第61話 人面桃花

 千姫は、世間一般の評価は、すこぶる悪い。

 恐らく世論調査をしたら、支持率は竹下内閣が平成元(1989)年3月に記録した3・9%位だろう。

 逆に大河は地元・山城国(現・京都府)で、名君として慕われ、同様に調査したら、平成13(2001)年4月の小泉内閣の支持率85%並と思われる。

 名君と悪女の世紀の結婚は、山城国と三河国では、真逆の反応だ。

 山城国は、「悪女と離縁すべき」が多数派。

 三河国は、「名君と結婚した事で性格を正す好機」と多くの民が見ている。

 然し、実際には大河には名君の自覚は無いし、千姫も正直な性格なので悪女とは言い難い。

 2人の波長は、意外と合い、仲睦まじい夫婦である事は変わり無い。

「……」

「緊張してんなぁ?」

 半裸の大河は、布団の上に居た。

 対する千姫と稲姫は、2人共夜着だ。

 大河の傍には、相変わらず、小太郎とエリーゼが居る。

 風呂で一緒だった誾千代とアプトは、もう別室で就寝だ。

 現在、亥の刻(午後9~11時)。

 基本的に午後9時を消灯時間と、山城真田家、設定している為、他の女性陣も寝ている事だろう。

「来いよ」

「「……」」

 2人は、大河に手を引っ張られ、その胸の中へ。

 大河の体は、着痩せするタイプらしく、服を着ていたら分かり難いが、その胸板は、結構厚い。

「……山城様、口吸いしても?」

「嫌だ」

「そ、そんな……」

「冗談だよ。泣くな」

 千姫の涙を舐め、そのまま唇に移行する。

(ああ……真田様……)

 久し振りの接吻だ。

 塩味がするそれだが、あの一件以来、千姫の愛は、常に噴火している。

 甲斐国で楠が被害者になった様に。

 愛し合う2人。

 始まりは千姫が、彼を勝手に呼んだ事が始まりなのだが。

 今では、誾千代程では無いが、大河は、千姫からの愛を温かく迎え入れている。

 元々、面食いだけあって美女は、彼の好みに違いない。

 千姫が性的同意年齢に達していない為、交わる事は無いが、愛撫だけで彼女は、幸せだ。

「山城様♡ 大好きです♡」

「俺もだよ」

 稲姫も参戦し、千姫の頬に接吻。

「あ、稲♡」

「幸せそうで何よりです♡」

 稲姫は、幼少の頃より、千姫に仕えていた。

 家康の忠臣の中の忠臣の鳥居元忠の様に。

 その為、千姫の幸せは、自らの幸せでもある。

「稲も結構、美人だな?」

「御賞味下さっても構いませんよ?」

「! 稲?」

「千様、もう御夫婦なのですから、立花様等に御配慮せず、無遠慮に接近した方が、良いかと」

「そ、そんな……」

 大河の反応を伺うも、怒った様子は無い。

「……山城様?」

「忠臣の言う通りだぞ。婦人会の末席らしいが、俺からしたら皆、妻だ。困った時があれば、仲裁に入るから」

「有難う御座います。じゃ、じゃあ……山城様、御願い出来ますか?」

「断る。あと、3年後な?」

 元日に他の女性陣同様、歳を重ねた千姫は現在、15歳だ。

 現代で言う所の中学3年生or高校1年生位の年齢に当たる。

「む~。未来の成人は、年増ですわ」

「若過ぎる出産は、倫理的に問題視されているからな。後は、人権団体が煩いのも理由だ」

「不思議ですわ。生物に生まれた以上、跡継ぎを産むのは、自然の摂理かと」

 戦国時代より比較的平和な安土桃山時代に入っても尚、千姫は前時代的価値観だ。

 只、一夫一妻制や10代の出産等の倫理観は、ほぼ全て欧米からの輸入品である。

 現地の伝統や価値観を理解せず、自分達の考えを強要している欧米の我儘には、大河も共感し難い。

 日本等の親米国では成功したが、十字軍等の歴史的事情から、異教徒に対する敵対心が強いイスラム教国の一部では反米感情が高まり、テロ組織が台頭している。

 対テロ戦争と銘打ちながら、結局の所、原因の一つは欧米の姿勢に問題があるとは言わざるを得ない。

「そうだよなぁ……医学も進歩しているんだし、倫理性はともかく、合意し、育てる覚悟と経済力があれば、問題無いと思うなぁ」

「何の話ですか?」

「何でもない」

 額に接吻し、千姫を抱き締める。

「今夜は、不眠を覚悟してろ」

「はい♡」

 初恋の人と結ばれるのは、純愛だ。

・未来人と過去の人

・成り上がり者と武家の名家

・誾千代を重んじる愛妻家と側室

・名君と悪女

 等、2人の間には、様々な問題があるが、世間がどんなに反対し様が、どんな穿うがった見方をし様が、2人は、鴛鴦夫婦に違いない。


 2人の愛の風景を、

「……」

 エリーゼは、冷酷殺人鬼の様な目で眺めていた。

 痴女化した小太郎は、鼻息を荒くし、学んでいるが、エリーゼは、それ程達観していない。

「……」

 殺意の衝動に駆られるが、小太郎が、短刀を脇腹に押し当てる。

 止めなさい、と。

 興奮しても尚、小太郎は、玄人だ。

 エリーゼの監視を怠らない。

「……貴女は?」

「主の愛妾よ」

「嫉妬しないの?」

「全然。私は、奴隷だから」

 下腹部の『奴婢』の烙印を見せる。

「……」

 大河の加虐性欲サディズムは、シリアでも如何なく発揮されていた。

 捕まえたテロリストを「国際法の保護対象者に値しない」との理由からCIAが行っていた様に拷問し、情報を吐かせ、雑食の豚に生きたまま骨毎食い殺させた程だ。

 新兵として、部隊の信用を早々に掴みたくて採った方法なのかもしれないが、童顔で然も、平和主義者とされる日本人少年兵のこの行いを、エリーゼは、今尚、忘れられない。

 世の中には、囚人―――特に連続殺人犯を愛する所謂『プリズン・グルーピー』なるファン層が存在する。

 30人以上を強姦、殺人、死体損壊した『シリアルキラー』の語の生みの親、テッド・バンディ。

 33人もの少年を強姦し、殺害した”殺人道化キラー・クラウン”、ジョン・ゲイシー。

 17人もの青少年を強姦、殺人、食した”ミルウォーキーの食人鬼”、ジェフリー・ダーマ―。

 実の娘を25年間もの間、強姦し続けた鬼畜強姦魔、ヨーゼフ・フリッツル。

 悪魔主義者で13人もの被害者を生んだ”ナイト・ストーカー”、”峡谷の侵入者”、リチャード・ラミレス……

 彼等には、熱狂的な支持者が居り、中には、獄中結婚した上で子供を作った者も居る。

 日本人の中にもプリズン・グルーピーと結婚した犯罪者も居る。

 エリーゼには、理解し難いが、大河には、恐らくその様な「悪の魅力」もあるのかもしれない。

 彼等と違って、一般市民を殺傷しない倫理観を持っているのが、唯一の救いであるが。

「……私も貴女みたいに愛されるかしら?」

「さぁ? 日頃の行い次第でしょう」

「……分かったわ」

 頷いたエリーゼは、大河の使用していた枕を奪うと、嘆きの壁に見立てて、祈り出す。

「―――」

 何を願っているのか小太郎には、分からない。

 然し、以前ほど敵意に満ちた態度では無い為、少なからず、平和的な内容だろう。


 翌朝。

 安土城下で行った様に、駿府城下でも軍事行進が行われる。

 真田軍の大部分を派兵していない為、前例と比べると、小規模化している事は否めないが、それでもM1エイブラムスを見たさに、黒山の人だかりだ。

「はぇ~。あれが、”国崩し”ってやつか。凄い大きいな」

「あの『無限軌道むげんきどう』に轢かれたら、一溜まりも無いな」

 大河と千姫は其々それぞれ燕尾服とウェディングドレスに身を包み、戦車跨乗で御披露目している。

 花嫁の介添人は、勿論、稲姫だ。

「主、格好良いです♡」

 何故か新郎の大河にも介添人が居り、小太郎が務めている。

 稲姫同じ様ように和服だが、その身に沢山の暗器を隠し持ち、大河の用心棒の任務も忠実にこなしている。

 会場に集まったのは、数万人。

 徳川軍が、責任を持って警備している為、この網を擦り抜けて、ダラスの様に狙撃する事は、ほぼ不可能だ。

「……」

「千、もっと来いよ。落ちるぞ?」

「ひゃ!」

 恥ずかしさで距離を取っていたが、大河に捕まってしまう。

「「「おー!」」」

 険悪より鴛鴦の方が、何処でも好評だ。

 拍手喝采の民衆に、大河は手を振る。

 正直、目立ちたがり屋ではないのだが、高位になった以上、これも仕事の内だ。

 家康から新築一戸建てを5軒位買える御祝儀を貰った事だし、これくらいは安い。

「さ、千も一緒に」

「で、でも……」

 ブーイングを怖がり、千姫は、萎縮する。

 自分が民衆からの評判が悪い事は家臣が幾ら隠しても、日頃の民衆の白眼視や態度、低俗な瓦版を読めば分かる。

「良いんだよ。俺が守るから」

「! ……う、うん」

 千姫がぎこちない笑顔で応じ、大河同様、手を振ると、

「千様~!」

「結婚、おめでとう御座います~!」

 思いの外、評判が良い。

 大河程では無いが、その反応に、千姫も徐々に自然に笑顔になっていく。

(これで自信がついたな)

 千姫のファン層は、大河が金で雇った所謂、『サクラ』であった。

 民衆に御披露目する以上、千姫が孤立するのは、夫として忍びない。

 勘違いして、調子に乗らぬ様、良い塩梅にしなければならない短所があったが、何とか、大河の狙いは的中し、千姫は幸せそうだ。

「……山城様、有難う御座いますわ」

「夫婦だからな」

「はい♡」

 千姫は、背伸びし、大河の頬に接吻する。

 瞬間、民衆は沸いた。

「ひゅ~! ひゅ~!」

「熱いわね。流石、日ノ本一の愛妻家!」

 唇では無く頬という所が、如何にも千姫らしい。

 逆に大胆な誾千代や謙信、茶々等は、真っ先に唇を選ぶだろう。

「千様、おめでとう御座います……」

 普段、無表情な事が多い稲姫は、千姫の晴れ姿に号泣していた。

 家康以上に接する時間が多い為、その分、想いもあるのだ。

 駿府城から見守る家康も、

「……」

 目頭を抑えていた。

 元忠、忠勝等も笑顔を禁じ得ない。

 三姉妹が織田家のアイドルの様に、千姫も又、徳川家のそれなのだ。

「全く、恥ずかしがり屋だな。良い機会だ。見せ付けてやろうぜ?」

「え?」

「どうせ俺以外とは結婚出来ないし、しないんだろう?」

「は、はい―――むぐ!」

 直後、千姫は、接吻された。

 頬ではなく、唇に。

「……!」

 一瞬にして、千姫は、茹蛸になる。

「……」

 千姫に接吻したまま、大河は周囲の反応を伺う。

「山城様~! おめでとう御座います~!」

「山城真田家、徳川家! 万歳!」

 概ね評判は良い。

 一方、白けている人々も居るが、千姫に罵声を浴びせる事は無い。

 これも又、大河は、千姫を守る為の方法であった。

 こうすれば、千姫、大河の妻である事が民衆にも知れ渡り、彼女へのバッシングも少なくなると踏んだのだ。

 山城真田家と徳川家。

 両家は、同盟関係にある訳では無いのだが、この結婚を機に更に友好関係が強化された事は言うまでも無い。

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