第49話 暴虐非道

 M1エイブラムスの活躍は、”鬼柴田”の勝家さえも驚かせた。

「な、何て武器だ……」

 目の前で骸と化した北条軍の兵士達に同情してしまう。

 次に顔に迷彩のペイントを施した水兵達を見る。

「「「……」」」

 全員、無表情で陣地の警戒中だ。

 その感情の無さに織田兵も話し掛ける事が出来ない。

 義隆は、べたべたと戦車の主砲を触っていた。

「これが、火を噴いた訳ですね? 真田殿、一度、じかに見せて下さいませんか?」

「構いませんよ。的は如何どうしましょう?」

「では、あそこの空き家は、如何です?」

 義隆が提案した的は、約1km先の北条軍が放棄した空き家であった。

「簡単過ぎますね」

「え?」

「もう少し先の山の陣地を狙います」

「あ、あそこ?」

 大河が的にしたのは、約4km先の北条軍の陣地であった。

「い、いけますかね?」

「大丈夫ですよ。―――小太郎」

 楠がM829A1を装填し、小太郎が撃つ。

 ドン!

 大きな音と共に砲弾は、1575m毎秒の速さで飛んで行き、2・6秒後に着弾する。

「な?」

 双眼鏡で覗いていた勝家は、仰け反った。

 砲弾は、見事、地面を抉っていた。

 観ていた織田軍も驚きを禁じ得ない。

「な、何て化物だ……」

「ありゃあ、逃げられんぞ?」

「真田の殿様とは、仲良くした方が良いな。死にたくない」

 つくづく同盟者で良かった、と安堵が広がって行く。

 新潟城からは、どんどん北条軍が投降する。

 上級の武将は皆、剃髪していた。

 史実の秀吉の九州平定後、島津貴久が剃髪し、詫びた様に。

 彼等は皆、出家するかもしれない。

 氏康が氏照等を伴って、非武装で大河の前に来る。

 そして、土下座した。

此度こたびの御迷惑、本当に申し訳御座いません」

 彼等は、震えていた。

 斬首を予想しているのだろう。

「……」

 大河は、戦車の方をチラ見。

 車内の小太郎の視線を感じたからだ。

「北条殿、頭をお上げ下さい。、怒っていませんから」

 とげのある言い方に氏康達は、ビクッとした。

 恐る恐る氏康だけ、顔を上げる。

 童顔の武将は、作り笑顔を浮かべていた。

 圧倒的な恐怖が、氏康を襲う。

「貴方方の処分は、最終的には信長様の決定になるでしょう。ただ、御賢明な判断をされた為、寛大な事になる様、自分の方からも説明します」

「! それでは……」

「ええ。関東を長年に渡り、統治された名君に対する最大限の敬意です」

「あ、有難う御座います!」

 取り敢えず、現時点での延命が決まった。

「「……」」

 勝家、義隆が反論しない為、同意しているのだろう。

「ですが、こちらとしても被害者が多数出ています故、償いを求めなければなりません」

「な……何をすれば良いんでしょうか?}

 氏康は、永正12(1515)年生まれ。

 万和元(1576)年現在、62歳(数え年)だ。

 史実では、元亀2(1571)年で57歳(同)で亡くなっているのだが。

 兎にも角にも、二回り以上も年下の若造に土下座なのは、屈辱的だろう。

「景虎と縁を切れ。二度と会うな」

 大河が敵視しているのは、謙信を悲しませた景虎のみ。

 氏康は提案者だが、これからは信長の管理下になる為、生き地獄は、明白だ。

「お言葉ですが、もうしました」

「? どう言う事だ?」

「最後迄籠城を主張し、少数の手勢と共に残っています」

「ほう……」

 新潟城を見た。

 上層階で景虎が、立てこもっていた。

「少年の癖にやるな」

「もう半狂乱でして。実父の儂の意見すら聞きません」

「分かりました」

 目で、勝家達に「如何します?」と問う。

 勝家が、答える。

「真田殿、北条の方は、我々、織田が引き取る。景虎の方は、頼んだ」

「分かりました。では、最後に信長様に御伝言の方を宜しく御願いします」

「伝言?」

「ええ」

 ニヤリと嗤った大河は、戦車に飛び乗り、中に入った。

「「「?」」」

 一同が、注視する中、主砲が動く。

 新潟城に向けたそれは、次の瞬間―――

 ドン!

「「「!」」」

 ドン! ドン! ドン! ……

 連射に勝家達は、耳を塞ぐ。

 それでも砲撃は、続く。

 新潟城はどんどん抉られ、城内は、丸見えに。

「!」

 怒った景虎やその部下達が、火縄銃で応戦するも、到底、届く事は無い。

 勝家と義隆は、言い合う。

「おい、一体、何発撃ち続けるんだ?」

「真田殿は、本気で城を破壊する様ですね」

 氏康達も、腰が抜けていた。

「「「……!」」」

 若し、徹底抗戦を続けていたら、小田原城もあの様になっていたかもしれない。

 櫓や城壁は、爆破解体の様に崩壊していく。

 最後に残った3層からなる2棟の楼閣には、景虎のみが残った。

「……」

 既に戦意を失い、呆然としている。

 その時、初めて大河は、撃つ事を止めた。

「謙信、良いか?」

「……」

 明らかに謙信は、迷っていた。

 政変は確かに許されない事だ。

 然し、大河の行為は、やり過ぎにも思える。

 只、政変の死傷者は、景虎の死を望んでいるだろう。

「……」

 すっと、景勝が、謙信の背中を撫でる。

 ———

『心配しないで。越後は俺が守るから』

 ———

 と。

 その言葉に、謙信は腹を決めた。

「やっちゃって」

 そして、景勝になぐさめられつつ、読経を始めた。

「……」

 鎮魂歌と受け取った大河は、最後のM829A1を放つ。

 数瞬後、楼閣に直撃し、御館の乱は三日天下に終わるのだった。


 景虎敗死は直ぐに越後国全土に伝わり、抵抗を続けていた景虎派の将兵達は、次々と投降を始めた。

 数日間に渡って起きた御館の乱は、数千人の死傷者を出し、数万人の難民を生んでいた。

 死者は帰って来ないが、難民は今後の景勝の舵取り次第で、帰還出来る可能性がある。

 又、惣無事令が施行されていたのも景勝派には運が良かった。

 若し、未だ戦国時代だったら武田氏や北条氏等が、混乱に乗じて侵攻してきた可能性が高い。

 史実の御館の乱でも、景勝は勝利を収めたものの、上杉氏の弱体化は、否定出来ず、北陸からは、織田家の柴田勝家が東進し、会津国(現・福島県)からは蘆名氏が侵攻する等した。

 又、恩賞の配分で家臣の間では、亀裂が生じ、新発田重家(1547~1587)が反逆する等、チトー死後のユーゴスラビアの如く、越後は混乱に拍車をかけた。

 その為、若い景勝には、その重荷を背負う事になる。

 謙信の居城・春日山城にて。 

「大河、景勝を1人にするのは、心配だから。私はここに残るわ」

「別居、という事か?」

「ええ。大丈夫。離縁はしないから。(絶対にしないし)」

 最後の部分は、ごにょごにょだった為、大河には聞こえなかったが、離縁が無いのなら、愛妻家としても安心だ。

「気持ちは分かるが、俺は離れたくない」

「! 真田……」

 完全にべた惚れの謙信は、感動する。

 恐らく現代でも、これ程の愛妻家の日本人は、少ないだろう。

「だから、こうする」

「え?」

 謙信の手と大河のそれが、手錠で繋がれる。

「これは……?」

「鍛冶屋に作らせた物だ。どうせそういうと思っていたよ」

「じゃあ、真田が、こっちに移住する?」

「そうしたいが、京に残して来た妻達が、軍を送ってきそうだから無しだな」

「じゃあ、如何するの?」

 大河は、景勝を見た。

「近侍に直江兼続と言う者は、居るか?」

「……」

 顔を真っ赤にしていた景勝は、頷く。

 義父母のラブラブさが恥ずかしいのだろう。

 もっとも、止めない所を見ると、嬉しいのかもしれない。

 塞ぎ込まず、明るい謙信だから。

「誰なの? その直江何某って? 直江信綱じゃなくて?」

 信綱と兼続。

 同じ苗字だが、2人に血縁関係は無い。

 信綱は元々、長尾氏の出。

 兼続も元々は樋口氏。

 最初に信綱が直江氏の婿養子となり、直江姓の名跡を継ぎ、彼の死後、兼続が彼の正室・お船の方と結婚し、直江氏になったのだ。

「超有能な武将だよ」

 大河は、謙信に微笑み返す。

 現実主義者の大河だが、人物鑑定眼には、定評がある。

 浪人だった宮本武蔵や島左近を召し抱え、2人がどんどん昇進しているのが、良い例だ。

 その為、謙信も景勝も疑わない。

「分かったわ。景勝、彼を重宝する様に」

「……」

 義母の助言に景勝は、深く頷く。

 この時、直江兼続は、まだ世に出ていない16歳の無名の若造であった。

 然し、”一騎当千”である大河の推挙という事で、一気に注目を集める。

 彼がどの様にして景勝を支えていくかは、分からない。

 だが、謙信は安心していた。

(真田が選んだ御人……必ずや弱体化した家を建て直してくれる中興の祖になってくれる筈)


 北条の処分に、信長は迷った。

「山城が擁護するとは……やはり、めかけ懇願こんがんか?」

「恐らく」

 秀吉が、頷く。

「全く、愛妻家だな。妻でもない者の意見を聞き入れるとは……その女は、傾国の美女になるぞ?」

 と、言いつつも、沢山の妻達を侍らせている大河が、羨ましいのか。

 それ程、怒っている様子は無く、逆に呆れているだけだ。

「まぁ、この件は山城の力無くしては、短時間で解決出来なかったのは事実だ。又、時には、優しい所も見せないとな。鬼だと人心は、離れていくだけだし」

 鉄扇てっせんをパチンと鳴らし、意外にも信長は寛大だ。

 民から慕われている名君・氏康を評価しているのだろう。

「ここは、功労者に応え様。秀吉、勝家に伝えろ。『北条一族は追放。その旧領は、家康の物とす』と」

「は!」

 信長の鶴の一声で、関東の統治者が、変わった。

 その報せは、早馬で、直ぐに家康の下に届く。

「相模等が我が支配下になったぞ。忠勝」

「は」

「直ぐに兵を送れ。あそこの湿地帯を干拓したい」

 かねてから家康は、関東地方に注目していた。

 あそこを開拓し、京を凌ぐ大都市圏を作りたい、と考えていたのだ。

「西は三河から、東は甲斐を除く下総まで。殿は東海道の盟主ですな」

「まだだ。武田は何れ併合するとして、未だ織田が健在だ。信長が死んだ時、好機ぞ」

 ———

『鳴かぬなら 鳴くまで 待とう不如帰ほととぎす

 ———

 との代表的な俳句がある様に。

 家康は信長の死を待っていた。

 信長は、天文3(1534)年生まれ。

 家康、天文11(1543)年生まれ。

 人間50年と言われるこの世で、万和元(1576)年現在、信長43歳(数え年)、家康34歳(同)。

 人間50年が事実なら、信長の寿命は残り7年だ。

「半蔵」

「は」

「信長を敵視している、又は、反感を持っている武将達を集めろ」

「は」

「もう一つ、信長の既往歴を調べろ。持病があれば、死は近い」

「は」

 同盟国でありながら信長の早逝を望む家康。

 彼の前では、作り笑顔で従順な臣下を演じているが、その内は、恨みでどす黒い。

 信長の死を契機に、家康は一気に天下人を目指すのであった。

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