第14話 比翼連理

 現代のカップルの多くは、交際を経てから結婚に至る場合が多い。

 大河&誾千代、楠の夫婦は交際と言える様な期間が短い。

 しかし、夫婦仲は良好だ。

 例えば、

「狭いなぁ」

「そりゃあ1人分の面積なのに、3人で入っているからね」

「もう少し寄ってよね」

 熱く煮立った五右衛門風呂に3人は、仲良く入浴している。

 左右を楠、誾千代。

 真ん中に大河である。

 温度は調整している為、40度前後。

 3人には、丁度良い位だ。

 湯は当然、常に溢れている。

 恐らく数分後には、今の半分くらいの量にまで減っているだろう。

「1人で入らせてくれよ」

「嫌よ」

 大河の両頬を、誾千代は両手で潰す。

「大好きだから。常に一緒に居たいの」

「……」

 初対面の時の凛々しい部分は、何処へやら。

 最近では朝廷以外、99%、一緒に居る。

「……」

 楠の方も誾千代程では無いが、湯船の中で手を繋ぐ程、大河に好意的だ。

 大河は不満を口にする。

「気持ちは分かるが、風呂と厠くらいは別々で良いだろう?」

「あら? 1人が良いの? 寂しくなるわ」

 途端、「およよ」と誾千代は泣き真似。

「しんどいよ。流石にプライバシーは、守りたい―――」

「ぷらいばしー?」

「あ~、個人的と言う意味だ。流石にずっと一緒だと、疲れる」

「分かったわ。じゃあ、条件付きで許してあげる」

「何で上から目線なんだよ?」

「好きだから」

「……」

 駄目だ。

 話が通じない。

 既にヤンデレの域に達している彼女は、両目が真っ黒だ。

「私を正室から降ろさない事。分かった?」

「何だ? そんな事か?」

「そんな事?」

 ぴくっと、誾千代の眉が動く。

「正室なんだから最優先は、当たり前だろう? だからこそ正室なんだ」

「……」

 にへらっと分かり易く、誾千代は、にやける。

 先程までの西〇寺顔は、何処へやら。

 情緒不安定並に感情の変化が激しい。

 湯が冷めて来た。

「お先に」

 大河が上がろうとするも、

「「駄目」」

 両端から肩を掴まれ、再び湯船に沈められる。

「んだよ?」

「もう少し、一緒が良い」

「右に同じく」

 交際期間は短いが検非違使別当の夫とは、離縁する気は無い。

 死ぬまで一緒に居たい。

 2人の想いが、大河の行動を制限する。

(……とんでもない女達を好きになっちまったなぁ。俺は)

 今更ながら、自省する大河であった。


 大河の昇進は遠く、薩摩にまで伝わっていた。

「楠の奴、まだまだ甘い所があるが、ちゃんと真田の懐に入り込むとは。成長したなぁ」

 楠からの書状を読み、当主・貴久は祖父の様に両目を細める。

 島津貴久。

 島津家15代当主の老将だ。

 生まれたのは、天正11(1514)年。

 1576年現在、63(*数え年)歳だ。

 史実では、元亀2(1571)年に亡くなっている。

 義久、義弘兄弟も貴久同様の評価だ。

「全くです。あの青二才が、朝廷との仲介役になれるとは」

「今後、親父の征夷大将軍が近付いたなぁ」

 3人は、楠が戦災孤児の時代から知っている。

「肝付との戦争の時の少女が、今や別当の側室とは。時が経つのも早いものだ」

 貴久の両目には、自然と涙が。

「親父、好々爺こうこうやだな」

うるさい」

 口撃する義弘だが、彼もまた、彼女の義父の様な心情だ。

”鬼島津”の中で最も恐れられ、ボディー・ビルダーの様なムキムキなマッチョの彼でも、人の心は持ち合わせている。

 義久が尋ねる。

「親父殿、その真田なる少年は、どの様な人柄なので?」

「見た事は無いが、奴を捕らえた琉球の役人の話では、耶蘇で言う所の『さたん』らしいが……」

 室町時代から明や琉球と交易をしている島津氏は、外国人との交流が盛んだ。

 貴久自身も琉球の尚元王と修好を結び、ポルトガル船等から銃や洋馬を輸入し、産業事業を興した。

 又、永禄(1558~1570)中、インド総督に親書を送る等、外交政策にも積極的に取り組んだ。

 鉄炮が種子島氏より献上されると数年後には実戦で利用している。

 天文18(1549)年に来日したザビエルにキリスト教の布教許可を出している。

 然し、寺社や国人衆の反対が激しかった事や、期待した程に南蛮船も訪れなかった事から、後に布教を禁止している(*1)。

 その為、耶蘇の悪魔等の事は、ある程度知っていた。

「さたんなぁ。然し、300人討ちの話は事実だしな。恐ろしい男なのだけは分かる」

「然し、書状によれば、別当は『非常に優しい男』ともある。全く、二面性が激しく、どちらが本性なのか」

「兄者、それは恐らく両方が本性なんじゃいか?」

 珍しく義弘が、至極真っ当な意見を述べる。

「楠の調べでは、奴が刀を抜く時は決まっている。『自己防衛』、その時だけだ」

「「……」」

「奴は、越後の龍の様に無駄な殺生を好まないのかもしれんな。だからこそ、朝廷がお認めになったのかも」

「それが楠が惚れたのかもな」

 ぐいっと、貴久は茶を飲む。

「彼女は、幾つになる?」

「親父殿、今年で12になります」

 畏まった豊久が、答えた。

「もうそんな年か。早く孫の顔が見たいわい」

「同感です」

「同感だな」

 2人も頷く。

 楠が3人と出会ったのは、彼女が4歳の頃。

 島津が大隅の肝付と戦争していた時だ。

 貴久の弟・忠将を討ち取る程の名将・肝付兼続との戦争は、双方に多くの死傷者を出し、薩摩・大隅の両国民も疲弊した。

 彼の居城・高山城を落城させた際、そこで発見したのが、彼女であった。

 後に調べた所、彼女は、肝付兼続の娘である事が判明する。

 島津の家臣団の多くは、彼女の処断を主張した。

 復讐されるとの理由から。

 然し、”鬼島津”とはいえ、人間の心を持つ貴久は、「実弟の生まれ変わり」として育てる事を決意。

 家臣団の猛反対を押し切ってくノ一にした。

 これが、楠の秘められた過去だ。

 現在は、島津への貢献度や別当の側室になった事等で、強かった反対論は、沈静化し、家内に彼女の敵は殆ど居ない。

「親父、彼女に実父の事は?」

「言わない。奴の父親は、儂だ。実父は死んだ。島津の姓は、やれんがな」

 ガハハハッと、大笑い。

 好々爺であるが、伝統を重んじる貴久に2兄弟は、安心するんだった。

(老齢故、心配していたが、大丈夫そうだな)

(もう50年は生きそうだ)


 検非違使の職務は京の、

・治安維持

・民政

 だ。

 だが、実際には、民政は、足利将軍家が行っている為、出る幕は無い。

 もっとも、将軍家は、死に体にある。

 直近の2人の将軍の末路を見れば分かるだろう。

 剣豪と知られた義輝は、永禄8(1565)年の永禄の変で討ち死に。

 14代・義栄も病気で早逝した。

 現任者の義昭は、織田信長の支援の下、将軍に就任出来たが、現在は仲違いし、彼の敵の間を右往左往。

 とても民政を頼られる政治家の器ではない。

 一般的には元亀4(1573)年に信長が義昭を京から追放した出来事が、室町幕府滅亡と解釈されているが、この天正4(1576)年現在、義昭は未だ京に健在だ。

 但し、義昭の行動を見ると、歴史の運命からは逃れられない様で、遅かれ早かれ数年以内には、室町幕府は滅亡するだろう。

 検非違使別当の大河は早速、信長に密使を出す。

「上洛後、朝廷を如何するのか?」

 と、聞く為に。

 数日後、早馬で織田の密使が来た。

 毛利良勝―――桶狭間で今川義元を討ち取った、青年武将である。

 優男だが、尺限廻番衆に属しているだけあって「出来る男」感が半端無い。

 ブラック企業・織田家の下で着々と小姓から出世しているだけある。

「真田殿、密使を派遣して下さり、誠に殿も喜んでおられます」

 大河の名は、既に日ノ本中に広まっている。

 浪人から、一気に検非違使別当に成り上がった男。

 九州で、たった1人で龍造寺軍300人を全滅させた男。

 そして、姫武将の1人、立花誾千代にぞっこんされた男として。

「本来ならば書状で送る所でしたが、貴君が朝廷の役人である為、この様に正装して参った次第です」

「わざわざ有難う御座います。お茶でもどうぞ」

「は、有難う御座います」

 お茶を受け取った時、良勝は敢えて指を見せた。

 数本無い。

 義元を討ち取る際、彼に指を食い千切られたとされるが、本当の話の様だ。

 見せ付けたのは、「300人討ちの貴方には敵いませんが、僕も武将なんですよ?」と、主張する為だろう。

 然し、良勝の威圧に効果は無い。

 大河も中東で沢山の地獄を見て来たから、指の欠損くらい見慣れているのだ。

「……?」

 動じない大河に、良勝は罰が悪そうにお茶を飲む。

 朝廷御用達の宇治茶が、五臓六腑に染み渡って行く。

「御馳走様です。では、御回答させて頂きます」

「はい」

「殿は―――

『我が家の先祖は、神官である。

 神道を司る最高位の朝廷に敵対する意思は毛頭無い。

 従って、検非違使及び北面武士とも交戦する事は非ず。

 上洛後は、帝の前で武装解除を行う所存である』」

「……」

「これが、証拠です」

 胸元から良勝が出したのは、誓文であった。

 文言同様の内容が信長の直筆で書かれ、天下布武と織田瓜が其々それぞれ、押印されていた。

 織田氏の出自は諸説あるが、その内の一つに 越前国織田荘(福井県丹生郡越前町)の織田剣神社の神官説がある。   

 これは、それを意識しての事の様だ。

「……信じましょう」

「有難う御座います。これで殿も、安心して上洛が出来ます」

「何時頃、いらっしゃるんですか?」

「義昭次第です。彼が他国に亡命すれば、今すぐにでも上洛出来るかと。殿の御意思次第でもありますが」

「……」

 信長は天正元(1573)年、一乗谷城の戦いと小谷城の戦いで其々、朝倉義景、浅井長政を打ち破り、越前国と近江国を支配下に収めている。

 これは、史実通りだ。

 然し、ここからが違う。

 この直後、織田が上洛手前になった為、景勝が動いた。

 天才的な軍略と民衆の支持の下、遂に、

・越中国

・能登国

・加賀国

・越前国

・若狭国

 を越後国の正規軍と山城国の別動隊で挟撃し、織田領から奪取したのだ。

 その殆どが無血開城であり、景勝が武将を配置。

 佐渡国を含む北陸道の7カ国は、全て上杉領だ。

 謙信が山城国と越後国を自由に往来出来るのは、この為だった。

「殿は、貴君とも上杉とも敵対する気は更々ありません。その点は重々、御伝え下さい」

「? 誰に?」

「陛下と上杉謙信にです」

「耳が早いですな」

「殿は、何よりも情報収集能力を重視しています故」

 然も当然とばかりに、良勝は胸を張る。

 桶狭間の大勝利も、勝因が情報であった。

 現代の戦争でも、情報は戦争の結末を左右する。

 信長が現代的な嗅覚の持ち主である証拠と言え様。

「では、私はこれで―――ああ、これは持て成して下さった返礼なのですが」

「はい?」

「側室の枠は、あと何席程余っていますか?」

「……は?」

 珍しく大河は、空気の抜けた様な声が出た。

「後程、三姉妹が、観光に来ると思います故、その際の饗応役、御願いますね? 殿の直々の御指名ですから」

「……御冗談ですよね?」

「さぁ? 殿の御考えは、私には、分かりませぬ」

 戦国で最も有名な三姉妹と言えば、言わずもがなであろう。

 思わず、大河は、頭を抱えた。

 サービス業をした事が無い彼は、おもてなしが、分からない。

 それに信長が指名したとなると、失策した場合、明智光秀の様にボコボコにされかねない。

(……寿命が縮んだな)

 天を仰ぎ、大きな溜息を漏らす大河であった。


 家で夕飯を作っていた誾千代。

「―――!」

 ガチャーン。

 茶碗を落とし、割ってしまった。

「手が滑ったの?」

 楠が、直ぐにほうき塵取ちりとりを持って来る。

「いや……何だか、悪寒が」

「風邪?」

「熱は無いと思うんだけど……」

「念の為、休んだら? 家事、私がやっておくから」

「そう? じゃあ御言葉に甘えて。有難うね」

 2人は仲が良いが、身分上、正室と側室だ。

 結婚した時、大河は「正室を何事にも最優先させる」と宣言した。

 楠も彼と同様、誾千代を常に立てている。

 どれだけ親友でも、この関係性は終生、変わらないだろう。

 寝室に入った誾千代は、考える。

「……」

 異変の正体を。

(……又、女?)

 心配にはなるが、大河はこれまで、浮気した事は無い。

 直行直帰し、誾千代が求めれば、どれ程疲労困憊でも、一緒に寝てくれる。

 厠以外、殆ど一緒だ。

 恐らく、日ノ本一の愛妻家であろう。

(……女でも、大河が本気にならなれけばいい。側室は何人居ても良い。正室は私1人だけで十分)

 大河の枕に頭から突っ込み、その臭いを感じつつ、夫の帰りを待つのであった。


[参考文献・出典]

*1:ウィキペディア

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