第23話 百万一心

 馬車にねられた大河は、空中で体操競技の様に回転し、寝具屋に弾丸の如く突っ込んだ。

 幸い布団が緩衝材となり全身を強く打つことは、免れた。

 然し、右手足を折ってしまう。

 だが玄人の大河は、元々両利きだ。

「……真田、済まん。朕の所為で」

 涙目の朝顔。

 搬送された皇族御用達の帝国病院で、大河は朝顔の指示の下、日ノ本最高の治療を受けていた。

 その為、骨折しているが、それほど痛みは無い。

 絶対安静も数日で済んでいる。

「いえいえ。線路を未確認だった自分の責任です」

「朕が責任を持つ。仕事に戻るわ」

 踵を返すも疲労困憊らしく、ぐらついている。

「陛下もお休み下さい。寝ていないでしょう?」

 謙信が支えた。

「でも、公務が―――」

「さっき近衛と相談して、数日、休むことが決まりましたので、御心配には及びません」

「え?」

「その間、近衛が国事行為臨時代行法に基づき、陛下の公務も兼ねます。他の王族や公家も協力して代行します。陛下の激務を考慮して今後、公務は王族が分散するよう、法律改正が行われます」

 強い口調で謙信は、言外に「休め」と言っている。

「二条古城で静養しましょう。あそこなら御所に近い為、そこでなら生真面目な陛下も安心出来るでしょう」

「……分かったわ」

 母犬に怒られた子犬の様に、朝顔はしょんぼり。

 花だけに萎れている状態だ。

「おいおい、あそこを療養所にするのかよ?」

「良いじゃない? 私も住むし」

「え?」

「貴方の事だから、病院だと抜け出して通勤するでしょ?」

「う……」

 流石、軍神。

 大河の行動を手に取る様に分かっている。

「陛下も貴方も心配だからよ。そのまま居付くけどね?」

「……本気?」

「そう。鞍馬寺の毘沙門天様に占ったら、『結婚するのが、吉』って出たから」

「……」

 謙信が見せた御籤には、確かにそう書いてある。

「陛下を助けた時、格好良かったよ。阿吽の呼吸の私達は、夫婦でも最高の相棒だと思うし」

「……」

 結婚に迷っていた謙信だが、身を挺して朝顔を守った大河を見て、遂に決めた様だ。

「御好意は有難いが、俺は―――」

「良いの。もう押しかけ婚だから。荷物も運びこんでいるし」

「……」

 大河、終了のお知らせ。

 今頃、誾千代達は驚いている事だろう。

「随分、急なんだな?」

「景勝が私の恋を応援してくれたんだよ。じき、挨拶に来ると思うからその時は、宜しくね?」

「……」

 大河は、現実逃避した。

 病院の外には、上杉軍の騎馬隊が待っていた。

 彼等が囲んでいるのは、新婚夫婦用の牛車。

 その後部には、ブライダル・カーの様に空き缶が括りつけられている。

 牛車の屋上には毘沙門天像が設置され、その表情は、

「!」

 一瞬だけ、非常に柔和に見えた。

 ほんの一瞬なので見間違えの可能性はあるのだが。

 何故か大河には、2人の結婚を祝福している様に見えてしまった。

(運命……なのか?)

 ベートーベンの『運命』が、脳裏に流れる。

 現実主義者の大河は目前で起きたことを否定しない。

 神仏の類は信じていないが、あれがもし御心の本音ならば、一介の大河は従わざるを得ない。

「上杉様―――いえ、虎千代」

「え?」

 幼名で呼ばれ、謙信が動揺した。

 その隙を大河は、見逃さない。

「失礼します」

「きゃ―――」

 抱き締められ、接吻する。

 頬ではなく、唇に。

「……!」

 謙信は目一杯に見開き、

「……」

 その様子を見た朝顔の心がうずく。

 ずきんと。

(あれ、もしかして……?)


 城に帰った大河を誾千代達が出迎える。

 彼は直ぐに寝室に連れて行かれ、敷布団に寝かされた。

 誾千代が、縫い包みの様に、大河を抱き締める。

「もー、無茶して」

「良い薬草、潰して漢方薬にしたから。御飲み」

 楠が無理矢理、緑色の液体を飲ませる。

「ぐえ―――」

「文句言わない」

 鼻を摘ままれ、大河は、飲むしかない。

 味は、非常に苦い。

 吐瀉物としゃぶつをぶちまけそうだ。

「誾、有難いが、息が出来ないんだが?」

「浮気性だからちゃんと犬みたいに印を付けておかないと」

(印? ああ、マーキングの事か)

 楠の話では受傷時、誾千代は人一倍、取り乱し、諭すのに一苦労したと言う。

 妻がどんどん増えて行き、誾千代との夫婦水入らずの時間が少なくっているが、それでも、大河が妻達の中で最も心を開いているのが、彼女だ。

 2人は、一心同体。

 恐らく、夫婦喧嘩は一度たりとも起きないだろう。

「真田は、人気者ね」

 誾千代達に配慮した謙信は、遠くの方で座り、見守っている。

「謙信、陛下は無傷なのよね?」

「誾は、心配性ね。無傷よ。こっち来なさい」

「有難う」

 誾千代の許しが出た為、謙信がやって来た。

「それで、結婚したんですよね?」

「然う言う事。大丈夫、正室は貴女だから」

 姫武将の中では、謙信の方が誾千代より格上だ。

 謙信は一時、戦国大名。

 片や、誾千代は大友宗麟の家臣の1人に過ぎない。

 その為、誾千代は謙信に気を遣う必要があった。

「いえ、謙信様が正室になって下さい。私の様な者は―――」

「嫌だ」

 大河が、誾千代の提案を一蹴する。

「正室は誾だけだ。虎千代、済まんが、貴女は側室だ」

「ほら、真田もこう言ってるし」

「あー、もう、馬鹿!」

「ぐえ」

 顔を真っ赤にしつつ、誾千代は大河を殴打し、退室した。

「楠」

「分かってるわ」

 念の為、楠が後を追う。

「ハハハハハ。愛妻家ね」

 謙信は、本心では、正室になりたい想いもあるが、2人の関係性を見ると、側室が現実的、と判断していた。

「済まんな。我儘で」

「良いのよ。元はと言えば、私の方が我儘なんだから。押しかけ婚だし」

 謙信が、布団に入り、大河を膝枕。

 その豊満な胸の所為で彼女の顔が、見えない。

「彼女は、日ノ本一の幸せ者よ。私もそのお零れに与れば良いだけだし」

「大丈夫。扶養に入ったからには、ちゃんと養うから」

「あら? そう? 有難う」

 胸を押し付けられ大河は、呼吸困難に陥る。

 最近判ったが、姫武将は美少女や美女が多い為、簡単に美貌だけで人を殺せる。

 例えば、今の様に。

 これで窒息死は、流石に死に恥過ぎる。

 何とか、転がって、回避に成功した。

「殺す気か?」

「尼僧の私が、不必要な殺生はしないわ。ただ、ちょっと嫉妬した時に、弾みで殺してしまうかもだけれども」

「……今がその時?」

「多分ね。さっきは、我慢していたけれど、やっぱり無理みたい。私は、清姫みたいに殺すかもしれないけれど、その時は、許してね?」

「死んでるよ」

「うふふふ」

 微笑んだ謙信は、大河の横で雑魚寝する。

「風邪引くぞ?」

「有難う。でも、妻は妻だ。体調面に関しては区別しない。そこの押し入れに布団が入ってるからそれを―――」

「倹約家なんでしょう?」

 もそもそと、謙信は、布団に入って来る。

「なら布団は、一つで十分よ。大きいし」

「……」

 1人分なのに「大きい」と胸を張って言える謙信の神経が凄い。

 初夜、同衾する事になった。

「……狭いだろう?」

「十分よ」

 一つの枕を共有する。

「……積極的だな?」

「夫婦だからよ」

 謙信は、大河の折れた箇所を優しく撫でる。

 軍神の力か。

 只の勘違いか。

 触れられた部分が、非常に気持ち良い。

「……誾に怒られた時は、擁護してくれよ?」

「分かってるわ。お休みなさい。あ・な・た♡」

 大河の顔を抱き寄せ、その唇を無理矢理奪った。


 翌日、城下では、

 ―――

『【真田山城守大河様、電撃結婚! 御相手は上杉謙信様!】

 山城守に就任されたばかりの見廻組組長・真田大河様が、3人目の妻を娶った事が判った。

 3人目は、御所に駐留している在京上杉軍最高司令官・上杉謙信様。

 女史はこの度、結婚に際し還俗後、その日の内に婚姻届を役所に提出にした。

 2人が急接近した契機は、不明だが、御所を護る者同士が、部署は違えど、職場結婚した形だ。

 本紙の世論調査では、市民の九割九分が結婚を支持している。

 初婚から1年も経たずに3人目の為で、更には、浅井三姉妹との結婚も控えている為、今年中には最低でも6人もの妻が出来る事は、ほぼ確定だ。

 子作りにも励んでいるようで、近日中に御懐妊の発表があるかもしれない。

 今後も真田様の動向に目が離せない』

 ―――

 と、謙信の結婚を報じる瓦版が飛ぶように売れていた。

 駅馬車に轢かれた事は、朝廷による情報操作か情報統制か。

 一切、報じられていないのは、非常に不思議だ。

「如何して、事故の事は無いの?」

 誾千代が、大河に食事介助させつつ、尋ねた。

 朝食は、

・白米

・味噌汁

・豆腐

 と、非常にヘルシーである。

「多分、陛下を故意でも無くとも、事故に遭わせ様とした為、業者に非難が及ばぬ様に、朝廷が隠蔽したんだろう」

「そういう事情ね」

 納得する誾千代。

 あくまでも大河の予想の為、間違いかもしれない。

 が、刑罰が死刑しかない不敬罪があり、その上、帝が国民から敬愛の対象になっている現状を見ると、もし事故の詳細が明らかになったら業者は国民から徹底的に叩かれてしまう。

 例え、非が無くとも。

 業者は、良くて廃業だ。

 悪くて一家離散、精神病を発症し、哀れな最期を遂げるかもしれない。

 極論であるが、市民の朝廷に対する態度がある以上、絶対無いとは言い切れないのだ。

「途中で悪いんだが、誾。自分で食べられるぞ?」

「傷病休暇なんだから、存分に甘えなさい」

 まるでナイチンゲールの様な愛だ。

 その陰に接吻したくなるも、大河は、ポーカーフェイスを貫く。

「分かったよ。然うする」

 日頃の運動も訓練も出来ないのが、辛いが医学の専門家である医師が診断書を出した以上、大河は、それに従う必要がある。

「薬草、気持ち良い?」

「ああ、有難う」

 楠の方はと言うと、遥々はるばる九州から取り寄せた薬草を洗って、患部に塗り込んでいる。

 民間療法で医学的根拠は無いのだが、楠が想って行っている以上、無碍むげに否定するのは、大河の中には無い。

 甘んじて受け入れるのみだ。

「私の薬も後で飲んでね?」

 謙信は寝室に隣接している台所で、昨日の楠の様に薬草を潰して薬を作っている。

 正直苦みが凄い為、あれは苦手なのだが、痛み止めの効果が実証済みだ。

 昨日服用後は、無痛で安眠出来た事実がある以上、飲まない訳にはいかない。

 もっとも、成分が分からない為、副作用の有無等は、知りたいのだが。

 妻達が介護しているおかげで、生活面では困ることは無い。

(問題は……彼奴だよな)

 襖の向こうに控えている白頭巾の望月に視線を送った。

 彼女は、見廻組組長代理として現在、組織を守っている。

 組織や朝廷に大河の事を報告する任務に就いている。

 それは、良いのだが。

(ああして、生活圏内に居るのは、如何よ?)

 天守閣は、大河とその家族が生活する居住区だ。

 その為、仕事上の部下が居るのは、正直違和感がある。

 報告者として特例で認めたのは、他ならぬ大河自身なのだが。

 やはり違和感は、拭えない。

(何か怒ってるっぽいし。彼奴の逆鱗に触れる様な真似したっけ?)

 妻でも無い望月に、気を配る大河であった。

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