第16話 初志貫徹
見廻組の訓練が、始まった。
諸経費は高騰化するが、大河は早速、欧州から最新式の大砲等の最新兵器を購入。
同時に全国各地の鉄砲鍛冶達を高額で呼び寄せ、連発式の火縄銃の開発を命じた。
彼等は試行錯誤の末、20連発斉発銃が、誕生する。
これは、本来であるならば、17世紀(1600年代)の物なのだが、時間の逆説を大河が利用した結果だ。
恐らく、世界一軍備が整った軍事組織であろう。
訓練は、大河の知識や実体験を基にした現代式だ。
部下達に穴を掘らせ、その中に鋭く尖った竹の刃を地上に向けさせ、刺していく。
そして、その先端に人糞を塗布させた。
「組長、何故こんな真似を?」
皆、口と鼻を摘まんでいる。
「破傷風って知っているか?」
「は?」
「それを起こさせる戦術だ。苦しむぞ?」
「「「……」」」
内容は、敢えて訊かない。
どうせ
「これを国境に無作為に作れ。国防になる」
「……は」
これらの新戦術等に部下達は、困惑しつつも、従う。
質問すれば、丁寧に答えてくれる為、不信感は無い。
何だかんだで、賃金も弾む。
大河の凄い事は、時間外労働や8時間勤務、休日出勤等、現代のホワイト企業並にしっかりしている所だろう。
足軽にこれほどの厚遇は、当然ながら、他の戦国大名には無い。
然も、作業にも自ら参加する為、足軽の士気も上がる。
とても上官と家臣の様な関係性には、見えない。
その為、望月等の少数派も孤立せずに済む。
昼休み。
何時も、大河の周りには部下達が居る。
「何故、差別しないんですか?」
望月は、興味津々に尋ねた。
「敵じゃないだろ?」
「え? それだけ、ですか?」
「然う言う物だ」
元々、大河は差別主義者ではない。
大河の基準は、敵か敵でないか。
非常に分かり易く、明文化されている。
中東で沢山の外国人義勇兵と共に接した経験からだろう。
「……」
「なんだよ、食べろよ? 午後も動くぞ?」
「は、はい!」
2人のやり取りに他の構成員も安堵する。
大河が上官で良かった、と。
見廻組の奇妙な戦術は、朝廷にも伝えられた。
『人糞を塗り付けた竹槍か……』
「は、事前に説明を聞きましたが、破傷風を誘発させると」
『破傷風?』
「はい。最初は寝汗や歯軋り等から始まり、全身痙攣、呼吸困難等に陥るらしいです。又、筋肉が発作する際、最悪の場合、背骨が折れる時もある様で―――」
『もう良いわ。聞きたくない』
説明者・近衛も余り良い気分ではない。
『真田は、病気を発症させる事が出来るのね?』
「その様で……全く、恐ろしい男です」
『……確認だけど、あくまでも防戦だけよね?』
「は。その様に聞いています」
『もし、他国に侵攻する意思が確認出来た場合、残念だけど解任せざるを得ないわ』
「はい」
朝顔の夢は、平和的に日ノ本を統一する事。
決して、戦国大名の様に暴力に頼る事は無い。
『それで、織田は従ってくれるの?』
「は。あくまでも義昭氏の国外追放後ですが」
『織田も強情ね。もう死に体の将軍家をそこまで怖がる必要があるの?』
「陛下、彼は将軍家ではなく、この国の民を救いたいのです」
本音の「帝が怖いから」とは言い難い。
『本当ならば、入国を許可したいんだけどね。折角の亡命者を追い出すのは、人道的に
将軍家は無力だが、朝廷を頼り、その保護下にある。
義昭を攻撃することは、朝廷の顔を潰す事になるのだ。
『じゃあ、御令嬢の入国には許可を出そう。饗応役は指定通り、真田で良いよね?』
「は」
『いつ?』
「1週間後です。伏見城や祇園、嵐山等を観光する予定です」
『分かったわ。認めるわ。
織田とは、何の不可侵条約を結んでいない。
その為、笑顔で接しつつ、警戒を解かないのは当然の事だろう。
「では、その様に進めさせて頂きます」
正式に三姉妹の入国が、認められた。
見廻組組長と共に一時的な饗応役は、非常に大河としても荷が重い。
然し、指名されるのは光栄であり、期待されているとも言える。
これを断るのは、逆に自分の成長を止める、とも解釈出来る。
家で渡された名簿を見ていると、
「へー。あの三姉妹が、来るんだ」
「誾、知ってるのか?」
「当然よ。浄瑠璃の題材にもなってるしね。お辛いよね? お父様を信長に殺されたんだから」
「……然うだな」
政略結婚とはいえ、浅井長政とお市の方の夫婦仲は良かった、と現代まで伝わっている。
美男美女の夫婦は、当時としても目立っていた事だろう。
然し、長政は判断を見誤り、金ヶ崎の戦いで義兄より、窮地の同盟者を選んだ。
その結果が、あの様な最期に繋がる。
自分の判断で至った結果の為、自業自得とも言えるだろうが。
「私達は、決裂しない様にしましょうね?」
「当然だな」
「有難う」
「何がだ?」
「
「……」
大河はじっくりと、誾千代を見る。
正史では立花誾千代の子供は、確認出来ていない。
その理由は、不明だが、本人の言う様に不妊症だった場合、子供が出来なかった事や夫婦仲が悪かった事も頷ける。
「本当なのか?」
「うん。今日、産婦人科に行って判ったの……」
「……」
誾千代の両目から涙が、溢れる。
内心では、2回目の離縁を覚悟しているのかもしれない。
尤も、大河の答えは変わらない。
「然うだったのか」
それだけ言って、名簿に戻る。
「あれ?」
反応と違い、誾千代は素っ頓狂な声を出した。
「……それだけ?」
「泣き出すほど、悩んでいるんだろう? 今、言えてスッキリ出来たんじゃないか?
「……」
良く言えば優しい。
悪く言えば、冷たい。
又は、無関心。
「ね、言ったでしょう?」
楠が、大河の背後から抱き着く。
「この男は、子作りが最優先じゃないんだから。ね?」
「然うだ。子供は運次第。不妊症じゃなくても恵まれない場合もある。そこは、別に焦らなくて良い」
「でも……子供が欲しかった」
ずーんと、目に見えて誾千代は、沈んでいる。
「じゃあ、
「……うん」
すっと、涙が引っ込む。
全然、大河は、別れる気が無い様だ。
尼寺への入信をも検討していた誾千代は、それが時間の無駄であった事を知る。
大河の右手が、誾千代の掌に重ねられる。
その温もりは、生前の宗茂の如く温かい。
本当に生き写しと見紛える程だ。
「一緒に乗り越えて行こう」
「……うん」
心底、誾千代は思った。
この男が好きだ、と。
数日後、織田瓜の軍旗を掲げた100人程から成る織田軍が、入京する。
比叡山や一向一揆への厳しい姿勢は、京の市民を戦々恐々とさせていたが、彼等の武器は、日本刀のみ。
火縄銃等は見廻組が預かり、更には見廻組には、300人討ちの大河が居る。
数で劣るとはいえ、正面衝突しても、見廻組が優勢なのは、明らかだ。
織田軍護衛の下にあるのは、浅井三姉妹とお市の方。
千姫も勿論居る。
彼女達を守るのは、姫武将・稲姫だ。
都民は、彼女達見たさに行進に殺到するも、将棋倒し等の事故を恐れた大河が、行った入場規制により、混乱は、然程起きない。
入場料が、現代の日本円換算で1人10万円が効いた様だ。
この収益の使い道は、国家予算に組み込まれる為、1円たりとも大河の懐には、入らない。
清廉潔白な大河に、都民と朝廷は益々、気に入る。
高値を払った都民は、静かに行進を見守る。
「「「……」」」
もう少し低額にしていたら、泥酔者や不作法な者が来場していた事が考えられる為、大河の高年収(*成金を除く)=民度の理論が的中した形であろう。
5人の美女達は、最高級の和服で御所に入り、朝顔に挨拶する。
「朕は忙しい故、残念ながら、貴君等と友好を深める事は出来ないが、その代理を饗応役と真田が務める。真田」
「は、見廻組組長・真田大河です。宜しく御願いします」
裃の大河に初対面の4人は、感心する。
童顔だが、隙を与えない雰囲気だったから。
特に稲姫は、衝撃を受けた。
(……
大河の顔は、まさにそれだ。
童顔で可愛い顔にも関わらず、その発する雰囲気は、徳川家康並に圧倒的である。
気を抜けば一瞬で殺される程、凄まじいそれに、稲姫は正座から崩せない。
「ああ、真田様」
能天気な千姫は、今にも抱き着きそうな位に涎を垂らしている。
残念な美人だ。
黙っておけば、大河も興味を示すだろうに。
「市です。右から、茶々、お初、お江、千姫、そして護衛の稲姫です」
「存じ上げています。皆様の為に、旅館を貸し切りで御用意しています―――」
「あら? もう旅館?」
「は、長旅だったので、先に御用意させて頂きました。観光地への訪問は、明日以降と予定しています」
「分かったわ。ありがとう」
一行は、岐阜城から来た。
そこから御所までは、現代でも最短距離でも約121km(*1)。
徒歩で26時間かかる(*1)。
現代ほど、道路が整備されていないこの戦国の世に於いて、それ以上、時間を要し、移動中も腰等を痛めるだろう。
一同も、休みたかった為、不満は無い。
「真田様、一つだけ御願いがあります」
「は」
「今回の旅は、真田様に我が娘達の遊び相手になって頂きたいのです」
「……はい?」
「知っての通り、我が夫は散りました。娘達は父親の愛情を知らぬのです。この期間だけで良いですので……お願いします」
深々と頭を下げる市。
娘達の為ならば、初対面の相手でもこの様な事が出来るのは、市が心底、彼女達を想っている他ならない。
「……」
戸惑い、近衛を見ると、「任せる」と目で答えた。
朝顔も、反対の意思は無さそうだ。
「真田、仕事は増えたが、心配するな。誾千代を代理人とする。彼女が適任者だろう」
「……分かりました」
仕事に強い自負を持つ大河は、誾千代と雖も仕事を取られたくはない。
然し、現状は、仕方が無い。
「決まりましたね。では、貴方」
「あ、貴方?」
ずいっと、市が擦り寄る。
近衛は察したのか、苦笑いだ。
「真田、未亡人にモテるな?」
「え? いや? え……?」
市は、大河の頬に触れる。
そっと。
「……長政様ほどでは無いが、私の好みだわ」
アプローチが、物凄い。
「お母様、困っているわ。恥ずかしいから御止め下さい」
お江が、止める。
ふわっと、花の香水がした。
バニラのそれは、非常に大河好みだ。
大河に合わせたのか。
元々、愛用しているのか。
「申し訳御座いません。母上は父上を亡くして以降、欲求不満なので」
「こら、茶々」
ぺしっと、茶々は、お市に頭を軽く叩かれる。
娘が、実母を「欲求不満」と言うのが、凄い。
「御見苦しい所を見せてしまい、申し訳御座いません」
お初が、礼儀正しく、詫びる。
「いえいえ。平和な御家族な様で」
作り笑顔の大河。
長政とは会った事が無いが、この様な日常だったなら、幸せ者だったであろう。
尤も、これを捨て、同盟者を選んだのは、きつい言い方だが、長政の人生最大の失敗であり、身から出た錆とも言えるだろうが。
「真田様、以前の事は水に流し、今回は、許嫁同士として、親交を深めていきましょうね」
「そうですね」*棒読み
千姫を適当に無視し、最後に稲姫を見る。
大河の人柄を見極め様としているのか、両目が乾き切る位、彼をガン見していた。
「真田です。今回の警備の担当者ですよね?」
「はい。稲姫です。宜しく御願いします」
「「……」」
会話終了。
稲姫の警戒感が、凄まじい。
まるで暴行犯を発見した時の様な眼差しだ。
明るい母子達とヤンデレな千姫、そしてこの稲姫を持て成すのは、相当な精神力が必要だろう。
(面倒臭いなぁ。楠に頼りたい)
今頃、誾千代と共に家で待つ愛妻を想う、大河であった。
[参考文献・出典]
*1:Googleマップ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます