第46話 一竜一猪
越後の上杉景虎に注意しつつ、大河は山城真田家当主として、家訓を完成した。
———
『一、死を想え。
二、その日を摘め。
三、生きる事は戦う事だ。
四、自らを征服するものを征服する。
五、 時は飛び去る。
六、 汝平和を欲さば、戦への備えをせよ。
七、生ある限り希望はある
八、炎は黄金を証明し、苦難は勇者を証明する。
九、幸運は勇者に味方する。
十、誤るのが人間である。
十一、前進せぬは後退することなり。
十二、第1条、長は常に正しい。
第2条、長が間違っていると思ったら第1条を見よ』(*1)
———
家訓にラテン語と英語が基の格言を導入したのは、日ノ本で山城真田家が唯一だ。
幸村や左近等にも配布され、暗唱出来るまで覚えさせる。
無論、望月も。
お江は、その深い意味を知らぬまま、惚れ惚れしている。
「望月、座学の中に南蛮語を必修科目とする」
「は」
世界で初めて航空機や戦車等の開発に成功した見廻組には、貿易の関係上、南蛮人の出入りも激しい。
恐らく、欧州でも大河の名は有名人となっているだろう。
「真田、私にも南蛮語を教えてくれ」
「分かったよ」
真面目で教養のある朝顔の事だ。
勉強すれば、忽ち、
又、言語は満8歳(7歳説、5歳説も)まででないと母語としての習得は難しいとされる、所謂、臨界期仮説に則れば、10歳の朝顔は他の女性陣よりも十分に可能性が高い。
「でも、朝顔。俺は玄人の国語の先生じゃないから、念の為、本物の
「あら? 貴方のは汚い南蛮語って事?」
「否定は出来んな」
例えば、今は控えているが、シリアでの口癖は、Fワードであった。
思い返せば、エミ〇ム並に連発していた時もある。
Nワードも自分からは使用しないが、アフリカ系の兵士達が使用していたのを見ている為、耳馴染みがある。
この様な言葉は、日本でもアメリカでも、テレビ番組等で使えば、放送禁止用語として伏せられ、時には袋叩きに遭う事もある為、使用時には最大限の注意が必要だ。
「じゃあ、使えそうな言葉を教えてよ」
「分かった。じゃあ、皆集まってくれ」
「「「?」」」
妻達を目の前に集めると、大河は、跪いた。
そして、皆の目を見て、はっきりと言う。
「I have got a crush on you all.(貴女達にベタ惚れです)」
「「「!」」」
言葉は分からないが、妻達は皆、愛のそれだと悟る。
八つの
万和元(1576)年6月1日。
日ノ本全土を平定した織田家の下に諸大名が集う。
北は松前氏から、南は薩摩氏まで。
安土城に諸大名が登城しいく様は、京でも噂となり、改めて織田家の世が始まる知らせとなっていた。
西国の諸大名も安土城に行く為には、京を通過せねばならず、大河に挨拶する者も多い。
「真田、良き面構えになったな」
元就は、嬉しそうだ。
「毛利様、別に無視して下さっても構わなかったんですよ。挨拶をしていなかった無礼者の私の為にわざわざ―――」
「いやいや、朝廷に仕える身なんだろう? 忙しいのは当然だよ。然し、上杉や島津の他、織田や徳川の子女と結婚するとはな……手が早いな」
ガハハハッと、元就は大笑い。
「貴君が先の帝に提案した
「申し訳御座いません―――」
「謝るな。朝顔様は平和主義者なんだろう? 忠臣なら彼女の為に働くのは、当然の事だよ。責めはしない。運が悪かっただけだ」
「……」
元就は、元亀2(1571)年に亡くなっている。
享年75(満年齢74歳)。
既に老将の為、無理せず守りに入ったのだろう。
家督相続、毛利家延命の為に。
「無欲な貴君が仕官したと聞いた時は、驚いたよ。然も仕官先が朝廷で、あれよあれよと言う間に今では、山城守で貴族様だ。我が家に朝廷ほどの魅力があれば、今頃、我が家は上洛出来たかもしれん。全く、陶や大内をやり合わせた天罰が、今にもなって来たかな?」
「……」
大河は、無言で宇治茶を出す。
相当、信用しているのか、元就は躊躇無く飲んだ。
恨まれる事が多く、注意深い筈なのに珍しい。
「それに凄い武器だな? 連発式の火縄銃に暗器。鉄の化物―――
「有難い御話ですが、武家諸法度で武器の貿易は、禁じられているのでは?」
信長は歴代の幕府で初めて、幕府開府を宣言した。
その際に武家諸法度を制定し、諸大名が勝手に同盟関係を締結したり、武器の輸出入等を禁じた。
全て反乱対策だ。
「知っておったか?」
「はい」
「では、登城はするのか?」
「見ての通り、朝廷への報告書が溜まっている為、その時間は無いですね」
「そうか。あの第六天魔王に歯向かうのか?」
再び、元就は大笑い。
年を取った事で、丸くなったのか。
平和な時代なので、心に余裕が出来たのか。
広島で会った時より、非常に柔和な表情になっている。
「おっと、もう時間だ。年寄は長話が好きでな」
「貴重な御話、有難う御座いました」
「京土産、広島の方に送っておいてくれよ」
元就は微笑み、退室する。
続いての訪問者は、大友宗麟であった。
「誾千代から聞いたぞ? 愛妻家らしいな?」
「はい」
「幸せそうで何よりだ―――」
「真田」
突如、襖が開き、島津貴久が登場する。
敵対していた宗麟と目が合うも、意に介さない。
「楠を果報者にしてくれて有難う。息子達も喜んでいるよ」
「? 御同行されてるんですか?」
「ああ。今、楠から色々話を聞いている所だよ。新婚生活をな?」
「はぁ……」
楠の事だ。
恐らく、夜の営みの事までも暴露している事だろう。
「島津、無礼じゃないか? 今は私の時間だぞ?」
「毛利の爺さんが長話する所為で、こっちも時間が押してるんだよ。文句は毛利に言え」
「これだから、猪武者は―――」
「何だと、この野郎」
2人は睨み合い、今にも殴り合いを始めそうな勢いだ。
元就と違い、平和になった今でも血気盛んである。
2人とはそれほど親しくは無い大河だが、新居が破壊されるのは、本意では無い。
「まぁまぁ。これに免じて今はぐっと堪えて下さい」
葡萄酒を
「おお、これは、南蛮産の?」
「真田、これを貴国からの輸出品目にしてくれ。武器でないから規則違反にはならんぞ?」
元就との話を聞いていたのか、武家諸法度の事を持ち出し、貴久は豪快に笑う。
その後、長宗我部や三好等、西国の諸大名が挨拶に来るのだった。
最後に来たのは、景勝であった。
「……」
入室するも、会釈するだけで、諸大名の様な挨拶は無い。
謙信に負けるものか、という意思の表れか。
その眼光は、元服前の11歳(数え年)にもかかわらず、職務質問されるレベルで鋭い。
所謂、ヤクザ顔だ。
現代だと、Vシネマか、組織犯罪対策課で活躍出来るかもしれない。
無口な景勝を助ける為に、今回ばかりは謙信も同席している。
「御免なさいね。息子は無口なの」
「見りゃあ分かるよ。真田山城守大河だ。分かっているとは思うが、君の義父となる。これからは、宜しく」
ぺこり。
やはり、喋らず会釈だけ。
景勝の無口のレベルは、大河も知っていた為、驚きは無い。
然し、何も知らぬ者が彼を見たら、吃音症又は失声症と勘違いするかもしれない。
「『母上を幸せにしてくれて有難う』って」
「! そうなのか?」
景勝を見ると、照れ臭そうに下を向く。
今まで無表情だったが、やはり謙信の前だと、やはり素直になる様だ。
「ね? 良い子でしょう?」
「ああ。只、歳が近いので、子供というより弟感が強いな」
大河は、19歳。
景勝は、11歳。
世の中に8歳差の親子は、世界広しと雖も中々居ない。
記録に残る世界史上最年少の妊婦は、5歳7か月21日で男児を産んだが、流石に大河が知る限り、この日ノ本でもその様な親子は見受けられない。
「年齢差ではそう感じるかもしれないね。でも、私同様、義の人だから、貴方の忠臣にもなるわ」
「養子を家臣にする気は無いよ」
「そう? 有難う♡」
謙信は大河の頭を撫で、押し倒す。
「……」
思わず、景勝は見てしまう。
「おい、景勝が見ているぞ?」
「良いのよ。家族なんだから」
大河に接吻し、謙信は見せ付ける。
「越後は、頼んだわよ。京は私達が担うから」
「……は」
小さく返事をする景勝。
然し、謙信に抱き締められた大河は、その貴重な声を聴く事は出来なかった。
同時刻。
越後の新潟城にて。
「……」
景虎の下に北条氏康から檄文が、届けられていた。
———
『景虎よ、行動を起こせ。
そのままだと、お前は一生、景勝の臣下だ。
儂と手を組め。
さすれば、我が家と貴家は、一体化し、関東及び北陸を治める大国になれる。
うつけの信長は、天下人の器では無い。
鎌倉北条氏と遠縁に当たる我が家こそが、幕府を開く適任者である。
決起せよ。
そして、越後を支配し、そのまま上杉家を乗っ取れ。
良いな』
———
景虎は、氏康の七男だ。
上杉家では事ある
正直、良い印象が無い。
一方、氏康は今尚、自分の事を想ってくれている。
若い景虎の心は、揺れ動く。
義に反している事は分かっていても。
[参考文献・出典]
*1:https://www.taikutsu-breaking.com/entry/latin-quotes
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