安土幕府

第39話 一視同仁

 甲斐国から帰国した翌日。

 早速、大河は政務を再開する。

 朝顔との約束で政務は基本的にする必要は無いのだが、やはり「山城守」(現・京都府知事に相当)である以上、しない訳にはいかない。

 ただ、大河は根っからの軍人だ。

 政治の事は素人なので、政治は副知事に任せ、出来るだけの事に専念する。

 大河が最初に行ったのは、信松尼の寺院の創建だ。

信松尼しんしょうに様、何処か良い場所は、ありますか?」

「真田様、人質に敬語は御止め下さい」

 はっきりと信松尼は言う。

 強い口調なのは、人質なのにうやまわれているのが嫌なのだろう。

「ですが信松尼様、自分は貴女を人質とは思っていません。尼僧として敬っているのです」

「御気持ちは有難いですが、私は人質です。敬語は不要です」

「……分かった」

 頑なな意思に大河は、折れる。

 民主主義国家で育った大河は、極力強要を嫌う。

 人間は、皆、すべからく自由権が存在するのだから。

「長延寺は、浄土真宗だよな?」

「はい」

 京都市内の浄土真宗のお寺は、数えきれない程ある。

「小太郎」

「は!」

 忠実な奴隷の小太郎が、名簿を持って来た。

「この中で協力して欲しい寺院を言ってくれ。創建の協力を要請するから」

「……」

 暫く睨めっこした後、

「結構です」

 信松尼は、突き返した。

「御紹介は有難いのですが、京の人々は、地方出身者を見下す場合がある為、いっその事なら独立を目指します」

「そうか……」

 移住当初、大河も京都に人々から陰口を叩かれた。

 田舎者、と。

 今では認めているが、中にはまだまだその様な理由で嫌う者も居るだろう。

「俺もこの国は好きだが、人々は、信用していない」

「御共感頂き有難う御座います」

「では、瀬田は、如何だ?」

「!」

「近江国(現・滋賀県)だが、信玄公が追い求めた場所だ」

「……遺言の事を知っているんですね?」

 武田信玄は、病床で山県昌景に「瀬田に(我が武田の)旗を立てよ」と言い残したという。

 瀬田は、古来より重要な軍事拠点だ。

 特に瀬田の唐橋は、壬申の乱(672年)や藤原仲麻呂の乱(764年)に戦場となり、前者では大海人皇子(後、40代 天智天皇)が勝利を決めた事でも歴史的には、有名である。

「彼の仇敵を娶ったが、俺は信玄公を尊敬している。鴨川を整備したのも信玄堤の前例があってからこそだ。彼の作る世界も見たかった」

「……実父も極楽で大変、喜んでいる事でしょう」

 深々と信松尼は、頭を下げた。

 征夷大将軍には織田信長を推挙した大河だが、伊達政宗や武田信玄、上杉謙信等、他の武将達にも敬意を表している。

 彼等の使者を最高級に持て成し、友好に努め様としているのが、その証拠だ。

「乗り気なら、近江守に俺の方から話を通すが?」

「では、御願いします。ただ、難しいかもしれないですが、もう一つ御願いがあります」

「何だ?」

「私は貴方の人質であって、近江守とは無関係です。瀬田に寺院を造った際には、その土地を貴国の飛び地か、真田様の私有地に出来ないでしょうか?」

「向こうとの交渉次第だな。善処はするよ」

 武田家との関係上、信松尼を冷遇するのは、短所でしかない。

 信松尼の求めた事は、交渉次第では何とかなるだろう。

「寺院が出来るまでは、私室を臨時の菩提寺とします」

「御自由にどうぞ」

 立場上、信松尼は人質だが、侍女を付け、城内の出入りも自由だ。

 信松尼次第で脱走も出来る。

 肩書は人質(笑)が適当だろう。

 望月に呼ばれる。

「組長、訓練の御時間です」

「分かった。ではこれで。小太郎」

「は!」

 従順な小太郎と、それを可愛がる真田。

 その様子に信松尼は、憧れるのだった。

(私も奴隷になったら可愛がってくれるかしら?)


 現代の世界の軍隊は、倫理上、訓練中は殺人を犯さないだろう。

 然し、大河は、訓練に殺人を導入している。

 有事の際に見廻組が、躊躇しない様にする為だ。

 殺人の被害者になるのは、死刑囚。

・殺人犯

・強盗殺人犯

・暴行犯

 等、凶悪な連中達だ。

 彼等は、奉行所で死刑判決後、即座に訓練場に連れて行かれ、訓練の標的になる。

 死刑執行人の仕事は無くなる短所があるが、新兵器の威力を試す良い実験台にもなる為、批判は無い。

 人権派や弁護士が居ないからこそ出来る荒業だ。

 死刑囚を的に射撃訓練が行われる。

 その近くで、

「組長、例の発明家が来ました」

「ほー、通せ」

「は」

 望月が連れて来たのは、2人の青年であった。

 1人は酒臭く、身形も汚い。

 浮浪者と勘違いしても可笑しくは無い程、不潔だ。

 一方、もう1人の方は、清潔感溢れた感じで、好感が持てる。

「平賀源内だ」

「二宮忠八です。御通し下さり、有難う御座います。我々は―――」

「発明品を見せてくれ」

「は。これが、『飛行器』という物です」

 二宮が、紐を引っ張ると、無尾翼の複葉機が、訓練場に入って来る。

「「「おお!」」」

 組員から歓声が起きた。

「2人で、れおなるど・だ・ヴぃんちという南蛮人が書いた洋書を基に作った『玉虫型飛行器』です」

 和訳された『鳥の飛翔に関する手稿』等を二宮が見せる。

 1505年頃のこれらは、鳥の飛翔を研究し、ハンググライダーやヘリコプターの様な飛行器具の概念図が、書かれている。

 言わずもがな、平賀源内は江戸時代。

 二宮忠八はその更に後の幕末から、戦前までに生きた人だ。

 そんな2人の夢のタッグは当然ながら、日本初の空軍誕生の契機となると思われる。

「うえsqrkふぇprpdckqf」

 平賀の呂律は、回っていない。

 泥酔し殺人を犯した、との逸話がある通り、平賀は本当に酒臭い。

 城主の前で酔っている辺り、相当酒好きの様だ。

 その場で成敗する事も出来るが、歴史に残る程の発明家である事は、評価に値する。

「平賀は帰れ。二宮1人で十分だ」

 大河から金1両(約60万円)を渡され、平賀は大喜び。

 何度も大河に頭を下げ、二宮に後を託し、帰って行く。

「申し訳御座いません。四六時中、酔っている酒類依存症な奴でして」

「良いんだ。功績があれば、素行は人に迷惑をかけない限り問わんよ。殺人は別だがな」

「はい?」

「何でもない。試験飛行、出来るか?」

「はい。今から、お見せします」

 二宮は、内心で心躍っていた。

 江戸では飛行器をどれ程、戦国大名に売り込んでも、「飛べない」「無理だ」と鼻で笑われ、ある戦国武将には、その場で破壊され、門前払いされた。

 酒浸りの平賀と組んでしまった為に、その様な偏見になってしまったのだろう。

 然し、目前の男は時代の先を見据え、無名の自分達の噂を聞き付けると、

・交通費

・宿泊費

・食費

 等、一切の諸経費を出してくれる程の高待遇で、江戸から呼んでくれたのだ。

 まだ成功という訳では無いが、期待されている以上、二宮は応えなければならない。

 二宮が操縦席に乗り込み、俯せになる。

 そして、ぼたんを押した。

 すると、翼が勝手に周り、風で機体が押し出されていく。

「「「!」」」

 飛ぶ。

 誰もが、思った。

 その瞬間、ボン!

 前方部分が爆発し、機体は火に包まれる。

「も、燃えた!」

「おい、大丈夫か? あいつ!」

「死ぬぞ!」

 見廻組は、大慌てだ。

 否、1人を除いて。

「消火隊!」

「「「は!」」」

 大河が叫んだ直後、消防隊の様な格好をした火消し達が集まり、機体に水をぶっかける。

 火達磨になった二宮だが、火消しの迅速な消火活動により、何とか、一命を取り留める。

 然し、熱傷深度は、最悪のIII度。

 治療期間は、1か月以上を要す。

「……」

 ぱくぱく、と二宮は何事かを言う。

 然し重傷の為、言葉を発する事が出来ない。

 望月が、周囲に尋ねる。

「彼は何と?」

「望月、読唇術を習得しろ。『失敗申し訳御座いません』だとよ。隊長、爆発の原因は?」

「燃料が多かったんでしょう。恐らく、配分を間違えたのかと」。

「何故、間違えた?」

「張り切り過ぎたのかもしれません」

うか」

 全身をミイラの様に包帯に巻かれた二宮は、何度も頭を下げた。

 期待されていただけに次は無い、と思っているのだろう。

「二宮、何を勘違いしている? 『失敗は成功の母』だ。次、期待しているぞ?」

「!」

 大河は、組員に向かって、宣言した。

「全員、二宮の論文を熟読する様に! 以上!」

「「「は!」」」

 大河以外の戦国大名なら、笑い話にしていただろう。

 だが、大河には、空軍を作る為に二宮が、必要不可欠だ。

「二宮、君を新設予定の空軍顧問に任命する」

「!」

「あと、事故の恐ろしさを身をもって知っただろう。今後、事故を少なくする為にも神様の協力も必要だ。済まんが、顧問と同時に神主になってくれんか?」

「……?」

邇芸速日命にぎはやひのみことを飛行機の神として、八幡の方に飛行神社を創建する。これは決定事項だ。財源は俺の財布とする」

「!」

 がばっと二宮は起き上がり、大河にひざまずいた。

 厚遇に対する謝意だ。

 両目から落涙し、何度も何度も頭を下げる。

 今までの努力が報われた瞬間だ。

 後に二宮は大河の期待に応え、玉虫型飛行器を完成し、空軍誕生の契機となるのであった。

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