第55話 金城鉄壁

 万和元(1576)年6月中旬。

 梅雨が迫る中、真田軍は安土城下で軍事行進していた。

 観覧者が先ず、注目したのは、その軍服であった。

 現代的な迷彩柄のそれに、台湾の特殊部隊の様な黒づくめ―――目出し帽にホッケー・マスクの様な仮面は、まさに正体不明だ。

 彼等は、ザッザッザッ……と。

 共産圏の軍隊特有の鵞鳥足行進グースステップに、近江国(現・滋賀県)の民は、恐怖を感じた。

 全員、機械の様な無表情。

 膝を曲げずにまっすぐ伸ばした脚を高く上げるその様は、独裁国家の軍隊感が拭えない。

 何度も言うが、大河は共産主義者ではなく、民主主義者だ。

 それでも尚、鵞鳥足行進に拘ったのは、発案者のプロイセン陸軍に敬意を払っているからに他ならない。

 M16を携帯した歩兵の次に姿を現したのは、数十ものアームストロング砲。

 後年の上野戦争(1868年)で彰義隊を大敗に導いた新政府軍の最強兵器は、時を越えて今、活躍している。

 特に甲斐国で、武田義信の軍を恐怖で敗走させた大筒、”新国崩し”は、大河の命令次第で安土城に向けて砲撃出来る様、整えてある。

「……」

 安土城から見守る信長は、それを無表情で見詰めていた。

 信長発案の軍事行進であり、又、大河が天下人に攻撃する様な馬鹿では無い事も知っている。

 然し、念の為、安土城を織田軍が守り、備えていた。

 軍事行進の最後は、M1エイブラムスが並ぶ大戦車部隊だ。

 僅か3輌しか無いが、戦車跨乗タンクデサントする戦車兵は、皆、薄ら笑いを浮かべている。

 天下人の織田軍でさえも、打ち破れる、という自信の表れなのかもしれない。

「ぜんたーい、止まれ!」

 軍馬・大文字に跨る望月の命令に、真田軍は見事に同時に一時停止。

 まるで日本体育大学の集団行動だ。

 望月が腕を高く上げ、そして、振り下ろす。

「てー!」

 と、同時にM16、アームストロング砲、M1エイブラムスは火を噴く。

 安土城に向かって。

「「「!」」」

 観覧者の民や織田軍は驚き、後者は迎撃態勢を採る。

 然し、

「……あれ?」

 安土城は、傷一つついていない。

 数瞬後、彼等は空砲である事に気付く。

「……やるな」

 信長は、感心しきりだ。

 一歩間違えれば、戦争になるのは必至のデモンストレーションは、彼が認める大河でしか成し得ない。

 その大河が、軍事行進に不参加なのは、非常に残念であるが。

「大儀なり」

 朝顔の後任者の帝も、特等席・本丸御殿から拍手を送る。

 よくよく考えれば、尊皇派の大河が、帝が居る安土城に攻撃する訳が無い。

 朝廷の忠臣を自称する彼の事。

 御前ごぜんである事から、実弾を一つも用意していない筈だ。

 真田軍は皇軍では無いが、帝に敬意を表す。

 全軍、馬や戦車から降り、跪座を行う。

「「「……うう」」」

 その様に織田軍は呻く。

 その後、どんどん納刀や帯銃し、敵対行為を止める。

 流石にここで真田軍を攻撃すれば、帝はおろか、市民さえの心証を害させる。

「天晴! 日ノ本一のつわものなり!」

 上機嫌で帝は、扇子を開く。

 前任者に次いで、後任の帝の心さえも掴む大河であった。


 軍事行進が行われている頃、真田軍の最高司令官・大河は、京に残っていた。

 三姉妹と千姫、稲姫の5人は軍事行進で出払っている。

 大河も参加予定だったのだが、「濃姫様とお市様に色目を使う可能性がある」との理由で妻達に出国を禁じられたのだ。

 出張を妻達に禁止されるのは、出産の時期等、限られた時機でしかないだろう。

 もっとも、面食いなのは大河も自認している為、納得し、指揮官の癖に不参加という恐らく史上初の事例になったのである。

 信長や帝は残念がったが、大河の愛妻家は有名の為、怒られる事は無かった。

 帝も「朕より妻を選んだのは、山城だけだ」と爆笑し、不問に付したという。

 元々、寛大であり、又、その働きを高評価している事も関係しているのだろう。

 後任者に挨拶出来る又と無い好機を失くした大河だが、この出張を断っても、別段、無職になる訳では無い。

 帝に謝罪文を送付した直後、大河は畳に寝転んだ。

「あーあ、近江牛食いたかったなぁ」

「取りよせば済む事よ」

 クールな朝顔は、大河に耳かきを行っていた。

 元帝が膝枕をし、華姫が耳垢を集め、ゴミ箱に捨てている。

「ちちうえのいっぱ~い」

 一つ一つ吟味する華姫。

 大好きな義父の何でも興味があるのだろう。

 誾千代、謙信、楠は庭先でBBQをしていた。

「神戸牛、美味しいわね」

「野菜も良いわよ?」

「白米♡」

 食材は、信長が用意したものだ。

 大河が真田軍を派兵したその返礼だという。

 2人は、直の主従関係ではない。

 大河の上司は、朝廷。

 信長は、天下人。

 日ノ本で唯一、信長に従わない大河に返礼品を送るのは、対等な関係とも解釈出来るだろう。

「もう無くなったわよ」

「有難う」

 起き上がると、今度は朝顔が、寝転がる。

「やって」

「はいよ」

「ちちうえ、わたしも~」

「応よ」

 右手で朝顔を。

 左手で華姫に耳かきを始める。

 2人同時に行うのは経験が無いが、安全最優先な大河は2人の鼓膜に気を付けつつ、行う。

 耳垢は勝手に出て来る為、しない方が良いとの意見もあるが、大河、違和感があればしないと気が済まないタイプだ。

「おうおう、華よ。大きいのがとれたぞ?」

「わぁ~!」

 ごっそり取れた塊に、華姫は大興奮。

 鼻息を荒くし、両目をキラキラさせて耳垢を見詰めている。

「かほうにする~!」

「止めなさい」

 いずれは、山城真田家の当主と成り得る華姫だ。

 後世、沢山の偉人の私生活が暴かれている為、彼女の人権の為にも、大河は是が非でも、ドン引きされない様に全力で止めるのであった。


 平和になった治世。

 浪人化した侍達は、溢れている。

 彼等の一部は、野盗化し、日ノ本各地で犯罪の限りを尽くしていた。

 然し、山城国では大河が積極的に有能な浪人は登用し、犯罪者は法の下で即断即決の厳罰に処している為、犯罪者は少ない。

 その為、夜道で女性や子供が、1人で歩ける程の治安の良さが形成されていた。

 その統治者・大河に、以前から興味を持っていた者が居た。

「お館様、山城を調べましたが、過去以外、清廉潔白です」

「うむ~」

 信濃国(現・長野県)の上田城の城主である真田昌幸は、唸る。

 どれだけ間者を放ち、大河の情報を集めても、『空白の4世紀』並に何も出てこないのだ。

 又、一部の間者は野盗に襲われたり、駅馬車に轢かれたり、船が座礁したり等して、全員死んでいる。

 時機も死因も状況もバラバラの為、殺人被害や事故死として割り切れるのだが、”表裏比興の者”として生きて来た老獪な武将・昌幸には、裏を感じざるを得ない。

「……過去というのは?」

「は。記録が確認出来たのは、現島津領の旧琉球王国(現・沖縄県)で、去年の事です」

「それでは、生まれや両親等は、全く分からないのか?」

「は。初めて山城守を見た島津家の武将曰く、『既に青年だった』と」

「……」

 正体不明な武将は、

・北条早雲

 通説では、素浪人出身。

 現在では、伊勢氏の内で備中国に居住した支流で、備中荏原荘(現・井原市)で生まれたという説が有力となり、その後の資料検証によって荏原荘の半分を領する領主説がほぼ確定。

 が、最も有名だろう。

「……家紋の許可を求めて来た時に『律儀』と思ったが……身分詐称ではないか?」

「そう思います」

 僅か10歳の信之も、同意見だ。

「間者も恐らく、山城守が事故等に見せ掛けて殺害したのでは?」

「……多分な」

 大河の情報力は御館の乱の時に、日ノ本全土に知れ渡った。

 北条氏と上杉景虎が密通していた事を証拠付きで公開したのが、そのいい例だ。

 あれで大義名分は、山城真田家にあり、と世間の支持を得た。

 その後、北条氏には温情を見せたが、その時も不評を買う事は無かった。

 名君としての人気性は固まり、民衆の印象操作も巧みなのだろう。

 彼が、山城守になって以降、一揆は0だ。

 文明17(1485)年に山城国一揆があった様に、山城国という地域は一揆で有名なのだが。

 彼が就任後、1件も起きていない事情を見ると、農民や国人からも熱狂的に支持されている証拠だろう。

「……最近、耶蘇教の異人を火刑にしたが、あれは何をしたんだ?」

「公式発表によれば、『人身売買を行っていた為』との事です」

「異人を殺せば、異国との戦争になる可能性は、考えないのか?」

 信濃真田氏には、大河の人柄は「普段は温厚で、聡明」との心象が伝わっている。

 然し、異人を拷問後に火刑に処した話を聞く限り、とても温厚には見えない。

 昌幸が、警戒するのも、当然の事だ。

 部下は続ける。

「恐らく怒ったら、長島一向一揆で2万人もの男女を焼殺した信長の様に怖いのでしょう」

「「「……」」」

 長島一向一揆(1570~1574)で、石山本願寺の檄文に呼応した伊勢長島の門徒は、織田軍と激戦を繰り広げ、氏家卜全(1512? ~1571)等、織田家の名立たる武将達を討ち取った。

 然し、結局は敗戦し、その最後は火攻めに遭い、信長の戦争犯罪の一つとして紹介される程、現代に語り継がれている。

 信長が苛烈を極めたのは、復讐は勿論の事だが、見せしめの見方もあるだろう。

 織田家に逆らえばこうなる、と。

 直接、信長と一戦交えた訳では無い昌幸だが、心象的に信長と大河は被る。

「……一度、会ってみよう。身分詐称なら不快だが、有能だからな。仲良くした方が良い」

「は」

 真田氏本家が、遂に動く。

 

 同じ頃、徳川家でも動きがあった。

「姫様、御困りですか?」

「御免ね。修行中に呼び出して」

「いえいえ。姫様の為なら、例え火の中水の中、で御座います」

 久し振りに果心居士と千姫は、再会を果たしていた。

 千姫は、背後の稲姫を気にしつつ、言う。

「山城様の事ですわ」

「又、女性を作った様ですね? 然も、愛妾や尼僧、幼女と」

 風評被害だが、果心居士には全員、大河の愛妻にしか見えない。

「ええ。でも、もう妻は作らない、と公言されているから安心なのよ。ただ……」

「只?」

「何だか胸騒ぎがするのよ。真田様の転生前の女性関係は?」

「調べましょうか?」

「御願い」

「御意」

 祖父の様に千姫は、爪を噛む。

 第六感、というべきか。

 何か史上最強の恋敵が来そうな気がする。

 誾千代や謙信等、数多の恋敵以上に最強なそれが。

 果心居士は、消える。

 恐らく、現代に行ったのだろう。

「……稲」

「は」

「若し、私の勘が当たっていた時は、駿府城の隠れ家に山城様を避難させますわ」

「承知しています」

 それは、婦人会の規則にある、

・抜け駆け禁止

 に該当する違反行為だ。

 最悪、他の女性陣との友情に亀裂が入り、戦争に発展するだろう。

 元々、悪女として評判な千姫だ。

 今度は誰も徳川家以外、擁護者は居なくなる可能性が高い。

「私は……友情より恋を選ぶ、悪女ですわ」

 自嘲し、千姫はすすり泣く。

 仲良くなった三姉妹や華姫等からは、嫌われたくないのだ。

 然し、第六感次第では強く恨まれるだろう。

「……姫様」

 千姫の涙に、稲姫は胸が締め付けられ、抱擁する。

 そして、共に号泣するのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る