第10話 不惜身命
9歳の姫巫女―――朝顔は後の昭和天皇が徹した、
『国王は君臨すれども統治せず』
を信念とし、停戦勅令以外の事には極力関わらない様にしている。
彼女が即位以来、平和を目指しているのは、
「国民が安穏無事で暮らせる世」
を構築する為だ。
諸問題は、話し合いで解決すれば良い。
生まれてこの方、御所の周辺で行われる血みどろの争いに彼女は幻滅した。
幸運にも勅令を聞いてくれる戦国大名は多い。
そこは安心なのだが、末端の家臣にまで浸透する事は少ない。
下っ端同士の小競り合いが上部の戦国大名同士までの争いに発展し、結果的に戦争になってしまい、朝顔は苦慮していた。
(いくら勅令を出しても戦争が起きてしまう……どうしたものか?)
勅令を出す度に勅使を戦地に派遣する事になり、勅使も危険に晒される。
その為、安易に乱発するのは彼女の本意ではない。
「……近衛」
近衛前久。
本能寺の変黒幕の1人説がある人物だ。
もっとも、
・信長と親しい
・本能寺の変後、秀吉等の尋問でお咎め無し
・信長7周忌の際の6首の書き出しの1字が、「南無阿弥陀仏」と読める
などからその説は、低いだろう。
『は』
「私だけでは、もう対応出来ません。何か良い人材は、いらっしゃいませんか?」
『それならば、真田大河という適当な者が居ます』
「真田? 信濃の方?」
『いえ。未来人です』
「……彼が適当な理由は?」
『未来人ゆえ博識であり、この戦国の世の終わり方を知っている筈です』
「なるほど。今、
『直近で確認出来たのは、
「彼に興味を持ちました。一度会って検討しましょう。入国が確認出来た時に御教え下さい」
『今、呼ばないんですか?』
「そうしたいですが、私が呼んで焦って道中、事故にでも遭ったら私の責任問題です」
『は、は!』
土下座の姿勢で近衛は、了解した。
(流石、慈悲深い御方だ)
中国地方を横断中の一行は、牛歩のような速度だ。
居酒屋や飲食店で飲んで食べる。
寝床と風呂は、旅館だ。
時々、M16で鹿などの獣を撃ち、訓練も怠らない。
浪人だからこそ出来る時間の使い方であろう。
数週間かけて目的地の山城国(現・京都府南部)に入る。
以前見た北面武士が国境警備隊として検問所を司り、出入国者を厳しく管理している状況は完全に日ノ本から山城国が独立している、と言えるだろう。
国内は朝廷から委任された公家が直接統治している為、他国の様に荒れてはいない。
国会も存在し、士農工商や被差別民にも投票権があるのは、戦国時代には考えられないことだ。
現代に例えると、ソマリアの中のプントランドが、1番適当だろう。
もっとも、プントランドも日本の感覚からすると、治安が悪いのだが。
「人口が多いな」
「日ノ本一の人口を誇るからね」
故郷でも無いのに自慢げに誾千代が、説明する。
「毎年10万人くらいの進度で増えて、その分、税収も増え軍備増強が出来ているそうよ」
「詳しいな?」
「大友の使者として数回、来た事があるのよ。天下人になった暁は、この国を模範とした国造りがしたかったわ」
「そりゃそうだ」
御所の前には、丸に三つ葉葵を掲げた足軽が集まっていた。
その数、数百。
しかし、全員武装解除され、何も持っていない。
「あれは?」
「多分、徳川が陳情しに来たんだよ」
楠が、その家紋を睨み付ける。
関ヶ原合戦の際、島津は家康に対し、島津退き口を行い、幕末にも両家は戦争した。
因縁のある関係は、この時代から予期していたのか。
丸に三つ葉葵を見るのは、楠には不快感らしい。
「何の為に?」
「不可侵条約とか色々じゃない? 徳川家の事は知らんよ」
足軽が声を掛けた。
「貴様、真田か?」
「違う」
直感で嫌な予感がした大河は、直ぐに否定した。
「では、名を名乗れ」
「断る」
「き、貴様ぁ!」
何が
急に足軽はキレた。
キレる17歳と言うのが2000年代にあったが、ここでは「キレる足軽」だ。
いきなり大河に殴り掛かる。
それを避け、逆に銃床でぶっ叩く。
「ぎゃ」
一瞬にして頭蓋骨が粉砕された足軽は、仰向けに倒れた。
「! 貴様!」
仲間を殺られた足軽が集い、大乱闘が始まる。
しかし、楠、誾千代は救援しない。
大河が最強である事を知っているから。
全ての殴打や蹴りを寸前で避け、距離を取った後、引き金を引く。
ババババッ。
数十発が発砲され、足軽達の胴体を貫く。
どんなに訓練した鋼の肉体でも、銃弾には敵わない。
突然の銃声に驚いた北面武士が早足でやって来た。
「な、何の騒ぎだ」
「へい、実は―――」
目撃者の町民が事情を説明する。
複数の町民が同じような証言した。
「なるほど。おい、貴様。怪我は無いか?」
正当防衛が認められたのだろう。
北面武士が大河を犯人扱いする事は無い。
目撃証言が証拠として認められた為だろう。
が、徳川方は黙っていない。
「そいつを渡せ!」
「ならん! 非は貴様等にある!」
「何だと!」
今度は北面武士VS.徳川方だ。
険悪な雰囲気になった頃、
「止めなさい」
通りかかった駕籠から命令が飛ぶ。
「何を―――う」
血気盛んな足軽は睨み付けるも、その家紋に気付き、押し黙る。
丸に三つ葉葵―――徳川家である証拠だ。
『下ろして』
「は」
駕籠が地面に着地し、御簾が開く。
14歳のボブ・カットの少女が顔を出した。
誰が見ても美少女と言える位、顔面偏差値が高い。
桃色の和服の図柄も丸に三つ葉葵だ。
「こたびの無礼、申し訳御座いません。丁度見ておりました」
「貴女は?」
「千と申します。以後、お見知りおきを」
千と聞き、
「「……」」
楠は眉を
大河の前に駕籠が、置かれる。
乗れと言う事らしい。
「これは何の真似です?」
「天照大御神様の予言です。祝言を挙げましょう―――」
「お断りします」
秒で断り、千姫は目を剥く。
「な、何故です?」
「経緯には興味が無い為、聞きませんし、既に自分は既婚者です。その枠は埋まっています。お引取下さい」
言葉こそ丁寧だが、大河の真意は「神様の予言かどうかは知らんが、一昨日来やがれ」である。
「そ、そんな、天照大御神様に歯向かうので?」
「天照大御神様には、敬意を払っています。では」
大河は、2人を連れて北面武士の中に入る。
「う……」
先ほどの
近衛前久の命令が出れば、即座に武力行使し、徳川軍を山城国から追い出すだろう。
「(本当、田舎者ね)」
「(礼儀作法がなっていないわ。これだから田舎者は)」
「(徳川に天下は無理だな。足軽があの調子じゃ)」
町民は、口々に
先制攻撃が徳川方だった為、現在、徳川家の評価は急落している。
万一、家康が上洛を果たしても帝は国民の意に沿う為、征夷大将軍就任は、難しい。
敗色濃厚と悟った千姫は唇を噛んだ。
「……無礼が過ぎましたね。今日の所は諦めましょう。ですが、真田様。私は諦めていません。必ず貴方と結婚します。では」
「!」
その目は獲物を見付けた獅子の如く、意思が強い。
圧倒的な敵意に誾千代は、ビクッとした。
まるで蛇に睨まれた蛙だ。
御簾に乗った千姫を足軽が足早に去って行く。
楠は首を傾げた。
「何故、彼女は貴方の名前を知ってるの? 知り合い?」
「残念ながら初対面だ。多分、服部半蔵辺りが調べたんだろう」
「誰?」
「日本で1番有名な忍者だ」
「……ふーん」
くノ一として対抗心が出た様だ。
興味無さげな口調だが、楠の拳は震えている。
「真田様、今、お時間宜しいでしょうか?」
北面武士の隊長が厳かな表情で尋ねた。
「はい。何でしょう?」
「姫巫女様が、御呼びです」
朝顔と言う女帝は、正史に登場しない。
然も僅か9歳で君臨しているのは、幼君にも程がある。
摂政は居ない。
彼女自身が判断し、勅令を出し、各地の戦乱を停戦に持ち込んでいるのだ。
『貴君が真田大河殿か?』
「は」
大河は、頭を上げない。
御簾で姿が見えないが、それでも不敬と思って敢えて見ないのだ。
『御所での騒動は御苦労であった。徳川には正式に抗議しておく』
部屋には、2人以外居ない。
北面武士の話では、朝顔は「何時も通り、武装したままで良い」とのことであったが、流石に帝の近くにそのような危険物は置く事は出来ない。
(まさか、帝と謁見が叶うとは……)
内心、汗でダラダラだ。
真夏だったら、その臭いが朝顔にまで伝わっていたかもしれない。
『
「は」
勅令通り顔を見せると、御簾の向こうの幼君は、数度頷いたように見えた。
『なるほど。各地の姫君が
「は?」
『何でもない。千には注意されよ。彼女は権謀術数主義者だ』
「……は」
9歳で「
『近衛より貴君は、未来人だと聞いた。本当か?』
「は。その通りであります」
『では、確認の為にその証拠を教えてくれ』
「証拠ですか……」
困った大河は、弾が装填されていないM16を献上する。
「今、用意出来るのは、これしかありません。申し訳御座いません」
『見ても?』
「どうぞ」
時機を図ったのように女官が入る。
M16を受け取ると、朝顔に渡す。
盗み聞き役兼橋渡しと言うのが、彼女の仕事の様だ。
大河も帝に触れるのは、
『ふむ……見慣れない文字だな。これは、どこの国の蟹文字であるか?』
「今から約200年後に建国される海の向こうの大国の文字です」
明治初期の語である「蟹文字」を朝顔は、使用した。
見たままの感覚なのかもしれないが、約300年以上後の語を使用するのは、ある意味、彼女も未来人と言えるかもしれない。
『ほぅ……では、この国はどうなる? いつ、戦乱が終わる?』
「陛下、現在は何年でしょうか?」
『? 天正3(1575)年であるぞ?』
「ありがとうございます」
ようやく正確な年代が分かった。
正史に則った場合、この年に長篠合戦が起きている。
「今から丁度10年後、羽柴秀吉によって九州地方を対象とした
『ほぼ? では、少し続くのか?』
「は。その命令に違反した大名は続々と征伐され、今より15年後には、全国に平和がなります」
『ほぉ……15年後か』
「は。
『……40年後か』
はぁ、と朝顔は、溜息。
40年後、彼女は49歳。
人生50年のこの時代を考慮すると、生きているか如何か微妙だ。
最も天下に近かった信長も本能寺で散った時、享年49(満48)である。
『朕が生きている間、難しいと言う事か……』
「陛下、落ち込むのは、未だ早いです」
『うん?』
「自分は未来から来ましたが、自分が習った歴史と一部、違いが生じています。例えば、立花宗茂は今から68年後に死にますが、こちらの世界では既に早逝しています。千様も22年後に産まれる予定ですが、こちらでは既に御生まれになっています。これらから平和は史実よりも早くなる場合も考えられます」
『……遅くなる可能性も?』
「はい」
『……』
M16を朝顔は、まじまじと見詰める。
希望と絶望が同時に見えたような気がしたのだ。
『……織田が天下統一を果たすのではないのだな?』
「はい。
『……彼の作った世は平和なんだな?』
「は。約250年続きます」
徳川幕府の評価は、現代の専門家の間では分かれている。
肯定派の意見としては、
・戦国時代を終わらせた
・平和になったが故、文化が熟成された
否定派は、
・平和国家になったが故、列強に軍事力の遅れを取った
・鎖国してしまった為、外国の情勢に疎くなった
平和主義者の朝顔は、前者を評価するだろう。
これ以上の流血を見たくない。
『……ありがとう』
一か八か、朝顔は大河を未来人として認める事にした。
平和の為に。
国民の為に。
『【真田大河観察日誌】』
コロン。
机上から筆が落ちる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます