第40話 天下布武

 安土城で諸大名を従える信長は、次々と改革を打ち出していた。

・大名同士の戦争の禁止

・安土城への無許可の登城を禁止

・諸大名は、毎年1回、安土城に参拝する事

・諸大名は、朝廷に敬意を払う事

・正室や跡継ぎは、安土城内の大名屋敷に居住する事

似非えせ教団の取締

 等。

 諸大名はそれに従うが、内心では反発してた。

「(田舎侍め)」

「(いつか、斬ってやる)」

 急進的な改革は保守層の反発を招くのは、歴史を見れば明らかだ。

 然し、表だっての反抗はしない。

 諸大名の多くは、柴田勝家や明智光秀、羽柴秀吉等、織田家の武将の監視下に置かれているのだから。

 そんな中、一部の反織田派は、続々と北方に集っていた。

 東北地方以北では、中央政権曰く「蛮族」とされる人々が大勢居る。

 彼等―――アイヌ人は蝦夷の渡島国を支配する松前氏と長年、衝突を繰り返し、蝦夷共和国の下、集っていた。

「琉球が我が国になった以上、最後の敵は蝦夷だ。松前氏によれば、異人が蝦夷への南下政策を進めているという。東北の諸大名よ、松前氏を救援するのだ」

「「「は」」」

 伊達氏、松平氏等で構成された奥羽越列同盟は松前氏を助け、蝦夷に侵攻を開始する。

 世に言う、蝦夷侵攻の開戦だ。

「はて、蝦夷とは、何処だ?」

「学が無いね。ここよ」

「馬鹿、そこは江戸だ」

 京都の人々には、遠い蝦夷に興味が無い。

 ロシアのクリミア侵攻を対岸の火事と見る多くの日本人の様に。

「戦争が始まったな?」

 空輸で届けられた瓦版に朝顔は、嘆息する。

 アイヌとは、古くから親交があったからだ。

 松前氏と仲が悪く以前からアイヌは、朝廷と交流し、和人と貿易していた。

 アイヌは、魚や動物の毛皮を輸出し、朝廷の鉄器や漆器、嗜好品(米、茶、酒)と交換していたのだが、朝廷が弱体化して以降は、貿易が途絶えていたのだ。

 その為、アイヌの多くは朝廷と中央政府を別と見る者が多く、松前氏と戦争はしても朝廷に使者を送る等、友好関係は続いている。

「真田、未来では、アイヌは、どうなっている?」

「日本人化し、その数は減っているよ」

「そうか……」

 退位しても尚、政治的な発言を避ける朝顔は、蝦夷侵攻に関与しない。

 然し、平和を重んじる為、如何にかしたい気持ちもあった。

「織田が言うロシアとはどの様な国なのだ?」

「小太郎、地球儀を持って来い」

「は」

 バスケットボールの様な大きな地球儀を小太郎が、持って来た。

「ロシアは、ここだよ」

 現在の北海道よりも更に北の広大な地域を指す。

「広いな」

「世界一だが、余りの寒さに人口密集地は、偏っているよ」

 瓦版では最近、明がロシアに侵攻するもその極寒に耐え切れず、結局敗戦した様だ。

 後にナポレオンやヒトラーが冬将軍に敗れた様に、ロシアの軍が弱くても、自然には到底敵わない、と言わざるを得ない。

「真田は、出陣する予定は?」

「無い。要請しても行く気は無い」

「如何して?」

「甲斐で戦って来たばかりだから。戦う時は戦い、休む時は休む。均衡が大事だ」

「成程」

 それに、と大河は内心、付け加える。

(この状態だと行けないだろう)

 大河の周りには、誾千代、謙信、千姫、三姉妹等、女性陣が大集結していた。

 朝顔とお江は、膝の上。

 茶々、千姫は其々、右脇、左脇に収まっている。

 大河としては、誾千代の方が良いのだが、愛されている事が分かっている彼女は、後輩に譲ったのだ。

「謙信、この薔薇の口紅に良くない?」

「うーん。赤過ぎない?」

「立花様、こちらの方が色的に丁度良い感じじゃない?」

 誾千代、謙信、お初は離れた場所で、南蛮産の口紅を試し合っている。

(アイヌの勉強の為にも観戦武官として行きたいが……心配させた誾達の為にも、暫くは、一緒に居たい)

 アイヌの事は、義務教育で習った程度で詳しくは知らない。

 文化も歴史も言語も。

 知っている事とすれば、シャクシャイン、コシャマインくらいだ。

「真田様、幸せそうですわ」

「そうか?」

「ええ、とっても」

 本心を見透かしたのか、千姫も嬉しそうだ。

 茶々も笑顔だ。

「真田様が、愛妻家で何よりです。今後とも宜しくお願いします」

 侍女が持って来た外郎を爪楊枝で食す。

 名古屋外郎の元祖は、1659(万治2)年創業の店だ。

 但し、一般的に販売が開始されるのは、明治時代の事である。

「真田様」

「うん? ―――んぐ?」

 誾千代に見惚れ、気を取らていた大河の口を茶々が抉じ開け、口移し。

 茶々の唾液と外郎の甘さが、侵入する。

 16歳の彼女は日頃から、大河を振り向かせる為に春画で性を覚えていた。

 ちゅぱんっと、茶々は離れた。

「えへへへ。真田様に勝ちましたわ」

「おいおい、何の勝負をしているんだよ?」

 苦笑いしつつ、小太郎が持って来た手拭で口元を拭く。

「真田様が最近、小太郎や信松尼殿と仲が良い為、つい意地悪したくなったんです」

「代償が……」

 震える大河は、振り返れない。

 女性陣の嫉妬に満ちた雰囲気を、犇々ひしひしと感じていたから。

 頭を抱えた大河は、誾千代だけを見る。

 彼女は笑顔で、告げた。

「駄目だよ、大河。脇が甘いよ」

「誾―――」

「言い訳は聞きたくない」

 静かに大河に歩いて行くと、

「でも、私を真っ先に見てくれたのは、嬉しい。有難う」

「そりゃあ大好きだからな」

 どれ程、妻が増えても2人の愛の炎は、消えない。

「兄者、ラブラブ~!」

 お江が、冷やかす。

 女性陣も、同意見だ。

 朝顔、千姫、謙信、茶々は、其々それぞれ思う。

(真田の奴、本当に誾千代想いだな)

(第二の正室を目指すしかないですわね)

(誾は幸せ者だな。希死念慮があった時期を考えると、本当、別人だわ)

(私の口撃でも牙城は崩せないか……うーむ……)

 着物を開けて、誾千代は、誘う。

「大河、寝よ♡?」

「昼間から?」

「そういう時もあっても良いじゃない?」

「分かったよ。お江は、勉強の時間だ」

「え~私も御昼寝出来ないの?」

「大人の御昼寝の時間だ」

「きゃ」

 誾千代を御姫様抱っこし、大河は、居間を出て行く。

 つくづく女性陣は、誾千代に羨望の眼差しを向けるのだった。


 見廻組の近代化も著しい。

 大河が熱望していた情報機関が、活動を始めたのだ。

 任務は、諜報と防諜。

 前者は、日本各地に行商人や僧侶等に偽装した忍者が情報を集め、反乱が起きた際、活躍する。

 後者は、公安の役目を果たす。

 フーバー長官時代のFBI連邦捜査局の様に全国民を監視し、反体制派と思しき者を拘束し、事前に政変等を防ぐ重要な任務だ。

 監視社会は、大河が重んじる民主主義の基本的な権利の人権に反する事になるのだが。

 かと言って、島原の乱や西南戦争等が起きて良い訳が無い。

 矛盾を分かっていながらも、大河は「必要不可欠」と判断したのだ。

 その責任者は、小太郎である。

 彼女は、氏康の配下だった頃の各地の忍者を集める事に成功した。

 惣無事令の施行により、大名は人件費削減の為に武将や忍者のリストラを開始。

 その結果、一部の有能な彼等は、浪人化してしまった。

 ソ連崩壊直後のロシアの様な状況である。

 その時も、有能な軍人や諜報員は職を失い、一部はマフィア化したとされる。

 その結果、ロシアンマフィアは強大化され、今では、全世界で幅を利かせる事が出来る様になった、とする見方もある程だ。

「霧隠才蔵です」

「猿飛佐助だ」

『真田十勇士』に登場する架空の忍者が、仕官した。

 武将も充実していく。

「島左近です」

「宮本武蔵だ」

 史実では石田三成の忠臣となった名将と、巌流島で有名な侍が部下になる。

「島、宮本。君達は、早速、上杉軍に出向してくれ」

「「?」」

「心配するな。出張費として色を付けるから」

「「は、はい……」」

 仕官した途端、直ぐ出向は、まだ人間関係を構築出来ていない2人は、大河に不信感を持った。

 高給になるのは、嬉しいが。

 その心情を察したのか、大河は、説明する。

「君達を高く評価しているからこそだ。2人には何れ、1万の兵を率いてもらいたい」

「「!」」

「今回の出向は、それが、理由だ。不満だろうが、堪えてくれ」

「「……」」

 頭を下げられ2人は、受け入れるしかない。

 同時に、納得した。

 身分上、貴族にある者が下級の階層であり、また、初対面でこの様な事を出来る大名は少ないだろう。

 人心掌握に長けた大河に、2人は安堵した。

 この人の下でなら働ける、と。

 情報機関の方も、有能な人材が2人も来た為、急速に成長する。

足甲あしこう歩き(=足の甲で歩く)

遁術とんじゅつ(=隠れる、逃げる)

四方髪よもがみ(=変装)

 等の忍術を、新人達はどんどん習得していく。

 日ノ本一の軍隊と情報機関の誕生は、近い。


 ある日。

「兄者~」

 お江が、何かを持って駆け寄って来た。

「どう、これ?」

「何だこれ?」

「旗」

 ひらひらと、お江は小旗を振る。

 大河が、首を傾げたのは、デザインだ。

 白地に桜の絵が中央に位置されたそれは、バウヒニアの花が採用されている香港旗を彷彿とさせる。

「おー、良いな」

「うん。これ、兄者の軍旗に出来る?」

「軍旗?」

「うん。兄者って軍旗が無いから遠目からは、分かり難いじゃない?」

「そうだな」

「うん♡」

 いそいそと、大河の手に握らせる。

 アルバニア国旗の様な双頭の鷲をあしらったデザインが、大和好みなのだが。

 花の軍旗でも兵士達が最強なら、そのギャップで相手に恐怖心を与える事も出来るだろう。

 柔軟な大河は、お江の案も「あり」と考える。

「有難うな。自分で作ったのか?」

「うん。凄いでしょう?」

 えっへん、とお江は、胸を張る。

「じゃあ、家紋も出来る?」

「え? 良いの?」

 期待され、お江は、嬉しそうだ。

 大河に家紋は無い。

 浪人時代はそれ程、重要視していなかったが、従五位と高位になった以上、家紋が無い大河は困る事が多い。

「良いよ。作りたいだろう?」

「うん!」

「じゃあ、頼んだ―――」

「大河、立花守は駄目なの?」

 やり取りを見ていた誾千代が、不満そうに尋ねた。

 立花守は、立花氏の家紋だ。

「それも良いが、やはり、自前の方が良いな」

「そう? 私も案出して良い?」

「沢山あった方が良い」

「じゃあ、お江、一緒に作りましょう」

「はーい♡」

 2人は、手を繋ぐ。

 身分上、2人は、同じ妻だ。

 然し、若い母娘にも見える。

 これに大河が加われば、親子連れに見えるだろう。

 デザインは2人に任せるとして、大河は織田瓜の家紋が入った居住区へ。

 城内の一部の部屋は、現代で言う所の大使館の様にそれぞれが、独立した区域がある。

 三姉妹は、織田瓜。

 千姫、稲姫は、丸に三つ葉葵。

 謙信は、上杉笹。

 と言った様に。

 これらの部屋は大河以外、入る事は出来ない。

 将軍以外の入室を断じた江戸幕府の大奥の様なのだ。

「遅いです」

 茶々が部屋で胡坐あぐらをかいて待っていた。

 とても姫様とは思えぬ不作法だが、大河には庶民的に感じる。

「太腿、見えてるぞ?」

「夫婦なので、問題ありません」

 横の畳をバンバンッと、叩く。

 座れという事らしい。

 眉間には、3本のしわが出来ている。

 その怒りは凄まじく、今にも口から炎を吹き出しそうだ。

 言われた通り、隣に座ると、茶々はその手を握った。

「真田様、単刀直入にお聞きします。無精子症ですか?」

「何故、そう思う?」

「だって、何度抱かれても妊娠しないんですから!」

 ふー、ふー。

 茶々の息は、荒い。

 確かに茶々は、結構な頻度で大河と寝ているが、妊娠の兆候は、一切、無い。

 子供を望む茶々が、その様に勘繰るのも可笑しくは無い。

「如何なんですか?」

「精子はあるよ。定期的な健康診断でも引っ掛かっていない」

「じゃあ、何故―――」

「無精子症でなくても、子供が出来ない夫婦も居る。こればっかりは、運次第だ」

「……」

 その気持ちもあった様で、茶々は黙り込んだ。

 唇を噛む。

「焦ったら尚更、精神衛生上、悪い。待つのも大事だ」

「……分かりましたわ」

 不妊症の誾千代が、頑張って妊活している様子を見て、茶々も触発されたのかもしれない。

 然し、「赤ちゃんはこうのとりが運ぶ」と言う様に、人間が操作出来るのは、不可能なのだ。

「責めてしまい申し訳御座いません」

「良いよ。その気持ちは、当然だから」

「! 真田様も?」

「欲しいって程では無いが、出来たら良いな位だ」

「……」

 じっと、茶々は大河を見る。

(嘘がバレたか?)

 先程の発言は、嘘だ。

 大河は現在の所、子供を望んでいない。

 子供が嫌い―――なのではない。

 子供が産まれれば、妻の愛情は、そちらに優先されるだろう。

 愛妻家としてそれが、嫌なのだ。

 ただ、高齢出産は、母体に危険の為、妻が望む以上、若い内に出産出来れば良いのも事実だ。

「なぁ、茶々」

「? 何です?」

「明日、買物に行くんだが、一緒に如何だ?」

「え? 他の方々は?」

「皆で行くと、大所帯で市民に迷惑がかかる。極力、人数を抑えたい」

「じゃあ行きますわ。姉妹も連れて行っても?」

「嫌がらならなければな」

 にっと、茶々は微笑んだ。

「心配御無用ですわ。お初は私の妹で、お江の姉ですから」

 その根拠は不透明だが、自信満々な茶々である。

 何か姉としての勘が働いているのだろう。

「ただ、私が1番想っていますけどね?」

 茶々は、ちろりと舌を出す。

「可愛いなぁ♡」

 愛玩動物の様に茶々に抱き着く。

 求めていた愛され方とは違うが、それでも大河の温かさを感じ、

「……」

 にへらっと、目一杯にやける茶々であった。

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