第13話 可愛くない同居人(前)

 仕事場から帰宅した、リーニャに今世紀最大の衝撃が走った。


「ちょ、ちょっとグレン! 誰よその子…! 」


 家族団欒の場であるリビングにて。


 私ですらまだ、偶にしか座れない…じゃなくてっ、座らないグレンの隣の席に、当たり前のように着席しクッキーを口いっぱいに頬張る見知らぬ少女。


「お、おお。 リーニャ、丁度いいところに帰ってきたな…」


「う? リニャ? 」 


 次のクッキーへと手を伸ばしていた少女の動きが止まる。


 くるりと丸椅子を回転させ、体ごと此方を向いた彼女の瞳が私を捉えた。


(紅い…瞳)


 紅色のパッチリとした目が、私を見据えスっ…と細められる。


「あなた、が。 リニャ、か? 」


「リーニャよ! …って、そうじゃなくて! グレン、どういう状況なのか説明してくれるかしら…? 」


「そ、それなんだがな…」


「およ? なんじゃ、騒がしいと思ったらリーニャではないか。 やっと帰ってきたんじゃな」


「お父さん! 丁度いい所に…! この子誰なの? お父さんの知り合い? 」


「うんにゃ、違うぞい。 詳しい事はまだワシも聞いておらぬのじゃが…。 この娘さんは、グレンがバンダス山岳から連れ帰って来たんじゃよ」


「えっ、てことは…。 その子が、前にグレンが話してた山でよく見かけるっていう女の子なの…? 」


「ああ、そうだ。 で、コイツはその…。 色々と事情があってだな…。 今まであの山に居たんだが…今日、その…。 簡単にいうと、自由の身になって人里に降りてきたってわけだ」


「何だか、やけに歯切れが悪い説明ね…」


「こら、リーニャよ。 …あまり深く詮索するでないぞ。 話を聞く限り、この娘さんは魔物ひしめくバンダス山岳にずっと居たんじゃ。 簡単に人には話せぬ…いや、話しにくい事情もあるじゃろうて…」


「ん…? あっ、いや…。 あーそうだな。 あまりそこら辺は触れないで貰えると助かるぜ」


「うっ…わ、分かったわよ! 」


 私とお父さんの話が一区切りつくと、少女はもぞもぞと椅子から立ちあがりペコリとお辞儀をした。


「はじめた、まして。 わたし、フリートいう」


 甘いキャンディーのような声で、たどたどしくフリートと名乗った彼女は。


 私へ向けた鋭い視線が嘘のような。


 かわいい表情かおで、お父さんの方へと向き直る。


「フリート…ずっと山、出れないかった。 ともだち、いないかった。 寂しい。 でも…グレン会って、自由なった。 フリート、グレンと暮らす…たい。 ダンジジしゃ、おねがい。 フリート、ここ居たい」


(な、何だか。 すっごく嫌な予感がするわ…! )


 と、私が思う頃には時すでに遅く。


「おお、おお…そうかそうか…! うううっ、今まで苦労もあったじゃろうが…。 グレンはお前さんに出来た初めての友達なんじゃな…。 よいよい、勿論よいぞい! フリートちゃんよ…。 今から部屋を用意するでの、今日からうちで暮らせばよい、大歓迎じゃ…! 」


 たった一度のお願いで、お父さんはノックダウン。


 親戚の子供達に向けるようなゆるゆるな表情で、フリートと名乗った少女がこの家に暮らす許可を出してしまった。


「ダンジジしゃ、ありがと、です。 ……リニャも、よろしく、ね? 」


「!! え、ええ…よろしく。 フリート」


 此方を振り返り、ニヤリ…と。


 私の目に、彼女の勝ち誇ったかのような笑みが映った。


(な、なんなのよ…! この子…! )




 ◇◆◇




 翌朝。


 朝食の支度を終え、何時ものようにグレンを部屋まで呼びに行く私。


「お、おい…! 跳ねるな! ちょっ、苦し…! 」


「グレン!? 」


 苦しそうなグレンの声に、何事かと慌てて扉を開けば。


(な、何やってるのよ! この子は……! )


 ベッドで横になるグレンのお腹に跨り、ポンポンと飛び跳ねるフリートの姿があった。


「ちょっと、フリート! 早く降りなさいよ! 」


「うー。 リニャ、邪魔する、なの…? フリート、グレン、遊ぶでた」


「た、助かったぜリーニャ。 ったく、誰かさんが勝手に人の腹の上で遊んでたせいで。 とんでもねぇ目覚めになったぜ……」


「むー。 グレン、つれないこと、言うた、ダメ」


「ダメなのは人の部屋に勝手に入って、変な遊びをしてた貴女でしょ…もうっ」


「リニャだって、グレン部屋、勝手きた」


「わ、私は――


「あー、朝飯だから呼びに来てくれたんだろ? 何時もありがとな」


「ふふん、ほらね? 毎日朝ごはんを作ったら、私がグレンを起こしに来てるのよ」


「うー。 なら。 今日からフリート、グレン起きて、する」


「そいつは勘弁だ、朝からボロボロにはなりたくねぇ…。 っと、腹減ったな…」


「そうね、じゃあ行きましょうか」


「リニャ、まって。 フリート、聞きたい、ある。 時間、いい? 」


「…? ええ、いいわよ。 グレン、先に行っててくれる? あ。 あと、お父さんに、朝ご飯ちゃんと食べに来るようにって言ってきてもらえると助かるわ」


「おう、了解だぜ」




「それで…。 聞きたい事って、なにかしら? 」


 グレンが立ち去り、部屋には私とフリートの二人が残された。


「リニャ、グレンの、なに」


「な、何って。 どういう意味よ? 」


「どう…思うて、る? グレン、こと」


「それは…」


「フリート、すぐ言える。 グレン、わたしの、つがいする、決めた」


「えっ…」


「答え…ない、リニャ。 なら。 わたしと、グレン、邪魔しない、で」


「…………」


「あんまり、邪魔した、ると。 痛い、みる、よ? 」


「……っ! 」


「それだけ、じゃ、いこ? 」


 短い会話。


 たった数秒の間に、私の頭はごちゃごちゃになった。


 グレンを番にするってなに?


 邪魔するなって…。


 急に現れて、好き勝手言ってくれちゃって…。


 私がグレンをどう思ってるかなんて…。


 そんなの…そんなの、私にも分かってない。


 でも。


 でも、これだけは分かる。


「フリート」


「まだ…なにか、ある? 」


「私は…。 私はアンタに、負けたくない」


 何に負けたくないのか。


 自分の気持ちだってまだ、全然分かってない……けど!


 どうしてか、負けたくないって…そう、強く思ってしまうんだから。


 それが今の、私の気持ち。


 フリートと私、二人の視線が交差する。


 暫く沈黙が続き、やがて。


「へぇ…。 そう、なんだ。 でも、ね…リニャ。 わたしは、負けない、よ」


 そう、言い切った。


 彼女の表情は、挑戦的で。


 そして…どこか、満足そうでもあった。

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