第43話 自主独立

 北は北方領土。

 南は尖閣諸島まで版図はんとに加えた織田家率いる安土幕府は、早速、御所の周りに「警備」と称して安土桃山時代版六波羅探題を設置する。

 朝廷とは良好な間柄であるが、織田家を逆賊とする勅令を発布されたら、一溜まりも無い。

 これまでの苦労は水泡と帰す。

 友好関係を維持しつつも、裏では念の為、監視するのは、現代で例えるならば、

・織田家=アメリカ

・朝廷 =日本等、アメリカの同盟国

 と言う様な感じだろう。

 実際、元NSA国家安全保障局職員が暴露した様に、NSAは日仏伊希土墨印等の同盟国を含む38カ国の大使館を盗聴していた。

 第二次世界大戦の英雄の1人であるイギリスの首相、チャーチルは、

「仮想敵国は何処ですか?」

 と尋ねられて、

「自国以外の国、全部だ」

 と答えた。

 次の、

「同盟国のアメリカも?」

 と問われ、

「当たり前じゃないか」

 と答えた逸話があるという。

 イギリスは首相が公言し、アメリカでは情報機関が行動で表す。

 これが世界の実態だ。

 時は戻って安土桃山時代。

 信長が、最も危険視しているのが大河であった。

「真田という男は本当に無欲なのか? 軍備拡張し、新兵器まで開発している」

『天下布武』と書かれた扇を信長は、開け閉めする。

 猿顔の秀吉も同調する。

「蝦夷遠征にも諸大名の中で、唯一、派兵しませんでしたからね」

「山城守は自らを官軍と考えているのではないでしょうか?」

 かつらの光秀は、持論を述べる。

「恐らく、勅令が無い限り、『一兵も送らない』『参陣しない』という事なのでしょう」

「ふむ……朝廷に忠義があるのであろうが、空気を読む力は無いのか? 島津や武田でさえ協力的であるというのに」

 唯一、信長の意に添わぬ大河。

 本人には、天下統一等の目標が無い為、まさか信長に危険視されている事など、知る由も無い。

「一度、会って御話した方が良いのでは? 今後、反対派が彼を担ぎ上げる可能性があるかもしれませんし」

 所謂、容姿が熊系の勝家の提案に、信長は頷く。

「そうだな……奴がどれ程無欲であろうとも、人間だ。何れ、儂と敵対とする可能性は、十分にある。貞勝に監視させるか」

「はい。その方が宜しいかと」

 扇を勢いよく閉める。

 パチン。

 非常に良い音がした。

「頭が良い奴の事だ。長政の様な愚策は犯すまいが……『念には念を入れよ』だ」

 敵対した場合、兵力では織田軍が勝るものの、最新兵器を保有する真田軍(見廻組)は、非常に強大だ。

 真正面で衝突しても、十中八九、負けるだろう。

 又、万が一、錦旗を掲げられたら、それこそ一気に終戦だ。

 織田家は逆賊となり、臣下の諸大名も鳥羽伏見の戦いの幕府軍の様に総崩れにまる事は間違いない。

「天下統一したのに『目の上の瘤』だ。奴は……」

 安土城から熱田神宮まで届きそうな、大きな溜息を吐く信長であった。


 同じ頃、山城国では新法が成立し、公布される。

『虚偽報道規制法』。

 瓦版が不適当な記事を出し、読者が混乱する事例があった為、大河が目安箱で様々な意見を聞き、取り入れた法律だ。

 戦前の検閲という訳では無いが、大河の部下が瓦版を全てチェックし、虚偽報道と判断した場合、その報道機関は、

・是正勧告

・罰金

・廃刊処分

 のどれかの処分に遭う。

 当然、記者は委縮してしまうが、イエロー・ジャーナリズム等の影響を考慮すると、致し方無いと思われる。

「真田様、お爺様から三河巻が送られてきましたわ」

「有難う」

 今日の当番は、千姫だ。

 2人は千姫の部屋で過ごしている。

 彼女の部屋は徳川家の居住区画内にある為、大河以外、入る事が出来ない。

 例外は、小太郎だけだ。

 身分上、大河の所有物である彼女は、人扱いされない。

 襖の向こうで稲姫と談笑しているのが、聞こえる。

「御爺様が、『曾孫を見たい』と仰っていますわ」

「そうだな」

 適当に受け流しつつ、大河は三河巻を食べる。

 見た目は稲荷寿司っぽいが、三河巻は、立派な御菓子だ。

 新鮮な上質の卵をたっぷりと使い、カステラの様な甘さが特徴的である。

 餡子あんこには、蝦夷の十勝産でそれも厳選していた。

「真田様、今日は、逢引しましょう」

「良いぞ。何処に行きたい?」

「真田様に御任せしますわ」

「うむ……」

 暦表を見る。

 万和元(1576)年初夏。

 耳を澄ますと、蝉の鳴き声も聞こえる。

「じゃあ、避暑地に行こう。小太郎」

「は」

 襖が開き、小太郎が地図を持って来た。

 談笑していても、意識を大河に集中させているのは、非常に有能な証拠だ。

「……嵯峨野は?」

「涼しそうですね」

「暑いのは嫌いだ」

 すっと立ち上がる。

 思い立ったが吉日。

 即断即決の大河は、ここでも思い切りが良い。

「さぁ、40秒で支度しろ。行くぞ」


 二条古城から約8kmの距離にある竹林の小径こみちは、現代、非常に観光客に人気の場所だ。

 青竹に囲まれたその不思議な空間は、夏でも涼しい。

 竹の香りとその隙間から差す日光は、とても実在するのは、本当に信じ難い。

「……」

 初めて来た千姫は、うっとり。

 稲姫も千姫程では無いが、同じ位に感動している様だ。

 2人から少し離れた所で、大河は茣蓙ござを敷き、小太郎とアプトと共に寛いでいる。

 小太郎の膝の上で寝、アプトに足を揉んでもらいつつ、涼んでいた。

「『萌え出づるも 枯るるも同じ 野辺の草 いづれか秋に あはで果つべき』」

「祇王ですね」

 教養がある小太郎が、直ぐに反応する。

「よく御存知で」

 その意味は、

 ———

『春に草木が芽をふく様に、仏御前が清盛に愛され栄え様とするのも、私が捨てられるのも、所詮は同じ野辺の草―白拍子―なのだ。どれも秋になって果てる様に、誰が清盛に諦められないで終わる事があろうか』

 ———

 近江出身の白拍子・祇王(? ~1172?)は、平清盛(1118~1181)の寵愛を受けるも、その後、仏御前(1160~1180)にその役を奪われ、尼僧となり、21歳で嵯峨野に移住。

 一生を仏門に捧げた。

 先程、大河が詠んだのは、祇王が追放された際、障子に書き残した物だ。

 現代でも鏡に別れのメッセージを口紅で書く女性が居るが、祇王は、その先駆者と言え様。

 風が吹く。

 祇王が、大河を歓迎するかの如く、それは気持ち良い。

「真田様」

 2人が戻って茣蓙に座る。

「ここは、気持ち良い所ですわね。提灯を設置し、夜でも観光地にしましょうよ」

「妙案だが増え過ぎると、この景観を破壊する恐れがある。観光客が多過ぎるのは、反対だな」

「きゃ♡」

 大河が手を伸ばし、千姫を引き寄せた。

「真田様……近いですわ」

「良いんだよ。夫婦なんだから」

 何時もは、”攻め弾正”並に大河に積極的な千姫だが、いざ受け身になると、本当に弱い。

 顔だけでなく、体全体を真っ赤にさせ、縮める。

「真田様、その……外では……」

「何を勘違いしている? 俺もその趣味は無いよ」

 笑顔で、千姫の鼻を突っつく。

「……!」

 カァーっと恥ずかしくなった千姫は、更に真っ赤に。

 茜色に染まった。

 千姫を抱擁したまま、大河は、告げる。

「稲姫、昼食を」

「は」

 稲姫が手提げ鞄から重箱を取り出し、茣蓙の上に広げる。

 運動会の昼食の様の様に、ラインナップは、豊富だ。

・唐揚げ

・だし巻き卵

・ハンバーグ

・ブロッコリー

・三角おにぎり

 ……

 全て千姫と稲姫が朝、早起きして作った物だ。

「よっと」

 起き上がった大河は、重箱を見る。

「うん、旨そうだ」

「失礼ですわね。全て美味ですわよ」

 不満顔の千姫だが、大河を独占している事が嬉しいらしく、瞬時に笑顔に戻る。

「真田様、食べさせて」

「あいよ。稲姫、アプト、小太郎も食べろ」

「「「は」」」

 夫婦と用心棒、侍女、奴隷の昼食会は笑顔の絶えないものとなった。


 夕方。

 一行は、城に戻る。

 その道中。

「うふふふ」

 大文字に乗り、大河の背中を抱き締める千姫は1日、大河を独り占めする事が出来、大満足だ。

「真田様、有難う御座います」

 隣で白馬に乗る稲姫は、会釈した。

「千姫様がここまで上機嫌なのは、私としても嬉しいです」

「夫婦だからな」

 ファースト・インパクトこそ最悪であったが、現在の大河の千姫に対する印象は、180度変わっている。

・素直

・純愛

・努力家

 当初、大河は嫌々だったのを気にしてか、彼が嫌がる様な夜這いは避け、誾千代とも親しくし様と努めているのが、好印象になった契機だ。

 悪女と世の中からは囁かれている彼女だが、やはり、人は見かけによらない。

 彼女は家の為ではなく、自分自身の為に人生を楽しもうとしているのだ。

 家の事情を優先させる戦国時代に生まれた女性には、非常に珍しい。

 14歳。

 現代で言えば、中学2年生だが、強い女性だ。

「まだまだ右も左も分からない所が御座いますでしょうが、今後とも、姫様を宜しく御願いします」

「分かっているよ」

 馬を止める。

「? 真田様?」

 不安気な千姫の声。

「大丈夫だよ。おいで」

「あ―――」

 大河が振り返り、千姫を抱き抱えた。

 そして目の前に座らせ、手綱を握らせる。

「……真田様?」

「これで眺めも良いだろう?」

 市民が手を振っていた。

「千姫様~!」

「真田様~!」

 男達は、千姫に。

 女達は、大河に。

 ファン層がくっきり分かれている。

「……」

「眺めが良いだろう?」

 にやっと大河は、微笑んだ。

(成程)

 稲姫は、納得する。

 突然のこの事は、決してファンサービスではない。

『千姫は、真田大河の妻である』

 とのアピールも含まれているのだろう。

 悪女の心象が強い千姫を、市民の蛇蝎だかつの如く嫌う者も居る筈だ。

 彼等に対し、『妻に手を出すな』と暗に告げているのかもしれない。

 その効果は抜群で、一部の市民は引きった笑みを浮かべている。

 千姫に対し、何か野次ってやろう、と思っていたが、大河が居る以上、出来なくなり、愛想笑いをする他が無い、と言った所だろうか。

 無論、全て稲姫の推測である為、真相は分からないが。

 兎にも角にも、大河は、千姫を愛している事が分かった。

(……これで計画が、進んだわね)

 喜ぶ一方、稲姫は次の事を考えていた。

 大河と徳川家が、更に親密になる秘密計画を。


「……」

 貞勝は、やぐらからその様子を眺めていた。

(徳川が動いたか……若し、徳川が真田と組んだら、政変になる。あの狸親父の事だ。信長様死後の事を考えている筈だ。その前に茶々様達に第一子を産んでもらわなければ)

 織田家から愛されている3人に、焦らせるのは本意ではない。

 然し、貞勝は知っていた。

 家康の裏の顔と、信長を恨んでいる事を。

(同盟国とはいえ、あ奴は、武田の旧家臣を仕官させているからな……)

 有名人で言えば、史実で徳川家康と誤認され、明智軍に殺害された穴山信君(梅雪)が居る。

 彼は織田軍の甲州征伐が始まった時、真っ先に武田から離反し、その後、徳川家に転職した。

 貞勝も武田の軍事力は評価しているが、旧家臣を沢山勧誘している家康が、如何も信用出来ない。

 信玄に成り代わり、信長を討つつもりではないだろうか? と、考えている。

(万一、家康や真田が、信長様に歯向かった際には、討ち死に覚悟で戦ってやる)

 両目には炎が宿り、老将は覚悟を決めたのだった。

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