第6話 山岳の迷い子(前)
ボンデ武具店の居候となり早くも一週間が過ぎた。
週の半ばに初めて参加した都市内部での見回り任務も、先輩であるドワーフのオジサン達が巡回ルートやトラブルに遭遇した際の対応などを丁寧に説明してくれたのでこれから問題なくやっていけそうである。
とはいえ。
やはり、俺が警守衛隊の総隊長たるリーニャの家に厄介になっている件は先輩達も大変気になっているようで。
休憩時間ともなればボンデ武具店での生活やリーニャとの関係について質問攻めにされるのだった。
ダン爺さんの話を聞く限り、リーニャと俺の年齢は思いのほか近い事もあって自称ライバルとはいわれていたが、家の中での彼女とのやりとりは孤児院の兄妹達とのものとそう違いはない。
何故か、オジサン連中からは総隊長を泣かす事だけは許さんぞと釘を刺されたのだが、もとより色々と環境を整えてもらった恩人である彼女に恩を仇で返すようなマネはしない。
さて。
バンダス山岳の攻略…もとい、最大の目的である
現状、最初のステップとして雑魚敵に分類される弱小な魔物相手に立ち回りの基本を学びながら安全に経験値を稼ぎ、同時にスキルの強化を図っていた。
模擬戦の際に使用したスキル…縮地一刀をリーニャに避けられた事が良いきっかけとなり、既に習得済みであるスキルも精度向上や工夫が必要だと感じたのだ。
雑魚敵相手であればステータスの関係上、身心ともに余裕を持って戦える為、スキルの修練にはもってこいである。
新しい事を試して多少の失敗をしたところで致命的な事態には早々つながらない為。
イージーな戦闘が暫くは続く事になるが、今の時期は雑魚狩りに専念し基礎力を強化するのが最適だろう。
◇◆◇
萌黄色のドロリとした粘液がグニャグニャと形を変え、液状の肉体に浮かぶ核が時折り赤く発光する。
序盤の敵として定番中の定番であるスライムも、こうして実際に目にするとなかなかグロテスクな見た目をしていた。
俺が今対峙しているのは、スライム種の中でも最も低レベルな魔物であるグリーンスライムの群れ。
こいつらにも個体差があるのか、お尻に敷くクッション程度の大きさのモノから一人掛けのソファーくらいの大きさのモノまでサイズ感に結構なバラつきがある。
「……! 」
スライムのコアが一際強い輝きを放つと、自身の粘液を弾丸へと変えて発射する”スライミーポイント<無撃>”が俺を襲う。
速度は目で追えるレベルでホーミング性能はなく、かつ緩やかな降下を伴い向かってくる粘液弾を躱すのは容易い。
(っと、なるほどな……! やっぱ、回避した粘液弾は地面に粘液溜まりを残すってわけか…。 コイツは注意しておかねぇと)
本来、グリーンスライム程度の魔物であれば、今の俺の実力でも相手が仕掛けてくる前に一撃で討伐してしまえるのだが。
あえて、何かしらの行動を起こさせる事で敵スキルの軌道や発生速度を探っていた。
フエーナルクエストに登場する魔物は、同じ系統の魔物であれば種類が違えど同じスキルを使ってくる事が度々ある為。
敵の種類やレベルによって威力などに差異は生じるであろうが、低レベルの魔物相手に基本的なスキルの動きを事前に学んでおいて損はないのだ。
一体のグリーンスライムがスライミーポイントを放ったのを皮切りに、俺を取り囲む残りのグリーンスライム達のコアが次々と輝き出す。
(おっと…! スキルも一つ見れたし、こいつらはもう片付けちまうか…! )
武装封包が解かれた初代武蔵を素早く天に掲げ、闘気を纏わせる。
(武技解放…! )
武器を用いたスキルでありながら、
体を軸に、周囲をぐるりと一周薙ぎ払うようにして大剣を振り回せば。
闘気によってつくられし不可視の刃…風刃と、魔力によってつくられし炎刃、二種の飛刀が全方位へと飛び交い、俺を包囲していたグリーンスライム達の弱点であるコアもろとも次々に引き裂き焼き切っていく。
火属性による攻撃を受けた事で、本来スライミーポイントやグリーンスライムの残骸によって残される筈の粘液溜まりが余すことなく焼き尽くされていた。
炎で粘液が消せるという点は原作と変わらず、通常のスライム相手には火属性という認識で良さそうだ。
色々と工夫はしてみたのだが。
スキルの使用にはゲーム内でキャラクターが行っていたような独自のモーションが発動のキーとなっているのか、多少の簡略化こそ出来るものの武器を掲げる・スキル独自の構えを取るといった動きの大半は今のところ省略出来ない。
出来る事なら、無駄な動きはせずにすぐさまスキルを放ちたいのだが。
(…っても、敵のスキルもゲーム内で見てきたアニメーションと同じ動き、予備動作から発動しているし。 こればっかしはどうにもならねぇのかもな…)
そもそも、ここは魔物から武器や防具などがドロップする世界だ。
武具で身を固めた人などを丸呑みに出来るような大型の魔物からドロップするならまだ分かるが、膝元にも届かないような小さな魔物ですらごく稀に剣や鎧を落とすのだから、不自然に感じる点は現実となったフエーナルクエストの世界、ゲームの世界ならではの仕様だと考えるしかあるまい。
「おっと、コイツは持ち帰っておくか…」
詳しい仕組みは分からないが、ドロップしたアイテムは手を付けずに一時間程その場に放置すると跡形もなく消滅するので、目ぼしい品が落ちたら忘れずに回収しなければならない。
グリーンスライムの群れが落とした短剣を拾い、梱包用の皮布でくるみアイテム回収の為に持ち歩いている大袋に放り込む。
ぱっと見た感じでは、あの短剣に目立った特殊効果はなさそうだったが。
刀身に蔦のように走るエメラルドグリーンの装飾が美しく、美術品として売れそうだったので持ち帰る事に決めた。
ドロップアイテムを売りさばかずとも、ありがたい事に生活するお金には困っていないが。
警守衛隊の給料は消耗品の購入や。
ダン爺さんは当初、同じ家に暮らすのだから必要ないと言ってくれたものの、俺がどうしても支払いたいと申し出た自身の食費、生活用品の支払いに使っている為。
ドロップの品を売却して手にしたお金、コレを貯金しておき。
旅に送り出してくれた家族と、ボンデ武具店の親子に何時か贈り物をしようと考えていた。
親父さんやダン爺さんの人柄を考えると、貯金したお金をそのまま渡そうとしたところで受け取ってはもらえそうにないので、みんなに喜んでもらえるような感謝の品を俺なりに考えておかなくてはならない。
(うし…。 ここいらで一旦休憩にするか)
「いただきます」
手近な切り株に腰を下ろし、リーニャが朝早くからこしらえてくれた手作り弁当を膝の上で広げる。
修行に行く度に毎回弁当を作ってもらうのも悪いと思い、修行中の飯は適当な店で買って済ませると提案したのだが。
「わ、私のお弁当のついでに作ってるんだから、他所で買わなくったっていいのっ! ライバルの体調管理もライバルの勤めなんだからっ! 」
と、またもや謎の持論で押し切られてしまったので、ありがたく美味しいお弁当を頂いている。
「…………? 」
食事中ふと、視線を感じ弁当箱から顔を上げれば。
いつの間にそこにいたのか。
下部へ向かうにつれ桃色に色付いていく白地の小袖を羽織った、まだあどけない少女が俺の座る切り株から少し離れた場所にぽつんと一人で佇んでいた。
(子供……? なんだってこんな場所に…? )
白銀の髪を指で弄りながら、じっ…と木の影より此方を窺っていた少女と俺の視線がぶつかる。
”山岳の迷い子”。
不思議な少女と、俺の奇妙な関係はこの日からはじまった。
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