第48話 古今無双

 越中国(現・富山県)に入国すると、海岸線に九鬼水軍率いる安宅船が待っていた。

「信長様の御命令で御待ちしていました。九鬼嘉隆と申します」

 小麦色の肌の漁師風の武将が、挨拶する。

 戦車跨乗タンコーヴィイ・ヂサーントしていた大河は、飛び降りた。

「初めまして。真田山城守大河です。援軍ですか?」

「はい。その戦車と言いますか……それを載せる様に御命令を受けています」

 嘉隆の傍らには、無愛想な熊系武将が立っていた。

「柴田勝家だ。宜しく」

「宜しくお願い致します」

 警戒感を露わにする勝家。

 どれほど礼儀正しく振る舞う大河でも、九州や京、甲斐での戦功の話を聞けば、中々なかなか信用出来ないのだろう。

「どうぞ」

 安宅船の鉄の扉が開く。

「小太郎」

「は」

 操縦手の小太郎が運転し、安宅船にM1エイブラムスを乗船させる。

 約55tの重みで少し沈むも、沈没する事は無い。

 流石、村上水軍を打ち破った船だ。

 景勝派の1万人も小舟等に分乗し、織田・上杉連合軍(総勢3万)が、ここに完成する。

 対するは、景虎・北条連合軍(6万)。

 丁度2倍だ。

 兵数では劣勢だが、この他、伊達や武田等も参戦予定の為、総攻撃となった場合、簡単に勝てるだろう。

 だが、戦争は金がかかる為、誰も本心ではしたくない。

 真面まともにぶつかるのは、余力がある連合軍同士だけだろう。

「景勝、挨拶に行きなさい」

「は」

 車長席しゃちょうせきから景勝は降り、戦車から出て1人1人に自己紹介していく。

 その様子を謙信は、潜望鏡せんぼうきょうから微笑ましく見詰めるのであった。


 夜は、佐渡国(現・新潟県佐渡市)で宿泊する。

 織田家主催の宴だ。

・お米

椎茸しいたけ

・おけさ柿

・ル レクチエ

・ビオレ・ソリエス

・林檎

・蜜柑

・キウイ

西瓜すいか

葡萄ぶどう

桜桃サクランボ

・メロン

・佐渡牛

・南蛮エビ

・ズワイ蟹

烏賊いか

ぶり

牡蠣かき

・地酒

 等、地元の名産品が、並んでいる(*1)。

 勝家や義隆は爆食いするが、

「……」

 大河は、チビチビとしか食べない。

 不思議に思った義隆が、尋ねた。

「真田殿、食欲がないのですか?」

「いえ。沢山食べると、体が重くなり、動けなくなるので、軽食で済ましているんです」

「では、勝った後は、食欲旺盛に?」

「そうなりますね」

「成程」

 義隆は史実では関ヶ原合戦で敗れるも、それ迄の功績から家康が助命を認めた程の武将だ。

 もっとも、早まった家臣が彼に自刃を迫り、助命の知らせが届く前に彼は自刃してしまう『ロミオとジュリエット』の様な、数瞬の差の悲劇が起きてしまうのだが。

 兎にも角にも、大河はあの最強の村上水軍を破った義隆を高く評価していた。 

「真田、もう疲れたわ」

「分かった」

 移動で疲労困憊の謙信は、後の事を景勝に任せ、宴会場から出て行く。

「……」

 義母を慮った景勝も会釈し、退室。

 残ったのは、

・大河

・楠

・小太郎

 だけ。

「九鬼殿、御馳走様でした」

「奥様の介抱ですか?」

「はい。2人は、如何する?」

「お腹一杯。寝るわ」

「主、私もです」

 結局、一同は織田家を残し、宿舎に戻った。

「全く、折角、用意したのに」

「まぁまぁ、柴田殿。そうおっしゃらずに」

 義隆が、勝家の杯に地酒をそそぐ。

「……義隆、どう思う?」

「真田殿ですか? 好青年だと思いますよ。礼儀正しいですし。ですが、もう少し食べて欲しかったですね」

 主催者としての不満は残るが、納得出来る説明がなされた為、義隆も強要はしない。

「じゃあ、あの戦車は?」

「恐らくですが、 ”国崩し” 以上の破壊力があるでしょう。あれを村上水軍が保有していたら、我が軍は負けていたかもしれません」

「……」

 勝家は、漁港に停泊中の安宅船を見る。

 その砲塔と目が合う。

(あれが若し、安土城に向けられたら……)

 未だ砲撃を見ていないにも関わらず、勝家は戦々恐々とするのだった。


 宿泊先の旅館に入った大河は謙信を寝かしつけた後、鎧に着替えていた。

「……?」

 景勝が視線で、『何を?』と尋ねている。

「出陣だ」

「!」

「楠、小太郎」

「呼んだ?」

「は!」

 呼ばれた2人も忍び装束に着替えていた。

 以心伝心である。

「一番槍は、どうしても俺がしたいんだ。織田家の協力は、必要無い」

「……」

 ―――『織田家が怒りますよ?』と景勝はあたふた。

「案ずるな。織田と敵対する気は無い。只、今回ばかりは我儘を押し通したい」

「……」

 尚も心配気な景勝。

 折角、知り合えたばかりの義父を見送るのは、辛いものがあるのだろう。

「じゃあ、確認するが、初陣を綺麗に飾りたいか?」

「……」

 力強く頷いた。

「分かった。じゃあ、謙信の面倒を頼んだぞ?」

「!」

 参陣出来る、と景勝のテンションは、上がる。

 面皰を装着し、大河は毘沙門天の軍旗を背負う。

「俺の策だ。実はな―――」

「「「!」」」

 大河の奇策に3人は、眉を顰めた。

 本当に成功するのか? と。

 然し、大河は、この日ノ本で不可能を可能にして来た実績がある。

「支配者作戦、実行の時だ」


 万和元(1576)年6月6日。

 奇しくもこの日は、グレゴリオ暦の昭和19(1944)年同日に所謂、『史上最大の作戦』が、仏・ノルマンディーで行われた日であった。

「……」

 大河の脳内BGMは、『ワルキューレの騎行』で一杯である。

 あの曲は、ベトナム戦争の映画が最も有名で、滑空する空軍機を背景にした方が最良なのだが、安土桃山時代にあれほどの空軍機は、未だ存在しない。

 否、二宮忠八が、鋭意開発中の為、近々出来るだろう。

 今回は間に合わなかったが、又、次の機会に公開出来る筈だ。

「主、上陸します」

「うむ」

 闇夜に乗じて、戦車は安宅船から下船する。

 安宅船は、そのまま、佐渡国にとんぼ返り。

 織田家の中にも、大河が放った内通者が大勢居た為、一時的に安宅船を拝借出来たのだ。

 M1エイブラムスが上陸すると、海中に潜んでいた見廻組の水軍も顔を出す。

「「「……」」」

 皆、海女の訓練を受けている為、溺死する事は無い。

 その数、100。

 対する関屋浜に居る北条軍は300。

 皆、火縄銃等で武装しているが、周囲の景色に擬態したM1エイブラムスと水兵達に気付く者は居ない。

「謙信。撃っていいよ」

「分かった」

 標的を見定め、謙信は、力一杯に釦を押す。

 と、同時にXM1147AMPが発射され、陣地が吹っ飛んだ。

「! なんだ?」

「爆発したぞ!」

 爆発地点に北条軍が殺到する。

 と、同時に水兵達がときの声を上げて、

「「「万歳!」」」

 日本刀や水中銃、槍を構え、旧日本軍の様に万歳突撃を敢行。

 彼等はカモフラージュメイクを施し、闇夜では殆ど見えない。

 透明人間達による夜襲に、

「うわ! 亡霊だ!」

「ひえ、来るな!」

 更に、北条軍は大混乱に陥る。

 そんな中、第2弾が彼等を狙っていた。

「……」

 無表情で謙信は、撃つ。

 景勝を慕っていた家臣達を討った仇敵だ。

 容赦はしない。

 XM1147AMPは、北条軍に直撃し、今度は人体が四方八方に散らばった。

「何だ? 今の音は?」

「”国崩し”か?」

 そこで、ようやく彼等は、攻撃である事を悟る。

 然し、大砲と勘違いしている様だ。

「楠」

「分かった」

 楠が上部へ行き、車長用の12・7mm重機関銃M2を握る。

 そして、引き金を引く。

 ”ホワイト・フェザー”ことベトナム戦争で活躍した名狙撃手、カルロス・ハスコック(1942~1999 確認戦果93)の様に。

「!」

 12・7x99mm NATO弾を真面に食らった足軽は、断末魔を上げる事も無く、たおれる。

 射撃場で狙撃の練習の賜物だ。

 冬戦争で542名もの確認戦果を挙げた世界最強の狙撃手、”白い死神”―――シモ・ヘイヘ(1905~2002)が、「狙撃の秘訣は?」と問われ、「習熟だ」と答えた様に。

 練習は、嘘を吐かない。

 もっとも、楠の場合は元々、狙撃手としての天性の素質があったのだろう。

 1人仕留めた事で自信がついたのか、ラ〇ボーの様に楠は連射を開始。

 ドドドドドドドドド……

「ぎゃあ!」

「ぐわ!」

 逃げ惑う北条軍。

 正体不明の夜襲により、精神的にも弱体化していた北条軍は、総崩れになり、陣地を放棄する。

 陣地に入ると、逆方向から、毘沙門天の軍旗を掲げた景勝派がやって来た。

 近くの弥彦山に隠れ、様子を伺っていたのだろう。

「真田様ですか?」

 老将が、駆けよって来た。

 大河が、顔を出す。

「真田山城守大河です。何方どちら様ですか?」

「宇佐美定満と申します。上様も御一緒で」

「はい。景勝も一緒です」

 と、景勝を抱っこして見せる。

「おお、景勝様だ!」

 総大将直々の参陣に景勝派は、大いに沸く。

 総大将が戦地に直接来るのは、相当、危険な行為だ。

 然し、長所としては士気が高まる。

 関ヶ原合戦でも、西軍の総大将は、豊臣秀頼であったが、淀殿(茶々)の猛反対により、結局、戦地に彼が来る事は無かった。

 淀殿は親心から猛反対し、豊臣家はこの戦いの際、中立の立場を崩さなかった。

 石田三成等としては、豊臣家の為の戦いだったのに、肝心の総大将がこれでは西軍の意味が無い。

 逆に東軍には徳川家康が直々に参陣し、場合によっては自らも前線に出ていた。

 石田三成の人望もさることながら、この戦いは開戦前からある種、既に東軍の勝利が確定していた、とも言える。

「景勝様~!」

「謙信様もいらっしゃるぞ~!」

 景勝派は勿論、避難していた市民も集まって来る。

 直接、政変の被害者になっていない彼等だが、主君が留守をしていた際に越後国を乗っ取った景虎に信頼は無い。

 清廉潔白な謙信と比べると、卑怯者としての心象が出来上がり、民心は離れていたのだ。

 市民が戦車を取り囲み、軍勢は新潟城に向けて進軍していく。

 この光景は、東欧革命で唯一、血が流れたルーマニア革命の一場面にそっくりだ。

 元々、名君だった共産主義者のチャウシェスク大統領だったが、徐々に独裁化し、最後は、頼みの綱であった軍隊も「市民を殺傷出来ない」とし、民主派に付き、遂に共産政権は、たおれた。

 その際、市民が、国軍を支持していた事を、大河は思い出す。

(民の支持失くして、国家無し……だな)

 

 関屋浜から新潟城までは、約30kmだ。

 謎の新兵器の登場に氏康は、たじろいだ。

「戦車をわざわざ、京から運んでくるは……」

「父上、如何しましょう?」

 景虎は、震えていた。

 敗残兵から報告を受けたのだが、戦車の威力は、凄まじかった。

 ず見えない。

 何の奇術を使用しているのかは定かでは無いが、兎に角、見えないのだ。

 又、砲撃も大砲以上の被害が出ている。

 着弾すると同時に爆発し直撃すれば、文字通り木端微塵だ。

 かすっても、四肢が損壊し、肉が露出、やがて死ぬ。

 即死か苦しんだ後に死ぬかの違いだけである。

 戦車の登場に、北条軍と景虎派の一枚岩は崩壊していた。

「殿、ここは、被害が少ない間に降伏するべきです! 今なら温情ある処分で済む筈です!」

「馬鹿を言うな! こうなった以上、落城するまで戦うべきだ!」

 日和った者は、穏健派に鞍替えし、武闘派は、徹底抗戦を主張する。

「……氏照、我が軍の被害は?」

「は」

 氏康の四男が、答える。

「死者、負傷者、逃亡兵は、其々それぞれ100ずつです」

「「「!」」」

 家臣団は、驚いた。

 報告では、戦闘は30分程の短さだったのだが、その短時間で、それ程の被害が出ているとは思わなかったのだ。

 数字が判った以上、武闘派は、

「……」

 悔しそうに座った。

 論より証拠だ。

「民は、景勝を支持し、各地では、逃亡兵の残党狩りが行われています」

「! 何と」

 大河が出した「残党狩りで戦果を挙げた者は褒賞を与える」との宣言が効果を出した結果、人狩りマン・ハントが始まっていた。

「又、負傷兵も発見次第、その場で討ち取られています。我が軍の補給路も絶たれました」

「「「!」」」

 絶句する一同。

 兵糧も武器も無い。

 まさに四面楚歌だ。

「「「……」」」

 家臣団や景虎は、一斉に見た。

 腕組みをし、考えている氏康を。

 選択肢は、二つ。

・餓死覚悟で籠城し、負ける場合。

・今更詫びて、世間の笑われ者になりながら、負けを受け入れるべきか。

「う、え様……」

 ぼろぼろになった北条軍の兵士が、大広間に現れた。

 もう死に体だ。

 ありとあらゆる場所を斬られ、一部は、骨が見えている。

「お、小田原城から参りました……」

 どさり。

 それが、遺言だったらしく、兵士は逝く。

 その手には、血塗れの書状が握られていた。

 氏照が、その指から外し、氏康に渡す。

「……!」

 読んだ瞬間、氏康は、書状を放った。

「? 親父殿?」

 景勝が見る。

 ———

『拝啓 逆賊一同様

 初めまして。

 真田山城守大河です。

 貴家の地元・小田原城を包囲しました。

 回答次第では、戦車で小田原城を文字通り、崩します。

 賢明な回答を願っています。

                     真田山城守大河』

 ———

「!」

 死者を見る。

 恐らく、北条軍の捕虜を拷問し、氏康の正室・瑞渓院ずいけいいん辺りを脅迫したのだろう。

 北条軍、景虎派の意見は、ここで一致した。

 降伏する、と。


[参考文献・出典]

 *1:https://www.visitsado.com/sado/souvenir/

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