新世界秩序

第51話 安穏無事

 甲斐国(現・山梨県)に続き、越後国(現・新潟県)で活躍した大河は、地元・京で大歓迎される。

 大河の似顔絵は大いに売れ、彼の名を冠した酒等は爆買いされ、彼にあやかろうと真田神社の参拝客も激増。

 民の喜び様は、パリ解放直後、連合軍を出迎えるパリ市民の様だ。

 然し、大河は外では英雄視されても、家では妻達に弱い。

 二条古城に入った直後、出迎えた妻達に拉致され、簀巻すまきの上、逆さ吊りにされていた。

 主に茶々と千姫に。

「真田様、御無事は何よりです」

「あれ程心配させた癖に娘を連れて帰って来る等、山城様には、呆れるばかりですわ」

 他の女性陣は彼が無事だった事に安堵し、華姫を大歓迎。

 子供が出来た、と大いに可愛がっている。

 特に誾千代の喜び様は異常で、まるでテディベアの様に華姫を抱き締めていた。

 基本的に優しい彼女達は、例え血が繋がっていなくても、を虐待する様な輩ではない。

「越後の方で謙信様と祝言披露を行った様ですね? 事実ですか?」

「ああ」

「では、私でも良いですよね?」

「勿論だよ」

「あの謙信様が着ていらした花嫁衣装は、何ですか?」

「南蛮式の文金高島田だよ」

「どうやって御用意を?」

「仕立屋に作らせた」

「私にも御願いします」

「分かった」

 ウェディングドレスが着られる、という事で、茶々は軟化していく。

 千姫も。

「山城様、謙信様とは何回寝ましたか?」

「さぁ? 数えてないから分からない」

「では、接吻の方は?」

「うーん……多分、10回?」

「では、11回して下さい」

 小鳥の様に唇を差し出す。

「……今?」

「然うですわ」

「分かったよ」

 言われた通り、口付けを行う。

 が、3回目を過ぎた辺りで、千姫の顔は真っ赤に。

「……きゅう」

 変な声を出し、気絶してしまう。

・大河が帰って来た安堵感

・嫉妬心

・接吻の嬉しさ

 様々な感情が入り混じり、バグった様だ。

「おっと」

 千姫が後頭部を床に強打せぬ様、襟首を噛んで、何とか支える。

 咬合力だけで、人1人を支えるのは、非常に難しいが。

「有難う御座います」

 稲姫が駆け付け、千姫を受け取った。

 茶々自ら、大河を解放する。

「約束ですからね?」

「ああ」

「破ったら、宦官にしますから」

「そうなったら、子作り出来ないぞ?」

「もう……意地悪」

 2人は、ラブラブ・モードに入る。

 稲姫は、つくづく呆れた。

(山城守は、在原業平だな)

 好色家だが、娶った妻達と相思相愛、何なら大河の方の愛が強い位だ。

 とっかえひっかえではないのは、稲姫としても安心である。

 今にも交わらんばかりの勢いの2人であった。


 山城真田家の新たな一員となった華姫は、謙信の部屋で生活する事になった。

 華姫は、城内外に駐留する上杉軍や、侍女達の心の癒しとなり、直ぐに人気者になる。

「アプト、華の世話も宜しく」

「は」

 京での生活にも慣れて来たアプトは、として、華姫の第二の母となる。

 謙信自身が育てても良いが、史実の千姫が、実母の崇源院(お江)ではなく刑部卿局に育てられた様に乳母が育児を行っても何ら不思議ではない。

「ただ、御殿様、この格好は?」

「メイド服という南蛮の女中の制服だ」

「……」

 アプトは、秋葉原で見る様なメイド服を着ていた。

 大河が源内に心象を伝え、図案を書かせ、それを仕立屋に実現させた物である。

 服飾の才能もある源内と、それを忠実に完成させた仕立屋は、有能としか言い様が無い。

 白いニーソックスに、微かに見える太腿。

 これ又白いフリルに、白と黒を基調としたピナフォアは、この日ノ本には無い。

 当然、城内では目立ち、城下町でも噂になり、メイド喫茶が多数、出店し、日々の鍛錬に疲れた男達が先を争って来店し、御気に入りのメイドに金を貢いでいる。

 その為、メイド喫茶の店員は、高給取りだ。

 今後、メイドを主人公とした歌舞伎や能楽が登場するだろう。

 もっとも、先駆者のアプトは、非常に恥ずかしがっているが。

「……せめて太腿は、隠せませんか? 一部の先輩方に不評なのですが」

 現代の日本では、女性が太腿を露出しても何も言われない。

 ブルマという、体育着史上(恐らく)最も男性人気が高かった時代があった位だ。

 然し、「女性が肌を露出する等、けしからん」と憤る勢力も居る事は居る。

 城内では年輩の局が、それを嫌っている様だ。

「不評は気にするな。アプトは俺の侍女なんだから。守ってやる」

「……」

 その言葉にキュンとしてしまう。

 大河が既婚者でなければ、アプローチしていたかもしれない。

「だが、太腿は、絶対領域だ。隠すな」

「……賃金、上げて下さいね?」

「10倍にしてやる」

「有難き幸せです」

 絶対領域は、久米寺(奈良県橿原市)の開祖・久米仙人の神通力を喪失させた程の魅力的な部位だ。

 彼は、天平(729~749)年間に大和国吉野郡龍門寺の堀に住まって、飛行術を行っていたが、久米川の辺で洗濯する若い女性の白いはぎに見惚れて、その女性を妻とした。

 仙人でさえ心酔する程の絶対領域を、世の男達が魅了しない訳が無いのだ。

「主、御手紙です」

 小太郎が、引っ越し用の段ボール位の大きさがある木箱を持って来た。

 木箱からは、手紙が溢れんばかりに詰まっている。

「これは?」

「全て検閲しまいた。全部、その制服の使用許可申請です」

 北は、松前氏。

 南は、島津氏まで。

 全国の大名が、メイド服の噂を聞いて、制式採用を願い出た様だ。

「如何します?」

「許可しろ。どの道、俺が開発者だ。使用料を幾らでも吊り上げる事が出来る」

 大河の狙い通り、どれ程、使用料を高額化にしても、大名は許可を求め続け、結局、各大名は年間使用料1億円(現代換算)でメイド服を導入する。

 そして、大河は、数十億もの利益を叩き出すのであった。


 次に大河が、乗り出したのが、寺子屋の制限であった。

 子供が増え過ぎた結果、悪徳な寺子屋も増えたのだ。

・教師が授業を放棄

・教室内で平然と賭場場(違法)を開く

・試験中の教室に娼婦を呼んで、生徒の目前でおっぱじめる

 ……

 そんな寺子屋で教えられた子供達が真面まともに育つ事は無い。

 現代で言う所のヤクザや半グレ等になってしまう可能性がある。

 そこで、大河はそれまで曖昧だった寺子屋の設置基準を厳格化し、教師の採用基準を知識層とした。

 その定義は、

・『論語』を暗唱出来る者

・外国語に堪能な者

 等、一芸に秀でた者だ。

「大河、如何して、専門家ばかりを集めたの?」

「科目別担任だよ。全科目、優秀な専門家は然う然う居ない。だから、得意な物がある人達を集めたんだよ」

「成程」

 教育に熱心な誾千代は、納得する。

 カンボジアのポルポトは、知識層を中心に殺害した結果、国力が低下した。

 欧米列強から独立を果たしたアフリカの多くの国々も、知識層であった白人を追い出した結果、一気に経済は停滞した。

 知識層というのは、非常に重要な存在なのだ。

 現行の学制にならい、小中高を6・3・3と分ける事も欠かせない。

 知識層を優遇するこの改革は、全国各地から有名な学者達が集い、山城国の識字率は、飛躍的に向上する。

 軍事大国でもあり、教育にも熱心な山城国は、名実共に日ノ本の首都として相応しい。

 の大河の名声も、それに伴い更に高まって行く。

「ちちうえ、にんきもの~」

「そうだね」

 会議中の大河の膝の上に華姫が、攀じ登って行く。

 そして、そのまま転寝うたたねを始めた。

「大河、後は、私がやっとくよ」

「済まんな」

 会議を誾千代と謙信、信松尼に任せ、大河は奴隷と共に出て行く。

 公家達は、何も文句は言わない。

 育児は、それまで、女性の仕事の心象が強かったが、大河が進めた働き方改革により、男性の参加も推奨されているからだ。

 平和になった安土桃山時代。

 時間が有り余った武将が、子育てしても何ら問題無い。

 武器の近代化により、鍛錬も昔程盛んには行われていない。

 又、休日が増加した事も、男性が育児出来る良い機会だ。

 廊下では、アプトが待っていた。

「あら? 眠っていますね?」

「寝不足か?」

「はい。最近、殿の御話を絵本にしようとしていますから」

「絵本?」

「はい。殿を主人公とした軍記物語を」

「……」

 謙信の養女だけあって、華姫は、読書家だ。

 絵本作家、若しくは、作家になるのが夢なのかもしれない。

 アプトが、華姫を受け取る。

「如何します? 止めさせましょうか?」

「良いよ。だけど、夜更かしは体に毒。しっかり、夜は寝させろ」

「は」

 大河は、常日頃から睡眠を重視している。

 夜型の生活を送っていたスターリンは、日頃の不摂生も相俟あいまって、脳卒中で斃れた(*公式発表での死因は、脳内出血)。

 3時間の睡眠で知られているナポレオンも結局の所、睡眠欲には勝てず、昼寝を繰り返していたという。

 逆にどれ程忙しくても1日10時間寝ていた水木しげる(享年93)は、長寿であり、真逆の生活を送っていた石ノ森章太郎(享年60)や手塚治虫(享年60)は早逝であった。

 睡眠を軽視してはいけない(戒め)。

「じゃあ、俺は、会議に―――」

「御待ち下さい。望月副長が、探しておられました」

「望月が?」

「はい。何でも、見廻組の事について御相談がある様です」

「分かった」

 小太郎を連れて、見廻組本部に行く。


 新選組の様な『誠』の軍旗を掲げた見廻組は歴戦の戦果が、朝廷から認められ、今では、京だけでなく、山城国全域を管轄する程の警察機関となっていた。

 もっとも、海兵隊の様な厳しい訓練と、軍隊の様な重装備は、「警察」とは一概に言えないが。

「済みません。御時間を取らせて頂いて」

 暫く会えなかった望月は、凛々しくなっていた。

 大河が居ない間も、鍛錬を怠っていなかった証拠だ。

「こっちこそ。任せっ放しで済まんな。それで、話というのは?」

「はい。これ程巨大化したは、聊か『組』というのは、不適当かと」

「……そうだな」

 望月の提案は、大河も思う所があった。

 見廻組は、初期は、数十人の素人から成る組織であったが、現在は、数万人に迄膨れ上がった。

 82名から成る7月26日運動が革命を成功させ、後に党員・党友数78万人(1997年)もの規模を誇るキューバ共産党になった様に。

 成長中の見廻組なのだ。

「ですから、もう『軍』の名を冠した方が良いと思います」

「分かった。では、改名の手続きをしよう」

 恐らく、朝廷も同感の為、直ぐに済むだろう。

「もう一つ、御願いがあります」

「何だ?」

「私を山城真田家の私兵にして下さい」

「!」

 真っ直ぐな望月の目。

「うむ……」

 越後で活躍した真田軍は、見廻組である。

 公私混同の批判は現在の所、無いが、公私混同である事は、紛れも無い事実だ。

 戦国時代が終わり、戦乱の危険性は以前より低くなってが、史実だと、今後、

・関ヶ原合戦   (美濃国不破郡関ヶ原=現・岐阜県不破郡関ケ原町)

・大坂の陣

 が、待っている。

 信長との関係上、私兵も必要になってくるだろう。

 朝廷に迷惑をかけたくない気持ちもある。

「……分かった。では、真田軍を創設しよう」

「! では―――」

「只、折角、育てて来た者達が、挙ってこっちに移籍するのは、困る。世代交代の実現が条件だ」

「は!」

「最後に」

 大河は、人差し指を立てた。

「俺の部下になりたいのであれば、その頭巾を脱いでもらう」

「? 何故ですか?」

「戦場で目立つからだ。狙い撃ちされかねん」

「然うですね」

 頭巾は、皮膚病の望月にとって命の次に大事とも言え、基本的に大河の目前でしか外さない。

「只、今以上に効く塗り薬を経費として出そう」

「! 本当ですか?」

 一気に大河に詰め寄る。

 数瞬後、望月はそれに気付き、真っ赤になった。

 そして先程以上の速さで、倍の距離を取る。

 忙しい部下だ。

「当たり前だ。新名は、望月に任す」

「! 有難う御座います」

 その場で、望月は、平伏した。

 真田軍の配下になってもその忠誠心は変わる事はない。

 片想いも。

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