第27話 純情可憐

 千姫の電撃戦に茶々は、直ぐに動いた。

 伯父・信長に頼んで、直ぐに同じ様に文金高島田を用意してもらい、挙式を敢行。

 唯一、千姫と違うのは、大河が洋装のタキシードである事だ。

 外国文化に傾倒のある信長自らが選んだそれには、当然の如く織田瓜が入っており、大河が織田家の人間である事を知らしめている。

「御忙しい上様に代わって私、村井貞勝が出席しました。今回は、宜しく御願いします」

 恐ろしいほどダンディな老将に、大河は憧れを抱く。

 老けた様なその渋さは、映画がこの時代にあれば、映画俳優として売れっ子になっていた事は間違いない。

「挨拶が遅れて申し訳御座いません。真田大河です―――」

「謝る必要はありませんよ。帝を助けた名誉の負傷なんですから」

「信長様は?」

「現在、重要な案件により、来られません」

 その意味は、「教えられない」という意味だろう。

「分かりました」

「只、帰蝶様より、御伝言を預かっています」

「帰蝶様?」

 面識が無い。

 然し、親族になる為、伝言を預けたのだろう。

「はい。『何れ夫婦共々京の方に移住する為、子供を頼む』と」

「……まさか、この城に?」

「流石にそれ、無いです」

 貞勝は、鼻で笑った。

「ここは、真田様の私領なので、流石に上様も弁えていますよ。(帝も御執心ですしね)」

「はい?」

「何でもありません」

 老将は、既に先を見ていた。

 朝顔と大河の未来を。

「貞勝、もう恥ずかしいから帰ってくれない?」

 茶々は、大河に抱きつつ、不満を漏らす。

「分かりました。茶々様に首をねられる前に帰ります。では、又」

 名残惜し気だが、素直に退室していく。

 茶々に敬意を払っている証拠だ。

「やっと2人だね?」

「いや、そうとも言えんぞ?」

 直後、襖が開き、誾千代と千姫が仁王立ちしていた。

「「茶々~」」

 2人共、目が怖い。

「ひ」

 大河の背後に隠れる。

 と、今度は逆のふすまが倒され、日の丸鉢巻きを額に巻き、槍を手にしているのは、お初とお江。

 お初は、無理矢理巻き込まれた感がある様で、

「……」

 大河を蔑んだ目で一瞥すると、2人を睨む。

「姉様をいじめないで」

 その間、お江が大河に寄り添う。

「兄者、大丈夫?」

 お江は、常に優しい。

 義兄だが、実兄の様に想っているのだろう。

「大丈夫だよ。有難うね」

「撫でて撫でて」

「応よ」

 言われた通り行うと、

「兄者、大好き♡」

 頬ではなく、唇に接吻する。

「「「……」」」

 茶々、誾千代、千姫の視線がギギギ。

「真田様?」

「大河?」

「旦那様?」

 地雷を踏んでしまった様だ。

「俺か?」

 ケケケと背後でお初が嘲笑う。

 その後、3人から小一時間、説教を受ける大河であった。


 3人に説教された大河だが、正室は誾千代以外認めていない。

 これは後々、妻同士の喧嘩になる事が想定された。

 そこで3人は話し合い、大河に伝えた。

「大河、相談なんだけど」

 真夜中、同衾する誾千代が、話し掛ける。

「2人を格上げして欲しい」

「そりゃあ又、急な話だな」

 誾千代は、大河に腕枕されている。

 向かい合い、互いの吐息が感じ取れる程、その距離は近い。

「昼間、大河を説教した後、3人で話し合ったんだよ。戦争を避ける為に」

「……」

 誾千代は、立花家。

 千姫は、徳川家。

 茶々は、織田家。

 全て武力に秀でた名家だ。

 尤も、立花家から事実上の絶縁状態にある誾千代は、これに含まれるか如何は曖昧になるが。

「……誾は良いのか?」

「うん。大河の幸せを考えたら、子供が出来る2人の方が正室に相応しいかな、と」

「……誾は?」

「側室に―――」

「断る。正室だ」

「良いの。決めたの―――」

「誾が決め様が、俺は認めん。誾は、正室だ」

「有難う……」

 大河の気持ちに、誾千代の心は温かくなる。

「でも、私は、子供が―――」

「その減らず口には、こうだ」

 大河が接吻し、その寝間着を脱がす。

「あ……」

「言っただろう? 子供が出来なくても、俺は惚れてるんだよ」

「良いの……?」

「跡継ぎは、気にする事は無い」

「……」

 誾千代は、号泣しながら抱かれる。

 2人の営みを、襖から覗く者が居た。

 謙信、千姫、茶々である。

 お初、お江は、既に就寝済みだ。

「ね? あの2人は、本物の夫婦なんだよ」

「……謙信様は、辛くは無いんですか?」

「茶々は、お子ちゃまね」

 謙信は、微笑む。

「2人を見たら私は、側室で十分よ。愛してくれるだけで十分」

「「……」」

 元尼僧の為、達観しているのだろう。

 嫉妬に狂っていた2人だが、謙信が尊く見える。

「貴女達を否定する気は無いわ。人それぞれ考えた方は違う事は当然だし、強要する気も無いから」

「「……」」

「でも配慮は、必要よ。貴女達も気付いていると思うけれど、誾は……子供が産めないの」

「「……」」

 2人は、驚かない。

 口では言わないが、気付いていたのだろう。

「それを苦に悩んでいるからは、彼女には気を遣ってあげてね?」

 菩薩ぼさつの様に優しい謙信。

 襖が、開く。

「覗き見は、見過ごせんな」

「「「!」」」

 寝間着を開けた大河が、松葉杖を突きつつ、立っていた。

 奥の布団では、誾千代がM字開脚し、眠っている。

「覗き見の代償だ。3人纏めて相手してやる」

「「「え?」」」

 大河は、松葉杖を放る。

「「「!」」」

 右足が折れているにも関わらず、ぐらつく事は無い。

 左にやや傾いているので、ほぼ左足だけ立っているのだろう。

 謙信が、真っ赤になりつつ、尋ねる。

「い、良いの?」

「誾を悩ませた罰だよ。3人には、御褒美かもしれないがな」

「「「……」」」

 3人は、同時に生唾を飲み込む。

 誾千代は、彼女が望んだ通りに大河が抱いてくれるのだが、3人は、その経験が無い。

 不安と期待で沢山だ。

「誾の所為で、今夜は眠れなくなった。一晩中してやる」

「「「!」」」

 3人が覚悟を決めたと同時に押し倒される。

 その夜、3人は大人の階段を上ったのだった。


 療養期間中、大河は訓練以外、やる事が無い。

 古書店で買った沢山の古本は、全て読み尽くした。

 釣りをし様にも高位が邪魔をし、家臣達が許してくれない。

 庶民が思うのとは真逆の、窮屈な生活を強いられているのだ。

 そこで彼が始めたのが、新兵器の開発である。

 火縄銃を基に色々、材料を集めて、試行錯誤の末、

「……出来た」

 火縄銃が、APS水中銃に化けた。

 中東で仲良くなったロシア人義勇兵から習ったのが、ここで役立つとは。

 同時に手榴弾も作る。

 見た目は、20cm程の球状。

 土器と陶器の中間の質の径で出来ており、中身は、鉄片や青銅片を火薬や硫黄とともに詰めた物だ。

 見た目は、モンゴル帝国が使用したてつはう(鉄砲)だが、大河は、更に改良を加えた。

 昔、読んだ『腹腹時計』の内容を思い出しつつ、細工し、火薬を増量。

 更に、錆びた釘や刃物も仕込む。

 大河特製手榴弾だ。

 更にもう1品。

 硝子職人に瓶を作らせ、その中に可塑性の液体(例:揮発油、灯油等)を入れる。

 これで火炎瓶の完成だ。

 後は、点火し、標的に投げつけるor引火性のあるペンキに投擲すれば済む。

 鎧兜は塗装されている為、火炎瓶の攻撃には、一溜まりも無い筈だ。

「望月」

「は」

 望月が、やって来た。

 3品に興味を示す。

「組長、これは?」

「暇潰しに作った新兵器だ。死刑囚に試せ」

「人体実験ですか?」

「丁度、今日、3人執行予定だろう? 良い試験になる」

「流石、お耳が早い。では、その様にします」

「この球、慎重に持っていけ。揺れと衝撃に弱い筈だから」

「は」

 3品を御盆に載せて、望月は、下がる。

「新兵器?」

 茶々が首を傾げた。

「あれは一体何なんです?」

「後で報告が入るから、その時のお楽しみだ」

 にやりと嗤うその横顔に、彼女は察した。

(伯父上様並に残虐非道ね。ま、無実の人々を殺傷しないから、良いんだけど)

 謙信が、入って来た。

 昨晩の茶々同様、寝ていない筈なのに、平然としていられるのは若さだろうか。

「さっき景勝が陛下に挨拶して、正式に官軍の一員になったわ」

「ほー、じゃあ、錦旗を?」

「然う言う事。長年の我が家の貢献が、認められたのよ」

 破顔一笑の謙信。

 無償で駐留し、京の治安維持に努めた対価が、錦旗とは。

 朝廷が、上杉を心底、信頼している証だ。

 これで、上杉氏の存続が保たれる事になる。

 鳥羽伏見の戦いでそうだった様に、錦旗を攻撃する事は即ち逆賊。

 永年の好敵手・武田信玄も、謙信と戦争出来る大義名分を失った。

「流石に皇族にはなれないけどね」

「当たり前だ。そこは、話が違うからな」

 謙信が出した御茶を飲む。

「美味しい」

「でしょう? 村上茶よ」

 村上茶の歴史は、戸時代初期(1620年代)迄遡る。

 ―――

『村上藩(現・新潟県村上市)の大年寄・徳光屋覚左衛門が宇治伊勢の茶の実を買い入れ、主要地場産業にし様としたのがその始まりが起源。

 ※当時の村上藩主・堀丹後守直竒が自ら宇治から取り寄せたとの説もあり

 その後、先達の努力により栽培・製茶とも改良が続けられ、茶畑の面積は明治時代には400haにもなり、製造された緑茶や紅茶はニューヨークやウラジオストクにも輸出された。

 村上茶はよく『北限の茶』、村上市は『北限の茶処』と呼ばれる。

『北限』とは、商業的な茶産地の北限(日本海側)という意味で、村上市以北でも数軒の農家が栽培に取り組んではいるが、自家栽培に近い規模だ。

※太平洋側の商業的北限の茶産地は岩手県陸前高田市周辺

 東北地方でも、お茶の栽培は昭和の初め頃迄盛んに行われていた。

 然し、時代が進むにつれて温暖な産地の生産性や品質が向上し、寒冷な産地は次第に競争力を失って廃れていった。

 こういった中でも村上茶が生き残れたのは、

・海岸側にあって比較的積雪量が少なく、然も適度な積雪が茶の木を寒風から保護し

 てくれる事

・冬期の最低気温も-10度以下になる事が少ない

 等の条件が恵まれている事が挙げられる。

 そして、何よりも村上の人々が長い年月をかけ、根気よく栽培技術を磨いてきた事が産地死守に繋がった』(*1)

 ―――

 天正4(1576)年に村上茶とは、非常に速い。

「緑茶は、好き?」

「ああ、良い事尽くめだからな」

 以下の効能がある、とされる。

 ―――

『①癌抑制効果

 癌発生率が減少するという癌抑制効果がある。

 ②動脈硬化・高血圧・脳卒中予防

 緑茶の成分はコレステロールを減らし、血圧上昇物質生成を阻害する働きがある。

 ③老化防止効果はビタミンEの20倍

 緑茶には抗菌剤作用があり、体内にある過酸化脂質の生成を抑え、老化防止。

 ④嗽で虫歯・口臭の予防

 緑茶に含まれるポリフェノールが虫歯・歯周病菌の増殖を防止し、フラボノイドの作用で口臭防止。

 ⑤記憶力・集中力を高め、頭がすっきりし、ヤル気増大

 緑茶のカフェインが脳を刺激し、知的作業能力や運動力を高める。

 ⑥ビタミンCたっぷりで糖分無しの緑茶でダイエット

 蜜柑の4~7倍のビタミンCが含まれ、カロリーが殆ど無い。

 ⑦不快な二日酔いを解消

 カフェインが肝臓でのアルデヒド分解酵素の力を高め、原因であるアセト・アルデヒドを分解する。

 ⑧健康維持に役立つアルカリ性飲料

 弱アルカリ性に保たれている体を酸性食品の取りすぎを中和する働きがある。

 ⑨糖尿病予防

 緑茶エキスに含まれる複合多糖体(ポリサッカロイド)が血液中の血糖値を下降させる。

 ⑩亜鉛で健康な赤ちゃんを

 亜鉛を豊富に含む緑茶は胎児の成長に良い影響を与える。

 ⑪緑茶の抗菌力がインフルエンザ感染を阻止

 緑茶を飲むか嗽をすれば、抗菌作用によって、ウイルスが呼吸器に入るのを阻止出来る』(*2)

 ―――

「良かった。徳光屋覚左衛門も喜ぶわ」

「美味しい」

 大河が、幸せそうに飲む姿に、謙信は、頬を緩ますのだった。


 数時間後、人体実験の結果が届く。

 死刑囚を無事、死に至らす事が出来、その破壊力も評価され、以降、

・水中銃

・手榴弾

・火炎瓶

 は見廻組に制式採用される事になった。

 準軍事組織の見廻組が、見慣れない武器の開発に成功した事は、直ぐに各地の戦国大名に伝わり、更に大河を有名にするのであった。


[参考文献・出典]

*1:鮭・酒・人情 むらかみ 村上市観光情報発信基地

*2:http://www.iwafune.ne.jp/~shimeroku/ocha.html

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