第5話 快刀乱麻

 夜。

 3人は川の字で寝る。

 左右に誾千代と楠。

 真ん中が大河と言う構図だ。

 別室を望んだ大河であったが、「寝室は1部屋しかない」との誾千代の鶴の一声でこのような形になったのである。

 決して、大河が希望した訳では無い。

「……」

 女性陣は、既に寝ている。

 起きているのは、大河だけだ。

 興奮して不眠な訳では無い。

 微かに足音がするのだ。

 遠くの方から。

(……夜襲か)

 昼間、恨みを買った為、真っ先に家臣団が頭に浮かんだ。

 が、流石に内紛になるような馬鹿な真似を彼らはしないだろう。

 また、「客人」として厚遇している主君・大友宗麟の顔にも泥を塗る。

「……」

 もそもそと起き出し、日本刀を抜き、M16も弾倉を確認した上で準備する。

 右手で日本刀を握り、M16を背負うのは、非常にミスマッチ感が否めない。

 しかし、久々の殺人を楽しめる好機だ。

 縁側に出て、関節内轢音クラッキングを鳴らしつつ、準備体操。

 そして最寄の木に狩猟豹チーターのようにじ登る。

 本当ならギリースーツで偽装したいのだが、生憎この時代にそんな物は無い。

 作る時間も無かったのが、悔やまれる。

「……」

 目を凝らすと、漆黒の中、抱き花杏葉はなぎょうようの鎧兜の軍勢が屋敷に近付いていた。

 数は、300。

(龍造寺か)

 龍造寺氏は、肥前国東部(現・佐賀県)の国人から、九州北西部を支配する戦国大名に成長した一族だ。

・油売りの商人から美濃の支配者まで成り上がった斎藤道三

・農民から関白まで昇進した豊臣秀吉

 などと並ぶ成功例だろう。

 もっとも現在は大友と島津の猛攻に苦しみ、支配地は両家に分割され、一族も散らばっている。

 その為、あの軍勢は残党だろう。

 有名な姫武将の1人、立花誾千代を討ち取る事で、再び全国にその名を轟かせ、再起を図る、と計画を練ったのかもしれない。

 大木を持った兵士達が鐘のように大門を突く。

 ドーン! ドーン!

 と。

 深夜、鳴り響く大音に虚を突かれた守備兵は、大混乱だ。

 篝火かがりびに突っ込み、火達磨になる者。

 慌てて日本刀で斬り合い同士討ちに発展する者達。

 龍造寺を滅ぼし、目下、最大の敵は島津である為、島津とは距離があるここでは、急襲の対策を採っていなかったようだ。

 まさに寝耳に水。

 油断大敵。

 そんな諺が、今の立花氏には、適当である。

 このざまだと天下統一には、ほど遠い。

「誾様、こちらへ! 客人も!」

 就寝中の2人は、家臣に叩き起こされ、寝ぼけまなこのまま、避難誘導される。

「……? 真田殿は?」

かわやかもしれませぬ! おい、探せ!」

「応!」

 今の時代、電気を直ぐければ、問題は無い。

 しかし、そんな物が無いこの時代では、篝火や松明、灯し油等が主流だったとされる。

 蝋燭もあるにはあるのだが、高い為ので庶民にはとても手が出し難い。

 経費削減し、その分、軍備増強を図りたい立花も灯りを節約していた。

 そのツケが回った様だ。

 今更ながら、悔いる。

 避難場所まで来た時、家臣が武具を持って待っていた。

「襲撃者は、龍造寺の残党でした! 現在、大門付近で戦闘中!」

「相分かった」

 寝込みを襲われた為、家臣の多くが軽装だ。

 武装している守備兵も多くが混乱の最中、焼死したり、同士討ちで死傷している。

 数はこちら側が多いのだが、状況は劣勢だ。

 いつ屋敷に侵入しても可笑しくはない。

「楠殿は、ここに居られよ。私は、真田殿の救出に行く」

「! 誾様―――」

「客人を危険にしている私の責任だ。者共ものども行くぞ!」

「「「は!」」」

 鎧兜を装着し、兵士達を引き連れ出て行く。

「……」

 楠には、共闘する気は無い。

 彼女の仕事は、大河の監視任務であって、大友と共闘する事では無いから。

(厠なのかしら? 火縄銃も無くなっていたし?)

 厠に火縄銃を持っていく事は、考えにくい。

 もし持っていくならば、相当大切な物だろう。

 また、監視開始後、大河があれを開封した事は無い。

 まるで、秘仏の如く、大切に扱っている。

(……中身が知れる好機かもね?)

 思い立ったが吉日。

 早速、楠も動いた。


 龍造寺残党の本陣には、”肥前の熊”―――龍造寺隆信が居た。

 一時は島津、大友と並び九州三強の一角を担っていたが、天正12(1584)年、島津・有田の連合軍との戦争で敗死。

 しかし、この世界線では両雄に打ち負かされた後、うのていであるが、何とか生き延びていたのだ。

 この男、あまり人格がよろしくない。

 史実の沖田畷の戦い後、日頃の行いの悪さの罰が当たり、島津が返還した生首を龍造寺家が拒否したという(*1)。

 死体でさえ、これ程嫌われた武将は、恐らく彼以外、居ないだろう。

 戦国武将らしからぬ肥満体で、指揮を執る。

「前進あるのみじゃ! 者共進め!」

 沖田畷の時同様、攻撃命令しかしない。

 あの時は、泥田が邪魔で敗戦したが、今回は、邸宅だ。

 そのような心配は無い。

 バババババ……

「? 何の音だ?」

 聞き慣れない音に、隆信は違和感を覚えた。

「ぎゃあ!」

「ひ、引け、引けぇええええ!」

 本陣の幕が倒され、血みどろの将兵達が雪崩れ込む。

「な、なんじゃ?」

「う、上様! 悪魔です! 悪魔が―――」

 額に穴が開き、脳味噌の欠片が、隆信の顔面に付着する。

「……?」

 将兵達は、逃げ惑い、そしてたおれていく。

 見ると、太腿や腹部を多く撃たれている。

 頭や首、胸を撃たれ、即死の例も少なくない。

「……おい?」

 家臣は、誰も姿を現さない。

 周囲を見渡すと、皆、射殺されていた。

「おい、誰か居らぬのか? 状況を説明しろ!」

「は、こちらに」

 若い将兵が、沢山の血を浴びたまま、やって来た。

 ぎょっとする隆信の前に、生首が後ろ向きに置かれる。

「上様、立花誾千代を討ち取りました」

「おお、よくやった。顔を見せてくれ」

「は」

 将兵が動かし、生首の顔が、こちらに向く。

「!」

 その顔には、目が無かった。

 鼻も削ぎ落とされ、舌も抜かれ、歯も無い。

 が、隆信には、分かる。

 その正体が、円城寺信胤である事を。

 彼は、史実の沖田畷で隆信の名を名乗り、戦死した忠臣だ。

 夜襲の計画の立案者でもあり、最後まで尽くしてくれた忠臣の姿に、隆信は動揺する。

「な、何故……?」

「『我こそは龍造寺山城守隆信なり』と喚き散らしていたので、少々、痛めつけてしまいました。申し訳御座いません」

「……貴様、何を言っている?」

「あら、貴方様が本物で?」

 その微笑に、一気に戦意が削がれた。

 そうだ。

 出自不明の浪人を大友家が、厚遇していた事を忘れていた。

 その浪人は噂では、殺人を好む少年だと。

(こいつか)

 戦国武将らしく、隆信は覚悟を決め、天を仰ぐ。

「……紅炉上一点の雪」

 辞世の句を詠んだ直後、その首と胴体が分離するのであった。


 次の朝、城下町では、瓦版が大いに売れていた。

 ―――

『【立花誾千代邸夜襲される!】

 昨日、立花誾千代様の邸宅が龍造寺隆信率いる残党300人の夜襲を受けた。

 誾千代様は自ら抜刀するも、残党の300人全員は、1人残らず、戦死した。

 応戦したのは、邸宅に宿泊していた琉球から来る客人で、新種の火縄銃と日本刀を用い、全員を討ち取ったのである。

 1人が300人を討ち取った事実は、九州全域はおろか、南は琉球、北は蝦夷地にまで轟き、全国の戦国大名が、その客人を勧誘し始めている。

 本紙の取材ではその客人は、非常に無欲な御人柄で、男色をも好まず、一夜の妻さえも嫌う旅好きの変わり者だと言う。

 今後、彼の仕官次第では、群雄割拠に大きなくさびを打ち込む可能性が大いにあるだろう』

 ―――

 江戸時代に普及している筈なのだが、この瓦版の記事は、非常に正確だ。

 誤りが殆ど無いのは、近しい周囲の誰かが情報源でない限り、書く事は出来ないだろう。

「……」

「何よ? 私が、情報源と言う訳?」

「何も言っていないが?」

「……」

 楠は、すまし顔でお茶を飲む。

 99%、彼がくノ一として近くで戦闘を見守っていたのだろう。

 虐殺ショーに興奮していた大河が、気付く事が出来なかったのは、不覚だ。

(江戸時代の瓦版が戦国時代に……)

 時代が前後したり、史実とは矛盾したりなど、細かい事には驚く事は無くなりつつあったが、まさか瓦版が数百年ものの時を越えて、この時代で見られるのは日ノ本の技術革新が非常に目覚ましい。

 この状態だと史実で言う所の江戸時代辺りで新幹線や自動車等を開発し、太平洋戦争では、アメリカを打ち負かすような世界になっているかもしれない。

「こたびの働きは見事であった!」

 宗麟は激賞し、拍手を止めない。

 他の家臣団も、昨日とは打って変わって、殺意が消えていた。

 やはり実力主義の社会だけあって、論より証拠。

 目に見えた結果を出さなければ認められないのだろう。

 道雪、誾千代の親子も、満足気だ。

「まさか1人で300人を皆殺しにするとは、一騎当千の名が相応しい。快刀乱麻の活躍じゃ!」

「ありがたき幸せです」

 ドラマのように土下座の様な姿勢で、大河が謝意を示す。

「本来ならば城を与えたい所だが、何分、余っている城が無い。島津との戦の可能性もある為、褒美を出したい所だが―――」

「いえいえ、何も要りませぬ」

「何じゃと?」

「大友様にお褒め頂いただけで、十分であります。自分に褒美を出すのであれば、家臣団の労にお応え下さい」

 無欲過ぎる言葉に家臣団は、ざわつく。

「(おいおい、こいつ、病気じゃないのか? 何も要らんって?)」

「(もしかしたら戦いだけで満足出来る質なんじゃないか?)」

「(人格と戦闘力の均衡が悪いな。非常に勿体無い)」

 宗麟としても褒美を与えたい所だが、経費削減も課題の為、本音では大河の申し入れは非常に助かる所だ。

 しかし、何とか褒美は、取らせたいのも本心である。

 流石に義勇兵だと末代まで「大友宗麟は、客人を無賃で働かせた」の誤報が流布しかねない。

「で、では誰かと娶らんか? 貴君も言いたくは無いが年頃だ。結婚しても良い歳だろう?」

 戦国時代は、今と比べて早婚だ。

 10代の結婚はよくある話で、前田利家の妻・まつは、満11歳11か月で長女を産んだほど、出産も低年齢である。

「自分の旅に女性は、危ないでしょうから、必要無いかと―――」

「そのご提案。私が立候補します」

「「「!」」」

 家臣団が、どよめく。

 宗麟も慌てた。

「な、誾よ、何を言っている?」

「真田殿は私の恩人です。幸い自分で言うのも何ですが、武芸にも秀でております。妻としては、適当でしょう?」

「……!」

 横に居た道雪が、泡を吹いて倒れた。

 娘が乱心した、と思ったのだろう。

「上様、どうぞ許可を」

「……」

 あまりおおやけにはなってはいないが、宗茂との間に子供が出来なかった誾千代を暗に責める風潮があった。

(道雪には悪いが、家臣団の団結の為には……人身御供ひとみごくうになってもらうか)

 唯一の救いが、誾千代が自薦である事。

 19歳と20歳。

 年齢差はあるものの、お似合いの2人だろう。

「……分かった。真田殿、良いか?」

「……はい」

 妻は要らないが、この状況で拒否すれば、再び家臣団の逆恨みを買いかねない。

 非常に理不尽だが、誾千代程の武闘派なら、一緒に旅しても単独で戦う事が出来るだろう。

「では決まった。誾よ、真田殿の隣へ」

「は」

 嬉しそうに誾千代は、大河の隣に座る。

 逆側の楠は「茶番」とでも思っているのか、非常に面白く無さげな表情だ。

「……」

 ぶすっとし、宗麟の目前であるにも関わらず、片膝を突き、てのひらで顎を支えている。

「うむ、似合いの夫婦じゃ」

 恩人に強要であるが、返礼出来た事に宗麟は大変満足そうだ。

 何度も頷き、2人に笑顔を送っている。

(荷物がまた、増えた)

 作り笑顔で応じつつ、大河は内心で頭を抱えるのだった。


『【真田大河観察日誌】

 立花誾千代との結婚が決まった。

 しかし、あの戦闘力の高さは、異常だ。

 恐らく、本当に1人で1千人分もの戦功を欲しいがままに出来るだろう。

 もし、大友の武将になる場合は、島津は、非常に不利になる可能性がある。

 野心が無さそうなのが、唯一の救いだ。

 若夫婦には、配慮する必要があるが、監視業務は、続行する』  (作成者:楠)

(……心がざわつく。この意味は……?)


[参考文献・出典]

*1:川副博 川副義敦(考訂) 『龍造寺隆信 : 五州二島の太守』(改訂版)

  佐賀新聞社 2006年

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