第60話 愛執染着
永田徳本は、人間50年と言われていた時代に、117歳(満年齢)まで生きた長寿の人だ。
単純計算だと現代で言えば200歳生きた、とも解釈出来るだろう。
万和元(1576)年現在、永正13(1513)年生まれの彼は、既に63歳。
還暦を超え、後54年生きる事を考えれば、凄い。
「……恋の病じゃな」
”医聖”は、一目で診断した。
・視力
・体力
・味覚
・聴力
等、衰えたよぼよぼのお爺さんだが、診断力は「全盛期のまま」との噂だ。
牛乳瓶の蓋並に小さな目で、大河を見る。
「彼女は清姫の様に真田様を妄執しています。対処を間違えば死に、悪霊と化し、貴家に災いを
「……」
「『愛執染着』と申しましょう。彼女には、その言葉が似合いまする」
「……つまり、愛人にしろ、と?」
「そうは言っていません。流石にそれは、真田様の御判断なので」
「……」
「御指名頂き有難いのですが、私としては、幻覚や妄想の効果を弱める薬しか御渡し出来ませぬ。心の病は御存知の通り、肉体の怪我とは違い、一度、傷付くと修復は不可能ですから」
「……有難う」
エリーゼを見下ろすと、彼女は微笑んでいた。
「
ゾッとする様な笑顔で。
戦友で無ければ、娼館にでも売り飛ばす事が出来るのだが、大河は義理堅い所がある。
若しかすると、それもエリーゼが気に入った部分なのかもしれない。
「(……F〇CK)」
小さく呟いた後、大河は天を仰いだ。
正直、エリーゼに恋心は無い。
然し、悪霊になる可能性があるならば、妻達を守る為にも仕方がないだろう。
「永田先生、妻達にも説明をお願いします」
そして、1億円程の小判を差し出す。
「こ、これは……?」
「先生は、安価で治療を行っているらしいですね? 足りないかと思いますが、今までの民の治療代です」
「! いえ、受け取れません―――」
「玄人が働いたのですから、それに見合う報酬は、受け取るべきです。我儘かとは思いますが、先生はもう後、半世紀以上、生きる為、生活費も嵩む事でしょう」
「え?」
「受け取って下さい。御願いします」
大河は、土下座した。
「!」
一国の城主が、医者に頭を下げるのは珍しい。
困った永田が、信松尼を見ると、
「先生、お気遣いなさらないで下さい。謝礼として、どうぞ」
「……分かりました」
頭を上げた大河は、真っ直ぐな目で言う。
「16文先生、如何か御元気で」
正室、側室、尼僧、メイド、養女、奴隷兼愛妾とどれも人員充足なので、エリーゼが入る枠は無い。
その為、彼が与えた地位は、
当初、その戦闘力の高さから望月の副官に据える事も考えたが、政変を起こす短所が浮上した為、廃案したのだ。
当然だが、真田軍に猶太人は居ない。
大河は、エリーゼの暴力的衝動を自発的に抑えさせる為に従軍師にしたのであった。
狙いは功を奏し、エリーゼの情緒不安定は、徐々に少なくなって行く。
「『神は超えられない試練を人には与えない』……」
『
「……」
「小太郎、そう睨み付けるな」
殺気を放つ小太郎を諭しつつ、大河は溜息を吐いた。
大きな箱型の個室には、3人の他に誾千代、謙信、茶々、千姫が乗車している。
「「「……」」」
大河以外の女性陣は、エリーゼから距離を取っていた。
大河と誾千代を殺しかけた者であり、異教徒であり、異人である事等が、関係しているのだ。
「……ねぇ、ジョン。何時、改宗してくれるの?」
「残念だが、俺は、無神論者だ。ヤハウェに失礼だよ」
「大丈夫。寛大だから」
エリーゼが大河の手を握るも、彼は、拒絶。
「触るな」
そして、これ見よがしに誾千代と謙信の手を握る。
「……私より、その人達を選ぶのね?」
「選ぶも何も、妻だからな」
後続車の馬車を見る。
楠やお初達と目が合う。
彼女達も、心配気だ。
「……じゃあ、私も妻に―――」
「人員充足だ。それに妻になりたいなら、先ずは、俺の信頼と愛を勝ち取れ」
「じゃあ、誰を殺れば良いの?」
じゅるっと、舌なめずり。
血気盛んだ。
「誰も殺るな。平和的に勝ち取れ。聖職者なら尚更な」
「……」
エリーゼは、『旧約聖書』を指でなぞる。
「……分かったわ。では、合法的に寝取るわ」
「姦通罪は、死刑だぞ?」
「私に惚れられた貴方が悪いのよ」
聖書を胸に抱き、尚も大河に固執する様は、ヤンデレその者であった。
二条古城から駿府城までは、約300km。
現代だと経路にもよるが、車で3時間半~4時間かかる。
一行には、M1エイブラムスが1輌、付いて来ている。
家康が、「是非、観たい」と望んだからだ。
現代の新東名高速道路の経路で東進し、ゆっくり3日かけて到着する。
徳川領では、大名行列の様に領民が頭を垂れる。
家康の命令なのか、自発的な行為なのかは分からない。
然し、部下以外に敬われたく大河は、非常に不快だ。
「大儀である」
駿府城の大広間で、家康と大河は初めて出逢う。
「成程。孫が好きそうな顔だ」
「自分も”海道一の弓取り”と御逢い出来て光栄であります」
家康の傍には、四天王が。
大河側には千姫、稲姫、小太郎、エリーゼが居る。
家康達の視線は、エリーゼに向かう。
「最近では、異人にも手を出したのかね?」
「いえ。あれは、只の付添です」
即座に否定し、大河は千姫を抱き寄せる。
「えへへへ♡」
幸せ一杯の顔に、家康もニヤけるしかない。
(・∀・)ニヤニヤ ←のAAが1番似合う。
「そうか。世間では、色々と評判が悪い孫娘だから、我儘に困っていないか?」
「毎日、楽しい位ですよ」
「曾孫は、見れるか?」
「家康様は、御長寿なので、
「はっは! 雲孫か!」
爆笑する家康。
ツボに入ったらしい。
「山城様、『雲孫』って?」
「
「はい。曾孫の子供ですよね?」
10代で子供を産む事が多いこの時代、運が良ければ現代以上に玄孫迄見れる可能性がある。
「運孫ってのは、玄孫→
「雲孫の次は?」
「特に決まっていないよ。誰が決めたのかは、知らんが」
因みにその逆は、父母→祖父母→曾祖父母→高祖父母となり、やはり、高祖父母以上は、雲孫同様、呼び名は決まっていない(*1)。
「今晩は、何処に泊まる?」
「犬山温泉です」
「然うか。あそこは、名湯だ。千、存分に愛されてもらいなさい」
「! もう~御爺様ったら嫌い!」
「あらら、孫娘に嫌われてしまったわい」
狸親父との評判の家康だが、愛孫・千姫には、滅法弱い。
愛妻家の大河の弱点が妻である様に。
弱点の無い人間など、居ない。
「今晩は、犬山温泉で休んでくれ。明日は分かっているだろうが、閲兵式だからな」
「はい」
「君の為に南蛮甲冑を用意している。明日は、それで披露してくれ」
「有難う御座います」
跪く大河。
然し、家康の本心は見抜いていた。
(信用していないな)
今なで信長と親交を深めていた為、嫡男の敵と親しくする大河に色々、思う事があるのだろう。
千姫には、愛を。
大河には、疑惑の視線を注ぐのであった。
大河達が出て行った後、家康は、肘をつき、考えていた。
「……」
「上様、何か気になる事でも?」
「半蔵、あの異人は、奴の愛妾なのか?」
「いえ、従軍僧侶と報告を受けていますが、肉体関係は無い様です。只、彼女は、猶太と」
「ほう、山城が庇護している異教徒だな? 何故、彼等に拘るのかは分からんが」
「南蛮人によりますと、猶太は欧州で差別の対象になっている様です。何でも、耶蘇教の開祖を殺した大罪人ということで……」
「はっはっはっはっは! 暗黒大陸で奴隷貿易に専念している耶蘇教が、猶太を非難するのか。これは、痛快だ」
信長の同盟者として、家康も海外の情報は、積極的に集めている。
その為、耶蘇教を胡散臭く感じていた。
「有能な山城が、保護するということは、それなりに長所がある、という訳か……我々も猶太と手を結ぶ事も検討しなければな」
「もう少し、情報を集めましょうか?」
「そうしてくれ。奴が織田に付くのは、我が家の危機だ。何たって、最新鋭の”国崩し”を持っているんだからな。野心家でなくとも、欲はある筈だ」
「は」
孫娘諸共監視対象になるのは、忍びないが、家の存続の為には、少ない被害だろう。
最悪、絶縁を家康は、覚悟していた。
「……さて、猶太の神か天照大神様か……勝利の女神は、何方に微笑むかな?」
夕方。
犬山温泉に入る。
現在の犬山温泉とは違い、大河達が泊まるのは、駿府城下にある駿河湾を一望出来る徳川家御用達の名湯だ。
露天風呂には、誾千代、千姫、稲姫が居た。
他の女性陣は、彼女達と入れ替わりで入浴する予定だ。
「立花様には、申し訳無いですわ。我儘を聞いて下さって」
「良いのよ。婦人会としても監督責任があるしね」
本来は、千姫、稲姫だけの予定だったのだが、千姫が土壇場で怖じ気づき、急遽、正室に救援要請をしたのだった。
「来たぞ」
「「!」」
2人は、緊張する。
遅れて、誾千代も2人のが移ってしまう。
どうしても、風呂場の大河は、2割増しで格好良く見える。
普段、見えない肉体美が、女性の心をざわつかせるのだろう。
大河に付きそうのは、小太郎、アプト、エリーゼ。
言わずもがな、皆、全裸だ。
「誾も居るのか?」
「ええ。婦人会で規約でね。私の事は居ない者として、愉しんで下さいな」
「そりゃあ無理だな。正室なんだから」
かけ湯後、大河は、誾千代と千姫の間に座る。
本当は、誾千代と密着したいのかもしれないが、今回は、千姫が主役の為、彼女側に近い。
「……」
見慣れない大河の逸物に、更に緊張してしまう。
何度か夜伽した事はあれど、千姫は緊張しいなのだ。
普段は、積極的に大河に接近している癖に。
尤も、このギャップが彼の男心を
「今晩は、千姫だな。大丈夫か?」
「……」
顔は青褪め、今にも吐きそうだ。
「ったく」
「ひゃ!」
大河は、千姫を抱え、自らの膝の上に置く。
「……!」
余りの事に千姫は、興奮し過ぎて、
「ぶへ……!」
意識を失った。
「稲」
「は」
予想していたのか、稲姫は冷静沈着に介抱を始めた。
誾千代が居るのにこの惨状だ。
若し、居なかったら極論だが、心臓麻痺でも起こして死んでいたかもしれない。
幸い、直ぐに千姫は、意識を取り戻す。
「は……? ここは……?」
「御出で。千姫」
「……!」
大河に手招きされ、千姫は、再び鼻血を出す。
折角の露天風呂がどんどん赤化していくのは、忍びないが。
それでも、大河を(ほぼ)独占出来るのは、滅多に無い好機だ。
「……失礼します」
「応」
がしっと、千姫は、座る前に、稲姫の手を握った。
「え?」
「稲、一緒に、ね?」
「……は」
今にも泣きだしそうな目で言われ、稲姫は、従うしかない。
2人の美女が、大河の膝を占拠した。
「あー、極楽だわ」
「……!」
アプトは、羞恥心からか、目を背け、
「失礼します。謙信様は、こちらへどうぞ」
「あら、有難う」
ちゃっかり、小太郎は、誾千代と一緒に其々、右脇、左脇へ。
「……」
対面に座るエリーゼは、笑顔で大河を見詰めている。
あれ程嫉妬に狂っていたのに、この反応は、やはり、宗教の力で抑えられているのだろうか。
それとも、「平和的に勝ち取れ」と大河の指示を遵守しているのか。
兎に角、攻撃的でなければ、問題無い。
「千姫、背中、綺麗だな?」
「そうでしょう? 日々、隈なく洗っていますのよ」
自信満々だが、その声は、震えていた。
体もどんどん赤くなっていく。
熱でもなく、恥じらいで。
「いやぁ、すべすべだわぁ」
「きゃ!」
大河に頬を触られ、千姫は悶える。
「え? 私も?」
結局、2人は大河の毒牙に遭うのだった。
[参考文献・出典]
*1:https://www.kaigonohonne.com/news/article/694
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