九州地方

第1話 一騎当千

 2020年、中東、シリア。

 2011年から開戦した内戦は、佳境を迎えていた。

 欧米諸国が新型ウィルスの蔓延まんえんにより、民主派を支援する余裕が無くなり、逆に政府軍の攻勢が強まったのだ。

 敗色濃厚となった民主派の戦意は、徐々に喪失し、離脱者が相次ぐ。

 それを構成する部隊の一つ、『国際旅団こくさいりょだん』も解体が近付いていた。

「ジョン・スミス、どうするよ? 帰国するのか?」

「いいや、日本は江戸時代以来の鎖国しているから帰れないよ」

 支配地にて、アメリカ人と日本人が仲良く立小便たちしょうべんしていた。

「アラン・スミシーは、どうするんだ?」

「ジャパンと一緒だよ。もっとも、俺はこの国で骨をうずめるつもりだ」

 アランは白人のアメリカ人だが、現地人と結婚し、この国での生活が長い。

 アラビア語も流暢りゅうちょうに使う。

 キリスト教徒だが、イスラム教にも理解がある。

妻子さいしを殺されたんだ。死ねば彼らと再会出来る。今すぐにでも会いたいよ」

「……」

 テロリストに暴行され、斬首刑に遭った妻子を想えば死に急ぐのは、当然の事だろう。

 2人はを仕舞うと、井戸水で手を必要以上に洗う。

 ウィルスがここでも拡大している為、民主派でも手洗いは、徹底しているのだ。

「それで、てめぇは、どうするんだ? 戦うのか? 逃げるのか?」

「ここまで来たんだ。神の御心みこころ次第だよ」

「それが答えかよ?」

 呆れるアラン。

「仕方無いだろう? 全ては神次第だ」

「……お前、無神論者むしんろんじゃだろう?」

 現実主義者リアリストのジョンは共産主義者コミュニストと疑われる位、神仏の類を一切、信じない。

 ここの中で多数派のイスラム教も、薄っぺらい知識だけだ。

「良いじゃねーか。俺はただ、人を殺めたいだけ。殺せば殺すほど、賞賛されるのは、性に合う」

 ぐびっと、炭酸飲料を飲む。

 このジョンと言う男。

 名前からしてアメリカ人であるが、人種は日本人だ。

 中学卒業後、自衛隊に入り、3年間国防を担った後、遥々はるばるここにやって来た。

 ―――人を殺す為に。

 元々、喧嘩が好きだった不良が突如更生し、自衛隊に入隊したのは殺人の技術を学ぶ為であった。

 3年間と言う期間も渡航費用などを貯める為であり、昇進の誘いを断って国際旅団に志願したのが、つい数か月前の事だ。

 当初、日本人の若造を国際旅団は不安視していたが、初陣で敵兵30人を殺害した確認戦果を機に一気に戦力として認められ、今では高官の地位にある。

 国際旅団の中では、彼を”少年兵チャイルド・ソルジャー”と呼ぶ。

 一般的に少年兵は、18歳未満の兵士の事を指すのだが、童顔から10代前半にしか見えないのだ。

 東洋人は童顔、と言う心象イメージがある西洋人には、弟の様に可愛がられている。

 その筆頭がアランだ。

「今の歳頃としごろなら大学生なのに、中坊にしか見えないよ。東洋の不思議だな? あれか? 水銀でも飲んでるのか? 始皇帝シーフアンみたいに?」

「誰が不老不死だ。ちゃんと上も下も生え揃ってるよ。アカが青くなるほどに」

「そりゃあ傑作だ」

 手を叩いて笑うアラン。

 その時、銃声が鳴る。

 音からしてAK-47。

 政府軍の急襲だと言う事が分かった。

「「!」」

 2人は瞬間的に近くにあった武器庫に走り、銃架じゅうかからM16自動小銃を手に取る。

 そして、武器庫から出た。

 その瞬間、熱を感じた。


 次にジョンが気付いた時は、どこかの部屋だった。

「……」

 頭を上げ、腹部等を確認する。

 血は出ているが、乾いていた。

 周りには、死体が転がっている。

 体を九の字に折り曲げ、倒れているのはアランであった。

「……」

 揺すっても起きない。

 体温も冷たく、感触も固い。

 死後硬直が始まっていた。

 死後早くて1~2時間、通常2~3時間経つと顎関節がくかんせつ項部こうぶの筋肉に硬直が始り、上肢から下肢へと下行性かこうせいに進行して、遅くても 12時間で全身に至る(*1)。

 恐らく、数時間前まで生きていたのだろう。

 砲撃を直撃したのにも関わらず、五体満足なのは、唯一の救いと言え様。

 埋葬したい所だが硬くなっている為、仰向けにする事は出来ない。

「……」

 よく見ると、アランは、M16を抱き抱えていた。

 そっと抜くと、簡単に取れる。

 短いながらも仲良くした戦友を見送る為にジョンは、彼の信仰宗教にならい、十字を切って冥福を祈る。

 記憶に無いが生き延びた理由は、状況証拠からして彼が楯になってくれたのが真相なのかもしれない。

 死に急ぎ、妻子に会いたがっていたアランの事だ。

 もし、そうなら、今頃天国で自慢している事だろう。

『弟分を助けてやったぞ?』

 と。

「……」

 再度、十字を切った後、ジョンは周囲を見渡す。

 木造の部屋には、何も無い。

 しかし、人の気配がする。

「……」

 目をらすと、上半身裸の黒人の集団が、怯えた目でこちらを見詰めていた。

 真っ黒な肌と骨格、上等な筋肉質等からして、モザンビーク人辺りだろう。

 国際旅団には、沢山のアフリカ系も集まり、昼夜を共にした経験が活きている。

「……今晩はボア・ノイチ

 ポルトガル語だ。

今日はオラ

 ポルトガル語で返すと、モザンビーク人(?)達は、驚いた。

 流暢な返事が返って来るとは思わなかった為だろう。

 言語でも国際旅団での経験が活きている。

「ぽ、ポルトガル語出来るのか?」

「まぁな。あんた達は?」

「モザンビークから連れて来られたんだ。売られに」

 人身売買と言う訳らしい。

「そりゃあ、不運だな」

「あ、あんたも、だぞ? 中国人」

「俺は日本人だ」

「然うなのか? まぁどっちでもいい。助けてくれ。国には家族が居るんだ」

「気持ちは分かるが、ここはどこだ?」

「あんた、何も知らんのだな?」

 呆れ顔にされるも、スミスは気にしない。

 聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥、だ。

「ここは、東洋だ。俺達は日本に売られるんだ」

「……」

 唯一の窓を覗くと、大海が広がっていた。

 これ程静かな海は、マゼランが命名した通り、平和な海=太平洋だろう。

 船はゆっくりと進んでいる。

「あんたは、海に漂流中にフランシスコ・カブラルに捕まったんだ」

「漂流中? 何の話だ?」

 奥で黒人達が、ひそひそと話している。

「(全然、話が噛み合わないな)」

「(多分、遠洋漁業か何の時に難破して記憶喪失になってるんだろう? 関わるな)」

 勘違いも激しい所だ。

 その時、

「……ん?」

 横に居たアランの死体が、奇術の様に消失している。

 残っているのは、譲渡(?)してもらったM16だけだ。

「あんたのその黒い筒、マスケット銃の一種か?」

「……その前にさっきのフランシスコ何某なにがしってのは、誰だ?」

「ポルトガル人の司祭だよ。俺達を蔑視する最低野郎だ」

(……なるほどな)

 先程から起きている謎の出来事の数々や、彼らの証言を組み合わせると、どうもジョンは、現代に居ないらしい。

 その決定的な証拠が、フランシスコ・カブラルだ。

 宣教師の癖に人種差別主義者である彼の悪評は、現代の日本にも伝わっている。

 ―――

『私は日本人ほど傲慢ごうまん貪欲どんよく、不安定で、偽装的な国民は見た事が無い。

(中略)

 日本人は悪徳あくとくふけっており、且つ又、その様に育てられている』(*2)

 カブラルは、日本人を黒人で低級な国民と呼び、その他、侮蔑的な表現を用いた。

 彼はしばしば、日本人に向かい、

『とどのつまり、お前達は日本人ジャポンイスだ』

 というのが常で、日本人に対して、日本人が誤った低級な人間であることを理解させようとした』(*2)

 ―――

 これらの言動が、後に天正遣欧使節を派遣する巡察師のヴァリニャーノに問題視され、日本布教区の責任者を解任された。

 当時は植民地時代なので、人種差別と言う概念は無かっただろう。

 その為、この様な人種差別主義者が公然と居ても何ら不思議ではない。

 スミスを縛っていないのは、「目が覚めても問題無い」と判断した為か。

 兎にも角にも、宣教師が人身売買に手を染めているのは大問題だ。

(史実に無いのは……イエズス会が関与していないのか? もしくは、これが決定打となり、解任された?)

 兎にも角にも、戦国時代に時間旅行タイムスリップしていた事が判明した。

 現実主義者なので、理解も受け入れるのが早いのが、彼の長所だ。

「なぁ、縄を解いてくれないか? 色々、話したんだ。その御礼としてよぉ」

「分かった。その前に戦えるか?」

「? どうする気だ?」

「この船を占拠する」

「! おい、何て言った?」

 手を縛られたまま、アフリカ人が膝で歩いて来た。

 遠目では分からなかったが、鞭で叩かれた痛々しい痕が全身に刻み込まれている。

「戦うのか? 奴らは俺達のような有色人種を平気で殺す悪魔なんだぞ?」

 ガタガタと震え出した。

 他の黒人達も、首を振って「止めとけ」と意思表示。

 恐怖で支配され、抵抗する気力すら無い様だ。

「強要はしない。敵は、何人だ?」

「……冗談だよな?」

「冗談で訊く質問と思うか?」

「……」

 アフリカ人は、溜息を吐いた。

 太平洋だけにマリアナ海溝並に深いそれは、「馬鹿と関わっちまった」と言いたげに見える。

「……あんたに会ったのが俺達の運の尽きだな。どうせ売られる位なら、最期位、一花咲かせて散るのも手だな」

「戦った事は?」

「こう見えて、奴隷の前には、戦士だったんだよ。皆もな」

 筋骨隆々な体は、戦士時代に鍛えたものの様だ。

「日本人の少年に勇気を貰えたよ。皆は如何だ? 今、誇りを持ったまま死ぬか、明日以降、誇りを失ったまま生きるのか、自分で決めろ。無理強いはしない」

 口振りから察するに集団の指導者的存在らしい。

「……分かったよ。戦うよ」

「然うだな。兄貴の言う通りだ。奴隷のまま死んだら闘争で死んだ戦友に申し訳無い」

「兄貴のおかげで目が覚めたよ」

 集団の目に闘志が宿やどる。

 スミスの言霊ことだまが通じたらしい。

 別段、扇動者アジテーターのつもりは更々無いのだが、個人で戦うより集団の方が安心なのだ。

 縄を解くと、

「自己紹介が遅くなって済まない。ソテロだ」

 良い笑顔で、握手を求めて来た。

「ジョン・スミスだ」

 握手あくしゅをせずにお辞儀する。

 不快感いっぱいにソテロは、尋ねた。

「何故拒否した?」

「誤解しないでくれ。握手は西洋風だ。貴方達には、戦士としての敬意を払って日本でのならわしにのっとったまでだ」

「そうなのか。それもうだな。奴隷から戦士に戻るのに、いつまでも西洋に毒されてちゃ意味が無い」

 ぎこちないが、ソテロは会釈で返す。

「ぶっ殺しに行くか?」

 戦士としての誇りを取り戻したソテロは、木製扉の前に立つ。

 そして思いっ切り、扉を蹴飛ばすのだった。


[参考文献・出典]

*1:コトバンク

*2:松田毅一『南蛮史料の発見 よみがえる信長時代』中公新書  1964 一部改定

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