。
招待されただけでも有難いと思え、という織田家の視線を一身に浴びつつ、三姉妹を見詰めている。
次に代表者・茶々の挨拶だ。
「本日は私達が成人を迎えるにあたり、この様な盛大な式を挙行して頂き、有難う御座います。
私達の門出にあたり、近江守・明智光秀様を始め、御来賓の皆様方から心温まる激励の言葉や記念品を頂き、感謝の気持ちで一杯です。
これから私達は大人の仲間入りです。
子供で我儘を言っていた自分とは、もう左様ならです。
私は親孝行をした自信が無く、何時も迷惑をかけっ放しでした。
ですが、この機会が好機だと思っています。
立派に育ててくれて有難うと胸をはれる大人になりたいと思います。
気持ちが伝わるかどうか分かりませんが、母上に伝わった時が、私の初めての親孝行だと思います。
本日の式を契機とし、新たな一歩を踏み出す私達ですが、先程も申し上げた通り、まだまだ子供です。
これから色んな場面にぶつかる事もあると思いますが、暖かく見守り、又、手を差し伸べて頂けたら嬉しいです。
これから立派な大人に私達はなります。
以上、元服式にあたり、御臨席を賜りました全ての皆様に御礼を申し上げ、新成人を代表しての挨拶とさせて頂きます。
本日は、有難う御座いました。
万和元年7月15日、新成人代表・浅井茶々」
織田ではなく、「浅井」と名乗るのは、織田氏への明確な挑発行為だ。
旧浅井氏家臣団は、ニヤリと嗤い、織田家は不快な表情を浮かべた。
茶々の両家に対する心情の差異が見て取れる。
式は、
その日の晩は、長浜城下の高級旅館が、一行の宿泊先だ。
徳勝寺からは、琵琶湖側の方へ約1km。
琵琶湖を目の前にした旅館は、近江大津宮の時代、当時の帝が足繫く通った、とされる所謂、「宮内庁御用達」の高級旅館だ。
朝顔が元帝だけあって、非常に丁寧に接客される。
「陛下御一行様、こちらへ」
通されたのは、『玉の間』。
『帝の間』に次ぐ高位な部屋だ。
御代は、現代換算で1泊100万円する所が今回に限り、無料。
元服式の祝いが、理由である。
お歯黒を落とし、何時もの姿になった女性陣は、大河を囲んでいる。
「今日は、御参加頂き有難う御座いました」
代表者の茶々が、深々と御辞儀した。
「御礼は、良いよ。殆ど出番無かったし」
主演は、未成年女性達。
この時代の感覚で言えば、既に元服している大河は、只の傍観者だった。
「今後も末永く宜しく御願いします」
「分かってるよ―――ごふ」
お江が、悪質なタックルを見舞わす。
腹部に突撃し、そのまま大河の体を捩じった。
素人だったら、骨が折れ、臓器が傷付く悪質性の高い凶悪なタックルだ。
「お……江?」
「エリーゼのお義母様に習った」
「……」
犯人に抗議の視線を向けると、
「♪」
分かり易く口笛を吹いて目を逸らす。
とんだ新妻だ。
「今日の御礼」
そう言って、大河の頬に接吻する。
何故、家庭内暴力から飴なのか。
幼妻と悪妻の極悪同盟は、中ソ友好同盟相互援助条約並の危険性を孕む。
「ちちうえをいじめるなぁ~」
どたどたと華姫が走っていき、お江に掴みかかる。
御互い手加減している為、口調とは裏腹に本気の喧嘩ではない。
手刀を繰り出し、壮絶(?)な乱打戦が繰り広げられる。
歳が近い幼妻と養女は、毎回こうしてじゃれ合っているのだが、大河としては、何かの間違いでマジ喧嘩になってもらっては困る。
「はいはい。続きは、
2人を引き剥がし、腕力で襟首を掴み上げ、両脇に置く。
途端、2人は猫撫で声で甘える。
「兄者、力持ち♡」
「ちちうえ、格好良い♡」
鎌倉時代から江戸時代にかけて、日本では肉食が禁忌とされた為、動物性蛋白質が不足し、日本人は低身長化した。
その証拠に古墳時代、日本人男性の平均身長は、163cmもあったのに、平安時代末期には、157cm。
その後もどんどん下がり続け、江戸時代には155cm。
その後、肉食が解禁され、現代は、170cmと歴代最高だ(*2)。
男性より小柄な彼女達を、丸太の様に束ねて抱える事等、元自衛官の大河には、赤子の手を捻る様な物であった。
「さぁ、イチャイチャするのは、それ位にして、宴会よ。酒を持て~!」
刺身や白米、牛肉等が運ばれ、「打ち上げ」が始まった。
[参考文献・出典]
*1:『古今武家盛衰記』
*2:https://news.livedoor.com/article/detail/15345961/
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます