第42話 寡二少双
蝦夷侵攻は織田軍の大勝利に終わり、北方領土を含む蝦夷地全土が日ノ本の領土となる。
アイヌの各部族の集合体、蝦夷共和国が滅亡し、戦国時代から安土桃山時代へと移り変わっていく中、
「ガブ、大文字と仲良くするんだぞ?」
「わん! わん!」
下関で買った馬・大文字と一緒に。
当初、対人恐怖症気味だったが、大河が直接洗い、鮪の刺身を与えると、直ぐに懐いたのだ。
文字通り、胃袋を掴まれた、と言え様。
「大河、如何して『ガブ』って名前なの?」
「
「可愛い名前ね?」
「愛玩動物だからな」
ガブは大文字に挨拶後、大河に猫の様に擦り寄る。
飼い主として認め、甘えているのだ。
「誾も触ったら如何だ?」
「いやぁ……狼は怖いわ」
最近、摂津国との国境で、狼に食い殺された身元不明の遺体が見付かった瓦版を読んだばかりなので、狼に恐怖心を持つのは、当然だろう。
「ガブ、外と家、どっちが良い?」
「ワン!」
「家か? 分かった。じゃあ、室内犬に―――」
「嫌よ」
誾千代は、断固拒否。
彼女を第一に考える大河は、直ぐに改めた。
「分かった。じゃあ、警察犬として見廻組で飼おう」
白王号も見廻組の所属だ。
馬と狼が、同時に在籍する軍隊は、現代でも居ないだろう。
(平安騎馬隊みたいな組織を作るか。皇宮警察も騎馬隊があるし)
貿易業者から競走馬を爆買いし、信松尼経由で武田氏と友好関係を構築出来た為、彼等から騎馬隊のノウハウを学ぶ事が出来る筈だ。
望月が、嬉しそうにやって来た。
「組長、アイヌ人が、回復しました」
「分かった。行こう。ガブ、大文字。後でな?」
「わん!」
「ひひーん!」
犬と馬の鳴き声が、ユニゾンするのであった。
蝦夷から連行された女性は、大河の指示により、検査入院していた。
誰が見ても栄養失調である事は間違い無かったのだが、念の為、他の病気や怪我の有無を確認する為である。
幸い、女性は、アシㇼパの様にアイヌ語と日本語のバイリンガル(二言語話者)であった為、意思疎通に苦労する事は無い。
彼女の為に大河は、わざわざ蝦夷から、
・プㇱニ(朴の木)の枝や実
・オマウクㇱニ(拳)の皮や枝
・スムヌハㇱ(黒文字の枝)
・キキンニ(蝦夷の上溝桜)の皮
・ハㇱポ(磯躑躅の葉)
・エント(薙刀香薷の茎葉)
・ウペウ(伊吹防風の根)
・ピットク(大花独活の根)
・ムヌシ(蝦夷オオバセンキュウの根)
を取り寄せ、それを煎じ、茶を作り、出している。
これらは、アイヌ人が飲んでいる御茶だ(*1)(*2)。
これ程厚遇するのは、彼女が敵ではないから。
殺人嗜好症の大河だが、チカチーロ等の様に無実な人々を殺傷する様な輩ではない。
人を殺す基準を、自分の中で明確に規則化しているのだ。
「おー、元気になって来たな」
病衣を着た女性が、病室で御茶を飲んでいた。
日本のそれとは違う為、独特な匂いがする。
女性は、大河をちらっと見た後、小さく会釈した。
感謝はするが、まだ信用していない、という感じだ。
どかっと、大河は目の前に座る。
小太郎が、背後に控え、女性が大河を襲わない様に注意深く見守っている。
『(真田は、又、女を連れ込んだのか? 全く、病気だな。もう)』
『(朝顔様、真田は、秀吉以上の好色家なのです。御理解下さい)』
『(謙信様、あの子は、側室になるんですか?)』
『(千姫、大河は、もう妻を作る気は無いみたいよ。信松尼の求婚も拒絶しているんだから)』
襖の向こうから女性陣のひそひそ話が。
残念ながら筒抜けである。
女性陣を気にしつつ、大河は松前氏の内部資料の複写を目の前に置いた。
「勝手で申し訳無いが、君の事は、少々、調べさせてもらった。アプト―――それが、君の名だな?」
「!」
図星らしく、女性は、顔を歪めた。
アプト―――アイヌ語で『雨』を意味する。
小太郎が長とする諜報機関の最初の戦功だ。
後で、褒美を出さなければならない。
「……」
アプトは、屈する。
名前を知られた以上、この男からも、逃れる事は出来ない、と思った様だ。
「そう絶望するな。帰るんだ」
「え?」
「蝦夷が君の故郷なんだろう? だったら、ここに居る必要は無い」
「……!」
そこで初めてアプトは、大河の目を見た。
童顔の武将であるが、自分を掴めた商人とは違い、非常に優しい。
これ迄会ったどの和人(日本人)の誰よりも温かみがある。
「……良いの?」
「良いよ。拉致されたんだろう? だったら、故郷に帰るべきだ」
「……」
アプトは、困惑する。
厚意は有難いのだが、彼女にはそれが出来ない事情があったのだ。
「……帰れない」
「? 家が燃やされたか?」
「それもあるんだけど、殺されたのよ。同胞にね」
「……」
「戦争が起きてもハト派だったのよ。それで同胞から生き埋めに遭ったのよ。私は、助かったけれどね」
樺太アイヌの社会では、殺人者は被害者の遺体と共に生き埋めの刑の文化があった(*2)(*3)。
蝦夷に侵攻した織田軍は、『昨日の敵は今日の友』。
対して、ハト派とタカ派の内輪揉めのアイヌ人。
装備の差も然る事ながら、既にアイヌ人の大敗は、決まっていた様だ。
「だから、アイヌも嫌い。和人もね」
「じゃあ、天涯孤独って訳か?」
「そうなるね」
はぁ、とアプトは嘆息した。
そして、目で訴える。
保護してくれる? と。
「特技は何だ?」
「何も……」
「じゃあ、侍女になるか?」
「! 組長―――」
大河達の身の回りの世話は、侍女達が行っている。
人員充足の筈だ。
「侍女は、妻達の専属が居ても俺には居ない。1人位良いだろう?」
「……」
望月の無言の反対を余所に、大河は続ける。
「小太郎、着物を用意しろ」
「は!」
「アプト、明日から頼んだぞ?」
「
畳に跪いて、アプトは、侍女となった。
日本史上初、アイヌ人侍女の誕生である。
アイヌ人侍女は、直ぐに城内でも有名になった。
そのエキゾチックな容貌たるや、直ぐに女性陣の羨望の的になる。
「大河、あんな美人を侍女にする何て……家事なら私がするのに」
「誾、家事は侍女の仕事だ。何も心配する事は無い」
「そうだけど……」
誾千代が心配しているのは、大河の好色な所―――ではない。
アプトが、アイヌ人だからだ。
アイヌ人に差別意識は無いが、戦争があった直後だ。
復讐される可能性も否定出来ない。
「その……毒とか盛られたりしない?」
「案ずるな。奴にその覚悟は無い」
「え?」
「彼奴は、和人が嫌いな癖に俺の提案を簡単に引き受けた。恩には報いる奴だ」
「で、でも……」
「毒は慣れてるよ」
「あ……♡」
誾千代を抱き締め、その首筋に口付け。
それだけで彼女は、昇天してしまう。
「そうだ、誾。お土産があったんだ」
大河は、上機嫌に小さな木箱を懐から取り出す。
「何これ?」
「開けてみ」
カパッと開くと、光り輝く金剛石の石が金属のわっかに装着されている。
「綺麗……」
「結婚指輪だよ。南蛮式だ」
「指輪? 指にはめるの?」
「ああ。左手の薬指にな」
結婚指輪は、厳密には、結婚式の指輪交換の儀式以外、どの指に嵌めても問題ではない(*4)。
「どうしてそこなの?」
「向こうでは、そこが、心臓と直結する神聖な部位との思想からそうなっておるんだと」
「へぇ~。耶蘇教? は、不思議だねぇ?」
「切腹も向こうでは、不思議に思われているから御互い様だよ。さぁ、嵌めてあげる」
「うん♡」
金剛石の美しさに惚れ惚れする誾千代のそこに結婚指輪が、装着される。
これは、南蛮から輸入した物で、女性陣全員分買った。
1人1億円、
・誾千代
・三姉妹(茶々、お初、お江)
・千姫
・朝顔
・謙信
・楠
総額8億円だ。
本当は、誾千代のは特別な仕様にしたかったのだが、妻同士の喧嘩を避ける為、止む無く全員、同じ物になった訳だ。
「? 大河は、
「嵌めたいが、全員分嵌めると、見た目が悪いからな」
「あー……」
その様の大河を想像し、誾千代は、嫌そうな顔に。
チャラいのは、彼女のタイプではない。
無論、大和も嫌いだ。
「見た目的にもこれで俺達は、夫婦だ。良いだろう?」
「うん。嬉しい♡」
上機嫌な誾千代に、大河の心も満たされる。
この時代にパートナー・オブ・ザ・イヤーがあれば、2人は受賞間違い無しの鴛鴦夫婦だ。
キャッキャウフフと仲睦まじい夫婦に、襖の向こうのアプトは、感心していた。
(女性陣が凄い多いから、体目的だけかと思いきや、愛妻家なのね)
「(凄いでしょう?)」
自慢気に小太郎が、寄って来た。
「(家臣団も厚遇されるから、貴女も冷遇される事は無いわ)」
「(……貴女も妻の1人?)」
「(愛人だよ)」
「!」
驚いてその顔を見ると、妻達とは違った妖艶な瞳をしていた。
「(ほら、その証拠)」
小太郎が、下腹部を見せると、そこには、『奴婢』と焼き印されている。
「……」
ほぼ初対面だが、アプトは、察した。
開発されている、と。
「(愛人枠は私のだから、侍女の仕事、頑張ってね?)」
病んだ彼女の様に、アプトは、震えるのだった。
軍備の近代化も進んでいる。
平賀源内に高級な酒を褒美で出す代わりに、大河が戦車や戦艦等の絵を見せると、事も無げに設計図を作り、実現させてしまうのだ。
ドイツのUボートやアメリカのM1エイブラムス等が、続々と誕生する。
流石、江戸時代一の天才発明家だ。
若し、彼自身が思い付いても、大河の様な理解ある広告主が居なければ、発明品は、実現し難い。
時間の逆説が、2人を合わせ、16世紀に近代兵器を誕生させたのである。
「今日も酒臭いな」
「は。酒と男は2合(2号)までですから」
よく分からない冗談だが、源内は上機嫌だ。
江戸ではどの大名からも門前払いされていたのに、所変われば、日々浴びる様に酒が呑める程、贅沢な暮らしが出来ている。
江戸で馬鹿にしていた者達は、今頃、どう思っているだろうか。
酔っても尚、源内は大河に対し、恩義を感じていた。
「次は、どんな武器ですかな?」
「これを作ってもらいたい」
大河が見せたのは、拳銃であった。
『べれった』『こるとぱいそん』『ぐろっく』『でりんじゃー』
でりんじゃーは小さく、それ以外は、同じ位のサイズだ。
「ほほー、火縄銃の暗器ですかな?」
「然う言う事だな。銃身や装弾数等の資料だ。小太郎」
「は」
脇に控えている小太郎が、『広辞苑』並に分厚い資料を渡す。
「期限は?」
「これ迄通り、無期限だ。褒美は、葡萄酒だ」
ごとっと、瓶の葡萄酒が、源内の前に置かれる。
「こ、これは……?」
「南蛮産のだ。これまでの色も
「じゃあ、4本?」
「ああ」
「ははー!」
深々と土下座し、源内は、感謝する。
酒類依存症の自分をこれ程、健康に気を遣わず、酒をくれるのは非常に有難い。
末路は病死である事は間違い無いのだが、飲酒すればする程、調子が良く為、若し断酒してしまうと、一気に不調になるだろう。
源内は健康より酒を選び、又、主君を大河として改めて見た。
後光が差し込み、今にも螺髪になりそうだ。
それ位、貴い。
「この源内、4丁、命に代わって御作りします!」
「ああ、宜しく頼んだ」
「失礼しました!」
何度も何度も頭を下げ、源内は退室する。
「酒臭いのが、難点だが、本当に天才なんだな」
御所では滅多に見る事が出来ない泥酔者に朝顔は、呆気に取られるばかりだ。
「真田、あの銃は、何なの?」
「護身用だよ。1番小さい『デリンジャー』が、皆のだ。小さくて、女性でも扱い易いから」
「あら? 姫武将の私を女性扱いする訳?」
珍しく謙信が、怒った。
誾千代も不満顔だ。
「小さいのは……ねぇ」
「じゃあ、
「兄者、私の?」
銃を持てるという事で、お江が、興味を持った。
「ああ、護身用にな?」
「有難う♡」
大河に抱き着き、その喜びを最大限に表現する。
女性に拳銃を持たすのは、愛妻家の大河としては、余り気乗りしないが、男女平等を掲げる政治家としては、女性にも拳銃を所持及び使用する権利は、当然あっても良い。
薙刀や剣術を習い、いざという時に戦う女性も多い事から、これからは、スイスの様な国民皆兵の時代だ。
(『汝平和を欲さば、戦への備えをせよ』『生きることは戦うことだ』……これを家訓に加え様)
ラテン語の先人達に敬意を表す大河であった。
[参考文献・出典]
*1:アイヌ文化保存対策協議会『アイヌ民族誌』第一法規出版 1970年
*2:更科源蔵『アイヌ 歴史と民俗』社会思想社 1968年
*3:『図解アイヌ』 角田陽一 新紀元社 2018年
*4:https://4-bridal.jp/bridal_journal/marriage/detail/6
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