第57話 気随気儘
1発目は、大河の米神を掠めた。
その弾道から殺意を感じた大河は、枕元にあった村雨を鞘ごと投手の様に投げる。
大河の魂が乗り移った様な綺麗な放物線を描き、村雨は美女の腹部に直撃。
「ぐふ!」
M16を落とした時に、小太郎がタックルし、そのまま縛り上げる。
当たり所が悪かったのだろう。
美女は、今にも嘔吐しそうだ。
「ったく、危ないな。小太郎、水だ」
「水責めですか? 主も御好きですね?」
桶に水を汲み、小太郎は消火する様にぶっかける。
「! ぷは……」
一気に美女の目が覚めた。
と、同時に白粉が溶ける。
「! エリーゼ?」
侵入者、エリーゼは大河と目が合うと、元気の無い声で挨拶する。
「久し振り……」
「「?」」
誾千代、小太郎は御互いを見た。
「うう……」
エリーゼは、徐々に泣き出す。
そして縛られたまま、大河に突進し、押し倒した。
「「!」」
「探したのよ? ずっと……」
「いや、え……?」
明らかに大河は困っているが、エリーゼには見えていない。
「
そして、濃厚な接吻をするのであった。
翌朝。
エリーゼは、城の地下牢に繋がれていた。
・侵入罪 :二条古城に無断で侵入した事。
・傷害罪 :兵士と大河に怪我を負わせた事。
・窃盗罪 :勝手に衣装を盗み、着用した事。
兵士からM16を盗んだ事。
・反乱罪 :城主・大河に向けて、発砲した事。
・強制猥褻罪:大河に合意無く接吻した事。
・姦通罪 :既婚者に手を出した事。
が、重く見られた為だ。
特に『反乱罪』『姦通罪』は、刑罰は死刑のみ。
事実上、エリーゼは死刑囚となった。
「大河、あの痴女は?」
「昔の知り合いだよ。如何やって来たんだ?」
頭を抱えつつ、大河は、彼女の所持品を調べていた。
・スマートフォン
・ソーラー型充電器
・携帯型Wi-Fiルーター
・地図帳
・『旧約聖書』
……
誾千代等、現地人には侵入者の持ち物だけあってビビって手を出さない。
「……あいつ、ユダヤ人だったのか?」
ダビデの星―――日本語では、『六芒星』『籠目』と呼ばれ、現在のイスラエルの国旗である六芒星旗にも使用されている紋章の首飾りが出て来た。
そういえば、と思い出す。
エリーゼはドイツ人でありながら、イスラエルに住んでいた。
その時は何も思わなかったが、この首飾りから察するにドイツ系ユダヤ人なのだろう。
「籠目ね? 清和源氏流の小宮氏、それとも支流の曲淵氏の者かしら?」
「朝顔、彼女は異人だよ」
「ほぇ~」
朝顔は、興味津々で六芒星を見ている。
触りたそうだが、エリーゼの所有物の為、見るだけで我慢しているのだろう。
謙信が尋ねる。
「で、あの者とは、どんな関係なんだ?」
「「「!」」」
瞬間、女性陣の目付きが険しくなった。
皆、思っていた事だ。
「ちちうえ~♡」
唯一、華姫のみ大河の膝の上に座り、その香水を嗅いでいる。
戦場の中で、咲く1輪の花の様な癒しの存在だ。
「え~っとな。何処から話そうか?」
別段、隠していた訳では無かったが、こうなった以上、話さないといけない。
「俺は未来人だ」
大河の告白に誾千代等は、まさに寝耳に水であった。
尤も、ショックを受ける事は無かった。
並外れた知識が、その論より証拠だ。
又、朝顔や大河が時間旅行した事の原因の張本人・千姫の説明も効き目があった。
「……」
難しい話をされ、既に華姫は大河の腕の中で舟をこいでいる。
もう少しで寝るだろう。
「事情は分かったわ。それで、元の時代に帰る気はあるの?」
聞きたくは無いが、誾千代は嫌々、婦人会の終身名誉会長として尋ねた。
「全然。無いよ。朝廷に仕えているんだし、こんなにも妻が居るんだから」
「「「……」」」
安堵する妻達。
秘密が多い大河だが、これまで、妻達に嘘を吐いた事が無い。
厳密には甲斐国で死にかけた時は、心配をかけたくないと嘘を突き通しているが。
99・9%、素直な大河だ。
「じゃあ、あの異人は?」
今度は、茶々が聞く。
未だにお初、お江等と共に信じられない、といった表情だ。
「地球儀あるか?」
「主、どうぞ」
地球儀にあるオスマン帝国を指す。
この時代、シリアやイスラエルは、オスマン帝国の一部だ。
もっと言えば、中国やアメリカ等、名立たる国々も存在しない。
「今より約500年後の未来、ここで戦争をしていたんだよ。俺はそこで彼女と会った」
「戦争? 参戦していたんですか?」
「ああ。この星から戦争が無くなる事は無いよ。毎日、血が流れてる」
「「「……」」」
「案ずるな。日本は平和だ」
熟睡する華姫を優しく抱っこし、布団に移す。
その様は、本当の父親の様だ。
「……」
亡き父を思い出し、アプトは涙する。
「彼女は、そこで初めて会った戦友だよ。恋仲じゃない」
「! 本当ですの?」
千姫が、激しく反応した。
果心居士に調べさせた女性関係、と思いエリーゼがここに来た原因は自分で作ってしまった、と自責の念を覚えているのだ。
「そうだよ。あと、千姫。今回の原因は、千姫なのか?」
「え……?」
女性陣の視線が一気に集まる。
「徳川家の専属の修行僧・果心居士が、俺をここに連れて来た。この前例からだと、やはり、今回も彼の奇術が原因と言えるだろう」
「……私は……彼を使いました」
「「「!」」」
女性陣に動揺の色が広がる。
「っ」
異常事態に、稲姫が、千姫の近くについた。
彼女の四面楚歌を察知したのだ。
「ですが、『調べてくれ』と言っただけで『連れて来い』とは」
「……」
小太郎が、密かに短刀を抜く。
然し、
「止めとけ」
「!」
大河が仕舞わせた。
そして、
「千、稲。こっち」
「「!」」
2人は手招きされ、ビビりつつ、大河の目前に座る。
女性陣の中で、最も大河に近い位置だ。
当然、女性陣は白眼視している。
「「……!」」
離縁を申し渡される、と2人は覚悟していた。
だが、大河は何処までも穏やかであった。
「案ずるな。怒っていないよ」
「「!」」
直後、2人は、抱擁される。
熱く。
背骨が軋む位に。
「「「!」」」
2人を敵視していた女性陣は、目を剥いた。
「山城様……?」
「手違いがあったんだろう。誰も死んでいない。重傷でもない。神の思し召しだよ」
それから女性陣を見た。
「2人を責めるな。事故なんだろうから」
「そんな!」
誾千代は、抗議の声を上げるが、
「これだけ反省しているのに、罪を負わすのか?」
大河が反転し、2人の顔を見せる。
今にも泣きだしそうなその様に、誾千代は、
「……」
何も言えなくなった。
他の女性陣も誾千代と同意見だが、千姫と普段、仲が良い分、事を荒立てたくない思いがあった。
事なかれ主義。
臭い物に蓋をする。
悪い事に多く使われる表現だが、この時ばかりは折角、婦人会の結束が強まっている今、
「……朕は―――私は、許すぞ?」
朝顔が、笑顔で答えた。
そして、大河の手を握る。
「罪は罪だが、情状酌量の余地がある。山城、これで良いんだろう?」
「有難う」
「こっちが大人になった分、私の為に時間を作れ―――」
「あー! 抜け駆け~!」
お江が立ち上がり、2人を引き剥がす。
「駄目駄目~。それなら、兄者、逢引行こう? 最近、行っていないし」
「然うだな―――ぐえ」
大河の首を細腕が絞める。
「兄貴、駄目だよ。依怙贔屓は。そうだよね、姉様」
「分かってるじゃない。お初」
茶々が、大河の頬に接吻し、空いていた腕を絡めとる。
「という訳で、逢引は、私と―――」
「茶々。そこは、正妻の私に譲りなさいよ」
「誾千代様は、監督責任として、一時、側室に降格なされた方が良いかと」
「何を~!」
茶々と誾千代が、大河の腕を其々、引っ張り合う。
彼女達が馬なら、八つ裂き刑となり、大河は、あの世へ逝く事になる位、その力は強い。
「何時もの日常に戻ったわね」
「楠、貴女は、参加しないの?」
「謙信様、貴女の方こそ」
争いには参加せず、スイスの様に中立を決め込む2人。
大河の女性関係のだらしなさは、分かっている為、冷静沈着なのだ。
「主、オモテで何よりです」
何故か下半身を濡らし、興奮する小太郎。
「望月、この機に告っちゃえば?」
「無理だよ、アプト。こんな公衆の面前で」
望月は、溜息を吐いた。
これ程、
然し、誰も本気で口論したり、暴力を使う事は無い。
至って平和だ。
大河が千姫達を擁護したのは彼女が切腹を検討する位、青褪めていた為だろう。
元来、大河に好意を持っている千姫がわざわざ、彼の迷惑になる様な真似をするのは、考え難かった。
万一、千姫が自害した場合、責めていた女性陣は、徳川家の怒りを買う事になる。
外交上、それを避ける為にも大河は千姫を
千姫が事実上、放った刺客に殺されかけても尚、許すのは大河が相当な自信家か。
それとも心底、千姫を愛しているのか。
その真意は定かでは無いが、兎にも角にも千姫が、山城真田家に於いて、孤立化する事は、避けられた。
エリーゼが歩兵から鹵獲したM16以外、何も武器を持っていない事も判明し、手錠をされたままだが、大河との面会が許された。
但し、念には念を入れよ。
歩兵を重傷にする程の戦闘力が認められている為、大河の両脇には小太郎と楠が控えている。
「ジョン、こんな所で何してるのよ?」
「エリーゼの方こそ。俺を追って来たのか?」
「
「いや、俺達、付き合ってたっけ?」
「あら、貴方言っていたじゃない? 『エリーゼの作る料理、美味しい。毎日、食べたい』って」
「……」
それは大河も本心から言った言葉なので、嘘偽りは無い。
然し、それを告白と受け取られていたとは、想定外だ。
「貴方と暮らす為に日本語も勉強したのよ。ほら、ネイティブ並でしょう?」
「ああ」
「一緒にも旅行したじゃない。京都とか」
「……うん?」
雲行きが可笑しい。
「御両親にも挨拶したよね?」
「……えぇ」
大河のドン引きした声に奴隷とくノ一は、察した。
エリーゼが、嘘を吐いている事を。
「同棲もしたじゃない? 六本木で」
「……」
ありもしない事を、事実の様にエリーゼは、言う。
大河と離れ離れに長期間、なっていた為か。
シリアでの戦争の原因か。
兎にも角にも、シリアで共闘していた時の美人は、既に居ない。
残念美人―――否、ヤンデレがそこには居た。
「御免なさいね。私が構ってあげられないばかりに、そんな小娘達に手を出して。今後は私が奉仕するわ。何でもするわ。BDSM? さぁ、責めてよ」
「……」
あからさまに大河は、頭を抱えていた。
聞くに堪えない言葉だ。
「楠、名医を知っているか? 精神病の」
「分かった。探してみるわ」
まずは治療を優先しなければ、話が通じない。
「えへ、えへ……」
大河の苦悩を知らずに、エリーゼは犬の様に涎を垂らすのであった。
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