兵馬倥偬

第68話 墨子兼愛

 台風は、全国で1万人超の死者数を出した。

 信長は、呻く。

「うむぅ……」

 内乱を削ぐ為、参勤交代を義務付けた結果、諸大名の財政は何処も逼迫ひっぱくしていた時にこの災害だ。

 破産する大名が出て来ても可笑しくは無い。

 そうなった場合、自暴自棄になった大名が改易覚悟で蜂起する可能性も考えられる。

 信長としても援助したい所だが、お膝元の近江国でも被害は甚大だ。

 大雨と強風で荒れ狂った琵琶湖が高潮となり、港町を襲い、数千件の家々が全半壊。

 人的被害も数百人と計り知れない。

「信長様、ここは一つ、山城を利用しては如何でしょう?」

「猿、妙案があるのか?」

「は。山城国の死者は100人でしたが、その全てが避難命令を無視した無法者でした。事実上、0人と言えます。又、鴨川の堤も働き、あの鴨川が氾濫しました。山城の技術と知識は使える証拠です。これらを全土に広めなければ何度も同じ轍を踏む事は、自明の理です」

「……そうだな」

 ゴゴゴゴゴゴゴ……

「? 何の音だ? 地震か?」

 安土城全体が、揺れ始める。

 蘭丸が叫んだ。

「殿! 地滑りでは?」

「何だと!」

 判った瞬間、城全体が安土山の山崩れと共に崩落していく……


 丑の刻。

 突如、寝室の障子が開く。

「司令官! 夜分、御休み中失礼します!」

「全くだよ」

 両脇に誾千代と謙信を抱いたまま、大河が起き上がる。

 当然、夜伽の真っ最中だった為、望月以外、全員、全裸だ。

「安土城が山崩れにて崩落! 死者多数!」

「!」

 一瞬にして大河の睡魔は、吹き飛んだ。

「織田家は?」

「現在、消息不明! 捜索中です! 又、これに乗じて、各地の諸大名が、不穏な動きを見せています!」

 災害復興の次にこれだ。

「それって本当なの?」

「誤報じゃないよね?」

 妻達も不安顔だ。

 失念していた大河は、後悔する。

(内ヶ島氏ルートはこっちだったか)

 天正地震(1586年)の際、帰雲山(岐阜県大野郡白川村 1622m)西側山腹が山体崩壊。

 帰雲城及び300〜400戸あったとされる城下町が崩落した土砂により完全に埋没し、内ヶ島氏一族郎党を含む、領民の殆どが壊滅、死亡した。

 史書により異なるが、偶々たまたま他国に出ていて難を逃れた数人の領民を除いて、ことごとく死亡したとある(*1)。

 知ってはいたが、10年後且つ織田氏は、無関係と勝手に楽観視していたのだ。

 恐らく近江国は、混乱状態にあるだろう。

「誾、一緒に来るか?」

「良いの?」

「ああ。待ってばかりじゃ辛いだろう?」

 初めての誘いに誾千代は、嬉しくなる。

 久し振りに姫武将として頼られている証拠だ。

「うん!」

「私は?」

 指名されなかった謙信は、唇を尖らせる。

「済まんな。三姉妹が狙われる可能性がある為、見てて欲しいんだよ。何なら、軍を動員しても良い」

「分かったわ」

 越後国に連れて行ってくれた事もあり、今回の留守番を謙信は、快諾する。

 村井貞勝隊が居る為、謙信がわざわざ残る必要性は無いかとも思うが、彼と彼女を比べたら、軍神の方が良い。

「じゃあ、着替えてくれ。直ぐに出るから」

「分かった!」

「望月、君も来い」

「へ?」

 突如の指名に望月は、反応出来ない。

 今迄こんな事無かったから。

「真田軍を指揮するんだ。行くのは、当たり前だろう?」

「!」

 期待されている、と望月は、感じた。

「主」

 既に小太郎は、特殊部隊仕様の、

・目出し帽

・防弾ベスト

・鎖帷子

・面貌

 等を着用していた。

「どうぞ、お着替え下さい」

 軍服を差し出される。

「自分で着替えれるよ」

 奪い取ると、大河は、20秒程で着替え終わる。

 そして、M16を背負う。

 その格好良い様に、女性陣は、

「「「……」」」

 見惚れるのであった。


 安土城では、銃撃戦と斬り合いが行われていた。

「……是非に及ばず、か」

 呟く信長の前にはためくの桔梗の家紋―――ではなく、抱き牡丹。

 荒木村重のそれだ。

(上様、申し訳御座いません。もう耐えられなくなったのです)

 3千人もの歩兵を戦わせた村重は、本陣にて、考えていた。

 織田氏の裏切り者と言えば、現代では、明智光秀の心象イメージが強いが、荒木村重も又、立派な裏切者である。

 彼の謀反の理由は、諸説があって今でも定かではない。

 只、信長は村重を重用していた為、その反逆に驚愕し、翻意を促したと言われている(*2)(*3)。

 唱えられている諸説は、以下の通り。

 ―――

『・足利義昭、石山本願寺黒幕説

 足利義昭や石山本願寺とも親しかった為、両者の要請を受けて信長に反逆した。

 村重が支配していた摂津は当時、中国方面に進出していた秀吉と播磨、丹波方面に進出していた光秀等にとって重要な地点であり、村重が反逆した場合、両者は孤立する事になる為、2者の意向を受けての謀反(幕府奉公衆の小林家孝が有岡城に入城して連絡係を務めていた)。

 ・中川清秀原因説

 村重の家臣・中川清秀が密かに石山本願寺に兵糧を横流ししていた為、それが信長に発覚した場合の処罰を恐れての謀反。

 ・人間関係説

 信長の側近・長谷川秀一の傲慢に耐えかねたという説(*4)。

 同書では秀一が村重に対して小便をひっかけたとしている。

 これは竹中重治と同じ逸話であり信頼性は乏しいが、信長の側近衆と何らかの対立があったとみる説がある。

 ・怨恨説

 天正元(1573)年、村重は信長を近江国の瀬田で出迎えたが、この時に信長が刀の先に突き刺して差し出した餅を咥えさせられるという恥辱を味わさせられた(*5)。

 ・黒田孝高(当時は小寺孝隆)と相談の謀略説。

 信長暗殺の為(後に成功した本能寺の様に)、手勢が手薄な所へ誘き出し夜襲する計画であったという。

 その為、信長の遺産を継いで天下人となった秀吉、家康等からは厚遇される事になったとされる説。

 実際、信長は孝高を村重方に寝返ったと決めつけ、人質としていた孝高の子・松寿丸(後の黒田長政)の処刑を秀吉に命じている。

 ・将来に希望が持てなくなった説

 石山合戦では先鋒を務め、播磨国衆との繋がりもあったが、本願寺攻めの指揮官が佐久間信盛になり、播磨方面軍も秀吉が司令官に就任した事から活躍の場がなくなったからといわれる。

・野心説

 摂津国(現・其々、兵庫県、大阪府の一部)内では信長勢力の進出迄国衆や寺内町・郷村等が比較的独自の支配体制を築いてきたが、信長はこうした勢力を統制下に置こうとした為に織田政権への反発が強まり、その矛先が村重に向けられつつあった。

 村重は国衆や百姓からの突き上げに追い込まれた結果、却って信長に叛旗を翻して彼等の支持を受けた方が摂津支配を保てると判断したとする説。

 実際、村重の反逆の直後にこれ迄石山本願寺の目の前にありながら石山合戦に中立的であった摂津西部の一向一揆が蜂起し、尼崎城や花隈城の戦いでは寧ろ彼等、百姓主導による抵抗が行われて、信長軍も西宮から須磨の村々を焼き討ちにして兵庫津では僧俗男女の区別なく皆殺しにしたと伝えられている(*6)』(*1)

 ―――

 信長隊は、反乱軍とは違い、鎧兜は着ていない。

 その為、濃姫やお市、女中も総動員し、迎撃していた。

 蘭丸等、後に本能寺の変で活躍する者達も奮戦する。

「村重、許すまじ!」

 万歳突撃の様に雄叫びを挙げながら、歩兵に突っ込んでいく。

 信長も自ら槍を持って秀吉や勝家、利家等と共に戦っている。

 然し、多勢に無勢。

 信長隊は、徐々に数を減らしていく。

 頼みの綱の兵達も向かっている最中なのだが、如何せん、土砂崩れの影響で、到着が遅れているのだ。

 まさに義弟に裏切られ、最大の危機であった金ヶ崎の退き口以来の事だ。

 一部の家臣は敗色濃厚を悟り、自刃をも厭わない。

 元々、城が崩れた事により、沢山の死傷者を出していた信長隊も、それ程、多くは無い。

 あっという間に数百人居た自軍は、数十人に迄討ち取られ、或いは、自刃していた。

 一方、反乱軍は、ほぼ無傷で約3千を保ったままだ。

 反乱軍のみ兵力を維持出来たのは、付近で近隣住民の救出活動を行っていた為、そのまま、安土城に駆け付ける事が出来たのである。

(義弟の次に忠臣か……潔く討ち死にすべきか? いや、ギリギリ迄信忠を待つべきか?)

 色々な事を信長は、検討する。

「貴方となら、地獄でも一緒に」

 濃姫が寄り添う。

 彼女も又、”蝮”の娘故、何時だって死ぬ覚悟は出来ている。

「……」

 お市も正座し、真っ暗な夜空を遠い目で見詰めていた。

 夫・長政の事を想っているのだろう。

 天下人・信長は、風前の灯火であった。

「さぁ、敵は目前にあり! 全軍、突撃!」

 うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

 鬨の声が、夜の安土山に木霊す。

 約3千の野太い声は、獣のそれに聞こえ、鳥達は、羽搏はばたく。

 が、次の瞬間、ドーン!

 村重の本陣が爆散する。

 抱き牡丹は、吹き飛び、村重も爆風によって吹き飛ばされる。

「ぐわ!」

 飛び出していた枝に貫かれた。

 そして、そのまま宙吊りになる。

 砲撃と爆散は、交互に起き、村重隊は、震えた。

「な、何だ?」

「何が起きている?」

 キュルキュル……

 何かが動く音は聞こえるが、その正体は、何も見えない。

「信長様」

「!」

 振り返ると、黒づくめの女性が立っていた。

 慌てて向かい合うも、彼女は目出し帽を脱ぐ。

「落ち着いて下さい。立花誾千代です」

「おう、山城の正室か? 何故、ここに?」

「救出に参りました」

 よく見ると、彼女同様、真っ黒な軍服の兵士達が囲んでいた。

 闇と同化して何人居るか分からない。

「左近、武蔵。さぁ、皆様を案内しろ」

「「は!」」

 島左近、宮本武蔵が顔を出して挨拶する。

「「宜しく御願いします」」

 信長達は、彼等の護衛の下、安全地帯迄避難する事が出来た。

 一方、本隊の大河達はというと、

「ぐえ」

「ったく、良い音鳴らんな」

 1人ずつ、村重隊残党を殺していた。

 首の骨を折られた兵士は、斃れる。

 司馬懿が『狼顧ろうこそう』を出来た様に、彼等は、首を180度後ろに回転させられていた。

「主、もう面倒臭いので、撃ったら如何です?」

「然うだな。飽きたし。望月もな?」

「は!」

 3人は、闇夜に乗じて、村重隊を攪乱させていた。

 敗走状態にある村重隊を挟撃する。

 大河はM16をランボーの様に連射し、小太郎は手榴弾をばら撒く。

 望月は、日本刀で斬る。

 銃殺、爆殺、斬殺と多種多様な死に方を選ぶ事が出来、村重隊は恐怖の余り、逃げ惑うしかない。

 命乞いすれば、捕虜になるが、この様な残虐非道な軍隊が厚遇するとは思えない。

 どんどん、村重隊は減少し、約3千は日の出と共に骸になっていた。


 謀反人・荒木村重は、串刺しのまま聴取され、動機が判明後、火刑に処された。

 動機は、「人間関係」。

『当代記』の説が、この異世界では、採用された様だ。

 大河は信長を織田軍に引き渡すと、さっさと出国する。

 手柄は譲る、とでも言うかの様に。

「……借りが出来たな」

「本当ね」

 命拾いした信長、濃姫の夫婦は、明智光秀の居城・坂本城に居た。

 秀吉等は、荒木村重の残党狩りに出払っている。

「同盟者でも無いのに……暴れ回りよって」

 そう言いつつ、信長は、嬉しそうだ。

「いっその事、信忠の義弟にさせる?」

「妙案だが、奴には、野心が無い。京で永住するだろう。死ぬ迄な」

「……残念」

 織田家の中では、親真田派が急増した。

 今迄、不信感や危険視していた為、この善行がギャップとなり、親愛度が増したのだろう。

「既存の忠臣には、悪いが、奴は無償で我々を助けてくれた。見返りも求めていない。全く、面倒事を増やす悪童だ」

「兄様」

 お市が土下座する。

「忠臣には、褒賞を。さすれば、兄様は、日ノ本から笑い者に―――」

「分かっている。欲さずとも、報いなければ人道に反する」

 扇を鳴らし、信長は、宣言した。

「奴と義兄弟になる。市は、京へ行け。我が家と山城の橋渡しになるのだ」

「はい」

 橋渡し。

 聞こえは良いが、事実上の人質だろう。

 武田氏も信松尼も送っている。

 山城側は、人質ではなく、客人として厚遇している為、お市も又、その様な事になる筈だ。

(娘達と一緒に居れる)

 亡き夫を殺した実兄の下で、約3年。

 漸く仇敵から離れられる。

 お市の長年の夢が、叶った瞬間であった。


[参考文献・出典]

*1:ウィキペディア

*2:『信長公記』

*3:『日本史』ルイス・フロイス

*4:『当代記』

*5:『絵本太閤記』二編巻之禄六「荒木村重が餅を食らう」場面を謀反の理由に関連づけたもの

*6:天野忠幸「荒木村重の摂津支配と謀反」『増補版 戦国期三好政権の研究』 清文堂 2015年

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