第44話 鸞翔鳳集

 万和元(1576)年5月。

 明智光秀が織田家の使者として、二条古城に登城する。

「初めまして。明智光秀です。今回は登城を許可して頂き有難う御座います」

「いえいえ。織田家とは友好ですからね。事前に予約して下さったのは、こちらとしても時間を調整出来たので」

 大広間に2人は居た。

 否、大河の背後には、小太郎が控えている為、1対1の会談ではないのだが。

「今日、来たのは、善隣友好協力条約を貴国と締結したい殿の考えを御伝えしに来ました」

「ほぉ……」

 大河は、目を細めた。

 興味がある為―――ではない。

 面倒だ、と感じた為である。

「貴国は蝦夷討伐の際、唯一、参陣されませんでした。それは何故でしょう?」

「単刀直入に申し上げます。自分の上官が、朝廷だからですよ」

「……」

 朝廷から送られてきた書状を、大河は見せる。

 ————

『真田大河

 上の者を山城守に任ずる』

 ———

 末尾には菊の御紋がしっかりと、押印されていた。

「……では、貴軍は官軍と?」

「錦旗を掲げていない為、官軍か如何かは分かりませんが、朝廷よりこの国を預かっている為、広義では官軍と言えるかもしれません。自分では分からない為、御所に御問合せ下さい」

「……信長様と敵対する気は?」

「ありませんよ」

 鼻で笑い、大河は一蹴する。

「織田が侵攻してくれば、迎撃する他ありませんが、自分の方から敵対する気はありません。それに信長様とは親戚関係に当たります。三姉妹との結婚を認めて下さった信長様です。侵攻させしなければ、動きませんよ」

「……では、条約の方は?」

「帝に聞いて下さい。自分1人では判断出来ませんから」

「……」

 言葉こそ丁寧だが、光秀は、適当にあしらわれている、と感じた。

「では、話は、一旦、保留と言う事で?」

「然う言う事で御願いします」

 大河が頭を下げる。

 途端、時機を見計らったかの様に襖が開き、三姉妹が入って来た。

「光秀、長いわ。真田様、遊びに行きましょう」

「兄様、姉様を御待たせした罰よ。楽しめなさい」

「兄者と逢引♪ 逢引♪」

 三姉妹に捕まり、大河は引き摺られつつ、退室していく。

「……」

 茫然自失する他無い光秀であった。


 恐妻家と言う訳では無いが、大河は、尻に敷かれている事が多い。

 今日も今日で、三姉妹と共に逢引だ。

「今日は、混浴しましょう」

 茶々の鶴の一声で、城内にある大浴場へ。

 大河はアプトに脱がされ、全裸になる。

 そして小太郎、アプトと共に入浴。

「あー、気持ち良いわぁ」

 小太郎の胸を枕に死海の如く、浮く。

「何故、私まで?」

 アプトは、恥じらいでいた。

 彼女の故郷の部族では、家族以外の混浴は認められないからだ。

 大河は一切、彼女の方を見ずに言う。

「裸の付き合いって奴だよ」

「……異文化ね?」

「然う言う事だ」

 肉付きの良いアプトに対し、大河はセクハラは行わない。

 侍女として接しているのだ。

「……私は、抱かないの?」

「侍女だからな」

「でも、奴隷を抱いているじゃない?」

「奴隷は所有物だ。物をどう扱おうが、所有者の勝手だろう?」

「……」

 そうこうする内に、

「兄者~」

 お江が競技の様に飛び込んで来た。

「わっぷ。お江、顔にかかったぞ?」

「御免」

 謝りながらも、浴槽内を泳ぎに泳ぐ。

 一般的な親なら叱るだろうが、普段、温厚な大河が女性に怒る事はほぼ無い。

 妻達の中でも、1番優しく接しているのが、このお江だ。

「お江、最近、胸大きくなった?」

「うん。分かる? 兄者の為に最近、鍛錬しているんだよ」

「そりゃあ良い事だ」

 浮かぶのを止め、お江と共に座る。

 遅れて茶々、お初がやって来た。

 大河同様、全てを曝け出している茶々。

 大事な部分を手拭で隠すお初。

 対照的な2人である。

「お江、先程の行為は駄目でしょう? 幾ら真田様が御優しくしても人に迷惑をかけて良い事はありません。反省しなさい」

「は、はい……」

 一瞬にして、お江は天国から地獄へ。

 大河が優しくても、茶々は長姉として厳しい所がある。

「まぁまぁ、そう怒るな。茶々―――」

「真田様、私は―――」

「ちょっと張り切り過ぎただけだよ。さ、お江。次からは気を付け様な?」

「う、うん……」

 父親の様な優しい言葉に、お江は癒され、茶々から見えない様に彼の背中に隠れた。

「全く……真田様は……」

「お江は賢い子だ。一度、叱られたら次に活かすから」

 茶々等が怒った時、大河はそれに乗っからず、出来るだけ被害者に寄り添う様に徹している。

 所謂、『良い警官・悪い警官』では無いが。

 2人して怒った時、被害者は孤立し、落ち込む可能性が高いのだ。

 そうする事で均衡を保ち、一家の団結を図っている面もある。

 茶々のフォローも忘れない。

「茶々もな。日頃から損な役回りで済まんな」

「いえ、然う言う事では……」

「さぁ、一緒に浸かろう」

「……はい」

 大河に誘われ、茶々は、渋々、混浴する。

 膝の上に乗り、大河に包み込まれた。

「あー、縫い包みみたいだ」

「もう、人を人形の様と同一視しないで下さい」

「そう怒るな。例えだよ」

「あん♡」

 胸を揉まれ、茶々は、興奮する。

 最近、南蛮産の牛乳や妊活の御蔭で、彼女の胸は、絶賛成長中だ。

「もう、真田様は、何時でも御盛んですわね?」

「男は狼なのさ」

 歌にもある様に。

 女性の性欲が枯れ果てても、男性のそれは、死ぬまで尽きない。

 若し、男性の性欲が無くなった時、それこそ男性の存在意義自体も死んだ時であろう。

 人前でイチャイチャする2人。

 アプトは、恥ずかしさの余り、目を逸らす。

 そして、今更ながら実感した。

 とんでもない所に就職してしまったな、と。


 妻の増加に伴い、天守では、拡張工事が行われる。

 又、今まで曖昧であった部屋割りも行われた。

 最上階は、大河と朝顔、誾千代の3人。

 その下に、三姉妹、千姫の4人。

 更にその下が謙信、楠となった。

 誾千代は元帝・朝顔と同格なのは、最初に妻になり、誰もが正室と認めているからに他ならない。

 朝顔は気にしていないが、誾千代は畏れ多く、下層への引っ越しを求めているが、残念ながらそれが叶う事は無さそうだ。

「本当に……陛下には、申し訳無いです。こんな田舎者に……その……」

「ほら、泣かないの。誰も怒っていないんだから」

 大河の部屋にて、誾千代は、朝顔に慰められていた。

 その横で、大河はカステラを包丁で切り分けていた。

「全く、誾は泣き虫だなぁ。ほら」

「う、うん……」

 泣きながら、カステラを頬張る。

 そんな姿でさえ、大河は愛おしく感じる。

「よしよし、良い子だ」

 愛玩動物の様に、誾千代の頭を撫で、抱擁した。

 大河の温かさを直に感じた誾千代は、徐々に落ち着きを取り戻していく。

「……御免ねぇ……泣き虫でぇ……」

「大丈夫。そこも好きだから」

 誾千代の背中を優しく撫でつつ、大河もカステラを食べる。

「うーん……」

「あら、嫌いなの?」

「食感がね。嫌いって程では無いが、好きって程でも無い」

 一つだけ完食して、その後は口を付けない。

「素直だ」

 今度は、朝顔が、その頭を撫でる。

 御所では皆、気を遣って、苦手な物でも「好物だ」と言い、完食する事がほぼ100%だ。

 一方、大河は気を遣いつつ、自分の意見をちゃんと述べる為、朝顔としても付き合い易い。

 この飾らない所が、彼女が「妻になりたい」と思った部分の一つでもある。

 後世の明治天皇が、「礼儀を知らない」との理由で、天皇の前でも自分を貫いた西郷隆盛を気に入った様に。

 2人は、その様な関係なのだ。

「只、真田よ。愛妻家なら、妻の意見をちゃんと聞いて、部屋割りをするべきだったな」

「そうだな。失敗だ。誾、御免な?」

 非を認め、大河は、手巾でその涙を拭う。

「償いとして、次の休みに旅行に行こう―――」

「本当?」

「ああ。2人でな?」

「……」

 誾千代は数秒、考え、口を開いた。

「有難いけれど、皆で行こうよ。留守番する妻達が可哀想だし」

「そうか? なら、そうし様。でも、基本は、2人だ」

「うん、有難う♡」

 誾千代の機嫌が直る。

「真田、私も行くからな♡」

 朝顔もカステラを食べつつ、宣言するのだった。


 最近、妻を優先する事が多くなった大河だが、本業を疎かにしている訳ではない。

 見廻組に、源内が作った拳銃が納品される。

「ほー、これは、撃ち易いそうだね」

「私も撃っていい?」

「ああ、良いぞ」

 謙信、楠は立射の姿勢で、マン・ターゲットを撃ち抜く。

 4種類撃ち、気に入ったのは―――グロックであった。

「「……貰って良い?」」

「勿論」

 2人は、無心で標的を蜂の巣にしていく。

 女性には、小型のデリンジャーが適当と思っていた大河であるが、それは偏見だった様だ。

(もう少し、色々作らせるべきだったな)

 今更ながらAK-47やワルサーPPK等、作らせなかった事に後悔する。

 そこで、

「小太郎」

「は」

 筆と紙を持って来させ、その場でそれらを描く。

「源内、上出来だ。次は、これらを作ってくれ」

 そして、2本の葡萄酒を渡す。

「? 1本では?」

「期待以上の働きをしたんだ。色を付けるのが、妥当だよ」

「! 有難き幸せ!」

 葡萄酒を両脇に抱え、早速、源内は、帰って行った。

 これで益々、武器も豊富になる筈だ。

 銃声を聞き付けた望月が、やって来た。

「組長、新兵器ですか?」

「ああ。撃ってみ」

「有難う御座います」

 望月も4種類を試射していく。

 軍警察の見廻組だが、装備だけ見ると、準軍事組織とは到底言い難い。

 ほぼ正規軍だ。

 恐らく、16世紀の世界中のどの軍隊よりも強いだろう。

 大河が野心家なら、モンゴル帝国や大英帝国が成し得なかった世界征服も可能と思われる。

「組長、これにします」

「ベレッタか。分かった。後で管理表に書いといてくれ」

「は。組長は?」

 ベレッタであれ、と望月は祈る。

 自分に好意的な大河がベレッタを選べば、嬉しいのだ。

 然うなった時、告白出来るかもしれない。

「俺? 俺は、ベレッタ―――」

(やった)

 と内心、ガッツポーズする望月。

 その祈りが通じた、と思われた。

「と、グロック。コルトパイソンも使うかな」

「え?」

 目が点となる望月。

「……3丁ですか?」

「デリンジャー以外、俺の好きな拳銃なんだよ。只、コルトパイソンは、朝顔に献上するかな。俺が思う1番の理想的な拳銃だから。銃声も綺麗だし」

「……」

 失恋した様な気分だが、ベレッタも選んでいる為、嬉しい気持ちも少しある。

 微妙な望月である。

「只、望月。立射の時は、な。ちょっと触るぞ?」

「え?」

 大河の手が肩に触れる。

「立射で最重要なのは、均衡だ。望月の場合、少し傾きがある。これだと満点とは言い難い。足を広げてみ?」

「こ、この位ですか?」

「ああ。で、肩と手の位置も重要だ。上空から射手見た場合、この線が、二等辺三角形(アイソセレススタンス)だと良い」

「……!」

 大河の香水の香りと息遣いを直に感じる。

「―――これで、撃てる筈だ。1発、撃ってみ」

「は、はい」

 震えた指で引き金を引く。

 発射された弾は、明後日の方向へ。

「あーあ、外したなぁ」

 落胆する大河。

 折角、教えてもらったのにこの結果だ。

 望月は、穴があったら入りたい気分である。

「まぁ、直ぐに体には、馴染まんだろうな。精進しろ。何れ、実を結ぶ」

 大河は、全然、怒っていない。

(ちょっと怒って欲しかった……かも?)

 複雑な乙女心に揺れる望月であった。

 

 その日の晩。

 射撃場に侵入者が居た。

「……」

 銃架からベレッタを手に取って、注意深く見る。

 そして、弾を確認した。

 全弾装填済みだ。

 それを懐に収め様とした。

 その時、

「窃盗犯は、死刑だぞ?」

「!」

 振り返ると、寝間着の大河が居た。

「折角、召し抱えた新人が、窃盗犯とは……残念だぞ」

 大河が、提灯で照らす。

 窃盗犯は―――アプトだった。

「……どうして分かったの?」

「射撃訓練をずーっと、上から見てただろう? 他の侍女達と一緒に」

「……」

 他は、物珍しさだったが、アプトだけは、違った目をしていた。

 人を殺したい憎悪のそれだ。

「……信長を撃ちたい」

「止めとけ。鋸挽きに遭うぞ?」

「それでも良いの。故郷を滅茶苦茶にしたから」

「……分かった」

 大河は、理解を示した後、

「小太郎」

「!」

 振り返ると、小太郎が、グロックを握っていた。

 既に引き金を引くだけだ。

「……」

「思い切りの良さは認めるが、まだまだ甘ちゃんだよ。犬死だぞ?」

「……大丈夫、死ぬ覚悟は出来ているから。貴方には、感謝してるし、迷惑を作るのは、申し訳無さを感じるけれど」

「……小太郎」

「は」

 以心伝心とはまさにこの事で、小太郎は、吹き矢を取り出す。

 そして、吹いた。

「!」

 針がアプトの額に刺さり、一瞬にして昏倒する。

「上出来だ」

「有難う御座います」

 遠のく意識の中で、アプトは、死を覚悟した。

(やっぱり、和人は嫌い……かも)

 

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