建武政権

第19話 正々堂々

 足利義昭と石山本願寺の接近を内部告発したのは、板倉勝重。

 江戸時代に名奉行として名を残した徳川家の忠臣だ。

 彼は浄土真宗・永安寺の僧侶として日々、仏門に励みつつ、裏では同じ宗派の石山本願寺の監視活動を行っていたのだ。

 彼から送られてきた早馬に家康は、

「山が動いたか」

 パチンと扇子を閉じた。

 現代では狸親父と揶揄される事もある彼だが、その眼光の鋭さは、”顔面凶器”と言っても良いだろう。

 健康オタクでもあり、又、性病対策の為に未亡人ばかりを抱いている為、性病の発症歴も無い。

 浜辺で焼いた小麦色の肌と割れた腹筋が、彼の自慢だ。

 身長は155~160cmと推定される(*1)が、ここでの彼は、身長180cm。

 体重100kg、と格闘家並の体格だ。

「千様を救出しますか?」

「その必要は無い」

 同じく大男、185cm100kgの本多忠勝の提案は、直ぐに一蹴された。

 健康オタクが長の為、徳川家臣団も大男揃いだ。

 現代だとプロレス団体と勘違いされそうである。

「見廻組組長が居る。奴がこなしてくれる筈だ」

「あの新参者が?」

「ああ。果心居士が呼んだ男だ。張飛の様な活躍を見せてくれるだろう」

「……それを確認させる為に我が娘を?」

「果心居士を疑う訳では無いが、儂は『石橋を叩いて渡る』性格だ。念の為、身内の意見も聞きたいんだよ」

「成程」

「あそこには、半蔵の故郷が近い為、沢山の間諜を紛れ込ませている。若し、あの者が、見かけ倒しだった場合、彼等が稲姫と共に我が孫を救い出す手筈だ」

「? お市様の方は?」

「放っておけ。死んでも知らん。死後は、信康がまとめてめとってくれるだろう」

「……」

 家康は、長男・信康を信長に殺された事を忘れていない。

 彼が死んだ理由は父子不仲説等、諸説あるが、この世界線での2人は仲が良かった。

 信長とお市は、兄妹だ。

 長政から救い出す程、妹思いの信長がお市の死を悲しめばいい。

 同盟者だが、家康は心の底では、そう思っていたのだ。

「『鳴かぬなら 鳴くまで待とう 不如帰ほととぎす』、ここは、待つのが、最善策だ」

「は」

 高みの見物を決める、家康であった。


 大河は予定を解約キャンセルし、一同を旅館にめさせた。

「僧兵共が決起を?」

「は。ですが、お市様。御心配には及びません」

 大河は緑色の軍服を着ていた。

 以前、呉服屋に作らせた、イスラエル軍のそれだ。

 帯刀帯銃しているだけで、甲冑なのは望月等、見廻組の部下だけ。

 稲姫でさえ、鎧兜だ。

「……自信家なのね?」

「いえ、動き易さを重視した結果、これになりました」

「その肩の紋章? は、何?」

 お市が注目したのは、六芒星旗。

 イスラエルの国旗だ。

「以前の職場で御世話になった異国の旗です」

「家紋の籠目に似ているわね」

「はい。魔除けの意味合いを込めて、付けさせて頂きました」

「然う言う事ね」

 大河の違う雰囲気に、茶々は違和感を覚えた。

「大丈夫なんです?」

「慣れてますから。稲姫様、頼みますよ」

「うむ」

 稲姫が女性陣を守る最後の砦だ。

 もっとも、大河は、討ち死にする気は無いが。

 僧兵達は、帝国旅館の周囲を囲んでいる。

 1千人が火縄銃や日本刀等で武装している様は、現代日本では先ず見れない。

 だからこそ、大河は静かに燃えているのだ。

「真田様、くれぐれもお気をつけて」

「有難う」

 茶々が、手をしっかり握る。

 そして離さない。

 相当、大河の事を心配している様だ。

「「……」」

 お初、お江も心配気で、見詰めている。

「気持ち有難う。じゃあ、そろそろ時間なので」

「……」

 離れない茶々。

 その強さは、段々強くなっている。

 実父と重ね合わせているのだろう。

 3人共、今にも泣き出しそうだ。

 戦時中、出征兵士を見送る家族も、外面では万歳三唱であったが、内心では、こんな顔をしていたのかもしれない。

「茶々」

「え―――」

 額に優しく接吻する。

「……!」

 茶々の両目がビックリ人間並に見開かれた。

 数秒程で大河は、離れる。

「……」

 両目を渦巻きの様にグルグルした後、倒れた。

 妹達に支えられる。

「姉様に何を?」

 キッと、お初は睨み付けた。

「何も」

「じゃあ、何故?」

「元気が出るおまじないだよ」

 お江が、茶々を介抱している。

 茶々は顔を真っ赤にして、大河を見る事が出来ない。

「……帰って来なさいよ。死んだらボコボコにしてやるから」

「分かってるよ」

「兄者、待ってる」

 末妹・お江は、唇を噛み締めて、今にも泣き叫びそうな感じだ。

 出来たばかりの義兄が、出征するのは正直、本意ではない。

「……真田様」

 今回ばかりは、千姫も抱き着く事はしない。

 合掌し、無事を祈っている。

「では、後程」

 大河は最敬礼し、望月と共に出て行く。

「……良い男ですね?」

「あら、稲も分かる?」

 市は、微笑む。

「ええ。茶々様が、惚れるのは分かりますわ」

「貴女も如何?」

「いえ、私は―――」

「忠勝よりも強いかもよ?」

「それは無いと思います」

 きっぱりと、稲姫は否定した。

(可愛い)

 市は稲姫を抱き寄せ、その頭を優しく撫でるのであった。


「組長ってたらしですね?」

「そうか?」

「はい。在原業平並です」

 何故か望月が最近、手厳しい。

 仕事は真面目にこなすのだが、私生活で不満があるのかもしれない。

 可愛い部下だが、私生活まで管理するのは大河の信条に反する為、深入りはしないが。

「そうか。そうなのかもな」

 適当に返した大河は、職員が居ない事に気付く。

「皆、逃げたのか?」

「はい。私の判断で御所に避難させました。報告が遅れて申し訳御座いません」

「なら、戦い易くなったな。上出来だ」

「有難う御座います」

 大河に褒められるも、望月は嬉しくない。

 以前だったら、内心、飛び上がる位だったのだが、最近では空っ風だ。

 2人は庭に着く。

 そこでは、既に即席の陣が、張られていた。

「組長、顕如・教如父子は、義昭と共に平安京に立てこもっています。御所の方では、既に上杉軍との交戦が始まっています」

「分かった」

 耳を澄ますと、薄っすらと銃声や斬り合う音が、聞こえる。

「織田軍の明智光秀隊が急遽、近江から駆け付けています」

「分かった。御所に向かわせろ」

「! ですが、こちらの方に―――」

「要らん。僧兵共は京の治安を乱している。我々の職務だ」

「……」

 村雨を抜き、大河はその先端を舐めた。

「良い実地研修になる。望月は上階から狙撃しろ」

「え?」

「狙撃が得意なんだろう? 良い的が沢山ある。誤射しても良いから撃ち続けろ―」

「組長は?」

「最近、腕が鈍っているからな」

 白い幕が風穴が、開く。

 開戦の合図だ。

「! 組長―――」

 と、同時に大河は、僧兵達に突撃する。

 数秒遅れて部下達も慌てた。

「組長を死なすな! 者共ものども、続け!」

 長がああして、手本を見せている為、見廻組の士気は元々、高い。

 斬り合いや銃撃戦でも、圧倒される事は無く、互角の戦いを見せる。

「……」

 望月も上階に行き、狙撃を始めた。

 連発式の火縄銃は、更に改良を重ね、装填も簡単になっている。

 弾を込めて、発射するだけだ。

 現在の拳銃の様な具合に迄成長を遂げている。

 旧式の火縄銃の僧兵達は、どんどん倒れていく。

 然し、依然として、人数差では圧倒的の為、総崩れする事は無い。

 戦闘は望月の更に上階からも見守られていた。

「……」

「どう、稲?」

「は。我が方が優位です。ただ、体力が持つか……」

「然うね」

 市は心配しているが、娘達の手前、動揺しない様に心掛けている。

 姉妹&千姫は、寝室で祈っていた。

「どうか、御無事で」

「……」

 特に茶々と千姫は、合掌し過ぎて両手が真っ赤になる程だ。

(……頼んだぞ。真田)

 稲姫の念が、大河に届いているかは定かではない。


 開戦後、数時間で僧兵は半減。

 大河が300人以上、斬殺or射殺した成果が大部分だ。

 頭頂部から爪先まで、返り血を浴びた大河は最早、人間とは思えない。

 一方、見廻組も9割が戦死し、後は望月等、旅館を守っている者達だけだ。

「……」

 大河は足を止め、旅館の屋上に視線を送る。

 合図を受けた部下が、何かをへりまで押して来た。

 黒光りしたそれは、日本に最初に伝わったフランキ砲―――”国崩し”を基に大河が造らせたアームストロング砲だ。

 天正4(1576)年の今、安政4(1858)年に英軍が制式採用するこの大砲がある訳が無いが、未来人の大河にはそれが可能と言え様。

 上野戦争で活躍した様に、その破壊力は抜群だ。

「放て~!」

 放出された砲弾は、僧兵達の真ん中に着弾する。

 中身には、切れ味鋭い刃物が仕込まれており、上空で暴発しても刃物が降り注ぐ様になっている。

 これは、中東でシリア政府軍が使用していた樽爆弾たるばくだんが基だ。

 着弾と同時に槍や日本刀が飛散し、僧兵達の胴や頭を貫く。

 刃の先端は御丁寧にも「返し」が付いている為、刺されば、そう簡単には抜けない。

「ぎゃあああああああああああああああ!」

「いでぇよ! いで~!」

「死ぬ! 誰か! 誰かぁ~!」

 即死なら痛みが少ない分、まだ楽な方だ。

 これが太腿や腹部等に刺されば、激痛が続く。

 アームストロング砲の登場により、遂に僧兵達は、総崩れ。

「ひ、ひけぇ~」

 武装蜂起し、逃げ出す僧兵達だが、大河の中にハーグ陸戦条約は無い。

 連発式火縄銃と日本刀で武装した見廻組の別動隊が、逃げ道に居た。

「かかれ! 者共!」

 少数だが非武装の僧兵は最早、雑魚だ。

 万歳突撃の様に突撃し、次々と討ち取って行く。

 狙撃手・望月も負けてはいない。

「……」

 冷静沈着に、1人ずつ、頭部を撃ち抜いていた。

 日頃のストレスを、これで発散するのは、非常に清々しい。

 1千人の僧兵が根切りにされたのは、開戦から6時間程経った頃の事であった。


 御所でも僧兵達は、敗れる。

 御所の見廻組と上杉連合軍、後に合流した明智隊は、戦闘の玄人であった。

 上杉謙信が、自ら指揮を執る彼等。

 決起者が別の場所で高みの見物を決めるだけの僧兵達。

 関ヶ原合戦の時も然うだったが、最高指導者が戦場に居るだけで、現場の士気は全然違う。

 最初から勝敗は、分かっていた事だったのだ。

 御所に僧兵は、1人たりとも入る事が出来ず、漏れなく撃退され、残党狩りが始まっていた。

 この失敗を機に顕如・教如父子は、石山本願寺での権力を失い、引退に追い込まれる。

 新任者は、浄土真宗の悪化した心象を払拭する為に独自に刀狩りを敢行。

 石山本願寺の武装解除が達成され、他の寺院もそれに倣う。

 ここに、仏教過激派による宗教戦争が、終焉を迎えた事は言うまでも無い。

 顕如・教如父子は、まだ石山本願寺の鳩派が生活を保障した為、良い方だ。

 然し、支援者が居ない義昭の末路は、史実とは掛け離れたものであった。

 史実では本能寺の変後、豊臣秀吉に接近し、彼と親交を温め、貴族として最期まで生きる事が出来たのだが、この世界では、残念ながら、頼みの綱の秀吉は関白とは程遠い織田家の武将の1人。

 助けを乞う相手では無い。

「……」

 家臣団は、敗戦が判った途端、消えた。

 神隠しの様に。

 元々、権力目当てだった為、忠誠心が無いのも当然なのだが。

 将軍・義昭の隠れ家は、廃村の古民家であった。

 敗走中、運良く見付けたのだ。

 然し、生きていく為には、飲食が必要だ。

「……」

 丁度、目の前には、地蔵があり、お供え物がされてある。

 量は少ないが、食べられる以上、文句は無い。

 闇に乗じて、人目を気にしつつ、地蔵まで行く。

 そして、御供え物の野菜を手に取った。

 次の瞬間、

「!」

 地面が割れ、義昭は真っ逆さまに。

 ブスッと、何かが体中に刺さった。

「ぐえ」

 見ると、目の前に蠅が飛んでいる。

 次に感じたのは、糞の臭いであった。

「……!」

 目の前の土壁には、


『摂津国』


 と書かれた木札が、埋め込まれていた。

 漸く、思い出す。

 大河が国境の至る所にこの様な罠を仕掛けていた事に。

 聞いた時は、鼻で嗤っていたのだが、まさか、自分が嵌るとは思いもしなかった。

「だ、誰かぁ~」

 助けを呼んでも誰も来ない。

 それ所か、光る目が複数、やって来ては、覗き込む。

「……」

 涎が義昭の顔に落ちて来た。

 非常に獣臭い。

 目を凝らして見ると、

「!」

 来訪者は、日本狼であった。

 20世紀初頭に絶滅するまで、日本狼は、東北地方~九州地方まで幅広く存在していた。

「やめろ、止めろよな?」

 涙目で訴えても、日本狼に人間の言葉が通じる訳が無く。

 シャー! と牙を見せた狼達が、次々と落とし穴に降りてくる。

「おい、嘘だよな。おい―――ぎゃああああああああああああ!」

 廃村に絶叫が木霊すのだった。


[参考文献・出典]

*1:宮本義己『徳川家康の秘密』KKベストセラーズ 1992年

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