第53話 戒驕戒躁
シリアで民主派の軍に加わった様に、大河は民主主義者で民主主義を重んじる。
その為、自ら独裁者にならぬ様、今上天皇に監視役を頼む程、政治には極力、慎重に関わっている。
但し、汚職には厳しい。
例えば、今の様に。
「山城様、どうぞ御受け取り下さい」
大きな菓子折りだが、その政治家の下卑た笑みが、中身を教えてくれている。
―――賄賂、と。
大河と会っているのは、高級旅館・山城屋の店主だ。
グリコ・森永事件の犯人、狐目の男そっくりの時点で胡散臭さを感じていたが、やはり、大河の危機関知能力は、研ぎ澄まされていた。
「御要望は?」
「はい。議会が先日、通した公道の事業で、弊社の旅館の敷地の一部が、区画整理されるのです。是非とも、御再考御願い出来れば、と」
「……俺は名誉議長であり、参政権は有していないぞ?」
「ですが、山城様の御威光は陛下も御認めになる程です。影響力が絶大な山城様の一声があれば……」
「……」
はぁ、と大河は深い溜息を吐いた。
それに小太郎は、気付いた。
ぶちぎれている、と。
大河としては、不快を表したのだが、山城屋は、熟考と捉えた様だ。
「色よい御回答の方を宜しく御願い―――」
「刑法197~198条知ってる?」
「はい?」
―――
『【賄賂罪】
(収賄、受託収賄及び事前収賄)
[第197条]
一、
公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をした時
は、5年以下の懲役に処する。
この場合において、請託を受けた時は、7年以下の懲役に処する。
二、
公務員になろうとする者が、その担当すべき職務に関し、請託を受けて、賄賂を収
受し、又はその要求若しくは約束をした時は、公務員となった場合において、5年
以下の懲役に処する。
(贈賄)
[第198条]
第197条から第197条の4迄に規定する賄賂を供与し、又はその申込み若しくは約束をした者は、3年以下の懲役又は250万円以下の罰金に処する』
―――
山城国では日本の刑法を模範とした法律が、そのまま導入されている。
「賄賂罪の成立だな」
「そ、そんな……」
「望月!」
襖が激しく開き、望月達が、現れる。
そのまま、山城屋を組み伏せた。
「山城様! 御慈悲を―――」
「無理だ。望月、今のは、全部、記録しているな?」
「はい!」
「じゃあ、奉行所に連れてけ。山城屋、次、会う時は、死刑場でな?」
「ひ」
がくがく震える山城屋を見廻組が連行していく。
大河は汚職には、厳罰で臨んでいる。
それこそ、
・殺人
・暴行
・強盗殺人
等、凶悪犯罪と同一視している程に。
「組長は、相変わらず清廉潔白ですね?」
「当たり前だ。汚職が蔓延れば、国は失墜するからな」
この時代には無いが現代には、平成7(1995)年から《腐敗認識指数》がトランスペアレンシー・インターナショナルから年発表されている。
日本は、平成27(2015)年度版で18位と、世界的に見れば高潔な国になっているが、最下位のソマリア、北朝鮮を見れば、その惨状が分かり易いだろう。
余談だが、「清廉潔白な人達」を意を冠するアフリカのブルキナファソは、その名前とは皮肉な事に76位(同年版)と下位に甘んじている。
「あー、望月」
思い出したかの様に、大河は言う。
「はい」
「奉行所の帰りで良いから御所に伝言を頼んだ」
「何と?」
「『名誉議長の肩書、御返上します』と」
「……拒絶するかと?」
「それでも名誉議長は俺には、荷が重過ぎる。傍観者で十分だ」
大河の功績から御所は名誉議長を彼に授けたが、如何せんこの肩書を一部の民は勘違いし、それを悪用する者も多い。
迷惑千万だ。
「分かりました。その様に御伝えします」
「最後、若し、逃亡を図った場合―――」
「斬り捨て御免ですね」
「分かっているならそれで良い」
大河は、菓子折りを蹴ると、中身がぶちまけられる。
案の定、小判だ。
「如何します?」
「奉行所に持っていけ。国庫に入れるか……ばら撒くか……奉行所に任す。何なら許可が出ればだが、見廻組の臨時賞与でも良い」
「! 有難う御座います!」
一切、賄賂に
数時間後、瓦版の号外が出された。
「号外だよ! 山城屋が贈賄罪で死刑だよ!」
高名な高級旅館の不祥事に、民は飛びつく。
飛ぶ様に売れると同時に山城屋への不満が高まった。
「あの野郎、中流階級を馬鹿にしていたんだ! 遠慮は要らねぇ! 早く死刑にしろ!」
「そうだそうだ! 金持ちばかり贔屓にしやがって!」
普段、常連客のみ
店主の居なくなった山城屋には投石され、店員達も蜘蛛の子散らす様に白眼視される中、逃亡。
数百年続く高級旅館は、終わりを告げる。
そして、奉行所が下した量刑は、死刑。
大河の言う通り、死刑場で再会する事となった。
大木に縛り付けられ、目隠しされた山城屋に対面するのは、見廻組。
「組長、今日は、どれで試してみます?」
「そうだな……」
死刑は現代日本では、絞首刑のみだが、大河が統治するこの国では、死刑執行人にその方法が託されている。
京では見廻組が死刑執行を担っている為、その長である大河が、自由自在に選んでいた。
新作の武器の検査や、人体実験も兼ねて。
「……」
ちらっと、柵越しに死刑執行の瞬間を今か今かと見守る野次馬を見る。
その数、数百。
皆、山城屋を嫌っている目だ。
「望月」
「は」
「奴の膝の皿と
「は!」
つかつかと歩いて行き、抜刀。
躊躇無く、それらを斬る。
「ぎゃあああああああああああああああああああああ!」
120db以上の断末魔が轟くも、
「ざまー!」
「もっとやれー!」
「早く死ね!」
野次馬は、煽る。
「次は?」
「実験だ。民に引き渡してみよう」
「!」
死を熱望する民に渡せば、山城屋は確実に私刑に遭う。
死刑執行人として、見廻組の役割を放棄している、と見られる恐れがある。
「……職務放棄では?」
「然うだろうが、経費削減にもなるだろう? 最近、軍費が高額化して朝廷も
「……」
普段、忠臣だが、金銭面では朝廷に少なからず不満があるのだろう。
煩い、と言うのは非常に珍しい。
ただ、甲斐国や越後国までの遠征費やM1エイブラムスの製造費等、朝廷の想定以上に出費が
朝廷も今まで黙認していた寛大さも窺い知れる見方も出来るが。
「では、民に譲渡します」
「ああ」
柵連行された山城屋は、望月にどん、と押された。
野次馬の1人が、目隠しを外す。
「……ひ」
血だらけの彼が見たのは、不正に憤りを感じた市民の集団であった。
「おいおい、よく見たら良い男じゃね?」
男娼に捕まる。
「おえ……」
「娼館で働いてもらうわ。死ぬまで」
「いやいや、待て。殿様が御慈悲で譲って下さったんだ。劇物の実験台になってもらおう」
藪医者が塩酸の入った入れ物をこれ見よがしに見せる。
「さぁ、競りの始まりだ! 1両からで良いな?」
怪しい商人が、勝手に競売を始めた。
その後の山城屋の消息は、誰も知らない。
この時代、御風呂が家にあるのは、上流階級だけだ。
その他大勢の者達は、水浴びで済ます事が多い。
愛湯家であり、予防医学や衛生面等の観点から温泉を重視しる大河は、公衆浴場の整備を始めた。
幸い、京は温泉地が豊富だ。
・嵐山温泉 (現・京都市右京区)
・竹の郷温泉(現・京都市西京区)
等がある。
そこで、これらの場所を買い取り、国営化。
自然景観等に配慮しつつ、山城国の温泉街計画が始めた。
天守から工事を眺めながら、ちゃぽーん。
1人、大河は真っ赤な湯に入浴していた。
天守に浴場を造るのは、非常に難しい事であったが、マリーナ・ベイ・サンズの様に絶景を肴に楽しめるのは、城主としての特権だ。
「……」
小太郎が、物欲しそうに見詰めている。
大河の気持ち良さげな表情に、入浴したい、と思っているのだろう。
「……入りたいか?」
「はい!」
「じゃあ、許可する」
「有難う御座います!」
大喜びの小太郎は、ル〇ン三世の様な早さで全裸になると、作法通り、かけ湯を忘れない。
頭部には短刀を糸でくくり付け、ここでも大河に忠実だ。
「……主、気持ち良いです♡」
「だろ? 俺が厳選に厳選を重ねた入浴剤だからな」
開発者は勿論、源内。
武器から入浴剤までその開発技術は、幅広い。
「然し、赤過ぎますね? 何の色なんです?」
「薔薇だよ」
薔薇は、中国からの輸入品だ。
―――
『みちのへの
『穴に住み人を脅かす土賊の佐伯を滅ぼす為に、イバラを穴に仕掛け、追い込んでイバラに身をかけさせた』(*2)
―――
と、戦国時代以前の資料にある様に、西洋の心象が強い薔薇だが、意外にも古くから既に日本に伝わっている。
因みに常陸国(現・茨城県)には、後者の故事に因む
「常陸国で見ましたね。棘が印象的です」
「同感だ」
温泉の素に使われた薔薇は、999本。
『何度生まれ変わっても貴方を愛する』を意味する(*4)。
源内が妻達の意見も聞いて、この使用量になったのだ。
「見事だ」
朝顔が、入って来た。
アプトや楠と共に。
「探したぞ? 山城? 夕食もそこそこに直行する等、変に思ったが、成程な」
ちゃぽんと、3人も作法に
「ああ、今日は、疲れたからな」
「何故、1人で入った?」
小太郎が、勘定に入っていない件。
「1人で入りたい時もあるのさ」
「なら、邪魔だったか?」
しゅん、と朝顔は項垂れる。
「そうじゃない。もう1人は堪能したから、混浴でも大丈夫だ」
「あら、そう」
途端、笑顔になる。
妻達の中で最年少の朝顔には、極力、優しくしなければならない。
彼女は、未だ「上皇」の様に朝廷に大きな影響力を誇っている。
彼女が幾ら臣籍降下しても、未だ畏敬される存在なのだ。
恐らく、寿命を全うした際も「崩御」「薨去」といった表現が用いられ、盛大に送られるだろう。
その後、誾千代、謙信、千姫、三姉妹の妻達や、娘の華姫も参加し、大浴場はほぼ満杯に。
女性陣に囲まれ、圧倒的な少数派である大河だが、彼女達が幸せそうな笑顔に癒されるのであった。
[参考文献・出典]
*1:『万葉集』
*2:『常陸国風土記』茨城郡条
*3:中尾佐助『中尾佐助著作集』6 北海道大学出版会 2006年
*4:https://www.weddingpark.net/magazine/2221/
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