第20話 かくして彼は彼女と出会った

「それじゃあ…そろそろ、種明かしをしましょうか」


 そう言って、ミアはクスクスと笑いながらピリーニャに居る理由…そして何故探し物について知っているのかを話してくれた。


 ミアのタレントは、物の声が聞こえるという…探知系の力らしく。


 以前渡してくれた肩掛け毛布の声を辿る事で、俺達のおおよその所在を把握出来たらしい。


「物を介して得られる情報は場所だけではありません。 周囲にいる人々の事も、ある程度知る事が出来るのです。 どのくらいの人数で居るのか、その人たちの性別や感情…考えてる事など、様々な情報が物から伝わってきます。 とはいえ、相手の心を読めるような力では無いので。 せいぜい誰かへの敵意や、悲しい、嬉しい、何かに困ってるといった大まかな事しか分かりませんが…」


 こうしたタレントの力により、俺に同行者がいる事や何か探しているらしき事を知り得たのだという。


(大まかな事しか分からない…か)


 とはいえ、それでも十分強力なタレントである事に変わりはない。


 物を介して周囲にいる人物の情報を得られるという事は。


 例えば、道を行き交う人々の所持品を介して敵意や怒りを察知し、事前に危険人物を特定しておく事も可能になる。


 ゲームでもそうだが、事前の備え…先手を打てるというのは大きなアドバンテージだ。


「二年間、私はとても寂しい思いをしていたのに…。 貴方は他の女性と親し気にしている様子が伝わってきて……もやもやしてしまい。 先程のは…ちょっとした仕返しのつもりだったのです。 ふふっ、なかなか迫真の演技だったでしょう? 」


「あ、ああ…。 流石にゾっとしたぜ…」


 幾度も「ねぇ、グレン」と呼びかけられた時の恐怖は、暫くの間トラウマになりそうだ。


「ミアなら、名女優になれそうだな」


「ふふふっ、そうでしょう」


 今こうして口元に手を当て笑っている彼女からは、先程垣間見た闇のようなものは欠片も感じられない。


 本人が言うように…演技、だったのだろう。


 俺と共にチビ達の世話を焼いていたみんなのお姉さん、優しいミアのままだ。




 夕飯と朝食を”四人分”確保し終え。


 俺はミアと共にリーニャ達が休んでいる相部屋へと戻る。


「すまねぇ、遅くなっちまって…夕飯、買ってきたぞ」


「う! グレン、おかーりなさ……。 り、リニャ! リニャ、きて! 」


 俺の声を聴きすぐに扉を開けてくれたフリートだったが、ミアを視界に捉えるなり慌ててリーニャを呼びに戻ってしまった。


「…フリート? どうしたの……って、え、ちょっと…」


 再び玄関まで戻ってきたフリートは、リーニャの陰に隠れ此方を窺っている。


「うー。 リニャ…」


「ええ、分かったわフリート…私も、言いたい事は同じよ」


「「グレン、そのヒト誰なの! 」」


「ああ、それなんだが――」


 俺の言葉を遮るように、一歩前へと踏み出したミアが口を開く。


「ふふっ、はじめまして。 グレンの家族…いえ、妻のミアです♪ 」


「「は…? 」」


 視線に攻撃力という概念がなくて良かった。


 心からそう思う程、二人から鋭い視線が向けられた。


「いや、まて…! 二人とも、今のはミアの冗談だからな? 」


「冗談なんて…そんな、酷いです…。 あんなに何度も…誓いあったのに」


「何度も……? って、あー。 そいつは…ガキの頃の、ごっこ遊びでの話だ」


「遊び…私とは遊びだったのですね……」


(ぜ、絶対からかってるだろ…!? )


 ミアにしてみればほんの冗談のつもりだろうが。


 自己紹介と共に飛び出した爆弾発言が、事態を一気にややこしくしてしまい。


 二人にミアとの関係を正しく理解してもらうのにはかなりの労力を要した。


「…と、いうわけで。 親父さんに世話になっていた俺は、ミアとガキの頃からの付き合いってわけだ」


「ふーん、じゃあ最初にミアさんが家族って言ってたのは正しかったわけね」


「はい、それと…妻というのも正しい発言ですよ」


「うー! それ、違う! ぜんぜん、まちがい! 」


 一先ず、時間も時間なので夕食を囲みながら話の続きをという流れになり。


 屋台を回り買い込んできた料理たちをテーブルに並べていく。


「うまい、ぞう? うまい、そーだ! 」


「ふふっ、どれも美味しそうね。 ありがとね、グレン」


 海を渡り、様々な国の食文化も集まるピリーニャ。


 香辛料やハーブなどで、一口目は食べ慣れない風味に戸惑うものもあったが。


 結果として、ミアと共にチョイスしてきた料理はどれも正解だった。




「その…。 やはり…迷惑だったでしょうか…。 みなさんの所に、急に押しかけるような形になってしまって…」


 食事がひと段落ついた頃。


 不安げな表情でミアはそう切り出した。


「べ、べつに…! 迷惑、なんかじゃないわよ。 二年間も会えない…いえ、二年間もグレンを野放しにしているのは、私でも心配だし…気持ちは分かるっていうか…」


「うー。 しんぱい」


(心配…? 俺って…そんな危なっかしいヤツだと思われてたのか…? )


「それに、もともと。 ここピリーニャに私達が来たのは…”鍵となる出会い”を果たすためなんでしょ? グレンから聞かされていた話だと、旅のお仲間はこれからも増えてくみたいだし…ミアさんが来て、一人人数が増えたところでなんの問題もないわよ」


「リーニャさん…」


「そうだな…。 この際だ、もう一度俺達の目的…この旅について説明するか――」


 予想外の事ではあったが。


 嬉しくもあるミアの合流により、四人組となった俺達。


 これから旅を続けていく上で、全ての事は語れないが情報の共有はしておくべきだ。


 勇者とは違い、実際には神のお告げなど聞こえていない俺だが。


 改めて、神託という形で。


 この港町ピリーニャに来た目的と、これから続くであろう長く険しい旅路の目的について三人に説明する。


「なるほど…。 では、このピリーニャには旅の目的である大いなる脅威に打ち勝つ…その為に必要な鍵となる出会いを求め、訪れたと…」


「ああ、そうだ」


 より詳細に…。


 それこそ魔王や邪神の名を挙げ、これから先現れるであろう脅威について説明する事も出来るが。


 この世界では、ミアのタレントの力のように予想外の手段で話が外部に洩れる可能性がある。


 通常では絶対に知り得ぬ筈の魔王らの情報を、不用意に三人へ伝える事で発生するリスクを考えれば”大いなる脅威”とそれらしくぼかしておいたほうが賢明だ。


「それで、だ。 明日から皆には、人探しを手伝って貰いてぇんだが…」


 物の語らいが聞こえるミアが加わった今なら、勇者の捜索も一気に進展する筈だ。




 ◇◆◇




 サラリとした赤い髪。


 人族の平均より低い背丈。


 そしてなりより、胸元にぶら下げた聖剣と思しき輝く破片。


「ね、ねえグレン…昨日の夜の話だと。 ピリーニャで出会う運命のお相手は男の人だって、私達…聞かされていたんだけど…? 」


「リーニャ、実は俺も今…。 とても混乱している」


 目の前には。


 俺の手を両手で握り、ニコニコと人懐っこい笑みを浮かべている赤髪の”少女”が一人。


「君はグレン、って言うんだね! ボクはアレン。 ね、グレン。 なんだかボク達…とっても仲良くなれそうだね、そう思わない? 」


 初対面にも関わらず、気心知れた友のように馴れ馴れしく。


 原作での出会いとは、まるで真逆。


 ぐいぐいと距離を詰めてくるその勇者は、俺が知る少年ではなく。


 美しい少女。


 女勇者になっていた。




 ◇◆◇




 かくして彼は彼女と出会った。


 巡り巡るは、剣か世界か。


 掛け違えたボタンは何?


 救いをなす。


 その為に。


 それだけが。


 集め束ね、そして開く。


 これは――の物語。

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