第15話 一顧傾城

「へ~良い男ねぇ」

「本当に19なの? 13くらいに見える」

「異国の言葉や文化にもお詳しいのは、高評価だわね」

 毛利良勝が描いた大河の似顔絵に、浅井三姉妹―――茶々、お初、お江は満足気だ。

 其々それぞれ

・清楚系

・ドS系

・才媛系

 の美少女だ。

 全員ボブ・カットで、茶々は金色の髪飾り、お初は銀色のそれ、お江は銅のそれを各々おのおの愛用している。

 三つ子では無いが、顔はよく似ている。

 史実では、茶々は永禄12(1569)年生まれ。 *諸説あり。

 お初は、永禄13(1570)年生まれ。

 お江は、天正元(1573)年生まれなので、天正4(1576)年現在はまだ幼女の年頃なのだが。

 この世界では其々、16、14、12と育っている。

「昔の信長様に似ているわ」

 同席する濃姫の評に、3人は考える。

(伯父上様が、こんな童顔だったの? 信じられない?)

(う~ん。考え辛いなぁ)

(多分、思い出補正ってやつよね)

 然し、紫色の着物の派手な衣装は花魁を彷彿とさせ、切れ長の美人は、三姉妹の認める所だ。

 サディストの気があるお初は、父の敵の妻である濃姫を、秘密裏に尊敬していた。

 彼女の様な、自分を表だって表現出来る女性は、数少ない。

 夫を立てつつ、お初はあの様な女性になりたい。

「稲姫、貴女はどう思う?」

「は」

 ポニーテールの弓兵が、進み出る。

 徳川四天王の1人、本多忠勝の娘・稲姫は、彼女達の護衛だ。

 猛将の血を引いているだけあって、強い事は言うまでも無い。

「私が注目したのは、彼の懐の深さです。不妊症の噂がある方を正室にするのは、非常に勇気が要る事かと」

 戦国武将は生きるか死ぬかの為、跡継ぎを残す為に子作りをよく行う。

 その為、自然と子を多く産む女性が妻に迎えられる。

 立花誾千代は、立花宗茂との間に子供が出来なかった。

 それは、不妊症と言う噂がある。

「跡継ぎに興味が無いのかしら?」

 濃姫の予想に、稲姫は、首を振って否定する。

「それは無いかと」

「如何して?」

「服部半蔵の調べでは、2人は毎晩の様に寝ています。危険日にも。その為、不妊症では無かった場合、子供が出来る可能性が大いにあります」

「……分かった。有難う」

「は」

 稲姫が下がった後、濃姫は振り返る。

「如何? 貴女達の縁談相手に相応しいでしょう?」

「……伯母上様、何故、彼を御相手に?」

「茶々、彼はこの地獄を変える者よ」

「は?」

「季忠が占った結果よ。彼の占いは百発百中。信長様も御認めになる程の神職なんだから、必ず当たるわ」

 千秋季忠は、父から熱田神宮を受け継いだ大宮司だ。

 史実では、父が加納口の戦いで討ち死にした様に、彼も又、桶狭間で散った。

 然し、ここでは武士ではなく、大宮司として生きている。

 織田家の祭祀を司り、信長が戦略等で迷った際に占うのが、彼の仕事だ。

 尤も、政教分離の信念の下、占うだけで強要や助言はしないが。

「「「……」」」

 濃姫が、断言する以上、3人は、何も言えない。

「貴女達、上洛の時を特と楽しみにしていなさい」

 意味深に且つ妖艶に嗤う濃姫。

 三姉妹は、恐怖と期待の半々であった。


 所変わって山城国・京。

 大河は、珍しく近衛前久に呼び出されていた。

「貴君の過去の戦果を見込んで、頼みがある」

「何でしょう?」

 近衛は束帯そくたいであるが、大河は、織田信長の肖像画の様な緑色のかみしもを着ている。

 何時もの和装は、誾千代が「朝廷に出仕するんだから買い替えなさい」との鶴の一声で、裃に変わったのだ。

「北面武士も率いてもらいたい」

「何故です?」

「最近、検非違使と北面武士を統合する案が、成立したんだ。発表は、後日だが」

「それは又、急な話ですね」

 検非違使は、現代で言う所の警察。

 北面武士は、近衛兵だ。

 刑事警察と皇軍(又は、近衛兵?)が合体する様なものだろう。

「済まんな。内々の話だったんで報告が、この時機になったんだ。隠していた訳ではない」

「いえいえ。それで、何故?」

「貴君が別当になった際、北面武士から不満が出たんだ。『龍造寺討伐の英雄を検非違使の長には、不適当である』とな」

「成程」

 検非違使と北面武士は、仲が悪い訳では無いが、確かに大河の戦果を考慮すると、北面武士が不満になるのは、分からないではない。

「それに、部局割拠主義と言うべきか? 其々、職務でかち合う場合が多々あった。そこで一緒になる事でその面倒を一気に解消する事にもなる。まさに一石二鳥だ」

「……」

 以前、御所に泥酔者が侵入した際、その対応で両者が対立した事がある。

 検非違使は、皇居等侵入罪の適用を訴えるも、北面武士は不敬罪を主張。

 大津事件の伊藤博文等と児島惟謙等の様に両者は、激しく論じた。

 斬り合わないだけ、平和である。

 その結果、どちらも納得出来ずに当時の帝に上奏され、判断を求めた。

 帝は両者の言い分を隈なく聞いた後、「北面武士がそもそも侵入を許さなければ、この問題は起きなかった」とし、北面武士の主張を却下。

 検非違使が勝訴した。

 近衛はこの前例以来、部局割拠主義を問題視し他の公家等と共に密かに動いていた、と言う訳だ。

「陛下は貴君を任命したが、今は貴君が法律家では無い事に気付かれ、落胆しておられる。この統合案ならば、陛下の御気に入りである貴君も大いに戦場で活躍する事が出来るだろう?」

「……然うですね。引き受けさせて下さい」

「良かった。陛下も御喜びになるだろう。訓練は貴君に任す」

「新組織の名は?」

「『見廻組』、分かり易く良い名前だろう?」

「……はい」

 幕末感溢れる名前に、大河は、身に染みて時間の逆説を覚えるのであった。

 

 見廻組の構成員は、約1千人。

 山城国は、戦国の世だけあって、徴兵制が敷かれている。

 対象者は、男性だけ―――でなく、女性もだ。

 現代では、男女共に徴兵対象者なのは、イスラエルが、最も有名な国だろう。

 尤も、イスラエルの様に他国と戦争する訳ではなく、見廻組は、防衛のみ。

 決して、近江国や大和国等の近隣諸国に侵略目的で侵攻する事は無い。

「「「……」」」

 1千人の軍勢を前に大河は、挨拶する。

「え~、真田大河だ。今日より貴様達の指揮官になった。喜べ」

「「「……」」」

 皆、真面目に聞いている。

 まるで、カルト教団の教祖の説法を傾聴する信者の如く。

「早速、隊を分ける。15~17歳の男子、前へ」

 100人が、出て来た。

「貴様達は白虎隊だ。次、18~35歳は朱雀隊。36~49歳は青龍隊。50~56歳の男性は玄武隊―――」

 この様に、やけくそで、幕末諸隊に分けていく。

 残留者は、女性のみ。

「「「……」」」

 彼女達も、体格的な面等では、男性には敵わないが、愛国心や郷土愛は、同じ位、又は、それ以上だ。

「貴様達には、婦女隊に入ってもらう。この中で狙撃が得意な者は居るか?」

「は」

 自信満々に1人の若い女性が、歩み出た。

 歳は15位か。

 お団子頭と痘痕あばたが特徴的だ。

 彼女の周囲5mには、誰も近寄らない。

 痘痕を癩病らいびょう(現・ハンセン病)などの感染病と思っているのかもしれない。

「名は?」

「望月千代女と申します」

「……生まれは、信濃国か?」

「! 知っているんですか? 私の事?」

「いや、勘だよ」

 無論、それは嘘だ。

 史実では望月千代女は、信濃国・望月城主・望月盛時の妻だ。

 通俗書では女忍者と説明される事もあるが、架空の忍者ともされ、謎が多い人物である。

 大河の直臣が、彼女に火縄銃を渡す。

 木製の的は、約10m先。

 素人では、当てる事すら難しい距離だろう。

「……失礼します」

 美しい立射の姿勢で、望月は、的を狙う。

「「「……」」」

 観客は、約900人。

 この中で、冷静沈着さを保つのも難しい筈だ。

「……」

 引き金を引く。

 弾丸は、真っ直ぐ飛び、的と外角を弾く。

「「「あ~」」」

 観客は、溜息を漏らした。

 自信満々の癖に外したじゃねーか、と言う思いから。

 動揺した望月は、

「……」

 火縄銃を落としてしまう。

 不合格、と直感で思っているのだ。

 恐る恐る大河を見る。

「じゃあ、婦女隊隊長を任せた」

「え?」

「「「!」」」

 観客がどよめく。

「おいおい、外したあいつが婦女隊の長? 如何いう神経しているんだ?」

「あんな奴に俺達の命を任せられねーぜ。指揮官も見る目が無いな」

「あーあ、この隊は、終わりだ。さっさと転職し様ぜ」

 男達は好き勝手言い、

「「「(―――)」」」

 女達はひそひそと、ささやき合う。

 流石に男程、大声では無いが、視線の冷たさから反対派なのは言わずもがな。

 パン!

「「「!」」」

 全員の視線が、大河に集まる。

 天高く掲げたM16の発砲直後であった。

「はい、今、不満を口にした者は全員、解雇」

「「「!」」」

 続け様の衝撃だ。

「な、何で―――」

「貴様らは馬鹿だな? 徴兵制で高をくくっているんだろうが、こっちは志願制でもう戦場4年目なんだよ、馬鹿野郎」

「「「……」」」

 童顔の三白眼に、全員、凍り付く。

 幼い顔と目のギャップが非常に凄い。

 蛇に睨まれた蛙の様に、彼らは動けない。

「……」

 望月も。

「それ程、俺の能力が信じられないんなら、論より証拠だな。見とけ、糞共」

 そう言って、大河は、飛んでいる鳥にM16を構える。

 大河の居る場所から、鳥までは、約500m。

 M16の有効射程距離丁度だ。

「「「……」」」

 全員は、生唾を飲み込んで待つ。

 鳥は空中を飛び回り、位置が定まらない。

 風も強い。

「……」

 発射された5・56X45mm NATO弾は、毎秒884mの速さで飛んでいく。

「がぅ!」

 変な声を出した鳥は羽を飛び散らせつつ、急降下し、田んぼに落ちた。

「「「……!」」」

 500m先をそれも飛び回る鳥を1発で仕留めるのは、超一流の狙撃手級だ。

 それもM16は、狙撃銃ではない。

 悪条件が重なった中、大河は見事、成功したのだ。

「「「……」」」

 目の前で結果を見せられ、彼等は黙るしかない。

「じ、辞退させて頂きます」

 化物と判り、反対派は次々に会場を後にしていく。

 退職金も受け取らない。

 彼等は今後、精神を病むか、転職を図るだろう。

 1千人居た新兵は、僅か数十人となる。

 近衛に後々、怒られそうだが、大河は量より質を重んじる為、気にしない。

 直臣が数え報告した。

「真田様、50人です」

「有難う」

 1千人が50人に。

 新兵の訓練初日に20分の1になったのは、今後、吉と出るか凶と出るか。

 全ては、大河の手腕と残留者の気持ち次第だ。

「真田様、宜しく御願いします!」

 体育会系の挨拶並に望月は、腰を折り曲げた。

「応、頼むよ」

 激励を込めて、大河は望月の肩を優しく叩く。

「!」

 ぎょっとした顔で、望月は飛び上がった。

「あー、嫌だったか? 済まんな、セクハラだよなぁ」

 猛省する大河。

 日本ではセクハラを意識し、女性の体に触れる事は遠慮していたが、結婚以降、その壁が取り払ってしまった様だ。

「い、いやぁ……大丈夫です」

 望月は、自分の体を抱き、頬を赤らめている。

 皮膚病の自分に嫌悪感を露わにする人物が多い事。

 然し、大河は、全然その様子は無い。

(……)

 その後、望月が大河を意識する様になった事は言うまでも無い。


 見廻組組長になった事は、誾千代も喜んだ。

「今日は、お赤飯だねぇ」

「わーい」

 楠が、目に見えて燥ぐ。

「でも、部隊が20分の1に減ったんだってね? 何をしたの?」

「俺を馬鹿にした者達が居たから現実を見せ付けてやった迄だ」

「論より証拠だね」

 よしよし、と大河の頭を撫でる。

 鬼の見廻組組長を愛玩動物の様に出来るのは、誾千代位だろう。

「大河、もう国司になったら?」

「俺に政治は出来んよ」

「そう? 支持者は、沢山居ると思うけれど?」

 とんとん拍子に出世出来ているのは、大河の政策が認められている事は然る事なふがら、支持者も一定数居る筈だ。

 その筆頭が、近衛前久であろう。

 本能寺の変黒幕の1人説がある彼だが、新参者の大河を快く受け入れ、その功績を滞りなく朝顔に報告している。

 朝顔も、大河の話を聞く度に喜んでいるらしい。

「その時は、誾に頼むよ」

「え? 私?」

「ああ。出来ると思うよ」(棒読み)

「あ、適当だ」

「さぁ? 如何でしょう?」

「ああ、嘘吐いてる~」

(又、イチャイチャ始まった)

 呆れた楠は、お赤飯を力士並に大盛りに茶碗に盛るのであった。

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