第19話 港町ピリーニャ(後)

 夕方。


 ピリーニャに滞在する間お世話になる宿屋が無事に決まり。


 長旅の疲れが出たのか、眠たげな様子のリーニャをフリートに任せ、俺は夕飯の買出しを兼ねた街の散策に繰り出した。


 光の祭りの開催期間は二週間。


 日数が多い分、どのタイミングで勇者と出会うのかが特定し辛い。


 元より人の行き交いが激しいピリーニャだが、祭りの期間中ともなればその混雑の仕方は普段の比ではなく。


 神託という神の意思が働いている以上、勇者と出会わないまま光の祭りを終える事は恐らく無いだろうが…これまでの流れから考えれば絶対に出会えるという保証は無い。


 となれば、出来る限り周囲に気を配り…こちらから勇者らしき人影を探していった方が良いだろう。


 原作の主人公である勇者…公式での名前はアレンと名付けられていたその少年は、数多の世界を巡り救世を成したという聖剣の欠片を胸に下げ、この港町へと訪れる。


 アレンは純粋で仲間思いだがその反面、人を信じやすく騙されやすい所があり。


 初対面にも関わらず、馴れ馴れしく近づいてくる盗賊…グレンを旅の仲間として受け入れてしまい、案の定一度、聖剣の欠片を盗まれてしまうのだ。

 

(っても、結局。 勇者の純粋な心に絆されて、改めてグレンは仲間に加わるんだけどな…)


 現時点で。


 俺は盗賊ではなく、またリーニャとフリートというゲームでは登場しない二人も旅に同行している。


 こういった変化からも、勇者と出会う一連のイベントが本来の筋書き通りには行かないであろう事が容易に予測できた。


(そうだ、どうせなら…朝飯も買っておくか…)


 晩御飯を買うついでに朝食も三人分買っておけば、明日の朝リーニャもゆっくり寝ていられるだろうと思い、屋台を見て回る。


 その傍ら。


 勇者の容姿を脳裏に思い浮かべ、行き交う人々を不審がられない程度に観察していく。


 勇者ことアレンの特徴を大まかにあげれば。


 赤色の頭髪、サラリとしたショートヘアーで顔つきは中性的なイケメン、身長は人族の平均的なものより少しだけ低いといった感じだ。


(赤い髪…赤い髪…)


 ドサッ。


「ん…? 」


 ふいに後方から響いた物音。


 コロコロと地面を転がってきた青リンゴによく似た果実を拾い上げ、後ろを振り向く。


「大丈夫か…これ、落とし…………って……!? み、ミア……? 」


「あぁ…やっと、やっと会えました…。 グレンっ…! 」


 何故こんな場所にミアが居るのか、と動揺する俺をよそに。


 此方へ駆け寄ると、首元へ顔をうずめるようにしてぎゅっと抱き締められた。


 男であればどうしても意識してしまう豊満な胸を押し付けながら「ずっと会いたかった」と涙を流し始めるミアの様子に、周囲の視線が集まり始める。


「ミア…その。 色々と話してぇ事はあるが…先ずは場所を変えねぇか…? 」


「っ…はい…」




 大通りを外れ。


 人通りがまばらな通りを歩き、落ち着きを取り戻してきたミアがゆっくりと口を開く。


「こうして…手を繋いで歩いていると、昔を思い出しますね…」


「ああ…そうだな…」


 俺達がまだ小さい頃。


 二人で仲良く手を繋ぎながらいろんな場所を毎日のように冒険…もとい散歩していた記憶がある。


「あの頃は…何処へ行くにも…何をするにも一緒でした」


 ある程度の年齢になるまでは、今でこそ賑やかな孤児院も俺とミア、親父さんの三人だけだった。


「そして、これからも…。 ずっと…ずっと…」


「ミア…? 」


「ふふっ…ふふふっ。 グレン、貴方がバンダスランダから送ってくれたお手紙。 みんな喜んでましたよ…もちろん、私も嬉しかったです。 無事に、健康に生活出来ていて…温かい方々にも恵まれて…安心しました。 ふふっ。 ねぇ、グレン。 貴方を見送ってから…二年もの月日が流れました。 あの子たちも、二年前と比べれば随分と成長して…もう、私が手を掛けずとも平気なくらいしっかりしています。 ねぇ、グレン。 旅のお仲間とは…仲良く出来てますか? ねぇ、グレン。 今なら私もお供させて頂けますか? ねぇ、グレン。 他の女が良くて、私だけダメ…そんな事、言わないですよね…? 」


 下から覗き込むようにして、そう問いかけるミアの瞳から深い闇のようなものが垣間見え、慌ててそんな筈ないと自分に言い聞かせる。


「ま、前にも話したが…この旅は――」


「ふふっ、大丈夫です。 大丈夫ですよ…? グレン。 私も役に立てます。 ねぇ、グレン。 何で私がこの場所に居ると思います? ふふっ…。 ねぇ、グレン。 何で私が、貴方と旅をしている仲間について知ってると思います? ねぇ、私…気付いたんです。 私の特性タレントの使い道に…。 ねぇ、グレン。 今日からまた、ずっと一緒ですよ。 グレン、私には聞こえています。 どこにいても…聞こえています。 ねぇ、グレン。  探してるもの、あるんじゃないですか…? 」


「なっ……! 」


 ミアの言葉に、頭の中が一瞬真っ白になる。


(俺が勇者を探している事を知っているのか…? )


 確かに、以前ミアには神託という形で旅に出る理由を話している。


 しかし、勇者に関する事や魔王、邪神といった具体的な情報は話していない筈だ。


(どういう事だ…)


 ミアは何を、どこまで知っている…?


「大丈夫。 大丈夫ですよ…? グレン。 私は貴方の味方です、これまでも、これからも…ずっと…ずっと。 ね…だから。 安心して下さい」


 頭の整理が追いつかないまま、ミアに手を引かれるようにして足を進める。


 少し前を歩く彼女は、昔と何も変わらない…優しい笑みを浮かべていた。




 ◇◆◇




 幼い頃から、ミアは声が聞こえた。


 物の声…その語らいが。


 大切にしている物にはやがて魂が宿るともいうが。


 私は意識する事で、多くの物の声を聞く事が出来た。


 物との繋がりが、思い入れが深いほど…私のこの力は強くなり。


 物との距離が開いても、障壁を挟んでも。


 何処にいても声が聞こえる。


 物は語る、持ち主の話、その周囲の話。


 時として。


 この力は煩わしい。


 大切な人と話していても、雑音として物の声が混ざってしまうから。


 私はこの力…自身のタレントがあまり好きにはなれなかった。


 でも。


 神星が与えし加護に、無駄なものなど一つもないのだ。


 時が流れ、私から大切な者が去ろうとした時。


 私は煩わしく思っていた自身の力に感謝する。


 ねぇ、グレン。


 私からの贈り物…。


 その肩掛け毛布は、気に入ってくれましたか?


 ねぇ、グレン。


 聞こえていますよ。


 ずっとずっと…聞こえています。


 ねぇ、グレン。


 今の生活は楽しいですか…?


 ねぇ、グレン…。


 グレン…。


 大切な大切な…私の…私だけのグレン。


 もうすぐ会えますね。


 声が、私を導いてくれます。


 貴方の元へ。


「それでも私は…貴方をただ待っているだけなんてできないです。 グレン、覚悟していて下さい…必ず会いに行きますから」


 私の、このタレントで。


 もう、離しません…離れません。


 誰にも…邪魔はさせませんから。

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