第17話 雲外蒼天

 流石に一行を持て成すのは大河だけでは荷が重い為、見廻組から1人、選抜された。

「え? 私ですか?」

「然うだ。組長直々の指名だ」

「何故です? 楠様がご内定と伺っていましたが?」

「楠様は、我が隊の副隊長をなされる。故に貴様が選ばれたのだ。くれぐれも無礼の無いように」

 望月と長く接したく無いのか、担当者は言うだけ言って去って行く。

「……」

 10秒程固まった後、望月は、ニヤリ。

 運が回って来た、と。

 そして、直ぐに動く。

 大河は遅刻者を嫌う。

 寝坊等の自業自得の遅刻は、その日、欠勤扱いに成る程だ。

 担当者が置いていった白い頭巾を頭から被る。

 癩病らいびょう(現・ハンセン病)を患ったとされる大谷吉継のような出で立ちになるが、相手は高貴な方々だ。

 それ相応の配慮をしなければならない。

 例え、皮膚病に理解があっても。

 40秒程で支度を整えた望月は、兵舎を飛び出すのであった。

 

 一行の宿泊先は、御所に程近い、帝国旅館だ。

 その名の通り、朝廷のVIPが常連客で、一般庶民には敷居が高過ぎる旅館なので、大河でさえも宿泊した事は無い。

 今回は、朝廷の思いやり予算が出所なので、大河が懐事情で心配する事は無い。

 かぽーん、と。

 鹿威ししおどしが癒しの音を鳴らす中、一行は、天然温泉に入っていた。

 明智光秀等の名立たる戦国武将が愛した隠し湯がある亀岡から、わざわざ引いた水は、触れるだけで肌艶はだつやが良くなる。

 市は、すべすべ肌になっているのに、大満足だ。

「どう《どう》? そっちの方は?」

「はい。こちらも気持ちが良いですわ」

 千姫と三姉妹は、牛乳風呂に入浴している。

 クレオパトラが愛した、とされるこれは大河が発案者だ。

「これで真田様好みの美女になりますわ」

「千様は、本当に真田様がお好きですね?」

「運命のおひとですからね。茶々は、どう思う?」

「縁談相手に適当かどうかは、分かりませんが、信頼出来そうな御方ですわ」

「でしょう? ま、正室、私ですけどね?」

 千姫の真田への想いは、織田家でも有名な事だ。

「羨ましいですわ。そこまで想えて」

「何がですか?」

「私達は、父親を失った後、男性を心底愛する事が苦手になりました。親子愛と夫婦愛は、違うでしょうが」

「……」

「正室の方は、千様が適任者でしょう。私達は、真田様を千様ほど想うのは、難しいので」

「有難う。私もその方が嬉しいわ。ただ、信長様が最終的な決定者ですので、こればかりは私が望んでも、側室に成り下がる可能性があります。そうなった時は茶々様、信長様に―――」

「分かっていますわ」

 茶々は、頷く。

 お初、お江は、

「「……」」

 浸かったまま、富士山の壁画を眺めている。

『唐獅子図屏風』等の代表作で知られる狩野永徳が、描いた富士山絵は、横山大観のそれを彷彿とさせる程、芸術的だ。

 これが映像に残せないのが、非常に勿体無い。

 市が呼ぶ。

「稲」

「は」

 警護の稲姫は、湯帷子ゆかたびらを着て浴場でも武装し、入浴はしていない。

「彼を」

「え?」

「いずれは、義理の息子になるのです。混浴くらい当然の事です」

「そうですが……」

 市の中では、決定事項の様だ。

「彼は、千に手を出さぬ程、臆病な方。貴女が予想する事の事件は、起きませんわ」

「……」

「貴女も気になるでしょう? 彼の体」

「……まぁ」

「じゃあ、呼んで」

 市の強い要望に、

「……は」

 稲姫は、仕方なく応えるのであった。


 混浴案に大河は、当初、拒否する。

 しかし、稲姫の粘り強い説得により、混浴が決まる。

「お市様、連れて来ました」

「失礼します」

”和製ヘラクレス”の様な、筋骨隆々なその肉体美に、

「「「おお」」」

 女性陣は、感嘆の声を漏らす。

 連れて来た稲姫も、生唾を飲み込まざるを得ない。

 痩躯そうくだが、まさにその体は、「筋肉の鎧」と表現しても良いだろう。

 大胸筋は盛り上がり、臀部も昭和の大横綱・の様だ。

 下半身は、風呂桶で隠している為、女性陣に見える事は無い。

「流石は、ご高名なお侍様ね」

「ありがとう御座います」

 大河に続いて3人目が浴場に入って来た。

「失礼します」

 稲姫同様、湯帷子の彼女は、火縄銃を持っている。

 頭部は白い頭巾の為、素顔も大部分が見えない。

「あら? 彼女は?」

「恐れ入りますが、お市様。彼女は自分の副官の望月と言う者です。自分が入浴している間、見廻組組長代理を務めさせて頂いています」

「慎重派なのね」

 大河以外の部外者と、この状態で会いたくはないのだが、彼に混浴を強いた以上、こちらとしても一部、譲歩しなければならないだろう。

 望月を一瞥いちべつした後、市は、告げる。

「では、真田様。娘達の方へ」

「は―――」

「真田様~!」

 蛙のように飛んだ千姫が、抱き着く。

「お綺麗な筋肉ですわね。是非、触りさせて頂きたく―――」

「はいはい」

 千姫を適当にあしらいつつ、大河は、牛乳風呂に入る。

 牛乳風呂には、三姉妹と千姫と大河。

 これ以上は、定員オーバーだ。

「真田様」

 末妹のお江が、大河の顔を興味津々に見上げる。

「兄者とお呼びしても?」

「何故ですか?」

「兄者が欲しいからです」

 浅井長政とお市の方との間に産まれた子供は、全員、女児であった。

 姉妹の中で最も幼いお江は、昔から男児の兄弟を欲していた。

 否、お初も茶々も兄や弟が居ない為、憧れは少なからずある。

 12歳と19歳。

 7歳の歳の差は、兄妹でも不思議ではない。

「……」

 困った目でお市を見ると、

「お江、真田様が御困りです」

「……駄目?」

 不満顔のお江は今にも泣き出しそうだ。

 12歳と言うのに幼い。

 心底、兄が欲しかった様だ。

 お市が、続ける。

「では、真田様を終生愛する事が出来ますか?」

「! それなら認めてくれるの?」

「ええ」

 何だか勝手に話が進んでいる。

 大河の意思は、全く考慮されていない。

 流石、第六天魔王の妹だ。

「兄者♡」

 大胸筋を指でなぞるお江。

 筋肉愛好者でもある様だ。

 お初も逆側から喉仏に触れる。

 男性が身近に居ない為、男性特有のそれも殆ど見た事が無いのだろう。

 長女の茶々の視線は、 

「……」

 隠された大河の下半身に注がれている。

 乳白色の為、肝心の物は見えない。

「気になるか?」

「!」

 赤くなり、茶々はそっぽを向く。

「茶々!」

 お市が、叫んだ。

「彼は、貴女の夫となる者です。現実を見なさい」

「……は」

 母親の言う事を聞くのは、親子仲が良いのだろう。

 然し、嫌がっている以上、大河も喜ばない。

「お市様、強要は―――」

「真田様、これは、親子の問題です―――」

「おや、可笑しいですね」

 直ぐに大河は、反論する。

「結婚するなら、自分はお市様の義理の息子になります。親子でしょう?」

「……じゃあ、結婚するのね? 誾千代とは、どうするの?」

「別れませんよ」

 一歩たりとも、大河は、譲歩しない。

「じゃあ、正室を2人も?」

「それはお宅様次第です。自分は誾千代を第一に考え、以降の結婚相手は、側室と考えています。側室であるならば誾千代も賛成しています」

「「「……」」」

 姉妹達は、大河を見詰めている。

 信長の妹であるお市を怖がる男達は多い。

 然し、大河は怖がる所か、歯向かっている。

(……この人となら、独り立ち出来るかも)

(お母さんの事、好きだけど、独り立ちする為には、この人が適任者かね?)

(……兄者、格好良い)

 姉妹達の視線に察したお市は、引く。

「……分かったわ。じゃあ、結婚は保留ね。貴方と敵対しても長所は無いし」

「御理解頂き幸いです」

 結婚が保留になった事で、望月は安堵する。

(良かった……)

 恋心かどうかは分からないが、大河が織田家に嫁ぐと折角、出来たばかりの見廻組の権威が揺らぎかねない。

 団結している今、結婚はするならば、もう少し先の方が良い。

 以上が、望月の考えだ。

「真田様、私は側室でも大満足ですわよ。毎晩、御愉しみにさせる事が出来ます」

「有難いですが、今の妻達で十分です」

 千姫の提案は、笑顔で大河は、断る。

 美人の千姫は、正直、好みではある。

 然し、その心の闇の深さは、対象外だ。

(……強い)

 望月の横で大河を監視していた稲姫は、核心した。

 この男には勝てない、と。

 急転直下で、結婚が白紙化した事に誾千代は、安堵した事は言うまでも無い。

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