第5話 ボンデ武具店の居候
リーニャ嬢との模擬戦を経て、俺はバンダスランダの警守衛隊に当面の間所属する事が決まった。
勇者と出会う時期である二年後の光の祭りまでには修行を終え、港町ピリーニャへと旅立つためバンダスランダに定住する事は出来ないと告げれば。
不在となる際の俺の処遇については、長期遠征任務という名の事実上休職扱いにしておく…と、リーニャ嬢もおおむねダン爺さんと同じ見解であった。
「あー。 そう言ってもらえるのはありがてぇが、ここを発つ時がきたら普通に退職扱いにしちまって構わねぇぞ」
(勇者と出会ったら、邪神やら魔王やらを巡る長い旅が始まっちまうし…わざわざ役職を残しておいてもらうのも悪いだろ)
「何言ってるのよ、ちゃんと貴方が帰ってきた時の場所は用意しておくわ! ライバルである、この私に任せなさいっ! 」
(自称ライバルだぞ、自称! )
どういう風の吹き回しか、リーニャ嬢に生涯の好敵手として認定されてしまったわけだが…。
俺の本来の目的であるバンダス山岳での修行について話したところ。
「あの山で修行したいだなんて…流石は私のライバルねっ! いいわ、山岳での修行と仕事が兼任出来るよう少し考えてあげる」
と、修行と仕事が両立出来るよう取り計らってくれたので、案外ライバル認定されたのも悪くないのかもしれない。
リーニャ嬢の話によれば。
バンダスランダを襲撃する魔物の大半はバンダス山岳から下山してくるものらしく、だいたい月に一~二回程、民間人では手に負えないレベルの魔物がやってくるらしい。
「月に一二回か」
「まあ…雑魚みたいな魔物共ならしょっちゅう荒らしにくるんだけど。 こうして聞くと、意外と少ないように思うでしょ? 」
「そうだな…。 住んでる人達の事を考えりゃあ、少ないに越してことはねぇだろうが…。 俺がはじめ想像していたよりは、襲撃の頻度は結構落ち着いているんだな」
「そうね、実は魔物の襲撃が少ないのには理由があって。 私達、丘ドワーフの土着神。 山に住まうと言い伝えられている地竜様の守護のお陰だと昔からいわれているのよ」
「地竜様、か…」
ゲーム内でも勇者とその仲間たちにドラゴンウェポンを授ける協力的な存在で描かれていたのだし、丘ドワーフの地竜信仰やその恩恵とされる守護の言い伝えはなかなかに的を得たものに思えた。
「私達警守衛隊は年に一度。 ”攻め入りの義”と称して精鋭達を募い、地竜様へ日頃の感謝の意を込めてバンダス山岳での魔物狩りを執り行うのだけれど…。 毎年、私達が踏み入れるのはせいぜい危険度がそれ程高くない尾根の手前、取り付き辺りまでなの。 だから…そうね、グレン。 貴方には、山岳エリアの更なる攻略を目指すバンダス山岳攻略班として活動してもらうわ! 」
「攻略班? 」
「まあ、班と言っても実際は貴方一人で。 修行と職務を兼ねる為の建前だと思ってちょうだい。 話を聞いたところグレンの修行は、魔物狩りのようなものだし問題ないでしょ? 」
「そういう事か、助かるぜ…!」
「ふふん! 総隊長さまの寛大な取り計らいに、感謝しなさいよねっ! 」
「ああ、勿論。 総隊長様様だな。 これからは敬意を込めて、リーニャ総隊長さまって呼ばせてもらうぜ」
「ちょっと! 冗談よ冗談! もうっ、私の事はリーニャって呼び捨てでいいわよ」
「いや、流石に呼び捨てはマズいだろ…」
「私がいいって言ったんだから問題ないのっ、貴方はライバルなんだから遠慮せず名前で呼び合う事。 はい、決定っ! 」
そんなこんなで最終的には。
休日として割り当てられた週の終わりを除き、一週間の間で最低一日はバンダスランダの都市内部での見回りに参加し、残りはバンダス山岳の攻略…もとい、修行に打ち込んでも良いという事で話がついた。
「総隊長っていう地位がなかったら、私も修行についていきたかったけど…それは出来そうにないから。 グレン! 貴方には、定期的に私の訓練相手になってもらうんだからっ」
「あいよ、了解だぜ。 こっちも俺の個人的な願いを聞いてもらったんだ、それくらいお安い御用ってな」
◇◆◇
「ガハハッ! 話がまとまったようで何よりじゃ! 娘から話は聞いたぞい、今からお前さんの部屋を用意するけ…広間で適当にくつろいでおいてくれぃ」
「ほんと、急な話でわりぃなダン爺さん…」
リーニャ総隊長、いや…リーニャとの話し合いの中。
書類に個人情報を記載する為、俺の居住場所について話が移り。
バンダスランダには来たばかりで、まだ宿すら決まっていないのだと伝えれば。
「ライバルの面倒を見るのもライバルの役目よ! 」
という、謎の持論の元。
殆どリーニャの独断で、ボンデ家にお世話になる事が決まった。
言わば俺は、ボンデ武具店の居候になったわけだ。
(宿泊費用が浮くのは願ったり叶ったりだが…。 本当にいいんだろうか…? )
住まわせてもらう身として、何らかの形で恩返し出来る事を考えておかなければ。
前世でいうとこの緑茶によく似た、丘ドワーフ独自のハーブティーに口を付けつつ。
ダン爺さんが用意してくれた固焼きクッキーに手を伸ばす。
(おっ。 うんまいな…コレ)
甘さは控えめだが、香ばしい香りとザクザクとした食感がクセになる。
(それにしても…)
ちょっとした騒動を引き起こし、ダン爺さんやリーニャと知り合う切っ掛けとなったこの大剣の名称、初代武蔵といい魔装”カラクリ”といい…丘ドワーフの文化モチーフは和風なのだろうか?
転生者である俺にも、どこか馴染み深いと感じさせるモノが多い。
(まさかこの世界で緑茶が飲めるとは思わなかったぜ…)
スッキリとしたハーブティーの爽やかな苦味に、どこか懐かしさと安心感を覚えつつ、俺は二枚目のクッキーに手を伸ばした。
「ふぃ~……。 よーし、グレン! 取り敢えず使える程度には部屋を片付いておいたけぇ。 後はお前さんの好きなようにしちまって構わねぇぞ! 給料で新しい家具を買って持ち込むもよし、壁をぶち抜くような改造じゃなかったら壁紙なんかも好きにしちまって構わんからの」
「凄っげぇ…! と、こんなに立派な個室。 本当に俺が使わせて貰っていいのかよ…? 」
「おうよっ! そもそもココはいくつかある物置部屋の一つだったんじゃが、コレを良い機会に少し不用品なんかを整理してやろうと思ってな。 なにかと娘がうるさいんじゃよ。 物を減らせ~減らせ~ってのぉ」
「娘がなんだって~? お父さん…? 」
「ぎょぇっ!? お、お前……! 風呂からもう出とったのか…! 」
帰宅して早々に訓練場でかいた汗を流しに行っていたリーニャが、ほのかに甘い香りを携えながら俺達の様子を覗きに来た。
「グレン、お風呂場空いたから。 荷解きが終わったら貴方も入ってきなさいよ」
「おお! そうじゃそうじゃ! 我が家の風呂はワシのお手製じゃけ、一日の疲れがたちまち吹き飛ぶぞい! 」
「ん? 家主を差し置いて、俺が先に入っちまっていいのか? 」
「ええ。 どうせお父さんは夜中までカラクリやらなんやらを弄りまわしてて、オイル臭くなっちゃうんだから後回しでいいのよ」
「ガハハッ! ワシゃぁ朝風呂派じゃけ」
「な、成程な。 なら、お言葉に甘えさせてもらうぜ」
荷物、といっても。
俺が所有する事になった初代武蔵と。
チビ達からのプレゼントである、あいつ等の宝物の詰まった小袋。
ミアさんが譲ってくれた、彼女が日頃から愛用していた肩掛け毛布。
そして、親父さんの愛読書であった本が二冊と。
大荷物というわけでもなかったので、早々に荷解きを終えた俺は早速ダン爺さんの力作だというボンデ家自慢の風呂場へと向かった。
「す、スゲぇ…」
一人で入るには十分過ぎる巨大なお風呂場。
もはや、大浴場といっても過言ではないスケールのモノだ。
(お、おお…! この風呂にお湯が流れ出る仕組み、シャワーみてぇなコレも…! 全部、魔装カラクリによるものなのか…? 便利過ぎるだろ…! )
北方の技師、丘ドワーフ。
恐るべき技術力である。
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