第32話 無余涅槃
天正4(1576)年春。
朝顔は、譲位を発表する。
理由は、「後任者の育成が終わり、繋ぎの役目を終えたから」。
譲位は、後花園天皇(102代)の寛正5(1464)年以来112年振り。
後継者の成長を理由としたのは、元正天皇(44代)の養老8(724)年以来852年振りだ。
又、10歳未満での譲位は、六条天皇(79代 当時3才)、仲恭天皇(85代 当時3才)以来史上3人目となる。
譲位がすんなりと決定出来たのは、現代の改元とは違い、簡素な手続きで済む事や、多くの人々が幼帝に沢山の負担を強いている事に負い目があったからだ。
元号も万和と改められ、正親町天皇(106代)以来の男性の帝が誕生する。
朝顔は上皇としての地位を得るも、二重権威を否定し、臣籍降下を選んだ。
そして、二条古城に移住した。
「真田、私の部屋は何処だ?」
「最上階、1番広い部屋です」
「はて? そこは、真田の部屋では無かったか?」
「陛下に適当な部屋が無い為、そこが適当かと思い―――」
「ならん。朕は―――私は、もう帝では無いのだ。それと『陛下』と呼ぶな。名で呼べ」
「は」
「それも禁じる。夫婦だからな」
元帝が嫁入りした事で、女性陣は非常に緊張していた。
朝顔は側室を選ぶも、正室の誾千代、茶々、千姫はむず痒い。
というか、
幾ら正室を譲り、自らの格下げを提案しても、朝顔は聞く耳を持たない。
大河の妻になった以上、特別扱いはして欲しく無いのだ。
「さぁ、誾よ。大河の隣が空いているぞ? 座らぬか?」
「え……? いや、御譲りします」
「そうか……他の者は如何だ?」
「「「……」」」
謙信以外、作り笑顔を浮かべて、丁重に下がった。
恋敵が朝顔になった以上、これしか出来ないのだ。
「全く、私は、既に庶民なのに」
「まぁまぁ、慣れるまで時間がかかると言う事でしょう―――」
「大河もだぞ? いい加減、その態度を改めよ」
「は―――う、うん。然うだな」
嵐山での一件は2人以外には、秘密になっている。
目撃者も居らず、幸い大雨だった為、丁度良い言い訳になったのだ。
「では、諸君が自重しているなら、私が正室に名乗りを上げ様」
「「「!」」」
「さぁ、奪うが良い。自重する諸君の自業自得だ―――」
「駄目!」
いの一番に挙手したのは、お江であった。
大河に突進し、その膝に収まる。
茶々とお初は、
「「……」」
今にも嘔吐しそうだ。
「はっはっは! 貴女がお江殿か? 朝顔だ。宜しく」
手を出すも、お江はそっぽを向く。
「独り占め、駄目!」
「「……」」
2人は気絶した。
千姫と稲姫が、介抱する。
拒否された朝顔は、目を丸くした。
「ほう……良い目をしているな」
「兄者は、皆の物! 貴女1人の物じゃない!」
お江の正論に、朝顔が不快感を覚える事は無い。
「……真田、良い子に惚れられているな」
「朝顔、言いたくは無いが、この子は、君より年上だぞ?」
「そうなのか。では、姉上と慕おう」
朝顔は、微笑む。
帝の時代には、無かった素晴らしい笑顔だ。
「小太郎、朝顔に改めて城内を案内しろ」
「は」
「あら、真田が案内してくれないの?」
「子守りがあるからな。済まんな」
「良いわよ。風魔殿、頼むわね」
「は」
朝顔に名前を呼ばれ、小太郎は嬉しそうだ。
庶民になったが、やはり、まだ帝感は、拭えない。
生来の身分の為、今後もこの様な事が続くだろう。
2人が去った後、誾千代と謙信が、寄って来た。
「事前に聞いていたけれど、まさか、帝が本当に来るとは」
「本人が『側室で良い』って言ってるのに、全く、この子ったら気を遣って」
「無理だよ。相手が凄過ぎて……はぁ、嫌になっちゃう」
誾千代は、大河の隣に座った。
「誾様、落ち込まないで。朝顔様、悪人じゃ無さそうだから」
「有難う。お江」
お江に励まされ、誾千代の気苦労は、幾分か和らぐ。
「それで、もう、陛下―――朝顔様の部屋は、決まった?」
「俺と同室で良いか? 特別扱いって訳じゃ無いが、流石に同等や格下は、緊張するだろう?」
「うん。そうして。御先祖様に顔向け出来なくなるから」
現状、朝顔と緊張せずに接する事が出来るのは、大河とお江くらいだ。
「兄者、朝顔様は私の妹になるの?」
「そうなるな。正確には義妹だが」
「やった! じゃあ、仲良くなれるかも!」
上機嫌のお江は膝から降り、先程まで朝顔が居た場所に座る。
誾千代の手前、配慮したのだろう。
「ねぇ、兄者。朝顔様との結婚を祝して、新婚旅行を行こうよ。皆で」
「良いな」
大河は、基本、仕事優先だが、現状、仕事は、順調だ。
自分が導入した完全週休2日制の為にも、1週間の内、2日は必ず休みを取る必要がある。
「望月」
『は!』
襖が開き望月が、顔を出す。
「御呼びでしょうか?」
「2日間、全体に休みを取らせよ」
「! 然し、業務に滞りが―――」
「予備兵を動員すれば良い」
予備兵と言うのは、現代で言う所の予備自衛官の様な物だ。
普段は農民や商人等で、正業を持っているが、災害や有事の際に正規軍の中に組み込まれる手筈になっている。
「分かりました。あの……組長」
「何だ?」
「私も休みを取らさせて頂いても宜しいでしょうか?」
「休日は、法律で決まっている。任せるよ。自由だ」
「は。有難う御座います」
見廻組は、既に数万人もの軍事組織になっている。
階級等も現代風になり、大河の命令一つで末端の二等兵迄動かす事が出来る。
反乱防止の為に、待遇面も超ホワイト企業の為、不満を持つ者は少ない。
高給の為、予備兵も一時的に本業を投げ出し、心配せずとも喜んで働くだろう。
「お江、何処に行きたい?」
「温泉」
着物を開けて、胸を見せるおませなお江であった。
『万和』と書かれた額縁が、飾られた天橋立旅館は、現代でも有名で人気な温泉地の一つだ。
天橋立を一望出来るこの名湯は、美人湯で女性の人気が途轍もなくある。
お江が興味を持ったのは、当然だろう。
その家族湯に、大河は、女性陣と混浴していた。
右に朝顔、左に誾千代を侍らせ、膝の上には、お江。
離れた場所に他の女性陣も居る。
茶々、千姫は今か今かと誾千代が体を洗う時機を狙っている。
「真田、貴方って結構、筋肉質なのね?」
朝顔は、二の腕に興味津々だ。
「体脂肪は、無いの?」
「あるよ。筋肉が付き易い体質なんだ」
「へー」
力瘤を見せると、朝顔はキラキラした目でぶら下がる。
まるで遊具で遊ぶ子供だ。
「兄者、そんな事出来るの?」
凄い! と、お江も燥ぐ。
「私も―――」
「順番だ。朝顔が先―――」
「良いわよ。姉様に譲るわ」
素直に場所を開け、洗い場に行く。
独裁者にならず、配慮していく上で、家族に馴染もうとしている様だ。
「小太郎」
「は」
「洗い方を教えてやれ。庶民流のな?」
「は!」
小太郎は、朝顔の下に行く。
特別な家柄で育った朝顔は、箱入り娘の筈だ。
1から庶民の生活を教えるのは、大変だ。
尤も賢い彼女の事、それ程、苦労する事は無いとは思われるが。
「わーい♡」
先程の朝顔の様に、お江は二の腕を楽しむ。
謙信が泳ぐ様に寄って来た。
「真田、彼女は貴方の奴隷なんでしょ?」
「ああ」
「じゃあ、彼女の生活の先生を私がするわ」
「いや、その必要は無い、謙信は俺の妻だからな。雑用は奴隷で良い」
「……有難う」
謙信は、大河と接吻する。
最近まで生涯不犯を貫いていた謙信は大河と結婚した事で、その性の悦びを知った。
「今晩は、朝顔様と?」
「いや、彼女とは、結婚時、18歳になるまで寝ないと言う契りだ。同衾はするがな。今日は、誾の当番日だろう?」
「然うだよ。只、今日は三姉妹も一緒で」
誾千代が三姉妹を抱き締める。
三姉妹の胸の形が崩れた。
自然と大河の視線が、そこに行く。
「何故だ?」
「お江ちゃんが、一緒に寝たいって」
「お江、そうなのか?」
「うん。良いよね?」
二の腕を堪能出来たお江は、何時も以上に上機嫌だ。
「良いけど、大所帯だと、寝難いんじゃないかな?」
「その時は、その時だよ」
余りにも楽観的であるが、お江のその笑顔は、日頃の疲れを一瞬に癒す程の心地良い。
お江には、セラピー効果がある様だ。
「お江は、可愛いなぁ」
よしよし、と頭を撫でると、
「兄者のお馬鹿」
急に不機嫌になった。
「? どうした?」
「兄者は、今、私を愛玩動物の様に見ましたね?」
「いや、そういうつもりは―――」
「目が愛でているそれでした。私は、兄者の嫁なのです。可愛がって下さるのは、大変嬉しいのですが、他の奥方同様、1人の女性として見て頂きたいんです」
「……分かった」
普段のほほんとしているのに、意思ははっきりしている。
その様に感じていたのならば、大河に非がある。
幼妻であるが、彼女は1人の人間だ。
区別せず、平等にしなければならない。
「済まんかったな」
「謝罪は、誰でも出来ます。行動で示して下さい」
「「……!」」
はっきりとした態度に、茶々、お初も驚いていた。
恐らく、初めて見たのだろう。
「うーん……」
困った大河は、手を繋ぐ。
「駄目です!」
不正解らしい。
「じゃあ、これは、如何だ?」
「きゃ」
お江の両脇に手を入れ、膝の上に乗せる。
少し機嫌は直る。
が、まだまだ、完治と言っていい程では無い。
「……終わりですか?」
「正解が分からんな」
「私を傷付けた罰です」
面倒臭いが、お江の事は嫌いでは無い為、大河は付き合い続ける。
「……これは?」
「!」
背後から抱擁され、大河の肉体をお江は、背中に感じる。
痩躯だが、厚い胸板は非常に感触が良い。
「……及第点ですね」
合格点を貰えた事に、大河は安堵する。
「真田様、お江の
然う言って、茶々は頭を下げた。
大河が嫌々、付き合っていると思った様だ。
「謝る事は無いよ。ちゃんと自分の意見を言ってるんだ」
「然し―――」
「俺も不快だったら言うから、楽しみを奪わないでくれ」
「! ……分かりました」
「ほら、おいで」
「え、私も?」
茶々とお初は大河に引き寄せられ、お江同様、大きな腕に包まれた。
「いや~、やっぱ、人肌が1番、気持ち良いわ」
「私も真田様の吐息が感じられて嬉しいですわ」
茶々も上機嫌だ。
「ちょ、離せよ―――馬鹿兄貴―――」
「姉様、駄目ですわ」
じたばた暴れるお初だったが、結局お江に捕まり、拘束された。
「全く、真田は元気ねぇ」
「多分、大河の精力は、
謙信と誾千代が笑い合う。
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