第33話 和風慶雲

 混浴を楽しんだ一行はその晩、そのまま温泉宿で泊まる。

 順番通り、大河の寝室には誾千代と三姉妹が居る。

「大河は、何時も良い匂いがするね? 香水?」

「然うだよ。石鹸だよ」

 輸入業者から定期的に購入している。

 当時の欧州では、入浴の習慣が殆ど無く、体臭防止の為に香水が発達していった。

 日本では南蛮船の来航し、香水が売られている。

「男性で香水って珍しいわね?」

「然うか?」

「うん。私も欲しいな」

「良いよ。そのままの臭いが好きだし」

「え? 私、臭うの?」

 慌てて、誾千代は自分の脇等を嗅ぐ。

「そういう意味じゃないよ。誾の体臭は、好きだよって事」

「それって結局、臭うんじゃない?」

 ぐでーん、と誾千代は落ち込んだ。

「不快じゃないから」

 大河が誾千代の髪の中に顔を埋める。

「もう♡」

「あー、極楽やわ」

「もー変態♡」

 イチャイチャする2人だったが、

「真田様、お忘れですよ?」

 大河の眼球の数mm先に槍が寸止め。

「……」

 恐る恐る見上げると、作り笑顔の茶々が。

 背後のお初、お江も仁王立ちで怒っている。

「おいおい、夫を殺す気か?」

「御免なさい? 壁蝨ダニが居たので」

 槍を茶々が、引き抜く。

 折角の布団には穴が開き、その下の畳まで傷付いている。

 弁償決定である。

「忘れていた訳じゃないよ―――」

「では、御言葉に甘えて」

 茶々は思いっ切りうすの様に大河の腹に乗っかる。

「ぐえ」

「兄者、私も~!」

「ぐほ」

 2人分の重さが、大河の臓物を圧迫。

 鍛えていなかったら、内臓破裂で死んでいたかもしれない。

「立花様、大丈夫ですか?」

 お初が、誾千代を離す。

「もう、合意だったのに」

「合意でもこの男の色欲は、性犯罪者並です。お気をつけ下さい」

 と言いつつ、ちゃっかり、お初は誾千代が居た場所へ。

「……お初?」

「念の為です」

「全く、正直に言えば良いのに。『好きだから、代わってくれ』って―――」

「誤解です。立花様、私は確かにこの男の妻ではありますが、政略結婚であって、決して愛し合った仲では無く―――」

「あ~、真田の事、そういうんだ」

 にんまり、と誾千代は微笑む。

 可愛い姪、とでも思っているのかもしれない。

 誾千代の笑顔に大河も又、笑顔になるのであった。


 翌日。

「真田様、私最近、牛乳を摂る様になりましたの。どうですか?」

 胸を押し付ける千姫。

「直ぐにでも結果が出る事は無いだろう? 気長に待とうぜ」

「そうですが、真田様は、巨乳が御好きなので―――」

「誤報だ。大きさより形重視派だ」

 女性の中には、「男=巨乳好き」と思っている者が居るが、大河は逆に大き過ぎるとドン引きしてしまう。

 その為、女性を好きになるのは、巨乳より実際に美乳の方が多い。

「真田様、私の方は如何でしょう?」

 胸を寄せ上げて、茶々はアピールする。

「大丈夫。好きだよ」

「良かったですわ」

「じゃあ、私は?」

 興奮した様子で、朝顔が寄って来た。

「兄者、私は?」

「真田、一応、私のも判断してくれ」

 お江、謙信も。

「皆、好きだよ。それも込みで結婚したんだから。よいっしょっと」

「「「きゃ」」」

 朝顔、お江、謙信を片手で抱き締める。

「不安にならずとも、俺は皆が大好きだ。大中小問わずな」

「「「……!」」」

 真っ直ぐな目で言われ、3人は其々それぞれ照れた。

「朝顔、行きたい場所はあるか?」

「花見がしたい」

 天橋立の近辺で言う所のその名所は、吉田のしだれ桜だろう。

「瑠璃寺の桜が御綺麗かと」

 副官の望月も同じ事を考えていたらしい。

 休みたい、と言いつつ、休日出勤する彼女の糞真面目さには、大河も頭が下がる。

「他に異論が無ければそこにし様」

「「「……」」」

 女性陣は、全員頷く。

 全会一致で可決だ。

「じゃあ、花見用に買い出ししなきゃな。謙信、酒呑むだろう?」

「え? 呑んで良いの?」

「俺の為の断酒は有難いが、俺は『酒を減らせ』と言っただけで、断酒までは勧めていない。週1位で良いよ。健康診断の結果、良かったんだろう?」

「ええ。じゃあ、御言葉に甘えて呑もうかしら」

「望月、瑠璃寺の住職に許可を取ってくれ」

「は!」

・天橋立

・瑠璃寺

 は、共に丹後国(現・京都府の一部。宮津市辺り)にあり、大河が統治している山城国(現・京都府の一部。京都市辺り)とは別の国だ。

 現代の地理の感覚では同じ京都府に属しているが、統治者は別に居る。

 その為、無許可で瑠璃寺に侵入すると、統治者の顔にも泥を塗る事にも成り得るのだった。

 大河への想いを抱いたまま、望月は部屋を出た。

 今はこのままが良いのだ。

 謙信に煽られたが、やはりまだ恋に臆病な彼女は、その一歩を踏み出しきれない。

(……ずーっと部下でも良い。傍に居られるのなら)

 ぐっと唇を噛み、片想いを選ぶ彼女であった。


 天橋立~瑠璃寺は、平成5(1993)年に出来た府道45号を使えば、約28kmを徒歩で約6時間かけて行く事が出来る(*1)。

 然し、平成5(1993)年の物が万和元(1574)年にある訳が無く、経路は当然ながら現代と比べて悪路だ。 

 その為、徒歩での移動は諦め、山城国から丹波国まで来た時と同様に、大河は馬車を選ぶ。

 大河の客室には、籤引くじびきで決まった誾千代、朝顔、茶々、お江、小太郎が。

 後続車の二等客室には、謙信、お初、千姫、楠、稲姫。

 御者ぎょしゃは、望月だ。

「兄者、桜餅、食べる?」

「おお、美味そうだ」

「お江が、丹精込めて作ったんです」

 自分の手柄の様に、茶々は、胸を張る。

 末妹の成長を喜んでいる様だ。

「関西風だな」

「え? 違いがあるのか?」

 桜餅を頬張る朝顔の手が止まった。

「関東風は、小麦粉を水で溶いて焼いたクレープ状の皮で餡を巻いたり、挟んだりした物の事だ。向こうでは、『長命寺』と呼んでいるらしいぞ?」

「「「「……」」」」

 お江が作ったそれは、『道明寺粉』と呼ばれる原料で出来ている。

 道明寺粉とは、餅米を水に浸した後、一度蒸して乾燥させ、粗く砕いた粉の事だ。

 これを蒸して色付けしたもので餡を包む。

 お米の食感が残る、つぶつぶとした皮が特徴である。

 この様な事情から、関西風は、『道明寺』と呼ばれる場合がある(*2)。

 大河も一つ、食べる。

「……」

「兄者、如何です?」

「ああ、美味しいよ」

「良かったです♡」

「十八番に出来るかもな」

「真田も十八番、あるのか?」

「まぁ、人並に……かな?」

 他人のレベルが分からないが、大河の料理技術は、中位だろう。

「じゃあ、帰ったら何か、十八番、作って。食べたい」

「無茶振りだな。分かったよ」

 朝顔の御願いに、苦笑いしつつも、大河は応じる。

 料理自体は、別に苦ではない。

 中東に居た時、1人で調理し食べていた時もある為、自炊は可能だ。

「小太郎、お前も食べろ」

「はい」

 手を伸ばすも、その細腕を大河が掴む。

「奴隷の御前に選択権は無い」

「きゃ」

 そして無理矢理、引き寄せられ、千切った桜餅を口内に捩じり込まれた。

「むぐ……」

「美味しいだろう?」

「は……い」

 ドMに開発された小太郎は、それだけで、興奮する。

 薬漬けされたかの様に目はトロンとし、よだれも垂らす。

「良い子だ」

「……有難う御座います」

 完食した小太郎は、大河の頬や唇を犬の様にめる。

 座り方もお座りなので、もう犬にしか見えない。

「真田、何故、こやつを奴婢にした?」

 朝顔の問いには、若干嫉妬の気が、含まれていた。

 折角の新婚旅行に、奴婢と仲良くしているのは、正直、不快なのだ。

「こいつが、有能なくノ一だからだよ」

「じゃあ、何故、奴婢に?」

「他に引き抜かれない為に先手を打つ為だ」

「あ♡」

 大河に抱き締められ、小太郎は悦ぶ。

「「「……」」」

「こいつは、俺の所有物だ。妻では無いから安心してくれ」

 誾千代を見た。

「此奴は、情報機関設立の為の重要な人材だ。済まんな」

「大丈夫だよ。本気じゃないんでしょ?」

「ああ」

「じゃあ、御詫びの接吻を」

 言われた通り、接吻する。

 2人の絆は、簡単には、崩れない。

 大河が常に誾千代を優先し、新しく妻を迎え入れる際は、彼女に事前に報告し、許可を求めているからだ。

 もっとも大概、相手が名家で誾千代が断り難いのだが。

「わ、私も!」

「兄者!」

 朝顔、お江もせがみ、2人には、頬に口付け。

 やはり、歳が離れた幼妻への唇には、正直、抵抗がある。

「あは♡」

 小太郎は、興奮した。

 淫靡いんびな雰囲気を御者・望月は、察した。

(組長の性欲は、凄まじい……奥方同士も喧嘩しないのが、凄い……)

 呆れ半分、感嘆半分と言った所か。

 瑠璃寺が見えて来た。

 桃色の桜が、望月の傷付いた心を癒していく。

『醍醐の花見』ならぬ『瑠璃寺の花見』が、今、始まる。


[参考文献・出典]

*1:グーグルアース

*2:https://news.livedoor.com/article/detail/16192759/

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