第2話 意気軒昂

 30人の船員は、全員ポルトガル人で構成されていた。

 奴隷船には日本や中国などで売る為の奴隷が至る所に押し込まれており、スミス達が救出するには相当の時間が掛かった。

 しかし、解放する度に義勇兵が増えていく。

 奴隷は、全員で100人であった。

 全員男性で、モザンビーク人のソテロ達以外の国籍も多様だ。

 セネガル相撲が得意なセネガル人集団。

 モラングの戦士のレユニオン島出身者達。

 その他、

・ナクバブカ(マサイ武術)の使い手であるマサイ族

・噛み付きなどがあるテスタの達人であるエチオピア人

・打撃格闘術の一種であるダンべの武人であるナイジェリア人

 が続いている。

 闘志を燃やす彼らは、ポルトガル人乗組員の寝込みを襲い、圧倒的な人数差を楯に、戦局を優位に進める。

 虚を突かれた乗組員達はマスケット銃やナイフなどで反撃。

 船内は血の海と化す。

 スミスもソテロと共に戦っている。

 乗組員を見付けると、スミスが銃撃をかわし、M16の銃床で殴殺すれば、ソテロも負けていない。

 ナイフを刺されても、アメリカンフットボール選手のような強烈な体当たりで弾き飛ばしては乗組員を組み伏せ、文字通りタコ殴りだ。

 相手がどんなに詫びても許さない。

 骨が露出し、血肉が飛び散ろうが、関係無い。

 もし、現代に生まれていたら、フランスの最強柔道家のような成功を収めていたかもしれない。

「やるな、ソテロ」

「貴様もな?」

 2人はわらい合い、カブラルを探す。

 

 船内を制圧したのは戦闘開始後、1時間ほどの事であった。

 奴隷側は100人中70人が戦死したが、30人生き残った。

 逆に乗組員側は、30人中29人が死体となった。

 29人全員が殺されたのは、乗組員達の日頃の行いが悪かった為だろう。

 奴隷の死体は丁重に葬られる一方、乗組員の方は杜撰ずさんに扱われ、海に続々と放られていく。

 血の臭いを嗅ぎ付けた鮫が集まり、死体を食い荒らす。

 奴隷船の周りは文字通り、血の海だ。

「あと1人は、カブラルだな」

「どこに居るんだ?」

 それほど大きくない奴隷船の至る所を探すも、見当たらない。

「……ジョン、もう奴は小舟に逃げたんじゃないか?」

「もう直ぐ琉球だ。まともに船を漕いだ事が無いであろう奴がわざわざ小舟で遠くに逃げるのは、考えにくいが」

「! 場所が分かるのか?」

「見りゃあ分かる」

 スミスが窓を指差すと夜にも関わらず、煌々こうこうと光り輝く何かが見えた。

「……視力が良いな」

「あんたほどじゃないさ」

「……」

 ソテロがかじりつくように窓から見ると、何かは建築物であった。

「真っ赤な城だな。あれが、その、何とかって島か?」

「琉球。あの城は、首里城。綺麗だろ?」

「……ああ」

 生まれて初めて見る日本(正確には、琉球王国だが)の城に、ソテロは故郷を想う。

「……あれほどじゃないが、俺の国にも城があるよ。帰りたいぜ」

「琉球に着いたら、帰る策を考えよう。今は馬鹿を探す事が先決だ」

「兄貴!」

 扉が開き、ソテロの部下がやって来た。

「見付けましたぜ!」

 縛り首にされたカブラルが、連れて来られる。

「くそ!」

 唾を部下に吐くも、殴り倒された。

 発見時、抵抗した上での防御創なのか、それとも部下達にボコボコにされたのか。

 顔や手は、傷だらけだ。

「下など生物どもめ! 恥を知れ!」

「その言葉をそのまま返すよ」

 ソテロが髪の毛を掴む。

「……!」

 尚もにらむのは、根底からカブラルが人種差別主義者である証拠だろう。

「くそが―――」

「なぁ、ジョン? こいつの最期は俺が決めて良いか?」

「何か妙案があるのか?」

「ああ。戦友の復讐をしたいんだ。おい、蜂蜜と腐った牛乳、それに樽を持って来い」

 部下も同じ方法を考えていた様で、数秒で三つが用意される。

「入れろ」

「は」

 樽に無理矢理、入れられたカブラルは、顔だけ出す。

 首の周りは、シャンプーハットのような木製の星型を付けられ、それは、樽と離れない様に釘が打たれる。

「お、おい、まさか―――」

「神様を信じるなら神様に救いを求めろ」

 部下が、カブラルの頭に蜂蜜を塗る。

「スミス、賭けをしないか? 餓死か病死、どっちが早いと思う?」

「何が貰えるんだ?」

「この船と乗組員達の遺産だ。乗らない手は、無いだろう?」

「……餓死だな」

「俺は、病死だ。上手く分かれたな」

 満足気に頷くと次にソテロは、腐りかけの牛乳を無理矢理、カブラルの口を抉じ開けて飲ます。

 相当な時間が経過した牛乳は温かく変な味がし、カブラルが何度も吐き出すも、ソテロは許さない。

 嘔吐物を綺麗にバケツに拾い集め、無理矢理、飲ます。

 何度吐いても、同じだ。

 全て飲み干したカブラルの顔色が、相当悪い。

「おい、下痢しそうだ。さっさと棄てて来い。紐は忘れるなよ?」

「は!」

 樽ごとかつがれたカブラルは、紐を付けられた後、甲板から落とされる。

「ぐえ!」

 着水したと同時に、カブラルは、脱糞した。

 糞の臭いに直ぐはえが集まって来る。

 樽の中は水様便でいっぱいになり、今にも表面張力になりそうだ。

 蠅は頭と樽に集まり、蜂蜜と糞を食べ始める。

 一部の蠅は、頭に卵を産む。

 その様子に、スミスは、ドン引きだ。

「撤回だ。病死に賭ける」

「少年よ、漢の癖に二言は恥ずかしいぞ? これでこの船は貰った」

 舵を愛おしそうにソテロは、撫でる。

「……あの方法はどこで学んだんだ?」

「仲間が殺られたのを見てたんだよ。いつか、同じ方法で復讐したかったんだ」

 数千匹の蠅が集ったカブラルは、見るも無残だ。

 蠅が多過ぎて、生きているのか、死んでいるのかさえ分からない。

「もう良い。外せ」

「は!」

 部下がナイフで紐を切る。

 支えを失った樽は水流に負け、簡単に転覆した。

 鮫も集まり、鮫と蠅の大食い選手権だ。

 船は琉球王国の漁港に入る。

「スミスはこれからどうするんだ? この時機で言うのも何だが、一緒にアフリカでもどうだ?」

「有難い提案だが断るよ」

「……そうか。短い間だが、世話になったな。ありがとうオブリガード、そして……さようならチャウ

 当初と同じ会釈で、ソテロは敬意を表するのだった。


 乗組員や宣教師が居らず、奴隷だけという事に違和感を持った役人が、首里親軍しよりおやいくさに通報する。

 しかし、奴隷船はスミスだけ降ろすと、そのままきびすを返す。

 首里親軍が後を追うも、結局見失う。

 その間、スミスは取り調べを受けた。

「あの船で何があった?」

「何も」

「じゃあ、その黒い筒は、何だ? マスケット銃の新種か? 渡せ」

「断る」

 銃床に付着した血液を見せると、琉装ウチナースガイの取調官は、

「ひ」

 恐怖の余り、後退あとずさる。

「船をくれ。さすれば何もしない」

「……貴様、立場が分かっているのか?」

「分からない。だが、お前を殺すくらい、簡単なことだ」

 再び血を見せると、

「ひぃ」

 今度は腰が抜けたのか、取調官は立ち上がれない。

 気が弱いのか、血が嫌いなのか。

 いずれにせよ、取調官には不向きとしか言いようが無い行動だ。

「失礼する」

 部屋に入って来たのは、

「ほう、小童こわっぱ。良い目をしているな?」

 丸に十文字の所謂、島津家の家紋を付けた和装の武士であった。

「! 島津様? 何故、こちらに?」

「奇妙な者が来島した、と言う報告を受けたので、薩摩より参った。貴国では手に負えんだろう? ここは、我が国に任せておれ」

「し、しかし、まだ聴取が―――」

「貴様もこんな面倒を預かるより、平和に過ごした方が楽だろう? 安心して帰るが良い。貴国は全てを我が国に任せば良いのじゃ」

「……は」

 圧に負け取調官は、すごすごと退散する。

「全く何も出来ん従属国の癖に……反吐へどが出るわい」

 唾を吐いた後、武士は居住まいを正す。

「申し遅れた。儂は島津頼久。この琉球を治めている者じゃ」

「……この国は、独立国では?」

「半独立国じゃ。明の方よ、勘違いされるな。貴国も半分、治めているではないか?」

「……」

 同じ日本人にも中国人に勘違いされるのは、初めてだ。

 恐らく、ソテロの時と同様に漂流民と思われているのだろう。

「日ノ本の言葉はどこで習った? まさか、間諜じゃあるまいな?」

「これほど目立った間諜は、間諜失格ですよ」

「それもそうだな。失敬。して名前は?」

「ジョン・スミスだ」

「じょん……? 明人とは思えない発音だな?」

「島津様、地図は御座いますか?」

「おお、あるぞ?」

 スミスの身元を調べる為にあらかじめ用意したのだろう。

 頼久は、机上に日本地図を置く。

 当然だが伊能忠敬などが完成させた大日本沿海輿地全図が誕生前の時代の為、日本地図と言っても面積や位置もバラバラだ。

 頼久の物は薩摩が中心となったもので、それ以外の国々は、殆ど適当に書かれている。

 明に至っては、日本より大きい国土なにも関わらず、北海道くらいの面積しかない。

「自分の生まれは、武蔵国(現・島嶼部を除く東京都、埼玉県、神奈川県の一部)であります」

「ほう、では同胞か? しかし変な名じゃの? 発音しにくいので和名に改名してはどうだ?」

「では真田大河、と御呼び下さい」

「本名か?」

「そうです」

 残念ながらこれもまた、偽名だ。

 スミス改め、大河が本名を明かす事は無い。

「何故、本名を名乗らぬ?」

 気分を害した頼久の手が、腰の刀に伸びる。

 返答次第では斬る、と言う事だろう。

「こう見えて浪人なんです。親兄弟が自分を探さぬように偽名を名乗っていたんです。騙す気はありません。正直に答えず、申し訳御座いませんでした」

 簡単に謝った事に、頼久は抜刀する時機と理由を失った。

「……そのような事情があるなら仕方ないな」

 事情の深入りはしない。

 頼久は興味が無いのか、配慮しているのか。

 兎にも角にも、即興の嘘が通じた様だ。

「それは、新種の火縄銃か?」

「そうです」

「では、銃を使えるのだな?」

「はい」

「では、我が家に仕えんか? 知っての通り、世は戦国時代じゃ。腕さえあれば、何でも叶えられるぞ? 女に土地、金。活躍次第では、上様に直接仕える事も出来る」

「失礼ですが、上様はどちら様で?」

「貴久様じゃ。薩摩の国主と朝廷から認められ、薩摩国を統一した”島津の英主”じゃよ」

「……」

 島津貴久が、朝廷から薩摩の国主と承認されたのは、天文14(1545)年。

 薩摩統一を果たしたのが、天文21(1552)年のことだ。

 つまり、現在は天文21(1552)年以降になる。

 暦表が無い為、正確な月日は分からないが、年代はある程度絞り込めた。

 また、はっきりと「戦国時代」と証言した為、その終わる年代の定義は様々だが、一般的に室町時代が終わった元亀4(1573)年を戦国時代の最終年とした場合、その年以前となる。

 天文21~元亀4年と、長い長い戦国時代を僅か21年にまで絞り込む事が出来た。

 また、カブラルが初来日したのは、永禄3(1560)年だ。

 これらの年代を考慮すると、現在は永禄3(1560)~元亀4(1573)年。

 13年間にまで狭める事が出来る。

 もっとも、慶長14(1609)年に死ぬカブラルを早逝させた為、時間の逆説が発生し、史実通り行かない可能性は十分にあるのだが。

 これほどの知識量は、大河が自衛官時代に暇潰しに愛読していた歴史書で得た知識だ。

 言葉に出すのは、時間の逆説が更に発生する可能性がある為、慎む必要があるだろう。

「……」

「何を考えている? 良い話だろう?」

「島津様、提案はありがたいのですが、自分は、天下統一に興味がありません」

「何?」

「ですから、意欲が無い者を雇っても、逆に結束力を弱める事になると思います」

「……そうか」

 まさか断れるとは思ってもみなかった様で、頼久は不満気だ。

 斬られる前に出て行く。

「ありがとございました!」

 まるでブラック企業の面接を受けてそそくさと帰る学生の様に。

(……間諜か? しかし、間諜なら勧誘を受ける筈だが? 不思議な奴だ)

 首を傾げつつも、頼久は二度拍手する。

「お呼びでしょうか?」

 天井からくノ一が、飛び降りて、猫の様に着地した。

「あの者を追え。怪しい。もし戦力になりそうならひっ捕らえろ」

「は」

 くノ一は、一瞬にして消える。

(あの者の秘密を暴いてやる……その前に明を如何するかだな?)

 頼久の仕事は、琉球王国の明領だ。

(いつか、統一してやる)

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