第54話 張眉怒目

 真田軍創設の認可は、朝廷から直ぐに下りた。

・無欲な事

・朝廷の忠臣である事

・短期ながら山城国に貢献している事

・山城国の民の誰よりも、高額納税者である事

 等が、スピード承認の理由だ。

 新軍隊、真田軍には、

・望月

・島左近

・宮本武蔵

 等、一部の見廻組員が兼務し、と同時に新人の募集が始まった。

 又、かねてから、見廻組の改名案も認められる。

 新名は、『皇軍』。

 その名の通り、帝の軍隊だ。

 もっとも、

 不定期な思想検査が行われ、

・帝国主義者

・軍国主義者

 等、危険思想の持ち主は軍規違反となり、指揮官は勿論の事、軍隊からも不名誉除隊される徹底した文民統制シビリアン・コントロールが導入され、軍部が暴走しない配慮もおこたらない。

 この時代、文民統制という概念は無い為、恐らく大河が史上初めての提唱者になるだろう。

 自分が独裁者にならぬ様に、努めるその様子に、朝廷は益々、大河を信頼する。

 一方、山城真田氏も信濃国の真田氏に許可を貰い、銭紋を家紋とする。

 ただ、6文銭をそのままにするのは、本家の真田氏と混同され易い為、その部分は、桜花にする等、アレンジし、本家にも敬意を怠らない。

 万和元(1576)年、夏。

 山城真田氏が、本格的に産声を上げた。

「おうか、かわゆい」

 華姫も満足そうに家紋の花の部分を撫でる。

「本家の真田様が、『統合したら良いのに』と仰っていましたよ?」

「信松尼、俺が馬の骨。善淵王を祖とする名家とは、釣り合わんよ」

 名字、名前、共に偽名の大河は本家に少し申し訳無さがあった。

 今の所、抗議が無い為、同姓の別人と見ているのだろう。

 いつか、挨拶に行く必要があるだろう。

「兄者、三つ盛亀甲に花菱は?」

 浅井氏に思い入れがあるお初は、浅井氏の家紋を継いで欲しかった様だ。

「済まんな。でも、実家も大切にするからな。許してくれ」

「むー」

 不機嫌になったお江は、そっぽを向く。

「御免なぁ。後で林檎飴買ってやるから」

「! 本当?」

「ああ、今なら、綿菓子も付属だぞ?」

「兄者、大好き~♡」

 直ぐに機嫌を直す。

 12歳、小学6年生に当たる年齢なのだが、まだまだ幼い。

「じゃあ、今日、一緒に寝よう?」

「6年待て」

「きゃ♡」

「あん♡」

 お江を諭しつつ、大河は、誾千代と謙信を両手に抱く。

「あら、今日は私達と寝るの?」

「然う言う事だ。最近、御無沙汰だからな?」

「有難う。大河」

 文字通り、両手に花だ。

「アプト、幼妻と子供を頼む」

「は。お江様、華様。御就寝の御時間です」

「兄者、お休みなさい~」

「ちちうえ、おやすみ~」

 素直な2人は、アプトに手を引かれていく。

 茶々達も空気を読む。

「では、真田様、明日、夜伽よとぎお願いしますね?」

「ああ、分かってるよ」

 3人は、寝室に行く。

 そこには既に先回りしていた小太郎が、晒しを巻いた姿で待っていた。

「主、御疲れ様です」

 非常に用意が良い。

「応、御苦労。今日は不寝番ふしんばんしなくて良い。お前も寝ろ」

「え? 良いんですか?」

「最近、不眠だろう? 体に毒だ。寝ろ。命令だ」

「は!」

 いそいそと大河の布団に潜り込み、枕を退けて、そこに寝転がる。

 寝る、と言っても枕代わりになるとは思わなかったが。

「もう、小太郎ちゃんは、本当に可愛いね」

 正妻と愛人との添い寝。

 現代の価値観では、不可解にも思えるだろうが、これが山城真田家の日常だ。


 愛妻家で基本的に温厚な大河だが、怒った時はスターリン並に怖い。

 その為、家臣団の間では、

 ———

『殿を怒らせた場合に備えて遺書を残しておく』

 ———

 という不文律が存在していた。

 今日も今日とて、大河の機嫌は表に出さないもののの、すこぶる悪い。

 幸いな事に、その矛先は家臣団ではなく、例に漏れず、陳情者である。

 オスマン帝国から来た老修道女シスターは、何処で覚えたのか。

 流暢な日本語で挨拶する。

「本日は登城を御許し下さりまして、誠に有難う御座います。私は旧教の極東管区区長のアグネスです」

「……布教の許可か?」

「はい。是非とも、御許し頂きたく来ました」

「……」

 山城国では政教分離の原則に則り、政治家と宗教家の接近は、基本的に禁じている。

 カルト教団が、国家化しない様にする為だ。

 この法律は、戦国時代に仏教徒の過激派に悩んでいた諸国に瞬く間に浸透している。

 然し、接近には例外があり、例えば、この様な布教はカルト教団対策の為に現地の統治者の許可が必要不可欠なのだ。

(この婆……胡散臭いな)

 目は濁り、不気味な笑みを浮かべている。

 宗教勧誘するおばさんの様だ。

「……極東管区ってのは、初めて聞くが?」

「はい! 東印度管区から独立したんですよ!」

 元気過ぎて、更に大河のストレスは、高まる。

 その場で斬殺したい所だが、潔癖症の気がある為、辛抱だ。

 もっとも、この時点で、彼女の死刑はほぼ決まっているのだが。

「……そうですか。では、御質問します」

「はい」

「何故、マリア様は、処女のままイエスを妊娠されたのです?」

「それは、マリア様が、選ばれた御方からです」

「……」

 駄目だ。

 この様な回答をされると、大河は益々、殺意を募らせていく。

「ひ」

 後ろに控えていた小太郎が、それを察し、少し後退る。

 だが、妄信のアグネスには、通じない。

「では、暴行された女性が妊娠した場合、中絶は認めますか?」

「いいえ! その子供にも人権がありますから!」

 この答えで大河は、アグネスとは合わない事を再認識した。

 もう少し、被害者に寄り添った回答を期待していたのだが。

 妄信的な彼女には、被害者の人権は如何でも良い事らしい。

「最後に……人身売買に関わった事は?」

「? 奴隷を買い、身の回りの世話をさせていますが?」

「何歳ですか?」

「さぁ? まだ10にも満たぬ幼女かと。アフリカの未開地暗黒大陸産ですよ。御所望ならば、御譲渡しますよ?」

「……分かりました。許しましょう」

「! 有難う御座います」

 アグネスが、跪く。

 瞬間、頭部に重さを感じた。

「え?」

 見上げる事が出来ない。

 よくよく見ると、大河が足で踏みつけていた。

「な、何を?」

「愛を説く宗教家が、暴行や奴隷を許すのは、正直、駄目だな。天国パライソへの旅を許すよ」

「!」

 アグネスの手首を槍が貫通した。

 犯人は勿論、大河だ。

 叫び声を上げ様にも、

「……ひ」

 その圧倒的な威圧感に恐怖が勝る。

 宗教を否定する共産主義者という訳では無いが、大河はカルト教団を蛇蝎だかつの如く嫌っている。

 日本でも宗教勧誘に悩まされ、その結果、カルト教団の聖書を1枚ずつ破り、トイレットペーパーの代用品にしたり、古書店で売却したりしていた。

 又、石山本願寺と直接戦争した事も関係している。

「小太郎、火刑の用意を」

「は!」

「火刑? そ、そんな……」

「聞く必要無いんだよ」

 今度は、両耳を削ぐ。

「! ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!」

 のたうち回ろうにも、手首の所為で動けない。

 室内は、スプラッター映画並に血の海になった。

「組長? ―――な!」

 慌てて別室から、望月が駆け付ける。

 そして、惨状に唖然とした。

「望月、後でここの掃除を頼んだ」

「……何か、組長に御無礼を?」

「然うだよ」

「ぐ」

 平然と大河は、槍を引き抜く。

 次にしたのは、日本刀で米神こめかみから裂く事であった。

「うぎゃああああああああああああああああああああああああ!」

 今度は耐え切れず、無理矢理、手首を引き抜き、のたうち回る。

 聴覚の次に視覚を失った。

 聞こえず、見えず。

 残ったのは、嗅覚だけだ。

「……組長、やり過ぎでは?」

「これでも我慢している方だよ」

「え!」

 ほぼ死に体のアグネスは、やって来た家臣団に連行され、そのまま城外の大広場へ。

 そこには、既に、信者達が拘束され、目隠しされていた。

「殿、御譲渡の方、有難う御座います」

 待っていたのは、公娼の担当者であった。

「若い男女の方は、異人なので、直ぐに人気者になるでしょう。どうぞ、お納め下さい」

 担当者から100両貰う。

 人身売買だが、凶悪犯罪者は、その限りではない。

 幾ら売り買いしようが、弁護士が居ないこの時代、その人権は無い。

「若者だけか?」

「はい。中年以上は、買い手が付き辛い為、そのままさせて頂きます。宜しいですよね?」

「ああ、そうなったら仕方がない」

 その間、アグネスは、売れなかった信者達と共に木に縛られ、頭から油をぶっかけられる。

「「「……!」」」

 全員、猿轡さるぐつわで喋る事が出来ない。

 興行主が、登壇する。

「さぁさぁ、今回は、世にも珍しい、異人の火刑だよ~! 席は、早めに!」

 ————

『松 1千両

 竹 100両

 梅 10両

 福 ……

 禄

 寿

 雪

 月

 花

 金

 銀

 宝

 錦

 祝

 美

 桐

 桃

 葵

 蘭

 楓

 桜

 柏

 桂

 楠

 藤

 椿

 鼓

 笛

 扇

 舞

 鶴

 亀

 翁

 嫗

 華

 賀

 鈴

 鳳

 高砂 

 末広

 鳳凰

 孔雀

 珊瑚

 真珠

 翡翠

 瑞祥

 宝玉

 羽衣

 富貴

 千歳

 蓬莱

 芙蓉

 初音

 老松

 長者

 真砂

 新玉

 弥生

 相生

 常盤

 永楽

 尾上

 若水 無料』

 ———

 結婚式場の席順の様に座席は分かれ、前者程最前列。

 後者になる程、遠めになる。

 現代ほど娯楽が豊富ではないこの時代、公開処刑は民の娯楽の一つだ。

「買った買った!」

「松高いな。弥生で我慢するか」

「おいおい、相手は異人だぞ? 一生、見られるか如何か分からん貴重な機会だ。もう少し上等な席を選んだらどうだい?」

 席を巡って、殴り合いの喧嘩迄起きている。

 現代の価値観だと野蛮に見えるだろうが、明治初期、外国人用土産写真に磔刑が採用されていた様に。

 死は、身近にある。

 売上金は税金化され、死刑執行人の経費や生活費になる。

「主、嬉しそうですね?」

「民が喜んでいるからな」

 死刑囚に点火される。

 焼死というのは、「焼け死ぬ」より「窒息死」する事が多い様だ。

 喉が焼かれ、そのまま呼吸困難に陥り、熱さを感じたまま死んでいく。

 その為、苦痛は想像以上で万が一、生還した場合でも、障害が残る可能性が高い。

 短所しか無いのだ。

 因みにイスラムでは、焼殺はイスラム教徒への最大への侮辱とされ、非常に恨みを買う事が大きい。

 現にISに捕まったヨルダン人操縦士が火刑に遭った時、ヨルダン国民は激昂した。

 当時、シリアに居た大河は、ヨルダン人義勇兵と共にISの捕虜を焼殺した事がある。

 その時の経験が、今に活きている訳だ。

 家臣の1人が、耳打ちする。

「(殿、極東管区というのは、やはり存在しませんでした)」

「(だろうな)」

 大河が、布教を認めている旧教は、東印度管区だけだ。

「(更に調べた結果、旧教の総本山から「邪教」として破門されていた宗教団体でした)」

「(分かった)」

 異人の火刑ショーは、遺体が灰になるまで行われ、現代の価値で10億円の売り上げを記録するのだった。

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