第26話 一球入魂
「早く元気になれ~」
朝顔に頭を撫でながら、大河はお粥を食す。
朝顔は我が子をあやすかの様に、大河に接している。
身近に親友が居ない為、その距離感が分からないのだろう。
もう3日連続御粥だ。
胃の中は、全てお粥。
今後、これだけお粥を食べる事は無いと思われる。
「……御馳走様です」
「七草粥。美味しかった?」
「はい」
「良かった」
心底満足気だ。
「今日は、貴君の為に金平糖を持って来た。食べるが良い」
「は。有難き幸せです」
菊花紋章入りボンボニエール(ボンボン菓子容器)に詰まった金平糖は、現代では、『恩賜の煙草』の代替品の『恩賜の金平糖』だ。
正直、金平糖は硬い為、大河の好みではない。
然し、気持ちは嬉しい為、受け取る以外無い。
「む? 食べないのか?」
「申し訳御座いません。もうお腹一杯なので。後程、妻達にと」
「愛妻家だな。謙信もこちらが恥ずかしくなる様な、仲睦まじい話を教えてくれるよ」
(あの野郎)
笑顔の大河だが、内心で怒る。
後で謙信に説教しなければならない。
「それで、他に欲しい物はあるか?」
「いえ、十分ですよ」
「いや、完治する迄、毎日、土産品を持って来るからな」
大河の寝室には、
・恩賜の御衣
・恩賜の煙草
・恩賜の銀時計
・恩賜の金時計
・恩賜の短刀
・恩賜の軍刀
・ボンボニエール
と、恩賜尽くしだ。
有難い一方、無欲な大河は正直、この手は本当に必要無い。
国宝級の価値があるのだろうが、何せ大河は、興味が無い。
然し、朝顔が見舞いに来る度にどんどん増えていく。
終いには、誰か侍女を紹介するかもしれない勢いだ。
「有難いんですが、自分には、必要ありませんから」
語気を強めると、
「うむ? 然うかぁ?」
目に見えて朝顔は、残念がる。
この顔を見ると、非常に心が痛む。
「(本当に無欲な方。胃袋を掴めても心までは、掴めないのね)」
「(陛下をあの表情にさせた。次のお粥には、下剤を盛ろうかしら?)」
「(陛下も正直になれば良いのに。真田様も鈍感な人)」
障子越しの女官達の囁きが、聞こえる。
内容までは分からないが、視線から察するに大河への非難が100%だ。
彼女達は、朝顔の母親代わりで姉の様で親友でもあり、直臣である。
朝顔が何かに迷った際、常に応援し、その背中を押す。
「……」
女官達の圧倒的な威圧感に戦慄していると、朝顔が、正座した。
「じゃあ官位は、如何だ? 従五位は、妥当だと思うが」
従五位は、一般的な大名級だ。
この位以上が、貴族とされている。
戦国時代で有名な叙位者には、直江兼続が居る。
日本国憲法施行後には、
・横綱
・大関
・プロ野球選手監督
・落語家
・柔道家
・俳優
等、
「有難い御話ですが、自分は―――」
「城主の癖に無官なのは、相応では無いだろう? 悪い話とは思わないが」
「……検討させて下さい」
「分かった。只、断っても良い。貴君は、朕の数少ない親友なのだからな」
大河は、気付かない。
その言葉は、朝顔が自分自身に言い聞かせている事を。
朝顔が自室に「帰宅」した後、大河は天井を見上げていた。
「……」
木目を数えている訳ではない。
従五位を推挙されていると言う事は、朝顔が言外に大河を貴族にさせたい、と考えているとも解釈出来る。
然し、大河には、貴族の身分に興味が無い。
高貴な妻達を考えれば、妥当な判断だろうが、貴族になる以上は、それ相応の責任を負う、と言う事だ。
山城守になった今でも大河は、現場に出て、足軽と共に汗を流している。
貴族になれば、それは難しくなるだろう。
忠臣達は嬉しがる一方、内心では、気を遣って前線に出してくれない可能性がある。
(断るしかないよなぁ)
悩んでいると、人気を感じ、直ぐに枕元の村雨に手を伸ばす。
「!」
が、動けない。
金縛り、と分かったのは、その直後の事であった。
「真田大河」
青白い炎に包まれた僧侶が、部屋に居た。
笠を被り、その顔を
「我が名は、果心居士。貴様を呼んだ者だ」
笠をずらし、真っ青な素顔を見せる。
「!」
黄色人種の肌ではなく、又、人間からは遠く掛け離れている。
人外。
大河の脳にその2文字が、浮かんだ。
「流石は、未来の侍だな。拙者の術を金縛り程度で済むとは、感心する」
「……」
口を動かそうにも開く事は出来ない。
まるで、縫い付けられている様な感覚だ。
「会話くらい許してやる」
直後、口が、開けた。
「お……? ……何故、ここに?」
「千様の件だ。拙者は、彼女に仕えている」
「興福寺の僧侶では?」
「破門された。この様な奇術に傾倒してしまったばかりにな。流石、未来人。詳しいな」
果心居士の生まれは、筑後。
大和の興福寺に僧籍を置きながら、外法による幻術に長じた為に興福寺を破門されたという。
その後、織田信長の家臣を志す思惑があったらしく、信長の前で幻術を披露して信長から絶賛されたが、仕官は許されなかったと言われている。
居士の操る幻術は、見る者を例外なく惑わせる程だったという(*1)。
無論、伝説上の人物の為、その奇術の信頼性は不透明だが、目の前にするとやはり信じる他無い。
「侵入したのも千の差し金か?」
「君の時代で言う所の『忖度』だ。千様の御意思は、働いていない」
「……」
千姫が関与していた場合、大河は、彼女と絶縁する予定だった。
それを想定していたのか、それとも本当なのか。
兎に角、彼は千姫を徹底的に擁護し、守り通す忠臣らしい。
「千様は、織田や羽柴、明智等、数々の武将達から危険視されていた拙者を召し抱えて下さった大恩あるお方。千姫様を傷付けるのであれば、仏法に背く行為だが、貴様を成敗する他無い」
両目がギラギラ。
何処が僧侶? と思う程、血気盛んだ。
「おいおい、落ち着けって。あんたに敵う訳が無いのに千とは、絶縁出来る訳が無いだろう?」
「……利口だな」
殺気を静める果心居士。
一度、発火した殺気を自由自在に操作出来るのは、並大抵の事では無い。
第一に千姫の事を考えている忠臣中の忠臣の様だ。
「それで、要は、結婚を強要しに来たって訳か?」
「言い方は不快だが、貴様が嫌がっている以上、その表現が適当かもな」
笠を被り、素顔を隠す。
余り、見られたくない恥ずかしがり屋なのか。
「それも一つだが、もっと言うと、千様を正室に出来ぬか? 側室だと拙者の未来では、じきに精神を病み、自害する天命だ」
「……あんたには、止められないのか?」
「拙者がどんな手を打っても天命には、逆らえん。天命だからな」
「……」
日ノ本一の幻術師(奇術師?)が、然う言うのだから間違いないのだろう。
彼の言う事を全て真に受ける訳では無いが、幻術の専門家では無い大河は、現状、彼を頼るしか以外に無い。
異論反論を唱えれば、呪術で殺されそうなのも理由の一つだが。
「千様は御強い方では無い。生まれる時代を間違えたのだ。世間的に悪女と評判が悪いが、誰が好きでも無い武将と結婚し、喜ぶ?」
「……親だろうな」
「そうだ。政略結婚は、親同士の決めた事だ」
「……」
後年、元和元(1615)年、大坂城落城の際、千姫は坂崎直盛に救出された。
その後、直盛は彼女を徳川家から奪おうとするも失敗し、討たれた(自害説もあり)。
所謂、『千姫事件』である。
直盛の動機には、
・彼が千姫を再嫁させる事を条件に直接家康の依頼を受けていたが、これを反故にさ
れた説
・家康は千姫を助けた者に千姫を与えると述べただけで直盛に依頼した訳ではない説
が、挙げられている。
又、彼が千姫を救出したかという点についても、
・実際に彼が救出した訳ではなく、千姫は豊臣方の武将である堀内氏久に護衛されて
坂崎の陣まで届けられた後、直盛が徳川秀忠の元へ送り届けた説
・直盛が火傷を負いながら千姫を救出したにも関わらず、その火傷を見た千姫に拒絶
された説
もあるが、この内、火傷に関しては俗説であるという意見もある(*2)。
千姫事件の際、直盛、53歳(数え年で54歳。但し、生年に諸説あり)。
千姫18歳(数え年で19歳)。
豊臣秀頼と政略結婚でありながら、鴛鴦夫婦で家康に彼の助命を訴える程、秀頼を愛していた千姫にとって、見ず知らずの中年の武将は、相当嫌だった筈だ。
この出来事は、江戸時代の出来事なのだが、既に発生し、徳川家と宇喜多家(坂崎氏)の戦争になり、千姫は「悪女」として日ノ本一、有名で嫌われた女性になってしまった。
「拙者は、正式には家康様の直臣だ。然し、この縁談については、反対だった。貴様が、千姫様を娶り、正室にすれば、彼女は救われる」
「……同情での結婚は、彼女の望む事なのか?」
「正室になった後、何れ、貴様は千様を好きになる。天命だ」
「……」
笠から見える目は、大河を射抜きそうな程、鋭い。
「……天命なら従おう」
「理解が早くて助かる」
「だが、条件がある」
「……何だ?」
「あんたの頼みを聞くのは、これが最初で最後だ」
「簡単だな」
てっきり、「元の世界に戻せ」と言われる事を想定していた果心居士は、安堵する。
「願いを聞いてくれた貴様には、借りが出来たな。その代わりと言っては何だが、教えてやろう」
「何を?」
「これで終わりじゃないからな」
「は?」
「何れ意味が判る。では、達者でな」
印を結ぶと、1秒もしない内に消える。
大河が瞬きしている間に、だ。
(……流石だな)
感心しきりの大河であった。
後日、千姫との縁談が正式に決まった。
彼女の正室を最後まで嫌がったのは、誾千代であったが、徳川家からのお土産攻撃と粘り強い説得工作により、遂に根負けしたのだ。
「えへへへ」
見事、恋が実った千姫は、文金高島田の姿で大河に寄り添う。
大河も黒五つ紋付き羽織袴だ。
格が最高のそれには、丸に三つ葉葵が施され、事実上、家康が、大河を徳川氏の一員である事を内外に主張している表れである。
まだ傷が癒えぬ大河は、寝室にて、徳川四天王を歓待する。
・酒井忠次
・本多忠勝
・榊原康政
・井伊直政
何れも大河ドラマやゲーム等で御馴染みの武将達だ。
その筆頭が酒井忠次であるが、やはり、大河の興味は、本多忠勝だ。
彼が持って来た蜻蛉切に興奮を禁じ得ない。
「流石、天下三名槍の一つですね」
「どうぞお触り下さい」
「いえいえ、御愛用の武器を見せてくれただけで、有難いです。どうぞ、仕舞われて下さい」
「は」
言われた通り、忠勝は仕舞った。
忠次、忠勝、康政、直政は
(武器の収集家と聞いて奪われるのでは? と思ったが、常識人なのだな)
(童顔だが、目の奥に笑みが無い。こやつ、相当、出来るな)
(我等の武装を許すとは、相当な楽天家だとは思ったが……筋肉が凄いな。我等4人が束になっても蹴散らされるかもしれん)
(千姫様が好く程の人物だな。願わくば赤備えを一緒に率いてもらいたい)
四者四様。
歴戦の経験則と勘から、4人は、大河が只者では無い事を察する。
「どう? 良い男でしょ?」
千姫は、大河に頬擦り。
忠次は、苦笑いだ。
「千様が幸せそうで何よりです。上様も天婦羅を沢山お食べになる程、御喜びになられています」
「もうお爺様は、健康の為に天婦羅を控える様に進言したばかりなのに。伝言宜しく。『金輪際、揚げ物禁止』って」
「上様、御嘆きになるかと」
「だーめ。折角の筋肉が無くなっちゃう。義元みたいになりたくないでしょ?」
「では、その様に御伝えします」
「宜しく~」
四天王も千姫を慕っている。
本当の娘の様に。
むさ苦しい男社会の中で、彼女は、癒しの様な存在なのだ。
「……」
大河は、障子の方を見る。
数mm程開いた隙間から、茶々が覗いていた。
(私を差し置いて、正室に……伯父上様に言いつけてやる)
このままでは、大河を巡って織田家と徳川家の同盟が決裂しそうだ。
千姫を擁護すれば、信長の逆鱗に触れ、茶々につけば、家康に怒られる。
両家の女性を同時に娶ってしまった為に起きている弊害だ。
大河は、天を仰いだ。
(これも天命なのか?)
[参考文献・出典]
*1:愚軒 雑話集『義残後覚』
*2:宇神幸男 『宇和島藩』 現代書館〈シリーズ藩物語〉2011年
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