第50話 孔明臥竜

 景勝の下には、上杉軍にレンタル移籍中の島左近、宮本武蔵も集まる。

 上杉氏とは無関係な人間だが、これは大河が、

「山城真田家と上杉氏は、一心同体である」

 と国内外に暗にアピールする為であった。

 案の定、両家の繋がりが深まると、景勝の安土幕府内での地位も上がる。

 それまで諸大名の中で青二才扱いされていたが、一気にそれは無くなり、伊達氏等と同等の扱いを受ける様になったのだ。

「……」

 ―――「父上、初陣ではそれ程活躍出来なかった私の為に有能な武将を御貸し下さり、有難う御座います」

 相変わらず、ユークリ〇ッド・ヘルサイズ並の無口だが、精神感応テレパシーの様に景勝の言う事が分かるのは、非常に不思議だ。

 春日山城にて、滞在が数日を過ぎた。

 妻達から帰国の催促の手紙が、何十通も届いている為、大河も早く帰りたい所だが戦後処理の為、早期の帰国は難しい。

 夜。

「義理の息子だからな。武器の輸出は条約上、無理だが、鍛錬はおこたるな。今は平和ではない」

「?」

「あくまでも勘だが、戦争は続くよ。あと約40年は」

「……」

 大河の神妙な顔に、景勝は否定しない。

「後、新発田重家しばたしげいえには気を付けろ。若し、怪しければ、処断しろ」

「!」

「時には家臣さえも疑い、処罰しなければならない時も来る。覚悟しておけ」

「……」

 まだ13歳の少年には、その真意が分からない。

 首を傾げるばかりだ。

「いずれ分かる―――!」

 その時、ふすまが少し空いている事に気付く。

 つぶらな瞳が覗いていた。

「小太郎」

「は」

 大河の背後に居た小太郎が瞬時に動き、襖を開けた。

 出歯亀は、和装の幼女であった。

「見付かっちゃった♡ てへぺろ」

 舌を出し、取りつくろう。

「華、大事な話し合いの最中だぞ? 来るな」

 流石の景勝もこの時ばかりは、口に出す。

(あー、清円院か)

 彼女は、景勝の実妹。

 史実では景虎の正室となり、御館の乱の際、自害しようとする景虎を御館から逃がし、実兄の降伏勧告を受け御館で自害したという。

 但し、景虎と共に鮫ヶ尾城で死亡した見方もある為、真実は定かではない。

 華姫は、にんまりと微笑み、大河の膝の上に座る。

 5歳位の稚児髷ちごまげの彼女は、見上げた。

「ちちうえ?」

「そうなるな」

 すんなりと、大河は受け入れる。

 すると、華姫は破顔一笑で抱擁した。

「かった、かった。ぎけいにかった」

「そうだね」

 適当に返事していると、景勝は微笑んでいた。

 又、いつもの精神感応で、

 ———「御言葉ですが、父上は華にも気に入られましたね? 嫁に如何です?」

「馬鹿言うな。もう人員充足だよ」

 ———「では、欠員が出たら?」

「無いよ」

 華姫は大河の香水を気に入ったのか、ずーっと、その匂いを嗅いでいるのだった。


 義理の息子の次に義理の娘を気に入った大河に謙信は、更に惚れ直す。

 連れ子を簡単に受け入れる夫(又は妻)は、少ないだろう。

 血の繋がっていない子供に、実子同様、愛を注ぐのは、並大抵の事では無い。

「有難うね。可愛がってくれて」

「当然だよ。子供だからな」

 同衾した2人。

 毛布の下は、御互い全裸だ。

「華は父親を知らないのよ。産まれる前に死んだから」

「……」

 華の実父・長尾政景は永禄7(1564)年に死んでいる。

 死因は、溺死。

 その理由は、

・舟遊びの最中、泥酔した為、溺死した説

・謙信の命を受けた宇佐美定満による謀殺(*1))

・下平吉長による謀殺(*2))

 等の説があるが、真相は分かっていない。

 同船していた家臣(国分彦五郎)の母の後日談では、引き揚げられた政景の遺骸の肩下には傷があったという。

 彦五郎はこの事件で一緒に死んだといわれる(*3)。

 薄っすらと涙目の謙信。

 この様子だと『北越軍談』の話は、消えた。

 思い切って、大河は尋ねた。

「何故、死んだんだ?」

「泥酔よ。本当、馬鹿な奴。子供を残して死んでいくなんて」

 遂には、泣き出した。

「大丈夫。俺があの子の父親になるから」

 謙信を抱き締め、その頭を撫でる。

 人々から軍神と崇められている彼女だが、そのプレッシャーは、半端無い。

 結果を出せば出す程、期待値が高くなり、失敗は出来ないのだ。

 並の人間だと、病んでしまうだろう。

 そんな環境下で、謙信は結果を出し続けた強い女性だ。

「よしよし」

「有難う……」

 謙信は、幸せだった。

 生涯不犯を誓ったが、これ程好いた男と夫婦になれて、これ以上の幸福は無い。

 いずれ、彼の子供を産むだろう。

 その時は、景虎の生まれ変わりとして育てていくつもりだ。

「真田、帰京前に、民に挨拶したい」

「分かった。じゃあ、祝言披露と行こうか?」

「有難う。文金高島田を用意するわ」

「いや、謙信は、南蛮風の花嫁衣装が似合うかもしれん」

「あら? 貴方が用意してくれるの?」

「ああ」

「嬉しい♡」

 謙信以上に疲労困憊な筈なのに、大河はこうして同衾し、その上、花嫁衣装も用意するのは、本当に頭が下がる思いだ。

「てな訳で酒飲むわ」

「酒に飲まれるなよ?」

「飲むのは、私よ」

 そういって、アルコール度数の高い酒を開けるのであった。


 翌日。

 春日山城の城下町にて、祝言の行進が行われていた。

 御輿の様にM1エイブラムスに乗るのは、南蛮産のタキシードとウェディングドレスに身を包んだ大河・謙信の夫婦。

 民は、2人の結婚を大いに歓迎していた。

 南蛮式の白無垢の謙信は、うっとりしている。

「こんなの用意してくれて有難うね?」

「良いって事よ」

 公衆の面前で大河は、抱き寄せる。

 市民は、更に沸いた。

「真田様~! おめでとう!」

「謙信様~! 御似合いですよ~!」

 集まった民の多くに、引き出物として宇治茶と村上茶が配られている。

 車長席から見上げる景勝も、

「……」

 言葉には出さないが、その顔は嬉しそうだ。

「ねぇねぇ、おねえさま。ちちうえたちのは、なに?」

「華姫様、あれは、ですね……」

 姉扱いされた楠だが、怒らず丁寧に華に説明している。

 楠からしたら、華は義姉の子供(正確には、養子だが)の為、姪になるのだが、歳が近い為、華目線では、楠は姉に見えるのだろう。

「……」

 小太郎は夫婦の背後で殺気を放っていた。

 民の中に大河を狙う、暗殺者が居るのでは? と疑い、シークレット・サービスになりきっているのだ。

 もっとも、行進には上杉軍と真田軍が合同で参加している為、万が一、居ても、直ぐに反撃にされるだけである。

 小太郎の心配は、杞憂だ。

「あにうえ、わたしもきょうにいっていい?」

「……」

 景勝は、深く頷いた。

 兄として実妹の安全を考えたら、越後より京の方が危険が少ない、と判断したからだ。

「やった! ちちうえさまとははうえさまとくらせる~!」

 大喜びの華は、にいがた総おどりで有名なあまの手振りを披露する。

「……」

 楠は苦笑いを浮かべるしかない。

 可愛い反面、京に残っている妻達の事を考えると、全面的に賛成出来ないのだ。

 ほぼ無断で遠征し、帰国したら、幼女を連れている。

 彼女達は離縁する気は無い様だが、並の家庭だとほぼ離婚一直線だろう。

 又、大河も恐らく、この事は会話から察するに相談していない筈。

(大河が怒られた時は、私が擁護しよう)

 頭痛の種に、楠は嘆息するのであった。


 祝言披露後、正式に山城真田家と上杉家は、同盟関係を結ぶ。

 大河、謙信の双方が野心家では無い為、信長も特別に認めたのだ。

 その結果、山城国は、北陸道と接していないにも関わらず、自由に往来する事が可能になった。

 経由地は、織田政権の御膝元、近江国(現・滋賀県)。

 自国を経由地にする事で、信長は、両家を監視出来る権利を得た。

 全て大河、謙信、信長の利害が一致した形である。

 万和元(1576)年6月中旬。

 大河達は、春日山城を出る。

「景勝、世話になったな?」

「……」

 ―――「世話になったのは、自分の方です。母上をどうぞ宜しく御願いします」

「ああ。迷った時は、何でも相談してくれ。力になれると思うから」

「……」

 ―――「有難い事ですが、頼ってばかりでは、成長が見込めません。『獅子は我が子を千尋の谷に落とす』の様に、時には、無視等も必要かと」

「ほう、言う様になったな」

 流石、謙信の養子だけあって、聡明だ。

 欲さえあれば、忽ち、信長を脅かす存在に成り得ただろう。

「ちちうえ~」

 支度を終えた華が、侍女達に手を振りつつ、駆けて来た。

 その背中には、自分の体より数倍は大きい風呂敷が。

 野原しん○すけと同年齢なのに、何処にそんな力があるのか不思議だ。

「おいおい、本気なのかよ?」

「あにじゃは、かまってくれないもん。ちちうえにあまえるもん」

 馬車の荷台に風呂敷を放り、大河の手を握る。

「あらあら、華は、何時まで経っても甘えんぼさんね?」

「ははうえとおなじだよ。ちちうえ、だいすき♡」

 猫の様にするすると、大河の肩に乗る。

「「「!」」」

 両家の家臣団は、驚いた。

 義理の娘とはいえ、大河が、怒ったら、春日山城は新潟城の様に破城に遭うのでは? と危機感を抱いたのだ。

「凄いな。肩車だ」

「えっへん。ちちうえをうちったり~!」

 大河の髪の毛を掴み、頭を振り回す。

 上杉家の重臣達は、次々と泡を吹いて倒れる。

 真田家の家臣団も気が気では無い。

「はっはっは! 討ち取られたな?」

 ペ〇ちゃんの様に舌を出し、大河は全力で乗っかる。

 児童性愛という訳では無いが、大河は子供が好きだ。

 3・11の時、彼の心を癒したのが、子供達の笑顔である。

 又、シリアでも民主派の少年兵達と共に遊んでいた経験も活きている。

「よぉし、京に進軍だ。華、車長で良いな?」

「しゃちょう?」

 首を傾げる華。

「……」

 2人のやり取りを謙信は、穏やかに見守っていた。


[参考文献・出典]

*1:『北越軍談』

*2:『穴沢文書』

*3:ウィキペディア

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