越後国
第47話 捲土重来
万和元(1576)年6月2日未明。
北条氏康の支援を受けた上杉景虎が、蜂起した。
新潟城に居た景勝派の寝込みを襲う。
「う、裏切りだぁ!」
「ぎゃああああああ!」
完全に同志と思い、油断していた彼等は斬り合う時間も無く、次々と
僅か数時間で、新潟城は景虎の手に落ちる。
誰の目で見ても明らかに、謙信が重んじる義に明らかに違反している。
景勝派は激昂するも、内戦化した場合、市民が巻き込まれる可能性が浮上。
皆、越中国(現・富山県)や佐渡国(現・新潟県佐渡市)に亡命し、越後国(現・新潟県)は景虎の支配下になった。
「……」
書状を見た謙信は、放心状態である。
安土城に居た景勝も急遽、二条古城に戻って来ている。
「……」
心配そうに義母(養母)を見詰めていた。
「景勝、信長様は、何と?」
「……」
その目は、
『激怒しておられます。直ぐに景虎討伐の軍を集めています』
と告げている。
昨日の今日だが、意思疎通は目を見れば、不思議と出来る事が分かって来た。
「小太郎」
「は。御報告します。景虎が蜂起したのは、元我が殿・氏康が関係していました」
「「!」」
謙信と景勝が、同時に見た。
「やはりか?」
「! 主、分かっていたんですか?」
「薄々な。景虎は氏康の実子だし、奴が
「流石です。これが、檄文の複写です」
「「!」」
「……」
3人の前に書状が、置かれる。
「小太郎、如何して……?」
「……」
困惑した様に小太郎は、大河を見た。
「小太郎、答えてやれ」
「は」
非常に面倒臭いが、大河の所有物である以上、小太郎に自由は無い。
「これは小田原城に潜ませている間諜からの物です。最近、やけに景虎宛ての贈答品が増加傾向にあった為、不審に思い、間諜の判断で調べて判った物です」
「……いつ判ったの?」
その謙信の目には、「わざと報告を遅らせて、越後を見殺しにしたのでは?」との疑念が
「先程です。空輸で届いたばかりなので、謙信様の疑念は、不適当かと」
「……然《そ」うなの?」
大河に問うと、
「ああ。知っていたら早めに摘んでいたよ。俺も今、初めて知ったんだから」
「……そう」
「それに今になって空輸されたのは、俺が間諜に『決定的な証拠を掴む迄、報告するな』と伝えているからだ。済まない」
「……分かった」
大河が謝った事で、謙信は怒りを何とか抑える。
大河も必死なのだ。
その証拠にその握り拳には、血が滴っている。
今にも越後に行き、愛妻を傷付けた景虎を討伐に行きたい気持ちを抑えて。
「望月」
「は」
「ちょっと、エイブラムスを1輌貰う」
「え?」
「だから、新たに1輌、源内に作らせろ。良いな?」
「組長、何を?」
「久々に実戦練習出来る良い機会だ」
「! 主―――」
「北条は俺に喧嘩を売った。もう耐えれん」
「そ、そんな……!」
北条家の為に大河の下で奴隷となったのだが、今度は両者が喧嘩するとは、小太郎も予想外だ。
「どうか……御慈悲を」
「無理だ。決定事項だ。家訓を忘れたか?」
「う」
———
『十二、第1条 長は常に正しい
第2条 長が間違っていると思ったら第1条を見よ』
———
「……本気ですか?」
「ああ」
「では、
「何言ってんだ手前?」
それほど、温和だった大河の雰囲気が、一変する。
「奴隷の分際だぞ?」
「申し訳御座いません! ですが、氏康様の御命だけでも―――」
「ならん」
「! だったら」
小太郎は、デリンジャーを抜いた。
「「!」」
主に拳銃を抜いたとなると、それは明らかな反乱だ。
死罪は、免れない。
「主を殺して私も死にます!」
「……覚悟の上か?」
「はい!」
涙目で頷く小太郎。
大河の奴隷になった彼女は、妾として愛されている事に気付いていた。
そして、自分も大河が好きな事を。
だが、長年、培った忠誠心は捨てられない。
代々、北条家に忍びとして仕えていた身として、北条家に弓を引く事は出来ないのだ。
「……分かった。では、こうしよう。北条家とは戦争するが、北条家の存続は認め、家督は氏直にする」
「!」
北条氏直は、永禄5(1562)年生まれ。
万和元(1576)年現在、14歳の筈だ。
「謙信、それで良いか?」
「……良いわ。私が恨むのは、景虎と氏康だけだから」
怒り狂う謙信と何とか北条家存続に動く小太郎の要望を、見事に叶えた譲歩案だろう。
「ただ、小太郎。氏康が籠城し、自刃しても恨むなよ?」
「はい……」
しゅんとする小太郎。
「謙信、用意しろ。開戦だ」
「! もう?」
「ああ、時間が経つと又、殺意が沸騰しかねんからな。早い方が良い。望月」
「は」
「済まんが、誾千代達に事情を説明しておいてくれ」
「……は」
誾千代は、大河の本業から分かってくれるだろう。
問題は、三姉妹や千姫、朝顔は反対する可能性が高い。
特にお江が心配だ。
あれだけ懐いておけば、大泣きする筈である。
「楠」
「はいよ」
しゅたっと、天井裏から降りて来た。
「一緒に行くか?」
「あら? 誘ってくれるの?」
「じゃなきゃ、前みたいに勝手に付いて来るだろう?」
「まぁね」
「じゃあ、荷造りしろ。遠征だ。小太郎もな?」
「は!」
2人は、奇術の様に同時に消える。
流石、くノ一だ。
「私も行きたい……」
謙信が、挙手した。
「分かってる。反対はしないよ。景勝、初陣か?」
「……」
こくっと、頷いた。
「じゃあ、思い出に残る初陣になるな」
「?」
この時、景勝は知らなかった。
何故、軍神が惚れたのかを。
M1エイブラムスの基本データは、以下の通りである。
・全長 :9・83m
・車体長 :7・92m
・全幅 :3・66m
・重量 :54・45t
・懸架方式:独立懸架トーションバー方式
・速度 :67km/h(整地)
:48km/h(不整地)
・行動距離:M1:495km
・副武装 :12・7mm重機関銃M2(対物・対空)
7・62mm機関銃M240(主砲同軸)
・装甲 :複合装甲(砲塔前面及び車体前面)
均質圧延鋼板(車体)
・乗員 :4名
武器の愛好家である大河は、源内に渡した設計書に一部、変更を加え、砲弾を従来の、
・XM1147AMP
・M1028
等の他にも、速度も最高50(未整地)~70(整地)まで早くなっている。
更に凄いのが、イスラエル軍の最新技術である偽装技術も取り入れている所だ。
これは、周囲360度の背景にカメレオンの擬態の能力を科学的に作り出す事が出来る。
簡潔に言えば、透明人間になる事が出来るのだ。
操縦手の小太郎は、緊張していた。
「うう……事故らないか心配です」
「誰でも初めては怖いものよ。抱かれた時を思い出しなさい。2回目は、慣れたでしょう?」
砲手の楠が、諭す。
「……」
装填手の景勝は、乗車以降、車内を見回す事を止めない。
初めて見る鉄の塊に興味津々なのだ。
車長の大河が、尋ねる。
「乗り心地は?」
「狭いわ。でも、貴方と一緒なら安心する」
「俺もだよ」
車長の座席に謙信が座り、その膝の上に大河が居る。
謙信が大河を背後から抱き締めている格好だ。
現在、一行は、景勝派の軍勢1万人と共に北陸道を移動している。
彼等は、
「真田の殿様は、凄い乗り物をお持ちだなぁ?」
「そうだな。尻が痛くなるのが、難点だが」
「この長い筒からは、何が出るんだ?」
「さぁ? 噂によれば、火縄銃の弾の数倍でかい火の玉が出るらしいが?」
「何にせよ。”一騎当千”が御味方で直々に御参戦なされているんだ。頼もしいよ」
景虎派は、北条軍の軍隊と一緒に居た。
北条軍の派兵は表向きには、「説得工作の為」。
暴発した実子を
越後国や北条領は、諸大名によって包囲され、後は信長の着陣を待つだけだ。
安土城にて。
「全く……真田め。この儂を差し置いて、自ら出陣するとは。あやつも武士であったか」
大河の勝手な行動を、信長は怒りつつも評価していた。
いつもは、
・無関心
・無欲
だが、甲斐国の武田義信討伐の例がある通り、やる時はやる男だ。
「上様、どうします? 処罰しますか?」
「
「では、黙認と?」
「ああ。それに奴は、山城国の民から非常に慕われている。朝廷からも信頼が厚い。不用意に処罰すれば、彼等の反感を買いかねん。彼等の後押しの下、山城が反旗を翻せば、それこそ再び乱世になるぞ?」
「……」
朝廷との関係を重んじる信長は、まだまだ安土幕府が盤石ではない所から不用意に敵を作りたくなかった。
「勝家」
「は」
「至急、山城に援軍を出してやれ」
「! では、山城と共闘を?」
「ああ。
「は!」
勝家が出て行く。
信長は、天を仰いだ。
(さぁ、見せてくれ。山城よ、貴様の秘密を)
伏見古城では、誾千代の下に女性陣が集まっていた。
「如何します? 勝手に行きましたが?」
「千姫、怒らないで。彼は謙信を
「それは分かりますけれど」
ちらっと、朝顔の方を見る。
「……」
内容は勿論、大河達の平穏無事だろう。
おろおろとするのは、アプトだ。
上司が居なくなった以上、仕事が無い。
彼女は、大河専属の侍女だから。
「アプト、大丈夫よ。ほら、御出で」
「……」
誾千代に抱擁され、アプトは亡き母を思い出す。
まるで、慈母の様な温かさだ。
訓練場では、望月が隊長室に居た。
「……」
大河の肖像画を指でなぞる。
どれだけ激情家でも、大河は冷静沈着だ。
京都の治安維持と女性陣の護衛の為に望月を敢えて指名しなかった所を見ると、その判断力の高さも、彼女は頭が上がらない。
副長になっても、それらの能力差を考慮すると、全然差が埋まらない感じだ。
(選ばれたかった……)
自然と涙が、
失恋とは違う辛さだ。
分かっている。
副長として、残された事は。
ただ、選ばれたかった。
謙信は上杉家の人間だから、同行は当然だ。
然し、奴隷やくノ一より下なのは、納得出来ない。
(……絶対に次は……選ばれてやる!)
望月は、唇を噛んだ。
大河の顔に血が付着する。
それを望月は指でなぞり、大河の唇に擦りつけるのだった。
安土城のお市の部屋には、三姉妹が避難していた。
「兄者が、兄者が~!」
泣きじゃくるお江を、お市が、優しく抱擁している。
「お江もまだまだお子ちゃまね」
「お江、食べて元気出しなさい。それだけ泣くと、後々、頭痛がするよ?」
キャラメルを渡すお初も涙目だ。
普段はつっけんどんだが、やはり、夫婦である以上、心配なのだろう。
「……」
茶々は、熱田神宮の方角に向かって祈っていた。
祈祷後、涙を拭う。
そして、振り返る。
妹達に弱い姿を見せられない。
長姉としての役割だ。
「お母様、真田様は、無事ですよね?」
「大丈夫よ。あの方は、不死身ですから」
「……」
何の根拠も無い発言だが、母は強し。
優しく娘達を励ましてくれる。
「帰って来たら、思う存分、ボコボコにしてやりなさい。こんだけ心配させているんだから。で、その後、目一杯、愛されなさい」
「……される?」
「然うよ。真田様は御優しい方だから。これまで、貴女達に1回でも手を振り上げた事や、暴言を吐いた事はある?」
「……」
思い返せば、夫婦喧嘩は無い。
妻が怒っても、大河が直ぐに謝るから、喧嘩にならないのだ。
又、どれだけ疲労困憊でも、体調不良でも、大河は妻を優先している。
日ノ本史上最高の夫だろう。
「今は只《ただ」、帰って来た時の為に備えて健康である事が、貴女達の任務よ。良い? 分かった?」
「……はい」
茶々は、冷静さを取り戻していく。
小谷城落城を経験しているだけあって、彼女達は並の精神力ではない。
(真田様、御無事で……)
彼女達の祈りが熱田神宮を通して、大河に伝わったか如何かは天照大御神にしか分からないことであった。
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