第24話 法界悋気
(隊長は、好色家!)
プリプリと望月は、怒っていた。
愛妻家である事は態度から見ても、誰もが認める事だ。
問題なのは、女性に好かれ易い事に無自覚である所である。
側室・楠を除く妻達は姫武将と言う事から今後、他の姫武将も彼に惹かれる可能性もある為、恋い慕う望月にとって脅威の何物でも無い。
障子越しに2人の声が、聞こえる。
『真田様、お怪我されたと聞いて、引っ越しを早めましたわ』
『有難う』
茶々が大河の両肩を揉んでいる。
望月の背後の部屋には、その2人しか居ない。
他の女性陣は、台所で薬膳料理を作っているのだ。
本来であれば女中達の仕事なのだが、大河はしょっちゅう休みを与え、殆ど働かせていない。
が、給料はちゃんと支払っている為、女中達は戸惑っているのは別の話。
会話は、続く。
『謙信様と御結婚しましたが、何故、私に先んじて?』
『言い訳になるが、押しかけ婚なんだよ。押し切られた形だ』
『拒否すればいいものを?』
ぎゅーっと両肩を握るも、大河が痛がる気配は無い。
茶々の細腕で大河を痛がらせる事は、ほぼ不可能な話だ。
『結構、前から話があったし、その時点でもう破談出来なかったんだよ』
『嘘。半蔵の報告では、病院で然も陛下の目の前で、接吻したと?』
「!」
『!』
初耳で望月は、驚く。
病院で、接吻。
然も、朝顔の目前で。
大胆過ぎる、としか言い様が無い。
『……監視していたのか?』
『真田様は、色々な女性と仲が良いですからね。監視は、必要です』
『……』
大河の溜息が、耳元迄届く。
結構、深い。
『ですので、母上様から重要な助言を頂きました』
『……』
大河は、無言だ。
茶々の母―――お市の方は、非常に大河を気に入っている。
信長に紹介したのも彼女、と言う噂だ。
又、自分の娘達を送り出すには、完全に彼の義父の立ち位置を狙っているとしか思えない。
『「真田様は、愛妻家過ぎて立花誾千代様を大切にし過ぎている。だから、早く子作りして、貴女が正室になりなさい」と』
「!」
思わず、望月は、振り返る。
障子に針で穴を開け、覗き見ると、
「!」
茶々が、大河の腹部に跨り、迫っていた。
「夫婦になった事ですし、今は2人きり。愉しみましょう」
「……知識はあるのか?」
「母上から、その手の本を頂き、熟読した次第です」
茶々がばら撒いたのは、性典の数々であった。
・『アナンガ・ランガ』(1172年頃 インド)
・『カーマ・スートラ』(4~5世紀 インド)
・『ラティラハスヤ』 (? インド)
・『素女経』 (? 漢以前)
・『匂える園』 (15世紀 アラビア)
……
異人との交易が盛んな為、この様な日本にはない書籍を入手出来たのだろう。
「経験はありませんが、熟読しました。真田様は、受け身で―――」
「有難う。でも、今はその気分じゃないな」
「何故です? 立花様への後ろめたさですか?」
「見ての通り、怪我をしている。全力は、出せんよ」
にやっと、茶々は
「ですから、私が先導するんですよ? 真田様は、只、仰向けで良いんです」
「……」
大河は、諦めたのか、茶々の言う通り、寝転がる。
「うふふふ」
妖艶に茶々は、着物の裾を露わにしていく。
この時代、今のようなパンティは無く、日本人女性は、ノーパンだ。
下腹部に自然と、大河の視線が、行ってしまう。
「……!」
耐えきれなくなった望月は、障子を蹴り倒した。
「「!」」
驚く2人。
望月は、大河の両脇に腕を入れ、茶々から引き離す。
「わ」
その拍子に茶々は大河から》ち、布団に尻餅をつく。
「組長、御無事ですか?」
「無事だよ。只、望月」
「はい」
「手、踏んでるぞ?」
「え? ―――な!」
視線を落とすと、何と言う事か。
包帯でぎゅうぎゅうに巻かれた大河の右手を望月は、思いっ切り、踏んずけていた。
「ああああああああああああああああああああ!」
慌てて飛び退き、右手に息を吹きかける。
「まさか、部下に傷病期間が、延ばされるとはな」
大河は、苦笑いだ。
「も、申し訳御座いません! 今直ぐ、切腹を―――」
「待て待て。早まるな。別に責めてない」
望月から日本刀を大河は、奪い取った。
右手は、怪我している為、動かせないが、左手の俊敏な動きを見ると、右手が駄目になっても左手だけで十分に思える。
「で、でも―――」
「名誉の負傷だ。これ位、大した事無い」
口ではそう言うが、右手を背中に隠している為、相当、痛かったらしい。
先程まで嫉妬で燃えていたが、こんな優しい所に望月は、惚れている。
どんどん冷静沈着になっていく。
「真田様、この者は?」
「前に説明した副官の望月だ」
「失礼ですわね。夫婦の営みを邪魔して」
茶々に気付かれない様に、大河は、左手で望月の背中に指文字を書く。
『ありがとう』
と。
「!」
何だか、不倫している様な、感覚だ。
「えへへへ」
急に上機嫌になった望月。
「? 真田様、何かしたんですか?」
「擁護しただけだよ」
「本当ですか?」
「妻に嘘を吐く人間に見えるか?」
「見えますわ」
即答する茶々。
「何たって、立花様一筋ですもの」
「そりゃあ唯一の正室だからな」
「だったら私も―――」
「気持ちは、有難い。でも、御互い分かり合ってからだ」
「そんなぁ~」
好色家に見えて意外と大河の
「謙信ともしていないし、誾以外とはしていないよ」
「……では、何時?」
「俺は、時機と雰囲気を大切にする派なんだ。羽柴秀吉の様に無節操じゃないよ」
「……分かりましたわ」
ここで喧嘩しても仕方が無い、と思ったのか、茶々は、引いた。
「ですが、私達姉妹の真田様への想いは、本気ですから。その事は重々、御理解の程、宜しく御願いします」
「分かっていなければ、断ってるよ」
「え?」
照れ臭そうに大河は、顔を背けた。
何だかんだで結局の所、大河は三姉妹に好意的なのだ。
優柔不断に見えて、誾千代を最優先に愛している様に、芯が通っている。
「……では、何れは、正室に?」
「誾の許しが出ればな?」
「分かりましたわ。では、立花様への説得工作を行います」
「そうしてくれ」
茶々も正々堂々と宣言する。
この様な、千姫とは違う真っ直ぐさが、大河の茶々の好きな所だ。
「では、失礼しますわ」
「応」
作戦を練る為か、茶々は退室した。
(2人きりだ……)
突如訪れた幸運に、望月は耐性が無い。
「最近、組の方はどうだ?」
「は。組長が居らずとも皆、自主的に訓練に励んでおります」
「なら、良かった。体調の方は?」
「私ですか?」
「ああ。体調不良なら、無理に出勤する必要は無いからな?」
大河が心配しているのは、望月の持病―――皮膚病の事だ。
症状は、滅多に出ないが、軟膏が手離せない。
蒸れると、
「御配慮頂き有難う御座います」
皮膚病を差別する者が多いこの世の中で、大河は本当に偏見が無い。
通院や薬にも理解がある。
他の職場だとこのような事は、難しいだろう。
癩病とされた大谷吉継は、望月同様、素顔を隠す為に白い頭巾を被っている。
これは戦国大名の中で彼だけなので、日ノ本では、有名な話だ。
癩病に理解が無い戦国時代、大谷吉継を敬遠する者が多く、彼の上司である羽柴秀吉もその能力は認めるもののの、その病気を怖がっていた。
そんな中で、石田三成との間には親友関係は、現代にまで伝わっており、その親密さは、衆道関係であったとする記録も存在している(*1)(*2)。
その理由としては、
・両名が同世代
・同郷(*吉継に関しては諸説があるが、『淡海温故録』は吉継を近江出身としている。尤もこの史料は吉継を若狭国小浜城主だったとしている等、信憑性が疑問視されている)
だった為という。
又、秀吉は、三成・吉継を「計数の才」に長けた奉行として重用しており、一緒に行動する機会が多かった(*九州征伐では共に平坦奉行を務め、1590年の小田原征伐でも兵站奉行を、文禄の役でも「船奉行」を共に務めている。また太閤検地でも三成と検地奉行を担当しており、1586年に三成が堺奉行になった際には三成の補佐役に付された。『宇野主水日記』によれば、1585年9月14日に秀吉が有馬温泉に湯治に出かけた際にも、三成や増田長盛とその供を務めている)。
『甫庵太閤記』では「御扶持方渡し奉行」として三成と吉継、長束正家の3人を挙げている)事から友情を培ったのではないかといわれている(*3)。
―――
2人の友情の逸話は、以下の通り。
1(*4)、
天正15(1587)年6月、九州征伐を終え、筑前国筥崎に到着した秀吉の機嫌を損ねてしまった吉継は筥崎に程近い香椎村で蟄居していた。
この時、秀吉主催の茶会があり、三成が密かに神屋宗湛へ茶器を吉継に披露する様に頼んだ。
吉継は密かに船で香椎より姪浜に渡り、興徳寺に宿を借りて茶器を鑑賞したという。
2(*5)
天正15(1587)年、大坂城で開かれた茶会において、招かれた豊臣諸将は茶碗に入った茶を1口ずつ飲んで次の者へ回していった。
この時、吉継が口をつけた茶碗は誰もが嫌い、後の者達は病気の感染を恐れて飲むふりをするだけであったが、三成だけ普段と変わりなくその茶を飲み(一説には吉継が飲む際に顔から膿が茶碗に落ち、周りの者達は更にその茶を飲むのを躊躇ったが、三成はその膿ごと茶を飲み干し、美味しいので全部飲んでしまったからもう1杯茶を注いで欲しいと気を利かせたとされる)、気軽に話しかけてきた。
その事に感激した吉継は、関ヶ原において共に決起する決意をしたとされる(*但し、この典拠は不明)。
3(*3)(*6)
関ヶ原の挙兵の直前、三成の横柄さを憂慮した吉継は、
「お主(三成)が檄を飛ばしても、普段の横柄ぶりから、豊臣家安泰を願う者すら内府(徳川家康)の下に走らせる。ここは安芸中納言(毛利輝元)か備前宰相(宇喜多秀家)を上に立てお主は影に徹せよ」
と諫言したという。
大道寺友山『落穂集』では、三成に対して「殊外へいくわい(横柄)に候とて、諸大名を始め末々の者迄も日比(頃)あしく取沙汰を仕る由也」とある。
本人を前にして「お前は横柄だから」と率直に言って諫言している事から、吉継と三成はお互いに言い合える仲であった事が分かる(*7)。
他にも、
「(三成は)智慮才覚の段に於いては天下に並ぶ者無しであるが、勇気は不足していて決断力に欠ける」
と忠告している(*8)。
―――
「……組長、御相談なんですが、この頭巾、取っても良いですか?」
「構わないが、妻達が驚く可能性がある為、全面的には賛成出来んな」
「では、組長の前では、見せますね?」
「応よ」
集団面接の際は、仕方なく素顔を曝け出した望月だが、普段は大谷吉継の様に頭巾を被っている。
これは、偏見から身を護る一方、偏見に屈しているのではないか? と望月は、感じていた。
2人きりなのを良い事に、望月は頭巾を脱ぐ。
痘痕が露わになるも、大河は平然としている。
「……どうですか?」
「望月の体の一部なんだろう? 事情を知らなければ、驚くだろうが、何とも思わないよ」
「有難う御座います」
直近までの嫉妬は何処へやら。
望月は、確信した。
(この人に一生、付いて行こう。例えこの恋が実らなくても)
と。
大河に忠臣が生まれた瞬間であった。
[参考文献・出典]
*1:『慶長軍記』
*2:『校合雑記』
*3:花ヶ前盛明 『大谷刑部のすべて』 新人物往来社 2000年
*4:『宗湛日記』
*5:本郷和人『戦国武将の明暗』新潮社 2015年
*6:『常山紀談』
*7:小和田哲男『大谷刑部と石田三成』 花ヶ前盛明 2000年
*8:花ヶ前盛明『大谷刑部とその時代』2000年
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