徳川家

第56話 眼中無人

 令和X(202X)年。

 新型ウィルスが感染拡大する中、無人の八坂神社(京都市)に、ドイツ人女性が参拝していた。

「……」

 白い肌の薄い金髪、碧眼の彼女は、モデルの様にすらっとした体躯でハリウッド女優にも見える。

(本当、何処に行ったのよ、あの馬鹿)

 握り締められた御守りに装着されたのは、大河の写真であった。

 日の丸鉢巻きをし、シリア民主軍の野戦服で、こちらに向かって、AK-47を向け無邪気に微笑んでいる。

 撮影者は、彼女―――エリーゼ・マリー・カロリーネ・ヴィーゲルト。

 奇しくも『舞姫』のヒロイン、エリスのモデルとなった同姓同名の彼女は、各国が出入国を制限する中、危険を冒して、わざわざドイツから日本に来ていた。

 大河を探す為に。

「……」

 参拝後、辺りを見渡す。

 やはり、無人だ。

(さぁ、何処に居るかな?)

 エリーゼが、京都に来たのは、大河と一緒に旅行した思い出の地だからだ。

 秘密主義者であった大河は、実家や自宅の場所を教えるのは、嫌がっていたが、旅行には、積極的に連れて行ってくれた。

 個人情報保護の観点で行政は教えてくれないが、ホテルに行けば何か暗示ヒントがあるかも、と京都市内中のホテルを歩き回っているのだ。

 無論、外国人観光客が多いこの街で、一緒に泊ったホテルを見付けるのは、雲を掴む様な難しい事である。

 覚えている事は、

・京都駅周辺

 だという事位だ。

(本当、世話ばかりにかけて)

 シリアでは、彼の世話係をエリーゼが率先して行った。

 外国語が苦手だった彼の為に、アラビア語の単語帳を作り、他にも沢山の義勇兵と対等に接する事が出来る様、英語やドイツ語等も積極的に教えた。

 真面目な大河は、短期間で1言語ずつ覚え、今では、複数の言語を喋る事が出来、恩師のエリーゼが舌を巻く程、語学の達人となっている。

(もう……私を1人にして……)

 心配し過ぎて、涙が出始めた。

 これで、何l目だろうか。

 大河が行方不明になって以降、毎日、泣いている。

 恐らく、1l以上は、合計で排出しているだろう。

 頭痛も慣れた。

 全て、大河の所為だ。

 戦死ならば、理解が出来るのだが、生きている可能性があるのならば、探す身になって欲しいものである。

 八坂神社を出て、タクシーを拾おうとした時、

「エリーゼさんですか?」

 山伏に尋ねられた。

 ドイツで観た日本のドキュメンタリー番組通り、頭には多角形の小さな帽子の様な物―――兜巾ときんを付け、手には錫杖しゃくじょうと呼ばれる金属製の杖を持ち、袈裟けさ篠懸すずかけという麻の法衣ほういを身にまとっている。

「……えっと?」

「御探しの人物を発見しました」

 そして、山伏は水墨画で描かれた大河の顔の絵を渡す。

「! こ、これは……?」

 写真ではないのが疑問だが、探し求めていた大河は和装を着て、背中には、M16を背負っている。

 和装とM16の組み合わせには違和感があるが、流石、漫画の国だけあって、大河の容姿を的確に捉えている。

「な、何故……?」

「会いたいですか?」

「ええ! 勿論!」

「では、参りましょう」

 山伏は、何事か呪文を唱える。

「―――」

 その意味は、分からないが、神聖な事は、分かった。

 次の瞬間、エリーゼは光に包まれた。


 次にエリーゼが目覚めたのは、くさむらであった。

「……?」

 鈴虫の音が、聞こえる。

 腕時計を見ると、時刻は深夜2時。

 八坂神社に参拝していたのが、朝10時だった為、推定でも半日以上寝ていた、と思われる。

「う……」

 寝過ぎなのか、頭痛がする。

 頭を抑えつつ、叢から這って出ると、

「?」

 違和感を覚えた。

 先程まで居た近代的なコンクリート製のビル街ではなく、城壁の様な囲いで囲まれていたのだ。

「!」

 慌てて居場所をスマートフォンの位置情報で調べる。

「!」

 弥栄神社の目前に居たのに、そこから約4km先の二条城近くに居た事が判った。

何奴なにやつ?」

 武装した軍人達に囲まれる。

 全員、特殊部隊の様に黒づくめで目出し帽の為、素顔は分からない。

「「「!」」」

 然し、相手が異人であった事に驚いた様で、皆固まった。

如何どうした!」

 隊長格らしき、軍人が乗馬したまま来る。

 声から若い女性だ。

 彼女も又、エリーゼを見て戸惑う。

 他の軍人同様、外国人には慣れていない様だ。

「……貴様、名は?」

「……エリーゼ」

「何故、侵入出来た?」

 エリーゼは気付かないが、彼女が居る場所は、二条古城であった。

 日ノ本一の軍備を誇る山城国のここを侵入出来るのは、石川五〇衛門やル〇ン三世ですら、ほぼ不可能だ。

「……分からない」

「……らちが明かんな。ひっ捕らえろ」

「「「は!」」」

 軍人達はエリーゼを組み伏せ、その手に手錠をかけ様とする。

「ちょ、何すんのよ! 馬鹿!」

 命の危機を感じた彼女は、咄嗟とっさに回し蹴りを食らわす。

「ぐふ!」

 肋骨が折れたのかもしれない。

 もろに食らった軍人は仰向けに倒れ、悶絶する。

「「「!」」」

 軍人達がひるんだ時、エリーゼは彼が落としたM16を鹵獲。

 無我夢中で走った。

 数瞬後、軍人達が追う。

 幸い、エリーゼ、格闘技には心得があった。

「……」

 城内に侵入し、物陰に潜む。

 女中や家臣も騒ぎを聞きつけて起き出す。

(あら)

 見付からない様に、各部屋を探索していると、衣裳部屋を見付けた。

 早速、女中同様、和装に着替える。

 顔の方は、白粉おしろいで誤魔化す。

 西洋人特有の骨格等は、流石に人為的に作り変える事は出来ないが、現状、彼女が出来る最大限の偽装カモフラージュだ。

 唯一、決定的な間違いを犯している事に気付いていない。

 彼女が選んで来たのは、振袖―――未婚女性用の絵羽模様がある正装だ。

 女中の着る安価で、地味な和服より、色鮮やかなそれを着てしまうのは、やはり、彼女の無意識的な嗜好なのかもしれない。

「……」

 恐る恐る、エリーゼは部屋を出て行く。

 化粧と着物のお蔭か、バレる事は無い。

 安堵した彼女は、ふと、上層階を見た。

 旅行雑誌で見た二条城とは違う様な外観に、興味を持った。

 四面楚歌なのは、重々分かっているが、やはり気になってしまうのは、登山する理由を問われた時、登山家のジョージ・マロリー(1886~1924)が「Because it's there. (そこに山があるから)」と答えた心理が関係しているのかもしれない。

(若しかしたら?)

 山伏は「御探しの人物を発見した」と言っていた。

 上層階に彼が居るのかもしれない。

 M16を隠し持ちつつ、エリーゼは階段を駆け上がるのであった。


 侵入者の事は、大河の耳にも届いていた。

「くノ一の次は、異人か? 望月、大丈夫なのか?」

「はい。調査中ですが、何処どこにも侵入された形跡はありません」

「……なら、仕方ないな。後は捕まえて、吐かせるか」

 呆れているのか、大河はすごすごと引き下がる。

 部下が必死に調べた以上、謎ならそれ以上、強要しないのが大河だ。

 もっとも、部下達は、申し訳無さで一杯だ。

「……降格させて下さい」

「ん?」

「侵入を許したのは、御存知の通り、今回が二度目です。私は、司令官から副官に―――」

「後任の司令官に当てがあるのか?」

「う……」

 望月程の軍人は、他には、居ない。

「降格はしない。罰も無い。全ては侵入者を捕まえた後だ」

「……は」

 目に見えて、望月は落ち込んでいる。

 その表情に察した大河は、立ち上がった。

 そして、隣に座る。

「! 隊長―――」

「『隊長』ではない。最高司令官だよ」

「も、申し訳御座いません!」

「謝ってばっかりだな?」

「え?」

 大河は、微笑んで、望月の手を握る。

「済まんな。嫌だったら、言ってくれ」

「い、いえ……」

 大河の体温は先程まで、夜風の中で活動していた望月には、非常に温かい。

「少し気負い過ぎだ。本心から気にしていないから」

「そ、そうなんですか?」

「平和主義者だからな。多分、何らかの奇術の類なら、一般人には敵わん。先ずは、様子見が先決だ」

「そ、そうですね……」

 平和主義者の点については、望月は内心、首を傾げざるを得ない。

 想い人に触れられるだけで、火照る。

「暫く休職しろ。閲兵式でも御苦労だったからな。望月の仕事は、俺がやるから―――」

「そ、そんな!」

「命令だ。休め」

「……」

 強い口調で言われ、望月は、黙るしかない。

 大河の布団から、もそもそと夜着の誾千代が、い出る。

「如何したの?」

 まだ眠たいのか、寝ぼけまなこだ。

「御免な。起こして。二度寝し様」

「そう?」

 じゃあ頼んだ、と大河は、望月に向かってウィンク。

「!」

 ボッと望月は、赤くなる。

 緊張の糸が切れた様で、くらくらと目を回しつつ、気絶した。

 ぼふっと布団に四つん這いになり、頭部を床にしこたま強打する事は無い。

(可愛い奴だ)

 望月の頭を撫でつつ、大河は誾千代に腕枕する。

 じー。

 その視線は、何処か不満そうだ。

「んだよ?」

「狡い。私にもして」

「分かったよ」

 苦笑しつつ、大河は、誾千代の頭をなでなで。

 絵文字だとこんな感じだ。 → ヾ(・ω・*)なでなで

「えへへへ」

 よだれを垂らさんばかりに誾千代は、その愛を感じる。

「おいおい、美人が台無しだぞ?」

「いいもん♡ 大河にしか見せないから」

「そりゃあ光栄だ」

 2人は向かい合うと、接吻する。

「如何だ? もう一戦するか?」

「眠たいけれど、したいのも本心よ」

 睡眠欲と性欲は、人間には無くなてはならないものだ。

 264時間寝なかった人は、致死性家族性不眠症を発症し、壮絶な苦しみの中、死を遂げた。

 性欲はこじらせると、精神が壊れる場合がある。

 その例として、『悪魔のいけにえ』のレザーフェイスや『サイコ』のノーマン・ベイツのモデルとなったエド・ゲインが最たる例だろう。

 性行為を悪とする狂信的な母親に育てられた結果、彼は精神を患い、墓場から死体を盗み、家具にした。

 無論、生涯不犯を貫く聖職者も大勢居るが、全員が全員、崇高な精神の持ち主では無い為、この様な犯罪者も生まれるのだろう。

「じゃあ、寝ながらするか?」

「妙案ね? 一石二鳥よ」

 2人は、接吻する。

 その時、ピシャっと、襖が開く。

「あら」

 白粉の美女が、立っていた。

 大河と目が合う。

 と、誾千代とも。

「……ふふ」

 美女は、ヤンデレの様な真っ黒な目で嗤う。

 そして、M16を取り出し、大河に向けて撃つ。

 躊躇無く。

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