第7話 一期一会

 下関で数日、過ごした後、3人は出発する。

 本当はもうしばらく泊っていても良かったのだが、吉敷郡御堀氷上(大内氏旧本拠地。現・山口市大内御堀)にて遂に三陣営が集い、開戦したので慌てて物見遊山の為にったと言う訳だ。

 SNSがあれば、直ぐにでも分かっていた事だが、残念ながら、この時代にそんな物は無い。

 新幹線も車も無い為、移動手段は徒歩か馬だ。

 火の山から戦地までは、直線距離で約70km。

 多くの地図アプリで徒歩での移動速度が時速5kmと採用されている為、そのままの数字で計算した場合、休憩無しの約14時間で到着する事が出来る。

 約1日半で到着する事が出来るが関ヶ原合戦のように半日で決着が着く場合もあれば、川中島合戦の様に何度も戦っても尚、引き分けのままの時もある。

 早く生観戦したかった大河は、大金を叩いて馬を1頭買う事にした。

 戦国時代の馬と言えば、近年、「ポニーが主流であった」との説が有力視されつつあるが、この世界ではドラマ同様、純血種サラブレッドだ。

 純血種は、17~18世紀にかけてイギリスで生まれた。

 江戸時代に誕生した馬が、戦国時代にある訳が無い為、これも又、矛盾なのだが。

 人を背負ったまま、数分間継続して50~70km/h走れる馬は、大変魅力的だ。

「旦那、何にします?」

「じゃあ、1番黒いので」

「! 1番高いですよ?」

「1千貫でさぁ」

 100文=1万円

 1千文=1貫=10万円

 5千貫=5億円

 が、当時の物価とされる(*1)。

 日本円に換算すると約1億円だ。

 和装している為、吹っ掛けているのか。

 それとも、相応の相場なのかは分からない。

「島津家に請求してくれ」

「え?」

「きゃ」

 楠が和装の裏地を見せる。

 丸に十文字、島津の家紋だ。

「ひ、”鬼島津”」

 店主は、慌てて土下座した。

「お命だけは! ど、どうぞ、持って行って下さい」

「ありがとう」

 店主の肩を優しく叩き、大河は馬を貰っていく。

 平成最強の名馬・ディープ○ンパクトに似た風貌の凛々しく強そうなそれは、3人でも十分にも騎乗出来るくらい大きい。

「真田、悪い奴」

 不機嫌な楠が、乱れた襟を正す。

「まぁまぁ、お嬢ちゃん。ここは私の顔に免じて許してあげて。ただで手に入ったんだから」

「……」

 むすっとした楠はあぶみを使わず、跳躍力だけでくらまたがった。

 流石、くノ一。

 日頃から訓練しているだけある。

 然し、突如とつじょ騎乗された事に馬は大暴れ。

「ふー! ふー!」

 両目を血走らせ、ロデオのようだ。

「大河、乗れる?」

「多分な。よっと」

 一瞬、馬が停止した時機を狙って楠の前に飛び乗った。

 そして綱を手に取る。

 すると、

「……」

 馬は大河を騎手として認めたのか、大人しくなった。

 先程の暴れ馬は、どこへやら。

 別人のように、しおらしい。

「認めたわね」

 誾千代は、あぶみを踏んで2人の間に入る。

 騎手が大河、真ん中に誾千代、最後尾が楠だ。

 馬の首にM16が入った大きな筒を首輪の様にし、出発する。

「……」

 大河に抱きつきつつ、誾千代は昼間でも彼を感じるのだった。


 数日前から始まった三つ巴の最終決戦は、血みどろの戦いだ。

 毛利は陶軍VS.大内軍の激戦を近くの山から文字通り、高みの見物を決め込む。

 大方の予想通り、陶軍は大内軍を圧倒する。

 大内は名家であるが、時代を読む力が無かった。

 戦国時代にもかかわらず、家長かちょう・義隆は文化人を自称し、西京の文化を強化するばかり。

 中国地方の大部分は、既に毛利に制圧されつつある中、未だに平和ボケの義隆を陶は見限る。

 主君・大内氏に成り代わって、自分が周防国、長門国の両国の統治者になる事を決意し、毛利の支援を受けて挙兵。

 が、毛利元就は本当に抜け目が無い。

 陶を支援しつつ、裏では大内義隆をも支援し、漁夫の利を図っていたのだ。

 元就自らが本陣から、戦況を見守る。

「愉快、愉快。まさか、両家が騙されるとはな。名家・大内も終わりじゃな」

「上様」

 配下の忍者が、報告にやって来た。

「村上水軍からの情報提供です。『正体不明の異人が、ここに向かっている』と」

「異人?」

「は。このような顔らしいです」

 似顔絵捜査官が描いたような肖像画が渡される。

「ふむ……少年か?」

「間諜によれば立花誾千代と婚姻関係を結び、更には島津の間諜を連れているそうです」

「……よく分からない構成だな?」

 立花誾千代と夫婦ならば、大友の人間である可能性が高い。

 が、島津の間諜が一緒になると、その可能性は無くなる。

 大友と島津が和平の場以外で仲良くなるのは考えにくい。

「何故、ここに?」

「そこまでは分かりません。ただ、異人の方は連発式の火縄銃を持っているそうで」

「連発式? 商人か?」

 営業の為に向かっている可能性が、出て来た。

 然し、時機が悪い。

 今更、新しい武器を買わずとも、既存のそれで両家を打ち負かすくらい毛利の軍備は整っている。

「……連発式は、興味があるな」

 現在、世に出回っている火縄銃は、約50万丁。

 これは、世界最大の銃保有国である数字だ(*2)。

 然し、その全てが単発式で1発の弾を込めるのに、どうしても数十秒程かかってしまう。

 もし、連発式が増産出来れば、地方大名から一気に天下人になる事が出来るかもしれない。

「……ひっ捕らえろ」

「は」

 忍者が消えた後、元就の目が光る。

 老将とは言え、若い武将達同様、天下取りが夢だ。

「青春、じゃな」

 呟いた後、扇子をパッと、開く。

 ———

『天下人』

 ———

 その三文字が、現実になりつつあるのを感じるのだった。


 小休憩を挟みつつ、徒歩よりも数時間、早く戦地に到着する。

 付近の農民や町民は合戦を観戦し、中には賭博業者も居た。

「さぁ、斬った張ったの鍔迫つばぜり合い! 今、陶の方が優位だよぉ!」

 業者が木製の双眼鏡を覗いて、実況すれば、

「くそ! 大内め! 名家の誇りは無いのか? 50両賭けたのに!」

「はっはっは! 時勢を読めぬ馬鹿者め! 誰がどう見ても陶の勝利だよ!」

「何を!」

 血気盛んな客達は、小さな事でも激怒する。

 会場には、

「麦酒、いかがっすか~?」

 と野球場のような売り子も居れば、

 夏祭りのごとく、綿菓子屋や射的屋などが多くの出店が居た。

 娯楽が今より少ない為、合戦は彼らには娯楽の一種なのである

「「「……」」」

 最前線には、中古買取業者の若者達だろう。

 合戦が終わると同時に、戦利品を集める為の部隊が業者ごとに待機し、戦況を見守っている。

 死体を丁重に葬る為の仏僧も居り、只管ひたすら念仏を唱えている。

 現代的な感覚だと不謹慎だが、この時代は現代と比べると命は軽い。

 大河一行が到着すると、戦局はほぼ終盤であった。

 陶の軍勢が大内の本陣を襲い、本陣は総崩れ。

 と、同時に毛利の軍勢も動き出す。

 逃げ惑う大内軍を陶軍と挟撃すると同時に、陶の背後にも密かに配置していた軍が急襲。

 大内軍が先に全滅すると、

「かぁ~負けたかぁ」

 大内氏に賭けていた客達は、膝から崩れ落ちる。

 然し、陶軍も毛利軍に囲まれ、風前の灯だ。

 業者が裁判官のような木槌を激しく叩き鳴らす。

「はい、締~め~切~り~」

 直後、毛利に賭けていた客達が小躍り。

「やったぜ。これで飲み代くらいは稼げた」

「しょぼいな。俺は、半月分の給料分だ!」

 戦場には、中古買取業者同士の奪い合いが始まる。

「その鎧、寄越せ!」

「うっせー! 俺が最初に唾付けたんだ!」

 中には、殴り合いの喧嘩にまで行う者も。

 死体の方は僧侶達が回収し、1人ずつ綺麗に葬って行く。

 金の為に死体を踏んでも、戦利品を奪い合う業者達。

 彼らを一切見ず、自分の仕事に集中する僧侶達。

 両者の人間性の違いが、非常によく分かる構図だ。

 大内義隆、陶晴賢の2人の首実検を毛利軍が行う中、3人は馬をきつつ、出店を周っていた。

「最後だけだったな。見られたのは」

「運が悪かった」

「大内も陶も捨てがまりを知らないのかな? 全然、漢らしくない」

 それぞれ大河、誾千代、楠の意見だ。

 後に起きる関ヶ原合戦の島津退き口の事と比べたら、確かに大内、陶の最期は格好悪い。

 逆に言えば、島津が格好良過ぎるのかもしれないが。

 しょんぼりする誾千代。

「折角、軍馬買ったのに。無駄だったね?」

「今後、徒歩移動が無くなったんだ。落ち込む事は無い」

「……優しいね?」

「そんな事は無い」

「……」

 誾千代をなぐさめるたびに、楠の眉間のしわが増えていく。

 楠は、孤独が嫌いなのか。

 2人が仲良くするとそれまで上機嫌だった場合でも、急転直下で悪くなる。

 別に楠の所有物でも友人でも恋人でも無い為、彼女の機嫌がどうでも良いのだが、24時間居る為、いつ火の粉が飛んで来るかが分からない。

「楠、綿菓子要るか?」

「……」

 無視である。

「じゃあ、射的は?」

「……」

 無視。

 女心が、

・分からない

・興味が無い

 大河には彼女が何で機嫌を直すのかが全く予想出来ない。

「じゃあ、金魚すくい―――」

「おい」

 野太い声が背後から。

 振り返ると、3人の男達が立っていた。

 全員、周囲の人々を畏怖いふするかの如く、上半身裸だ。

 和装をわざわざ脱ぎ、体を見せ付けているのは、ボディビルダーのような筋肉を披露したいのかもしれない。

「真田殿、立花殿、楠殿の御三方だな? 我々、毛利三兄弟である。わしが長男の隆元だ」

「俺が、次男・吉川元春だぜ」

「僕が末弟・小早川隆景です。宜しくね?」

 毛利隆元が中年。

 吉川元春が、プロレスラーのような感じ。

 小早川隆景が、ホストのような風体ふうていだ。

 三兄弟で筋肉馬鹿な感じは共通項だが、話し方と形が違うのは、非常に特徴的で判別し易い。

 部下を引き連れていない所を見ると、襲われない自信があるのだろう。

「似顔絵通り若いですね」

「ああ、本当に小童だ。こいつが例の300人討ちをしたとは到底信じれんな」

「隆景、元春。失礼だぞ。お客様だ。礼を尽くせ。2人に代わって詫びます」

 頭を深々と下げる隆元。

 弟達の失態を何時も拭っている為、三兄弟の中で最も老けているように見えるのだろう。

「お客様?」

「は、真田様。貴方の伝説は、関門海峡を越えて我が国でも轟いております。是非、そのお話を直接、伺いたいのですが、よろしいでしょうか?」

 大河の前に誾千代が立つ。

 三兄弟から護る様に。

「ご招待して下さる事は大変嬉しいのですが、その話は噂です」

「立花様、ご謙遜なさらずに。親しい商人達から聞いています。1人だけの証言では疑いますが、複数の商人がほぼ同じ事を証言している為、我々は真実と認識しています」

「「「……」」」

「冷遇は致しませんので是非、来て下さい」

 隆元の目は優しいが、奥に光が無い。

 分かっているよな? と。

 大国・毛利と敵対しても利する事は無い。

「お気遣い頂き有難う御座います。宜しく御願いします」

 深々と頭を下げる大河であった。


『【真田大河観察日誌】

 毛利と出会った。

 三兄弟が無防備で迎えに来たのは、それ程、元就が彼に対し興味津々だと言う証拠だろう。

 無欲な彼が毛利に仕官する可能性は、低い。

 しかし、女好きである事が判っている。

その為、美女が饗応役だと骨抜きにされる可能性がある。

 乗馬出来るのは、乗馬の経験があると言う事だろう。

 馬が初対面の彼を気に入ったのは、両者の波長が合うと思われる。

 島津家に仕官した場合、騎馬隊の一番槍でも活躍出来るだろう。

 その際の最大の壁は、妻・立花誾千代の立場であるが。

 毛利は、中国地方の盟主になる事は必至。

 尼子にその器は無い。

 島津が九州統一を果たした後、海を隔てて毛利と国境を接する。

 壇ノ浦合戦以来の海戦が、予想される。

 毛利は村上水軍を持っている為、地上戦では慣れている島津は、海戦では苦戦する可能性が高い。

 島津の所有する坊津水軍の軍備増強を、図る必要がある』

 ―――

「……」

 筆を置く楠。

 最近、島津からの返書が遅い。

 普段は早馬や伝書鳩を使っているのだが、遅れているのは大友領侵攻作戦会議が、長引いているのかもしれない。

 もしくは猛訓練の真っ最中か。

 兎にも角にも、監視命令の優先度が低くなっている事は間違い無い。

(……私、どうなるのかな?)

 監視命令がおざなりになっている以上、楠の存在意義は減っている。

 今は返書を待つしかない。

 不安を覚えつつも、楠は日誌を閉じるのであった。


[参考文献・出典]

*1:『和田竜読本』  洋泉社MOOK

*2:ノエル・ペリン 訳:川勝平太 1991年 『鉄砲を捨てた日本人―日本史に学ぶ軍縮』 中央公論社(原著1984年) 『鉄砲を捨てた日本人―日本史に学ぶ軍縮』中公文庫

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