第22話 花鳥風月

 両替町通は現代では、狭い通りで渋谷ほどでは無い。

 が、人口密度はバングラデシュ並に高い。

 戦国時代に珍しい、木造の高層ビルが立ち並び、数万人が住んでいるのは日ノ本でここだけだ。

 欧米風の馬車が行き交い、ペルシャ人貿易商や欧米人宣教師が黒人奴隷を連れて歩いているのは、国際都市の証拠だ。

 白人奴隷商も居り、

「サァサァ、安イヨ! 1人、1もんめ(約2千円)デ如何ダ? 今ナラ、値引キ交渉モ出来ルヨォ!」

 アフリカ系の少女達を売っている。

 彼女達は全員目が虚ろ。

 見える肌には、鞭で打たれた痛々しい傷跡が。

 NAACP全米黒人地位向上協会辺りがこの時代にあれば、激怒するだろう。

「……」

 朝顔が呉服屋に気を取らている間、大河は近くを巡回中の見廻組組員に目配せ。

 頷いた組員は、奴隷商を直ぐに拘束し、少女達を保護する。

「あら、何か騒ぎ?」

「異人が暴れているんです。離れましょう」

 朝顔の気を逸らし、大河はその場から離れる。

「大河、このヒラヒラの可愛くない?」

 次に朝顔が興味を示したのは、ロリータファッション。

「試着出来る様ですよ?」

「じゃあ、着替えて来るよ。待っててね~?」

「はい」

 上機嫌に試着室に消えていく。

「じゃあ、私も選ぶわ」

 謙信が手に取ったのは、


・ミニスカート

・厚底ブーツ(看板にある『あむらー』と言うジャンルが、琴線に触れた模様)

 マネキンに施された、

・ロングヘア

・茶髪

・剃り落とした後に描いた様な極端な細眉

・日焼けサロン等で焼いた浅黒い肌


 は、現状、真似出来ないが。

「これが、最近の若い女性に人気なのね」

「みたいですね。ただ、上杉様。尼僧なんですよね?」

「然うよ。剃髪はしていないけれど」

「肌を晒すのは、大丈夫なんですか?」

「あー、然うだね。でも、君にしか見せないし」

「へ?」

「好きだから」

 真っ直ぐな目で言った後、朝顔の隣の試着室に謙信は、入って行く。

 日本人女性が、人前で素肌を見せる事が出来る様になったのは、戦後の事だ。

 昭和3(1928)年のアムステルダム五輪で日本人女性初のメダリストとなった陸上競技選手・人見絹江は当時、「人前で太腿を晒す等、日本女性にはあってはならない」「日本女性の個性を破壊する」等と抗議文が、実家に送られてた例がある様に(*1)。

 女性が家族以外に素肌を見せるのは、正直、勇気の要る事である。

 朝顔とは違った芯の強い女性に、感嘆していると、

「―――痛!」

 両耳を引っ張られた。

「大河ぁ~!」

 大声に鼓膜が破けそうだ。

「んだよ?」

「帝と”越後の龍”にモテモテね?」

「只の上官と友人だよ。1番は、誾千代なんだから」

 誾千代のは、OL風のタイトスカートである。

 元々、黒髪なので、もうOLにしか見えない。

 一方、楠は服飾にそれ程興味が無い様で、

「……」

 熱心に、誾千代の背後で和装を吟味している。

「じゃあ、私とだけ手を繋いで」

「応よ」

 右手を差し出した。

 直近まで朝顔が独占していたそれに、流石に気が引ける。

「え……こっちが―――」

「良いんだよ」

 強引に大河は、右手を握らせた。

「……」

 朝顔には悪いが、大河の正室は、自分だけ。

 自分に言い聞かせた誾千代の心労は、どんどん癒えていく。

 否、大河が朝顔よりも誾千代を最優先にしている為だろう。

 誾千代の知る男と言う者は、女性を産む機械として扱う者や性欲のけ口としか見ていない好色家が多かった。

 然し、大河と言う男は秘密主義者である反面、妻への愛を隠そうとしない。

 人前で平然と接吻し、抱擁もしてくれる。

 悪い意味で、恥知らず。

 良い意味で、愛情深い。

 恐らく宗茂以上だ。

 彼も愛情深い人だったが、大河の様に人前で接吻等は、しなかった。

「……御免ね。面倒臭い女で?」

「良いんだよ。そこも惚れたんだから」

「! ……」

 ふるふると肩を震わせる誾千代。

 泣いている―――のではない。

 純粋に心底嬉しいのだ。

「……真田、着替えたよぉ」

 試着室から、朝顔が出て来た。

 白いニーソックスに、メイド服のロリータ・ファッションの組み合わせ。

 御所の正装姿を知る大河は、そのギャップに二度見してしまう。

「……ぶべぇ」

 興奮した誾千代は鼻血を吹き出し、倒れた。

 楠に介抱され、退場する。

 敬愛している帝がまさかの服飾だった為、虚を突かれ、大興奮してしまった様だ。

「如何? 流石に太腿を出すのは、朕の信条に反したのだが可愛いでしょう?」

「……はい」

「誾達は?」

「ちょっと体調不良になりまして、帰宅しました」

 誾千代は、タイトスカートのまま。

 楠はお気に入りの和装を手にしたまま退店したので、万引きになるのだが、店員が捕まえる事は無い。

「(真田様、請求書です)」

 そっと、2着分の請求書が、渡される。

「……」

 現代の日本円にして5万円。

 1着2万5千円ずつの高級服飾だった様だ。

「(貸し切り代だ。足らなくなったら言ってくれ)」

 店員に金2両を渡す。

 日本円で1両が約60万円なので、120万円になる。

 万札が120枚要る所が、金2枚で済むのが、この時代の長所の一つだろう。

 無論、クレジットカードがあれば、尚良いのだが。

「(有難う御座います)」

 店員は、深々と頭を下げ、去って行く。

 流石に目前に居る少女が、帝とは思わないらしい。

「如何したの?」

「誾達のを払っていただけです」

「あら? 朕が払うのに」

「いえいえ。お気になさらずに」

 謙信の試着室が開き、アムラーと化した彼女が姿を現す。

「如何?」

 太腿が露わになっている。

 SNSがあれば長身が長所となり、えには適当だ。

「……綺麗です」

「可愛い。照れちゃって」

「真田は、欲しい物はある?」

「じゃあ、この野戦服で―――」

「戦馬鹿」

 謙信が制止し、朝顔が黒服を取った。

「これが良いわ」


 黒服でビシッと決めた大河は、世界で1番有名なスパイの様だ。

 が、この例えは、戦国時代に通用しない。

 現在のイギリスやMI6は、存在しないからだ。

 結局、自分の分も含めて、大河は300万円程払った。

 高額化したのは後程、二条古城に引っ越してくる三姉妹のも買った為である。

 これは単純に三姉妹が逢引を知った際に、嫉妬に狂い、襲われない様にする生命保険なのだ。

 一時で300万円は高額だが、長期的な目で生き長らえる事が出来るならば、安い。

 スパイとロリータ・ファッション美少女、アムラーの3人は、非常に目立つ。

「おいおい、あの3人何だよ。傾奇者か?」

「だろうな。前田慶次と馬が合いそうだ」

 市民は、そうささやき合う。

「真田様」

 突然、女性自警団員達に囲まれる。

「失礼ですが、身分証を提示して下さいませんか?」

「う」

 周囲を見ると、風俗街である事に気付く。

(しまった。ここら辺の地理は、最近、区画整理で変わっていたんだ)

 風俗街の前は金融街であったのだが、若者の人口が増えるに従って、風俗街の要望が強まり、風俗街と金融街が、土地を交換したのが、つい先日の事。

「身分証?」

「(陛下、あちらに……)」

 首を傾げる朝顔を、謙信が機転を利かして興味を逸らさせる。

「どうぞ」

「「「……」」」

 名刺に自警団の注目が集まった。

 ———

『【真田山城守大河】

 見廻組組長』

 ———

 大河は有名人だが、彼女達は職務をこなしている為、何ら問題無い。

「御協力、有難う御座います。お連れの方は愛人ですか?」

「ええっと―――」

「愛人です」

 謙信が食い入る様に答えた。

「は。では、お入り下さい」

 失念で風俗街に入ってしまった。

 今更、引き返すのも難しい話だ。

 困っていると、

「真田、ここは、春を売る所か?」

 ほー、と興味津々に見渡す。

 帝に嘘は、厳禁だ。

 不承不承に大河は、頷く。

「……はい」

「成程な。流石、世界最古の職業だ」

 嫌悪感無しにラブホテルの看板を夢中で見詰めている。

 近衛がこの場に居たら間違い無く、遠ざけられていた事だろう。

「社会科見学になる。真田お勧めの出会茶屋は、何処だ?」

「陛下、学習意欲があるのは、素晴らしい事なのですが、こう言う事は、まだ早いかと」

「うむ? そうか?」

 丁重な大河の申し出に、朝顔は、残念がる。

「じゃあ、あそこに入りましょうよ」

 謙信が指差したその先は、大衆居酒屋。

 24時間365日、呑める有名店だ。

 この時代にグルメ・レビュー・サイトがあれば、5点満点を獲得出来ただろう。

 朝顔が、見上げて尋ねる。

「真田もよく来るの?」

「週4位で来ますね」

「あら? 奥さん居るのに?」

「本人達は乗り気ですが、毎食作るのは面倒ですし、彼女達も自由時間を調理に割く事になります。ですので、その位の頻度で通わせて頂いています」

「成程な。妻想いなのは、良い事だ。朕もその様な夫を娶りたい」

 謙信が2人が手を強く握らせる。

「立候補すれば如何でしょう?」

「え?」

「陛下は好きなんですよね? 真田の事が?」

「然り」

 即答され、大河は戸惑う。

「だが、この感情が恋愛感情なのか、友情なのかは分からぬ。好青年の為、友情も育みたいが?」

「有難う御座います」

 平和主義者と殺人嗜好症発症者。

 水と油だが、朝顔はその本性を知らないし、大河も彼女に敬意を払っている。

「陛下も御検討を御勧めしますよ」

「うむ。そうするか」

(誾千代の最強の難敵だな)

 女難の相に慣れた大河は、女性関係に半ば諦めムードであった。


 喫茶店で紅茶とアップルパイを楽しんだ後、3人は退店する。

「次は、何処に行こう? 腹も満たした所だし」

「そうですね。観光案内所でも聞きますか?」

「真田、妙案よ」

 向かいの観光案内所に朝顔は、走り出す。

 然し、大河は、気付いた。

 彼女に向かって、駅馬車が走っていた事を。

 謙信が、叫んだ。

「線路よ!」

 現代ではレールがある為、何処が線路が視覚上、明確に分かる。

 然し、そんな技術は無い為、市内には見えない線路が、張り巡らされており、子供達が駅馬車に撥ねられ、死傷する事故が相次いでいるのだ。

 久し振りの休日にテンションが高くなった朝顔は、それを忘れしまったのだろう。

 大河は走り出す。

 そして、朝顔を抱き抱えた。

「!」

 が、間に合わない。

 一か八か、大河はラグビーの様に、朝顔を放り投げる。

 謙信が何とかキャッチし、目が合った。

 と、同時に馬が、大河に突っ込む。

「ヒヒーン!」

 ガシャン!

 馬の叫び声と共に、大きな衝突音がその場に響く。


[参考文献・出典]

 *1:『NHK 「その時歴史が動いた」コミック版 感動スポーツ編』『奇跡の銀メダル 人見絹枝 日本女子初メダル獲得の時』イラスト:西田真基 著:取材班 ホーム社〈ホーム社漫画文庫〉2006

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