第25話 雲中白鶴
二条古城の居住者は、一気に増えた。
・真田大河 (城主)
・立花誾千代(正室)
・上杉謙信 (側室)
・茶々 (側室)
・お初 (側室)
・お江 (側室)
・千姫 (側室候補)
・稲姫 (三姉妹、千姫の護衛)
・望月 (報告者)
大河が大家なら、彼女達の家賃収入だけでも生活出来そうだ。
この他、在京上杉軍の一部や織田軍村井貞勝隊、見廻組も駐留している為、軍隊も多い。
人口爆発に伴い、二条古城周辺はどんどん増築され、元廃城は今では、一つの都市の様に成長している。
又、最近では、朝顔が、ちょくちょく見舞いに来る様になった。
「真田、今日も元気そうだな?」
「陛下の御蔭ですよ」
朝顔は持参品の林檎を、包丁で綺麗に剥く。
「ほら、食べよ」
「有難う御座います」
津軽(現・青森県)産の林檎は、非常に甘い。
「美味しいか?」
「はい。美味です」
「
何度も朝顔は、嬉しそうに頷く。
その様は、入院中の夫を見舞う妻の様だ。
流石に朝顔に配慮して、女性陣はこの時ばかりは、寝室に近付かない。
普段、監視している望月も、だ。
「あの時の恩に報いて、貴君には、褒美を取らせたい。朕と我が国は、貴君に助けられるばかりだな?」
「いえいえ。無償でも、奉仕させて頂きますよ」
「嬉しいよ」
ニコニコ顔の朝顔。
事故直後の憔悴し切った時と比べると、格段に精神的にも安定している。
「真田だけには、話しておこうか」
「はい?」
「事故を機に朝廷の保守派は、朕が進める働き方改革に同意してくれて、朕の公務が少なくった。これで過労死する者は、減るだろう」
「……」
大河の頭を撫でる。
「貴君が以前、紹介してくれた惣無事令も成立し、全国の戦国大名は、一切の交戦を止めて朕に従う事を決意してくれた。これで民主化が進む」
「! では……」
「この乱世が、終わる時が来た、と言う訳だ」
応仁の乱(1467~1478)から始まった戦国時代は、今年、1576年に終結する。
約100年にも及ぶ乱世が、遂に終焉を迎えるのだ。
朝顔の笑顔は、それもあるのだろう。
否、それが、直接の理由としか思えない。
「だが、政治の指導者が決まらない場合は、第二の足利尊氏が台頭しかねん。そこでなんだが、誰を征夷大将軍に任命すれば良い?」
「助言ですか?」
「ああ、未来人の貴君に助言者になってもらうのは、正直、朕としても迷ったが……貴君の意見を訊きたい。朕には判断出来ぬからな。未来の事など」
「……」
筆頭は、織田信長で間違いない。
然し、彼は道半ばで死に、代わりにその夢を羽柴秀吉、徳川家康が叶えた。
だが、武田信玄も存命だ。
彼は、元亀4(1573)年に病死する。
持病だった労咳(肺結核)、肺炎、『甲陽軍鑑』による胃癌若しくは食道癌が有力だ。
但し、江戸時代には新井白石『藩翰譜』において三河野田城攻城における狙撃が元で死去したとする説を記し、近代には地方病として蔓延した日本住血吸虫病に死因を求める見解もある為、定かではない(*1)。
瀬田に風林火山の軍旗を掲げる事を目的とし、徳川家康を三方原で破った彼が、今になって、納得出来るとは到底、思えない。
勅令には従うも、内心では怒っているのが妥当だろう。
その他、北条氏康や島津貴久も同じ思いかもしれない。
一方、ハト派や穏健派の戦国大名は、大歓迎している。
その証拠に、大友宗麟や伊達輝宗等は惣無事令が宣言された直後、朝廷に使者を送り、恭順の意思を示している。
惣無事令の時機を誤った、と言う見方も出来るが、大友宗麟等、話の通じる戦国大名は、この時点で官軍派だ。
非常に均衡感覚の長けている、と言え様。
「知っての通り、朕は平和主義者だが、政治的な権力は持ち合わせていない。持っていても平和以外の為には、行使したくはない。貴君には、重荷だろうが、近衛も貴君を推薦している。済まないが、助言者になってくれ」
「……分かりました。では、織田信長を推薦します」
「何故だ?」
「彼は、残虐な一面はありますが、約束も守る義理堅い面もあり、民衆にも人気があります」
「民衆に? 第六天魔王が?」
両目をくりくりさせる朝顔。
帝なのに可愛いく感じるのは、不敬かもしれない。
「はい。宗教戦争を無くした事は、結果的に我が国を宗教で分断する事が無くなりましたから」
「……」
歴史家では無い大河だが、この部分においては、非常に評価している。
彼が、徹底的に僧兵を叩かなければ、日本は、今頃、新教と旧教で宗教対立しているイギリスの様な国になっていただろう。
「……分かった。会った時も確かに、尊王主義者で、朕にも敬意を払ってくれた。惣無事令も日ノ本で真っ先に従ってくれたからな」
歴史家の間では、織田信長は、勤王家説と革新派説で別れている。
江戸時代後期は、尊王攘夷運動の高まりの下、勤王家の1人として尊王攘夷派から祀り上げられ、WWII後期では、革新派とする説も登場した。
21世紀以降は、天皇とも協力関係にあったと主張する説(*2)も生まれ、今尚、論争中だ。
「……有難う。貴君は、朕の良き親友だ。ずっと傍に居てくれ」
「いえいえ」
「あと、ここを朕の別荘にする事に決めたから」
「……はい?」
「貴君を怪我させた償いとして、朕が直々に介護を行う事にした―――」
「丁重にお断りします」
「え~」
不満気な朝顔だが、大河を親友と言った手前、強要や命令は出来ない。
口を尖らせつつ、不承不承に納得するのだった。
朝顔は、悪人ではない。
その為、自分の所為で負傷した大河の為に本当に城内に別荘を作ってしまう。
大河の隣室に。
女官も数十人連れて、大河の為に特製の御粥を作ると張り切っている。
正直完治までの数日間、ずーっと御粥なのは、辛いものがあるのだが、朝顔がやる気満々なのは、精神的に良い事だろう。
数日間の辛抱、と考えたら、帝と一つ屋根の下は、安い物とも言える。
「美味しくな~れ」
鍋の御粥を御玉で掻き回す朝顔。
台所で女官達と作っている間、大河は、寝室で、筋トレを行っていた。
「……」
無表情のまま左手で、鍛冶屋に作ってもらった特製のダンベルを持ち上げる。
中身は30kgの
左足にも、囚人が装着する様な足枷が嵌められ、左手と同じ様にしている。
右手右足が絶対安静なので左手左足だけでも鍛えておこう、とするのは、大河が、生粋の訓練馬鹿だからだ。
因みに体には、楠が乗っている。
「側室を重石にする何て貴方だけよ。全く」
はー、と深い溜息。
何故この男の側室になってしまったのだろう?
と言う呆れも含まれている様だ。
「済まんな」
訓練を止めると、楠は、降りた。
「満足?」
「ああ、助かったよ」
「全くもう。重傷者の癖に」
望月が、足枷を外す。
「組長、御疲れ様です。御茶をどうぞ」
「有難う。気が利くな」
「副長ですから」
えへへへ、と望月は、嬉しそうだ。
「じゃあ、真田。耳かきするわよ」
「自分で出来るよ―――」
「良いから」
謙信に無理矢理、組み伏せられ、膝枕に遭う。
そして、耳かきが、始まった。
謙信は、身分上、側室だが、女中の様に家事を行ってくれる。
炊事洗濯等。
元尼僧なので、自分でしないと気が済まない質なのだろう。
最近では、大河の忠告を遵守する様に酒を控え、休肝日を増やしている為、酒臭い事は殆ど無い。
大河は、嫌酒家だ。
酒を不味く感じ、その匂いも嫌いな為、酒は1滴も飲まない。
煙草同様、人生に必要無いとしている。
あれだけ好きだった酒を大河の為にすっぱりと断酒しているのは、彼の為に長生きしたい、と思ったからだ。
「真田、完治後は、私が剣の相手をしてやるから」
「おー有難い」
抜刀術を大河は、心得ていない。
素人では無いが、専門は、銃器の方だ。
自衛隊や中東に居た時でも拳銃の方を愛用している。
「代わりに、銃教えてくれる?」
「良いぞ」
「有難う」
謙信の耳かきは、非常に気持ちが良い。
養子の景勝が幼少時から、行っていた為、上手いのだ。
美女の為、現代に転生すれば、耳かき専門店の売れっ子として話題になるだろう。
「大河、私は何をすればいい?」
誾千代は、布団でもじもじしている。
彼女の役目は、添い寝だ。
大河が就寝時、常に同衾している。
その為、彼が起きている時は、無職だ。
「じゃあ、後で混浴し様」
「! 良いわよ―――」
「御待ちを。私も入りますわ」
茶々が、割って入る。
「兄者、わたしも~」
お江が、挙手し、大河の左膝に乗り込む。
12歳なのに、この様に甘えるのは、実父に殆ど甘える事が出来なかったのかもしれない。
右膝を選ばない辺り、配慮さが見え、大人だ。
「……お江、気持ちは有難いが、まだまだ君は、子供だ。もう少し、大人になってから―――」
「え~……」
露骨に嫌な顔のお江。
「子作りは、数年後だ」
「……う~ん、分かった。でも約束だよ? 優しくしてね?」
「分かってるよ―――ぐえ」
頭部が足に潰される。
眼球を動かして重石を見ると、犯人は、お初であった。
「お兄様、妹を
「……」
腕力で、外すと、
「こら、お初。真田になんて事を! 謝りなさい!」
茶々が、激昂した。
お江も怒っている。
「姉様! お兄様が死んだら如何するのです!」
まさかの姉妹の抗議に、
「う……え……」
明らかにお初は、狼狽える
踏まれた大河は、それ程怒っていないのだが、特に茶々のそれは深い。
「真田様、申し訳ありませんわ。私の顔に免じてお初を許して下さい」
「許すも何も最初から怒っていないよ。軽かったし」
「御寛大、感謝しますわ。お初、説教です」
「私もする~」
「そ、そんな~」
2人に両腕を掴まれ、世界一、有名な宇宙人の写真の様にお初は連れ去られていく。
「合掌」
大河は、お初の無事を祈るのだった。
[参考文献・出典]
*1:ウィキペディア
*2:平井上総 『織田信長研究の現在」『歴史学研究』955号 青木書店 2017
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