第3話 残忍酷薄
琉球王国から本土までは、
無料で乗船出来たのは、カブラルの件が功を奏した為だ。
「かぶらるハ、我々デモ処分ヲ検討シテイタ。ヨクゾ告白シテ下サッタ。アリガトウ」
礼を言うのは、
肖像画通り、熊のような髭面だ。
「シカシ、行方不明ナノハ、不思議ダナ。印度デノ仕事ガアルノニ。全ク、不真面目ナ奴ダ」
「真田サン、聞キニクイコトデスガ、貴方ハ、弥次郎ト同ジ
過去に殺人を犯していないか? と、暗に尋ねているようだ。
ザビエルが日本に興味を持った契機となった日本人・弥次郎は、人を
その後、案内役として付き添い、ザビエル離日後は海賊の生業に戻り、中国近辺で布教活動中に仏僧らの迫害を受け、出国時に中国の海賊に殺された、とされる(*1)。
「何故、そう思うんです?」
「失礼デスガ、弥次郎ガ怒ッタ時ト同ジ目ヲシテイルカラデス。モットモ、弥次郎ヨリ、貴方ノ方ガ、闇ガ深イデスガ」
「……」
数多の信者の相談を受けて来た為、人物鑑定眼が凄まじい。
窓から薩摩半島が見え始める。
「……
「ハ?」
「無一文の自分の乗船を許してくれた事には感謝しています。しかし、私達はそれほど親しい間柄ではありません。
「……」
はっきりと断れるのは、久々だ。
「織田信長様以来デスネ。ココマデハッキリト拒絶サレタノハ」
「謁見された事があるんですか?」
「ハイ。何度カ。親シクサセテ頂イテイマス」
史実では、天正9(1581)年に両者が謁見した記録がある。
現在を1570年代と仮定した場合、明確な矛盾だ。
時間の逆説の影響かもしれない。
「彼ハ、家臣団ヤ庶民、諸侯ニハ、恐レラレテイマスガ、私ノ感想デハ、トテモ好青年デス」
「……」
『広辞苑』(第六版)では、青年を14、15~24、25と定義している。
信長が25歳(*満年齢)ならば、生年が天文3(1534)年なので現在は、永禄2(1559)年。
桶狭間の戦い1年前だ。
これだと、大河が以前、想定した「現在=1570年代説」が崩れてしまう。
二つ目の時間の逆説と言えよう。
「貴方ヲ統制出来ルノハ、彼クライデショウネ」
「……」
「薩摩デハ、ドウスルノデスカ? 衣食住ニ困ッテイルノナラバ、保護シマスヨ?」
「それは信者や路上生活者にして下さい」
「博愛ノ精神デス」
「お断ります」
どれだけ言っても、大河は首を縦に振らない。
「デハ、放浪スルノデスカ?」
「諸国漫遊ですよ。折角ですので色々な国々を巡りたいのです」
「……分カリマシタ」
説得を諦めたヴァリニャーノだが、見捨てる選択肢は彼の中に無い。
「モシ生活ナドニ、オ困リノヨウデシタラ、最寄ノ教会ヲゴ利用下サイ。私ノ仲間達ガ、厚遇シマス故」
「No, thank you.」
「?」
大河の繰り出す英語に、イタリア人のヴァリニャーノには、
薩摩に上陸後、大河は耶蘇会と別れ北進する。
食料は通り道の寺の炊き出しを利用し、衣服は市街戦後の死体から『羅生門』の下人のように剥ぎ取った戦利品を改造し、小袖化。
寝床は、住職や宮司の許可を得た上で寺社仏閣の敷地内だ。
唯一の現代の品物、M16はそのままだと目立つ為、他の火縄銃のように布で包み、肌身離さず持ち歩く。
布の
単純に「大きな御札を持ち歩くヤバイ奴」と誤認された可能性もあるが。
兎にも角にも、基本人嫌いの大河には、人が寄って来ないのは丁度良い。
薩摩国を抜け、同じく島津家が支配する大隅国に入る。
(……平和)
鬼島津の支配国だけあって薩摩同様、大隅も外敵が侵入を躊躇しているのか、非常に平和だ。
領内の犯罪は滅多に起きず、あるとすれば泥酔者の喧嘩くらいだ。
盗賊等の犯罪組織も、島津が目を光らせる市街地では罪を犯すのが怖いのか、
「金を出せ」
今も、日向国(現・宮崎県)との境目にある栗野岳(現・鹿児島県湧水町)で、このざまだ。
相手は、4人組。
元々、山賊で戦死者から
いずれにせよ人嫌いには、他人を詮索する程の余裕は無い。
「何回目かな? ひぅ、ふぅ、みぃ……5回目か」
「? 何の話だ?」
山賊達は、キョトンとする。
「あんた達のような山賊に遭った回数だよ。全く山賊同士連携して欲しいな。邪魔やわぁ。ほんま」
そして大河は、日本刀を抜く。
「! 貴様何故、それを?」
「4回目の時、山賊から貰ったんだよ。新品だから斬れ味抜群だよ。骨も斬れる」
「「「!」」」
刀には、刃毀れが殆ど無い。
色味も綺麗で新品と言うのは、本当だろう。
「……新品なのに、何故骨が斬れることが分かる?」
「嘘じゃないか?」
はったり説が出て来て、山賊の間に安堵が広がる。
「おい、平民! さっさと金目の物を―――」
山賊の1人が、日本刀を大河の首筋に宛がう。
瞬間、
「「「!」」」
首が飛んだ。
無回転シュートの如く、竹林の中に消えていく。
ブシュー!
首を失った胴体は、大量の血飛沫を撒き散らしながら、倒れた。
「やっぱり、一瞬で殺すのは、風情が無いねぇ」
血振り後、大河は嗤う。
”ロストフの殺し屋”、”赤い切り裂き魔”、”ロシアの食屍鬼”等、沢山の異名を持つチカチーロの笑顔に似たそれは、幾ら童顔の大和と
「次は、どこが良い? お腹? 肘? 手首? 好きな所選んでよ」
「た、助けて……」
「無理っしょ。あんた達が吹っ掛けて来た喧嘩なんだから。それに武装しているんだから、武装しているなら死ぬ覚悟で襲って来ないと」
土下座した山賊の首に日本刀をぶっ刺す。
「う―――」
「さっきは、即死だったから詰まらなかったよ。君なら長生きするよね?」
「……!」
山賊は、口から泡を吹く。
「ひ、ひぃ!」
「に、逃げろ!」
最後の2人が、逃げるも腰が抜けて動けない。
失禁し、彼らの股間が濡れる。
「ったくよ、野郎の小便なんて見る趣味無いんだよ」
刃毀れした日本刀を手に取ると、
「お、おい……」
「嘘だよな?」
にっこりとした笑顔で、大河は2人の腹を斬る。
刃毀れしている為、斬れ味が悪い。
が、斬れない事は無い。
「おぼ……」
「ぐへ……」
先程とは違い、即死出来ないのは、非常に苦しい。
腸が飛び出し、2人は介錯を待つ。
「ころ……して」
「……」
大河も鬼では無い。
頼まれた以上、応えるのが、礼儀だろう。
「腰抜けだな」
嘲笑後、2人を斬首した。
暫くした後、最後の生存者が事切れる。
最期、斬首を求めなかったのだけは非常に男らしい。
その山賊のみ、即席の墓に丁重に葬る。
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……」
殺人を好む大河だが、自分が認めた死者には、敬意を払う。
また、敵対しない限りは無益な殺傷はしない、など独自の規則を作っていた。
その為、庶民など大河に敵対しない人物は彼を只の「一匹狼」としか見ていない。
「(凄いわね。まるで山岳戦)」
「聞こえてるぞ。くノ一」
「!」
近くの木から、何かが落ちる。
何かは、草や枝をぺっぺと吐き出す。
「何よ、気付いているなら助けなさいよ」
「尾行者を助ける義務は無い」
「どこで気付いたの?」
叢をギリースーツのように
歳は11歳。
成長したら波●似美人になるであろう、ボーイッシュな美少女だ。
「尾行が下手過ぎる。変装も多彩にしないと。衣装を変えただけの町娘じゃ、バレる」
「……なるほど」
真面目なのか、くノ一は、メモる。
「名は?」
「楠。島津家直属のくノ一よ」
小学生の女子が胸を張っても、大河には、何もそそらない。
「バレちゃ仕方が無い。戻るわよ」
「どこに?」
「薩摩よ。上様が首を長くしてお待ちしているわ」
「結構だ」
「! どうして? 足軽で苦労せず、侍大将から仕える事が出来るのよ」
「興味が無い」
「そんな―――」
「厚遇はありがたいが、新人がいきなり侍大将は他の家臣が気分を害する筈だ。それが、一枚岩の島津家の分裂を招くかもしれん」
「……」
「今、上手く行っている島津家に俺の出る幕は無いよ。上ようにそう伝えろ」
「……貴方、面白いわね?」
何度か頷いた後、
「付いて行ってあげても良いわよ」
「は?」
「諸国漫遊。貴方と一緒なら間諜の偽装能力も上がるだろうし」
「要らん―――」
「決定事項。異論は認めないわ!」
ハ●ヒ並の
楠を斬って出国するのも簡単だが、”鬼島津”を敵に回したくはない。
「金はあるか?」
「あるわよ。たんまり、調査費用を貰っているから」
「……」
何もお金が無い大河には、現時点で生き抜く為に金が必要だ。
楠には興味が無いが、生活費の為には、組んだ方が良いだろう。
「分かったよ」
こうして、楠との旅が始まった。
楠は、戦災孤児だと言う。
長年、戦乱に苦しんだ薩摩で産まれ、島津家に保護された後、くノ一になった。
幼少期から沢山の死体を見ている為、大河以上に死体に慣れている。
「真田は、信濃国の真田氏の者か?」
「全然。ただの偶然だよ」
信濃国の一族が、遠く九州南部まで轟いているのは、流石、清和源氏流貞保親王の孫の善淵王を祖とする家系だ(*2)。
「そうなので御座るか?」
「語尾―――」
「あ」
口を手で押える。
然し、大河以外気付いた者は居ない。
2人は現在、日向国の海岸線を北進中だ。
日向灘を一望出来る経路は、非常に海が綺麗だ。
現代では見られない
現在の日向国の支配者は、伊東氏だ。
長年、島津と戦いを繰り広げているが、最近は押され気味で日向国の商人の多くは、伊東氏を見限り島津との関係を深めている。
今後、早くて数週間以内、遅くても1年以内に日向国は、島津家の支配下に入るだろう。
史実では、天正6(1578)年の耳川の戦いで島津氏が大友氏に大勝した事で日向国一円が島津領になる。
「伊東には、興味が無いの?」
「レームダックには、興味が無い」
「れ? 何て?」
「死に体、役立たず、と言う意味だ」
「南蛮語?」
「南蛮と言うより、日ノ本から見て東夷語だな」
「東? 東に国なんてあるの?」
この時代の外国は、明や朝鮮半島、フィリピンやオランダ、ポルトガルなど限られた国々しか知られていない。
アメリカは独立前で先住民族が群雄割拠しているし、イギリスも未だイングランド王国等に分裂したままだ。
「あるんだよ。大きいぞ?」
「明より?」
「ああ」
「そうなんだ。行ったことある?」
「あるよ」
「どんな所?」
「うーんとなぁ……火縄銃より進化した銃が沢山、蔓延っていて、人種間の対立が激しく、貧民は、医者に診てもらえない国だよ」
「……修羅の国だね?」
文化は凄いのだが、短所が多過ぎる為、大河としてはアメリカに良い印象が無い。
「よくそんな国に行ったね?」
「好きで行った訳じゃないよ」
「じゃあ、どうして行ったの?」
「修学旅行。学校の―――今で言う所の寺子屋の旅行だよ」
「本当なの? 国外に子供達を送り出す程の余裕がある寺子屋なんて、日ノ本に存在するの?」
「……無いな」
「もう、嘘かよ」
騙された楠だが、笑顔だ。
くノ一の仕事が忙しかった為、同年代(実年齢は、大河の方が遥かに上だが)と過ごすのが、楽しいのだろう。
日向国1番の繁華街は、寂れていた。
「……」
店番は、客が通っても客引きをしない。
煙草を吸う遊女の肌は荒れ放題。
あれだと中には、性病の遊女も居てもおかしくはない。
「これが、貴方の言うれ、何とかって奴の国よ」
「役立たずだよ。国を維持出来ない以上、意味無いな。宮崎城はどこだ?」
「あれだよ」
楠が指差した先には、確かに城がある。
が、島津の猛攻に限界が近付いているのか、廃城寸前で今にも震度3程度の地震で崩落しそうだ。
逆に言えば、この状態で持ち堪えているのが、奇跡と言え様。
「どう? この国の現状は?」
「島津の方が良かったから、ここが地獄に見えるな」
「でしょう? ここは、素通り?」
「ああ」
2人は、日向国を抜ける為に足を早めた。
数日後、日向国は島津の侵攻を受け、その支配下に入るのだった。
『【真田大河観察日誌】
性格は、非常に残虐非道。
恐らく信長と通じる物がある。
童顔だが、殺人を好むのは、非常に恐ろしい。
戦闘能力も高く、一騎当千の名は、適当だ。
しかし、謎がまだまだある。
あの黒い筒は、何だろうか?
火縄銃らしいが、彼は銃殺より斬殺の比率が高い。
出し惜しみしているのか?
時折、謎の単語を発する。
異国の言葉なのだろうが、意味が通じない。
今後、更に詳しい調査が必要だ』 (作成者:楠)
[参考文献・出典]
*1:ルイス・フロイス 『日本史』
*2:『真田家家系図』1847年
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