中国地方

第6話 抜山蓋世

 九州では、島津と大友の両家が分割していた。

 後は両家が直接対決し、九州統一を果たすまでだ。

 世間の下馬評では、「島津が覇者になる」との予想が多い。

 その理由としては、

・「”鬼島津”に勝る者無し」

・「大友宗麟が邪教を盲信しお寺を大事にせず、その為、仏神から怒りを買う」

 などが挙げられている。

 宗麟としては、妄信している自覚は無いのだが、危機感を抱いた仏僧が盛んに、

・「耶蘇やそは、邪教」

・「耶蘇やそを信じたら末代まで呪われる」

・「異人は、婦女暴行犯」

 など、喧伝している為、容易に耶蘇の誤解が解けないのも原因の一つだろう。

 然し、

・有馬晴信

・織田秀信

・大村純忠

・黒田孝高

・小西行長

・高山右近

・内藤如安

・蒲生氏郷

・筒井定次

 といった名立たる武将達も信奉し始め、日本全国に拡大しつつあるのは、事実であった。


 そんな時世の中、3人は北進を続けていた。

「これが、関門海峡ね」

「初めて来たわ」

 潮の香を感じて、誾千代と楠は、テンションが上がっていた。

 3人は、村上水軍の輸送船で長門国(現・山口県の一部)の上陸を目指している。

「……」

 2人を横目に、大河は周囲の警戒を怠らない。

 この国は、現在、三つ巴の争いが起きていた。

 百済の王族・琳聖太子りんしょうたいしを祖とする名家・大内氏

          VS.

 大内氏の家臣でありながら歯向かった陶氏

          VS.

 両勢力をそれぞれ裏から支援しつつ、漁夫の利を狙う毛利氏

 史実では天文20(1551)年の大寧寺の変で大内義隆が陶晴賢の反逆に遭い、大内氏が滅亡しているのだが、この世界線では、

・大内義隆(1551年)

・陶晴賢 (1555年)

・毛利元就(1571年)

 と全員、存命している。

 *()は、史実での死没年。

 村上水軍は、毛利方である。

 毛利と大友は、現在一時的な同盟を結んでいる為、大友領から来た3人の乗船を簡単に許したのだった。

(……九州は十中八九、島津の勝ちだ。こっちも毛利が漁夫の利で最後は勝つだろう。もしそうなら史実通り、進んでいる?)

 若干のズレが生じているも、このままだと日本史通りに話が進行し、最終的には、狸が天下取りになる確率が高い。

 ただ、立花宗茂が早逝した例もある為、油断大敵だ。

 徳川家康も三方ヶ原合戦(1573年)で武田信玄に討たれている可能性も十分にあり得る。

「何、憂いているのよ?」

 誾千代が、隣に座った。

「1人の時間があっても良いだろう?」

「良いじゃない? 新婚なんだから」

 ぺっと、楠が海に唾を吐いた。

 このようなイチャイチャは、お気に召さないらしい。

「夫婦になった覚えは無い」

「あら、役人にも認められているのだから正式な夫婦よ」

「……実父は、反対していたぞ?」

 この結婚に唯一、反対したのが、道雪だ。

 彼は寡婦かふとなっていた娘の為にお見合いを検討していたようで、出国前、壮絶な親子喧嘩となった。

 道雪が平手打ちを見舞うと、誾千代も負けていない。

 逆に拳で殴り返し、大河を米俵のように抱えて出奔したのだ。

 流石、姫武将だけあって大人1人を持ち上げるだけの力はある。

 しかも美人なので現代に転生すれば、アイドルレスラーとして人気を博し、行く行くは、女神ディーバの1人として大成功を収める事が出来るかもしれない。

「良いのよ。もう絶縁だから」

「……」

 親娘の事は、親娘以外に分からない。

 義父と妻の争いに大河は、解決する気は無い為、直接介入する予定は無いが。

「それよりも、その火縄銃連発出来るんだね? それが300人討ちの立役者?」

「そうなるな。大部分は斬ったが」

「抜刀術も心得ているの?」

「そんな所だ」

 適当に返事した時、楠が袖を摘まむ。

「それって何発入ってるの?」

「見てたんだろ? 当ててみ」

 布からM16を取り出すと、

「ほえー、最近の火縄銃は、外見が変わったな。何両で買ったんだ?」

「ポルトガル人っちゅうのは凄いな。わしらのは、単発式なのに」

「知り合いに火縄銃を造れる業者が居るけぇ、造り方、教えてくれよ」

 水兵達が寄って来た。

「散れ、馬鹿野郎」

 1発、空に向かって威嚇射撃。

 直後、1匹の鳩が落ちて来た。

 腹部から出血し、死んでいる。

 不運なことに被弾したらしい。

「「「……」」」

 標的を見ずに当てた、と誤認した水兵達は、恐れて四方八方に逃げて行く。

 驚いていた誾千代が、尋ねた。

「……偶然?」

「必然だ」

「凄いわね!」

 誾千代は、大河の唇に接吻する。

「!」

 楠が驚いた表情を浮かべたのが、誾千代の背中越しに見えた。

 接吻は数十秒程であったが、大河の唇にはべっとりと赤い口紅が付いていた。

「……情熱的だな」

「前夫とは、殆ど出来なかったからね」

「……そりゃあどうも」


 下関に上陸し、村上水軍と別れた後、3人は宿泊する。

 関門海峡を一望出来る火の山旅館は、戦国時代に評価サイトがあれば四つ星評価は取れそうなほど、環境が良い。

 まず飯が美味い。

 ご飯は、上等な白米で刺身も獲れたてほやほや。

 焼肉も豊富だ。

 これはザビエルが大内義隆と親交があった事から、多くの宣教師が長州に住んでいる為だろう。

 当時の日本の食文化を、多くの外国人は次のように記録している。

 ―――

『日本人は、西洋人が馬肉を忌むのと同じく、牛、豚、羊の肉を忌む。

 牛乳も飲まない。

 猟で得た野獣肉を食べるが、食用の家畜は居ない』(*1)

『欧州人は牝鶏や鶉、パイ、プラモンジュ等を好む。

 日本人は野犬や鶴、大猿、猫、生の海藻等を喜ぶ。(中略)

 欧州人は犬は食べないで、牛を食べる。

 日本人は牛を食べず、家庭薬として見事に犬を食べる』(*2)

 ――――

 現代の日本人とは、程遠い食文化だろう。

 然し、火の山旅館は、

・牛

・豚

・鶏

 などの家畜を飼い、その肉を宿泊客や買いに来た欧米人に売っている。

 輸入に頼らず、地産地消を行っている旅館は恐らく、日ノ本ではここだけだろう。

「……」

 入浴後、浴衣を着た大河は用意されていた酒や和菓子等に目もくれず、M16の整備を行う。

 一度、分解し、不備の有無を見る。

 これは大河が昔から行っている不定期検査だ。

 銃床や弾倉の差し込み具合等は、特に彼が注意して止まない箇所だ。

「……うん?」

 弾倉の弾が、不自然に感じた。

 以前、龍造寺隆信を討ち取った後、調べたのだが、弾倉が満タンに装填されていた。

(予備弾倉を入れてったっけ?)

 不信に感じ、予備弾倉を確認する。

 然し、こっちも満タンだ。

「……?」

 首を傾げるしかない。

 あの時、大河の記憶が正しければ、20~30発は使った筈だ。

 なので、全弾あるの、間違い無く可笑しい。

「……」

「怖い顔」

 背後から誾千代が、抱き締める。

 むにゅっと、その胸の感触を背中に感じた。

 殺意が無い為、このような奇襲には幾ら玄人の大河でも気付き様が無い。

「何かあったの?」

「何でも無いよ」

 片付けて、再び布で覆う。

「一度、撃ってみたい」

「止めとけ。反動で脱臼するぞ?」

「! そんなに衝撃強いの?」

「打ち所が悪ければ、自分の顎を砕く場合もある」

「……止めとくわ」

「その方が良い」

 大河の使用しているM16は殆ど反動が無い為、射撃者が怪我を負う事は無いだろう。

 しかし、大河にはM16の全てを知っている自信が無い。

 素人の使い方は非常に怖い為、「拳銃は、怖い物」との心象を付けた方が良いだろう。

 案の定、誾千代はM16に興味を示さなくなった。

「私は古式で良いわ。刀と弓矢と槍で」

「済まんな。触らせなくて」

「良いわ。武器は慣れている人が使うべきよ。私のような素人が使ったら、暴発しちゃうかも」

「賢明な判断だ」

 大河から離れた後、浴衣の誾千代は酒を飲む。

 風呂上りなので、良い香りがする。

 夜の関門海峡を上弦の月が照らす。

「……」

「なあに? じっと見て」

「いや、綺麗だな、と」

「!」

 茹蛸タコのように誾千代は、顔を真っ赤に染める。

「と、年下の癖に」

「んだよ、見たままの感想を言ったまでだ」

「……ふん」

 機嫌を損ねたらしく、誾千代はそっぽを向く。

 両耳が、江戸時代の囲碁棋士・井上幻庵因碩の様に赤い。

 彼が赤くなったのは、対局で動揺し自信を失った(弟子の証言)であるが、誾千代の場合は、前夫と出来なかった新婚生活を今、楽しめる喜びであった。

「……大河」

「何だ?」

「子供、何人欲しい?」

「運次第だ。0人でも10人でも。希望は無いよ」

「……」

 大友領に居た時は不妊であった事が、誾千代に更に圧力を加えた。

 恋愛結婚であったが、大友宗麟も立花道雪も他の家臣団も子供を望んでいた。

 出来れば、男児を。

 しかし、何度寝ても2人の間に子供が出来る事は無かった。

 それが更に誾千代の精神を不調に追い込み、宗茂も妻の不評を逸らす為に、初陣で張り切る。

 その結果、戦場で大切な冷静さを失い、敗色濃厚であった龍造寺軍に敗れ、大友氏の中で唯一の戦死者となってしまった。

 誾千代がその後、再婚に踏み切れなかったのは、このトラウマがあるからだ。

 不妊は自分の所為ではないか?

 宗茂の戦死は自分が原因ではないか?

 大友家に自分は本当に必要なのだろうか?

 ……

 しかし、大河を前にすると、そんな事など如何でも良くなってしまう。

 宗茂以来、本気で恋をした男。

 恐らくこの男を逃せば、もう婚期は無い。

 実家と縁を切る程、誾千代は大河が好きだ。

「あんた、モテるね?」

「何の話だ?」

「何でもない。さぁ、寝るわよ?」

「風情が無いな。月見くらいさせろよ」

「良いじゃない。時間はたっぷりあるんだし」

「ぐえ」

 強烈なラリアットを首に食らい、大河は布団に倒れる。

 丁度、枕が後頭部の位置にあり、床に強打する事は無かった。

「初夜と言えば……分かるでしょ?」

「待て。するなら避妊を―――」

「運次第でしょう?」

 浴衣を脱げ、その豊胸を披露すると、大河の顔面に押し付けた。

「ぐ……」

 抵抗したいが、大河も男だ。

 そういう事に興味が無い訳ではない。

 したい、したくないの2択だと、この状況では当然、前者だ。

「……」

「何? 不満?」

 一旦、呼吸が出来る様に離れると、

「後悔するなよ?」

「え?」

「こう見えて女性経験豊富なんだ」

「きゃ―――」

 大河に押し倒される。

「あ……」

 久し振りの感覚だ。

 顔が宗茂そっくりなので、前夫を抱いているような変な気分でもある。

(貴方……元気で……)

 天国で見守っている宗茂は、どう思っているだろうか?

 再婚を喜んでいるのか。

 嫉妬に狂い、呪っているのか。

 前者の方が、嬉しいのだが。

「ああ……」

 大河に抱かれて、久し振りの愛に燃える誾千代であった。


(全く、激しいこと)

 隣室の楠は、襖を少し開けて覗き見していた。

 これが見知らぬ男女であったら、さっさと寝ていたが、監視対象である為、否が応でも大河が寝るまで視る必要があるのだ。

 ……2人が、どの様な事を行うのか興味があったのも、本音ではあるが。

 メモ帳にその回数を記録していく。

『上弦の月 夜 一交』

 と。

 

『【真田大河観察日誌】

 初めて夫婦の営みを見た。

 女性を抱いている事が確認出来た為、同性愛者で無いこと事が判明した。

 又、今まで男色を行っていない事から、生粋の異性愛者と見られる。

 童顔だが、結構遊女と遊んでいたのだろう。

 夜は技巧家らしい。

 今後、2人の間に子供が出来る可能性が高いだろう。

 大河が無精子症でなければ、だが。

 あの様子だと、技巧に惹かれ、彼に惚れている遊女は多い事だろう。

 異性愛者が判ったのは、数少ない収穫だ。

 今後、各家がこぞって、人質を差し出す可能性がある。

 その前に先手を打って、島津は女性を彼の妻に出すのは、妙案かもしれない。

 立花誾千代は、美人であるが、『美人薄命』『美人は三日で飽きる。醜女は三日で慣れる』と言う言葉があるように側室が必要だ。

 無論、姫君を出す必要は無い。

 彼を知り、親しい私が、適任と思われる。

 そうなった時、監視も引き続きしやすくな―――』

(……)

 途中まで書いて、楠は、止める。

 そして、

 ———

『無論~しやすくな』

 ———

 まで、墨で上塗り。

(……くそ)

 悶々もんもんとする気持ちに、彼女は悩むのであった。


[参考文献・出典]

*1:ジャン・クラッセ  『日本西教史』

*2:ルイス・フロイス『日欧文化比較』

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