第8話 群雄割拠

 中国地方の大部分を制圧した毛利の次の標的は、尼子だ。

 山陰の小大名だが、山城に籠り防衛戦に努めている為、中々なかなか落とせない。

 山陰は山陽と比べて積雪量が多く、道もそれほど整備されていない。

 環境でも、毛利には苦戦する理由の一つでもあるのだ。

 一文字三星の家紋がひるがえる広島城が、毛利の本拠地だ。

 広島城は正史では天正17(1589)年、毛利輝元が築城した。

 その為、毛利元就がこの城に居ること自体、歴史的には矛盾している。

 また、安土桃山時代の城が戦国時代に悠然とそびえ立っている事自体も可笑しい。

 もっとも安土桃山時代を戦国時代の一部と含めれば、その矛盾は解消出来るかもしれないが。

 兎にも角にも、大河達は元就のもてなしを受ける。

 舟盛に、

たい

まぐろ

さけ

 などの魚が載り、

・焼き牡蠣がき

生牡蠣なまがき

 など、広島名物がこれでもかと用意されていた。

「……美味」

「美味しい」

 誾千代と楠は頬が落ちそうになるほど、舌鼓を打つ。

 一方、大河は、

「真田様、可愛い♡ 食べて、食べて」

「……」

 中国地方最大の風俗街である、現在の広島市中区流川から集められた遊女の女体盛りに戸惑っていた。

 刺身が遊女の体に舟盛のように盛られている。

 残念ながら、大河に女体盛りをたのしむ趣味は無い。

 知ってはいたが、初めて見るとカルチャーショックを受ける。

「? 真田殿は、お気に召さぬか?」

「いえいえ、初めて見るので」

 元就に促され、渋々、

「あん♡」

 大河は胸の生牡蠣をポン酢に付けて食す。

 現代感覚だと妻の前で女体盛りを愉しむのは、相当な勇気が要るだろう。

 即、離婚だ。

 然し、誾千代は慣れているのか、怒った様子は無い。

「美味しいかの?」

「は、美味で御座います」

 当初、大河には森蘭丸のような美男子が傍に控えていた。

 元就に尋ねると、一夜の妻用との事であった。

 残念ながら、LGBTに理解はあるものの、大河は異性愛者だ。

 丁重に断ると、美男子は残念そうに下がった。

 戦国時代は宣教師が驚くほど、男色が日常化されていた為、その趣味があるものと勘違いされたのだろう。

 この時代、男色を行わなかったのは豊臣秀吉くらいと思われる。

 彼は美男子の大名を呼んで、彼の家族に「美女は、居ないか?」と尋ねたとされるほどの女好きだ。

 今後、男色と勘違いされる様に女体盛りを(嫌々ながら)楽しむ必要性が迫られている。

「……」

 作り笑顔で、刺身を頬張る。

・白米

・魚

・味噌汁

 が美味しいのが、救いだ。

「して、真田殿。その火縄銃をわしの目の前で試射してくれないかのぉ?」

「分かりました。食後で良いですか?」

「ああ、

・的

・木の板

・人間

 どれが良い?」

「! 人間を撃てるんですか?」

「捕虜や凶悪犯を的にしている。食費の削減と新兵器の精度を確かめる良い機会になる」

「……なるほど」

 捕虜の処刑は現代では国際法違反だが、この時代にそんな人権意識は無い。

 が、大河も殺しは好きだ。

「人間を撃たせて下さい。思う存分」

 その目に元就は、親近感を持った。

(儂と同じ獣か)

 このような人の皮を被った獣は、時々居る。

 殺しに躊躇ためらいが無く、場合によっては筆舌にしがたいことに快感を覚える変態だ。

 こう言った獣は、敵だと恐ろしいが、味方だと非常に心強い。

「楽しみにしているよ」

 

 食後、処刑場でM16を用意する。

 牛のように黒いそれに、

「「「……」」」

 毛利家家臣団の注目が集まった。

 標的は、暴行殺人犯。

 戦災孤児の女児を見付けては、お菓子などで人気の無い山道に誘うと、暴行。

 そして、証拠隠滅の為に殺害し、適当な場所に埋める。

 捕まった契機は最後の被害者が、毛利の武将の娘であったこと。

 殺人鬼の話は、城下町で噂になっていた。

 然し、被害者が戦災孤児ばかりであった為、役人はそれほど問題視せず。

 だが今回ばかりは、捜査しなければ役人の監督責任になる為、遂に重い腰を上げ、捕縛に至った訳だ。

 既に麻酔無しで去勢され、

「……」

 犯人は瀕死だ。

 このまま、見殺しにする事も出来るが、M16を披露する為には、取って置きの機会でもある。

 伏射ふくしゃで大河は、狙う。

 犯人の太腿ふとももを。

「……」

 M16は自動小銃なので、狙撃銃では無いのだが。

 今回は合法的に殺人が犯せる為、折角の事。

 狙撃者スナイパー気分でじわじわ殺そうと、と大河は考えたのであった。

 引き金を引く。

「ぎゃあ!」

 弾丸は太腿の皮膚を切り裂いた。

 肉と骨が露出する。

「「「おお」」」

 火縄銃では見た事が無い威力に、家臣団は立ち上がった。

 家臣団の中には、家族連れも居る。

 彼らは家臣団とは違い、

「「「……」」」

 じっと、死刑囚を直視している。

 写真があれば、被害者の女児の遺影を携えていた事だろう。

 遺族の老婆は、元就に頭を下げていた。

「上様、あの者に地獄の苦しみを与えて下さり、ありがとう御座います。これで安心してあの世に逝けますわい」

 処刑場の周りには多くの野次馬が集い、一大行事と化していた。

 合戦の時同様、出店が見られ、売り子も複数見受けられる。

 元就が尋ねた。

「真田殿よ、次はどこを狙う?」

「ご希望の場所はありますか?」

「お前達、どうだ?」

 遺族に委ねられる。

臀部でんぶを削いでやって下さい」

「分かりました」

 次は、膝射しっしゃで放つ。

「ぐえ」

 希望通り、臀部が撃ち抜かれ、肉が削がれた。

「……」

 覚醒剤で感覚が麻痺しているらしく、死刑囚は痛がる事は無い。

 常人ならば、死を懇願するほどの激痛だろう。

「次はどこを?」

「首を狙って下さい。あの声を聞きたくない」

「は」

 声帯を正確に狙い撃つ。

「……!」

 ひゅー、ひゅーと言う風の音が死刑囚の声となった。

 そこで老婆が、初めてわらう。

「お侍様、次が最期でお願いします」

 仇敵が苦しむ姿を生で見られて嬉しいのだ。

 死刑に関しての考え方は十人十色だが、ここで異論を出す者は居ない。

 遺族参加型の死刑は、イランのようだ。

 イランでは死刑執行の直前、遺族に死刑囚の生殺与奪が委ねられる。

 大抵の場合、遺族は死刑を願うが、死刑を回避する遺族も居り、その場合は、世界的なニュースになる事がある。

 今回の死刑囚は、恩赦は有り得ないが。

「……分かりました―――」

「待って下さい」

 父親が制止する。

「私に撃たせ下さい」

「……分かりました」

 父親に何度か試射させた後、死刑囚に最期の瞬間が訪れる。

「……死ね、くそ野郎」

 直後、額に風穴が開いた。


 ボロボロになった死体だが、これで全てが終わった訳ではない。

 まだ傷付ける事が出来る部位、この死刑囚で言う所の肩や手首などは、試し斬りに遭うのだ。

 毛利に献上する刀鍛冶が造った日本刀を使って、武将達が次々と斬って行く。

 その切れ味は良い物はそのまま採用されるが、悪い物は不合格だ。

 死刑執行の行事は、刀鍛冶にとって採用試験の場。

 遺族とは違った緊張感を持って臨んでいる。

 試し斬りの間、大河は再び三兄弟と対峙していた。

 特に体育会系の吉川元春は、M16に興味津々だ。

「ふむ……」

 女性の体を見るかの如く、M16の銃身や銃床を注視する。

 M16が女性だったら、滅茶苦茶赤くなっている事だろう。

「真田殿、これを一旦、解体しても良いか?」

「何をなさるんです?」

八板金兵衛やいたきんべえに見せたい」

「ああ、あの鉄砲鍛冶の」

 鉄砲伝来を語る際、この鉄砲鍛冶の名は、外せない。

 2挺の火縄銃を手に入れた種子島時尭たねがしまときたかは、天文12(1543)年、鉄砲製作を金兵衛に、火薬の研究を家臣・笹川小四郞に命じた(*1)。

 金兵衛は製造法を学ぶ為、自分の娘である若狭をポルトガル人に嫁がせて修得したと言う(*2)。

 若狭に関する言い伝えは八板家系図や口承のみで、『鉄炮記』やポルトガル側の資料に記載は無い(*3)。

  そして天文14(1545)年、国内初の国産鉄砲製造に成功した。

 記録上では八板金兵衛は、 元亀元(1570)年に亡くなっている。

 人間50年と言われていた時代、70歳近く生きたのは、長寿だろう。

「流石、島津、大友の両名家が気に入る男だな。あの男を知っているとは」

「ご親交があるので?」

「あの爺さんは全国の大名に火縄銃を卸している。恐らく、日ノ本一の武器商人だ。丁度、呼んでいる。会ってみるか?」

「是非」

 M16を火縄銃の開発者が、どう評価するのは、非常に興味がある。

 歴史を変える事になるが、現時点で既に変わっている為、もうその辺の所は、注意する必要は無いだろう。

 元春が手を2回叩くと障子が開き、老人と美女が挨拶した。

「八板金兵衛と申します」

「若狭と申します」

 老人の方は、渋い俳優顔だ。

 正確な年齢は不明だが、現在を永禄13、又は、元亀元(1570)年だとすると、約68歳にも関わらず、40代後半と言った所か。

 女性の方は、西洋人との国際結婚を果たした(西欧人との国際結婚は、恐らく日本初)家系図から分かる通り、菱川師宣の『見返り美人』のような色白美女だ。

 家系図では以下の様に伝えている。

 ―――

『女子 若狭 大永7(1527)年4月15日生まれ。

 母は楢原氏の娘。

 天文12(1543)年8月に牟良叔舎フランシスコに嫁いで外国へ行った。

(中略)

 天文13(1544)年に外国船(ポルトガル船)に乗って帰って来て、父子は再会を果たした。

 それから数日経った時、若狭が大病に罹って死んだと偽って、棺に入れて葬儀を行った。

 外国人(ポルトガル人)はこの様子を見ても涙を流さなかった』(*2)

 ―――

 金兵衛はM16を見るなり、直ぐに興味を示す。

「それが先程の銃声の物ですか? 元春様、お借りしても?」

「所有者は、真田殿だ。良いか?」

「どうぞ」

「失礼します。調査の間、我が娘を御貸しします」

 金兵衛に背中を押され、若狭が、大河の前に立つ。

「(……若狭です)」

 非常に小さい声だが、何とか聞き取れた。

 恥ずかしがり屋らしい。

 三兄弟も金兵衛と共に退室し、部屋は2人きりに。

「「……」」

 気まずい。

 楠はこの機に乗じて女中と親しくし、邸内で諜報活動中。

 誾千代は、三兄弟の妻達と会食中だ。

「(……あの御趣味は)?」

「読書です」

 お見合いのような、感じになる。

 普段、誾千代に頼る事は無い大河だが、この時ばかりは、

(誾千代、早く帰って来てくれ)

 内心で懇願するのだった。


『【真田大河観察日誌】

 死刑囚を殺すのは、山田浅右衛門の職を奪う事になるだろう。

 しかし、遺族の希望通りに撃つ事が出来るのは、狙撃手としての才能もあるのかもしれない。

 練習次第では、杉谷善住坊が失敗した織田信長狙撃を見事完遂出来るだろう。

 毛利が美人局を行う様子は無い。

 既婚者の彼に配慮しているのか。

 彼より火縄銃の方に興味があるのか。

 その両方か。

 現時点では、彼が美人局で篭絡される心配は無さそうだ。

 一つ思ったが彼は立花誾千代以外、女性を愛している形跡が無い。

 日ノ本では珍しい、切支丹の武将の黒田官兵衛殿も、改宗前に結婚していた際、側室を作らなかった。

 彼の様に今後、耶蘇教に改宗するのだろうか?

 しかし、寺社仏閣にも参拝し、聖書を読まず、伴天連との交流も図っていない事から耶蘇教に興味が無いのかもしれない。

 美人局で篭絡する策を採用する場合、彼が耶蘇教に改宗する前に実行しなければならない。

 夜這いも一つの手ではあるが、彼は就寝中でも火縄銃と日本刀を離さない。

 愛妻と同衾しても、だ。

 愛妻といえども、心底信用していないのか。

 愛銃と愛刀が無い限り、眠れない質なのかもしれない。

 ……

 最近、夢に彼がよく出て来る。

 一緒に食事を作り、一緒に食べ、混浴し、同衾する。

 一般的な夫婦のような日常だが、生憎、私は戦争で両親を失っている為、これが幸せなのかが、分からない。

 嬉しい、楽しいと言う感情なのだが、これらが即ち幸せと同義なのだろうか?

 念の為、辞書を引いて調べたが、同義と呼べるような意味は見当たらなかった。

 しかし、私の使命は、くノ一である。

 もし、島津が望めば、私は喜んで彼の妻になる』

 ———

 何時もの報告書を書いた楠は、妄想する。

 大河との夫婦生活を。

(……)

 夫を大河にしたのは、間近で幸せそうな誾千代を見ているからだ。

 前夫の死後、塞ぎ込んでいた彼女を明るくさせた男・大河。

 彼との夫婦生活は、凄い興味がある。

 これが恋なのかは、定かではないが。


[参考文献・出典]

*1:『鉄炮記』

*2:『八板家系図』

*3:『南島偉功伝』

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