第21話 文武両道

 現在の京都府京都市上京区にある二条古城は、義昭死亡認定後、野盗に襲われ金銀財宝は奪われた。

 然し、その手に無欲な大河は敢えて被害届を出さず、放置する。

 そして義昭が好んだ栄華とは違い、質素倹約に努める事にした。

 自室は敷布団と本棚、それと銃架のみ。

 後は一般的な和室に改装する。

 無論、誾千代など、女性陣の部屋は女性陣の好みに合わせる為、彼女達の部屋が質素倹約になるのかは分からないが、豪華絢爛になっても別段問題無い。

 世間の反応は、上場じょうじょうだ。

 義昭が余りにも嫌われていた為、その反動は大きい様で。

「へぇ~、新城主は豪華絢爛に興味が無いのか」

「出入りする業者の話ではお部屋には、宝石の類も無かったそうよ」

「真田神社の巫女によれば、ご興味があるのは武器と女性だけみたいよ」

「愛妻家って噂は、本当なんだな」

 元々、京に貢献していた為、好感度は高い。

 叩けばほこりが出ると、記者が取材するも、醜聞(例:隠し子、脱税、不倫など)は、何一つ無いのだ。

 又、徳川吉宗の様に目安箱を設置し、市民の意見をよく聞き、それを朝廷に届ける橋渡しを行う等の政策も、彼が名君とされる意見の一つだ。

「近々、諸大名から送られてくる名産品を城下町で売ってくれるらしいぜ」

「凄いな。逆にこっちが申し訳ないくらいだ。こういう人には、ちゃんと納税したいね」

 市民の後押しの下、朝廷は大河に官位を与えようとしていた。

『真田よ。無欲の貴君には申し訳無いが、貴君は、これより山城守を名乗るようにしてくれ』

「国司ですか?」

しかり』

 朝顔に言われ、大河は苦笑いするしかない。

 貢献を認めてくれるのは嬉しいが、国司(現・知事)になる気は、更々無かったから。

『国司は、知ってる?』

「はい」

 国司は地方行政単位である国の行政官として中央から派遣された官吏で、四等官の一つであり、その最上位だ。

 中央では中級貴族に位置する。

 郡の官吏(郡司)は在地の有力者、所謂いわゆる旧豪族からの任命だったので、中央からの支配の要は赴任した国司達にあった。

 任期は6年(後、に4年)。

 国司達は国衙において政務に当たり、

・祭祀

・行政

・司法

・軍事

 の全てを司り、管内では絶大な権限を持った(*1)。

 ―――

『あくまで名前だけだから政務の方は専門家に引き続き任せるけど?』

「はい。その方が、嬉しいです」

 大河の本職は、見廻組組長。

 警察機関の長だ。

 現代で言えば京都府警本部長が、知事を兼務するようなものだ。

 しかし、三権分立の観点からすると、問題がある。

 公務員法の投票権行使以外の政治活動禁止にも抵触するだろう。

『もう一つ、貴君は働き過ぎだ。望月が心配していたぞ? 「激務で倒れそうです。何とか出来ないでしょうか?」と』

「……は」

 大河は、心の中で舌打ちする。

(あの馬鹿)

『忠臣を責めるな。朕が言うのも何だが、貴君は働き過ぎだ。そこで働き方改革を導入する』

「?」

『労働基準監督署を設置し、貴君のような真面目過ぎる者の過労死を避けたい。第1号は貴君だ。休め。有給だ』

「……は、有難う御座います」

 不満な態度も、朝顔は織り込み済みだ。

『第2号は朕だ。3日後、貴君と都内を行幸する。予定表に入れておけ』

「え?」

『朕も息抜きをしたい。その間の公務は無い』

 幼帝は日頃、遊びたい幼心を隠して公務に当たっている。

 大人でさえも逃げ出したくなるほどの激務を幼子が有給を取得しても、何ら問題無い。

御簾みすを上げよ』

「はい」

 女官が紐を引っ張り、御簾が暖簾の様に上昇した。

「!」

 尼削ぎの少女は目にくまを作り、今にも倒れそうなほど疲弊していた。

「……」

「如何した? 見惚れたか?」

「陛下、3日後ではなく、明日に出来ませんか?」

「ほぅ? 急ぐのか?」

「はい。休みたくなったので」

「可愛い奴だ」

 朝顔は玉座から降りると、その頭を撫でる。

 少女にされるのは違和感があるが、幼帝である以上、大河は嫌がらない。

(……精神が壊れる前に、助けなくてはな)

 忠臣として、朝顔を想う大河であった。


 城に帰ると、誾千代と楠の引っ越しが終わっていた。

 安土城の天守閣を模範としたそれは、三姉妹の強い要望により、増築された物だ。

 30人は同時に居住出来る位の広さは、子沢山が予想した為である。

 誾千代は、自室に武具や刀等を設置。

 楠は、大量の本を持ち込んでいた。

 前者は武闘派、後者は読書家と非常に対照的だ。

「……」

 大河の目に止まったのは、『この先、真田山城守大河以外、入るべからず』との張り紙が張られた部屋。

「誾、ここは?」

「茶々の部屋よ。織田兵が勝手に入って、張って行ったの。ほら見えるでしょう?」

 窓から見下ろすと、織田瓜の家紋を入れた軍団が、敷地内を歩き回っていた。

「……武将は?」

「村井貞勝」

「あの爺さんか」

 歩兵の中で最も、武将感を漂わせている老人であった。

 京都所司代を務め、ルイス・フロイスが、彼を「都の総督」と呼び、「尊敬出来る異教徒の老人であり、甚だ権勢あり」と評しているほどだけあって長距離でも存在感が分かる。

「後で挨拶に行くよ」

「律儀ね」

「そう言うものだ。後、明日、休みになった」

「え?」

「有給だよ。陛下と行幸する事になった」

「それ、行幸じゃなくて御忍びなんじゃない?」

「多分な」

 職業病か激務で間違えたのか、本当に行幸なのかは分からない。

「それよりも、不妊の件は、如何だった?」

「色んな産婦人科を周ったけど、駄目だった。御免ね」

 ずーん、と誾千代は、落ち込む。

「気にするな。誾が元気で居れば良い」

「……有難う」

 誾千代を抱き寄せて、2人は、城下を眺める。

「……本当に御免ね?」

「謝罪する必要は無い。次謝ったら、抱くから」

「! じゃあ、御免―――」

「欲求不満なんだな?」

「あー! ひっどい!」

 蛸の様に顔を真っ赤にさせて誾千代は、怒る。

 大河を押し倒すと、その上に跨った。

「そんなに言うなら、今から犯す」

「おいおい、昼間から激しいな」

「貴方が悪いんだよ? 最近、色んな女性と仲良くして……(それに陛下にまで)」

「何だって?」

「あーもうムカつく!」

 大河は戦馬鹿だが、その反面、超が付くほど女性の気持ちに鈍感だ。

 誾千代は運良く結婚する事が出来たが、三姉妹や千姫等の例を見ると、今後も恋敵は、十分に増える可能性はある。

 然も、皮膚病の望月や酒豪・上杉謙信、帝の朝顔まで、その好意を隠さない。

 今は、誾千代の事を心から想っているが、三姉妹等の誰かと子供が出来た場合、その寵愛が変化する事も考えられる。

 誾千代が危機感を持つのは、当然の話であった。

「むぐ―――」

 無理矢理、大河の唇を奪うと、そのまま抱き締める。

 大河が破裂しそうな位に。

 ちゅぱっと、離れた時、2人の口には納豆の様に糸を引いていた。

「情熱的だな?」

「全部、貴方の所為よ」

 理不尽である。

 大河は、頭を掻きつつ、

「何を焦っているのかは知らんが、俺は何時でも誾を最優先にしていた。今もだ。子供は運次第だ。焦ったら精神衛生上、悪い」

 何時でも正論なのが、誾千代としては数少ない大河の嫌いな部分だ。

「そうだけど……」

「明日以降、数日間は有給だ。その間、夫婦水入らずで、何処か温泉でも行こう」

「……うん」

 誾千代を抱き締めつつ、大河は思う。

(ちょっと病んでいるな。暫くは介護休暇も取得した方が良いだろう)

 

 次の日、大河は約束通り、見廻組の職務を休み、御所に行く。

 誾千代、楠を引き連れて。

 御所では朝顔が、謙信と待っていた。

「流石、日ノ本一、律儀な男だ。定刻の15分前に来るとは」

「15分前行動ですから」

 笑顔の朝顔は、大河の右手を取った。

「「「!」」」

 女性陣は、驚く。

「……!」

 数瞬、遅れて大河も。

 帝に触れるのは、不敬だからだ。

 現代では不敬罪と言う刑法は存在しないが、ここでは存在する。

『諸事情で無い限り、帝に無許可で触れた者は、極刑に処す』と朝廷法に明記され非常に厳しい。

 この場合は朝顔の方から行っている為、大河が問われる可能性は少ないが。

「如何したの?」

「い、いえ。何でも」

 その大河の反応に、謙信は、

「……」

 ニヤニヤ。

 一方、誾千代は、

「……」

 不信感一杯の表情だ。

「じゃあ、私が反対側を」

「え?」

 謙信が握手したのは、左手。

 これで、誾千代達の触れる所は無くなった。

「……」

 誾千代は、今にも倒れそうだ。

 然し、大河の想いを知っている為、嫉妬に狂う事は無い。

 若し、千姫や茶々だったら、刺殺されているかもしれない。

「じゃあ、京都銀座に行くわよ」

「へ?」

「銀座でぶらぶら、所謂、『銀ブラ』よ」

「……」

 それは、正確には、東京の銀座の方を指すのだが、確実に京都が首都であるこの時代、京都銀座が、正しい見方も出来るだろう。

(まさか戦国時代に銀ブラ事件とはな)

 皇族が御忍びした事例で最も有名なのが、第125代天皇のそれだろう。

 ―――

 学習院高等科3年の試験終了日。

 陛下は、学友の2人と共に周りの人間を出し抜き、東京・銀座の町をぶらついた。

 高級喫茶店で学友の交際関係であった女性と合流し、皆で所持金を出し合い、1杯99円の珈琲を飲み、洋菓子屋でアップルパイと紅茶を楽しんだが、ほどなく発見される。

 連れ出した学友は、警察と皇室関係者に厳しく叱責されたと言う(*1)。

 ―――

 国内旅行とはいえ、大河は、私服護衛官の役割を果たす必要がある。

 幸いSNSが無い為、朝顔の素性がバレる事は無い。

「では、参りましょう」

 朝顔は、大河を引っ張っていく。

 戦場では、怖い者知らずだが、朝顔には勝てない。

(強い人だ)

 感心する大河であった。


 京都銀座は、御所から1kmも無い場所にある。

 現代で言う所の京都市中京区両替町通がそこだ。

「……」

 京都銀座に初めて入った大河は、戸惑う。

 平均年齢10~20代、現代の渋谷区の様な若者の街であったからだ。

 流行の最先端を行く呉服屋は、マリー・アントワネットが着ていそうな西欧の王族風の洋服や、

・アイビールック

・秋葉系

・Age嬢

・ACID ROCK

・アムラー

・アメリカンカジュアル

・お兄系

・お姉系

・ガングロ

・ギャル

・ギャル男

・神戸系ファッション

・コギャル

・ゴシック・ファッション

・コンサバファッション

・サーファーファッション

・サイバーゴス

・サイバーファッション

・サロン系

・ストリートファッション

・セーター・ガール

・センターGUY

・ダンディ

・デリッカー

・ニポカジ

・ニュートラ

・ハマトラ (ファッション)

・バンカラ

・パンク・ファッション

・B系

・ヒッピー

・ヒップホップ系ファッション

・マリンルック

・みゆき族

・森ガール

・山ガール

・ユニセックス

・ロリータファッション

 等、幅広過ぎる商品を販売し、一部の若者もその様な衣装だ。

 一瞬頭を抱えるも、女性陣の手前、その様な姿を見せる事は出来ない。

 大河は驚きを隠しつつ、服飾系については、思考停止する事にした。

(考えるだけ、無駄なこった)

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