第3話 俺が欲しいのは大剣であって、断じてフラグではない(前)
鉄筋コンクリートのビル群を彷彿とさせる四角い外観の建物が、整然と建ち並ぶこの場所こそ山の裾野に広がる大都市バンダスランダだ。
この地域一帯は北方の技師と呼ばれる丘ドワーフが中心になり発展してきた事もあり、一見シンプルな造りに見える建築物もその内部には魔鉱石を加工した魔装カラクリがガッチリと張り巡らされている。
上下巻に分かれて発売された設定資料集の知識を引っ張り出せば、建物に隠された仕組み…魔装カラクリの類は隣接するバンダス山岳を経由し度々侵入してくる魔物を迎え撃つ為の策として機能している筈だ。
本音を言えば長旅の疲れを宿で癒したいところだが、交通費を差し引き残された旅の資金は俺がこれから行う修行には欠かせない武器の調達に当てなければならない。
一応、グレンは魔王の血の力によって創り出されたオリジンウェポン”魔剣バルフリート”という大剣を後々手にする事になるのだが。
心身ともにまだ鍛え上げてもいない未熟な状態の俺が無闇に魔王の力を引き出せば、どんな惨事が起こるとも知れない。
ここは安全に、武具屋にて手頃な大剣を購入したほうがよいだろう。
フエーナルクエストに登場する武器や防具の入手経路は大まかに分けると三パターンあり。
最も簡単な方法は、冒険の道中に立ち寄る町などで販売されている店売り品の購入。
次に、所謂ハックアンドスラッシュ要素。
魔物を倒す事で時たま、ランダムな特殊効果が付与された武具がドロップするので、こういった装備を収集していき最強のパーティを目指すのもフエーナルクエストの醍醐味の一つだった。
最後に、俺の魔剣や勇者の聖剣のようなストーリーの進行で手に入る特別枠の装備が幾つか存在している。
今は一先ず、素手というわけにもいかないので店売りの大剣からスタートし、より強力な武器がドロップしたらそれに持ち替えていこうと考えていた。
(武器を確保出来たら、何か食い扶ちをみつけねぇとな…)
仕事が見つからないまま資金が底を尽きれば最悪、山に籠り切ってのサバイバル生活となってしまう。
(この体なら、二年間くらい山籠もりしていても問題はなさそうだが……)
邪竜の特性たる自己回復能力に加えて、状態異常回復魔法である”清き聖風の舞”を”何故か”習得していた俺は、ちょっとやそっとの傷や汚れであれば修復、浄化する事が出来る。
とはいえ、体の方が何とかなりそうだからといって精神的に持つかどうかはまた別問題なので、山籠もりルートは出来る限り避けたい未来である。
(しかし…何で俺が、清き聖風の舞を使えるんだろうな)
原作のグレンは大剣を用いたスキルと攻撃魔法を中心に覚えるアタッカーだ、カテゴリーとしては光の魔法に属する清き聖風の舞など通常のプレイでは絶対に使えるようにはならない。
例外として、”霊力の真宝玉”と呼ばれる魔法やスキルの習得条件を無視して任意のキャラクターに強制的に覚えさせることが出来る希少なアイテムを使えば不可能ではないのだが…俺の記憶の中に、転生してから今に至るまでそんな激レアアイテムを入手し使用した覚えはなかった。
(まあ、使えるに越したことはないんだが…)
浄化の魔法が使えるおかげで冬場の水浴びを嫌がるチビ達を清潔に保つことも出来たのだし、今のところ俺にとってもプラスでしかない。
そういえば…。
チビ達を綺麗にするついでに俺はミアさんや親父さんにも寒さが厳しくなる冬の間は魔法を使っていたのだが…その際、ちょっとしたトラブルがあった事を思い出した。
清き聖風の舞は着衣状態でも体の汚れが落とせる便利仕様であり、事前にその事については説明していた筈なのだが…ミアさんは度々、俺の前で服を脱ごうとしてしまい、慌てて止めた記憶がある。
彼女は家族の中で皆のお姉さん的な立ち位置だったのだが、案外おっちょこちょいだったのかもしれない…。
◇◆◇
さて。
ここにきて、俺は一つ困ったことに気付いてしまった。
バンダスランダ、俺が今いるこの土地。
このマップに関する情報が…完全に不足していた。
(失念してたぜ…)
修行の場に選んだバンダス山岳、この山岳自体はゲーム内でも登場するのだが。
その麓に広がる都市、バンダスランダはロード画面に添えられたテキストにより補足される程度で実際に勇者達が立ち寄る事はなく、丘ドワーフや魔装カラクリといった知識も別売りである資料集を読んでいなければ知りえなかったものだ。
つまりは、前世の知識を持つ俺でもこの都市に関する情報はそう多く持ち合わせていなかったのだ。
そもそもバンダス山岳自体が、フエーナルクエストのストーリーを進行する上では立ち寄らなくてもいいマップであり…位置づけとしては豊富な魔物が登場するレベリングや武具を収集する為のエリアとなっていた。
攻略本に付随するコマンドコードを打ち込むことで山を統べる地竜の元に転送されドラゴンウェポンを貰えるという隠し要素もあるのだが、物語自体に大きく関わってくるようなイベントが起こる場所ではない故に、周辺の都市などはテキストによる紹介で匂わせる程度で済まされていたのだろう。
「………む? 」
(なんだ、ありゃ…? )
記憶に頼れないのなら地道に足を使うしかないと。
ぶらぶらと辺りを散策していた俺の目に、馬鹿みたいにデカく…そして武骨。
さながら石碑の様に鎮座、もとい大地に突き刺さる大剣が映った。
「おおう? なんだい
「ん…? ああ、すまねぇ…勝手に触っちまって」
無意識に握り締めていた大剣の柄を離し、俺は話し掛けてきたドワーフの爺さんに視線を向けた。
「カッカッカ! そう慌てずともよいよい、どうせこの剣は置物と変わらんのじゃけ。 それより、もしも武器が入用ならそこにあるワシの武具屋を見ていかんかの? 」
「む、爺さんは武具屋をやっているのか」
「そうじゃ! ボンデ武具店と言ってな。 ここいらではそれなりに名の知れた店なのじゃよ」
初対面である爺さんの話を鵜呑みには出来ないが、せっかくの誘いを無下にする理由もない。
「それじゃ、せっかくだし。 今から少し覗かせてもらうぜ」
どうにも。
ふと視界に入ってきたこの大剣が気になって仕方がないのだが、地面に突き刺さっている物とはいえ勝手に待ち去るわけにもいかない。
(ダンジョンならともかく、流石に街中にある物を勝手に取ってったらマズいだろうしな…)
「カカッ、お主もやはりソイツが気になるか! まあ、そのデカ物…大剣は今となっちゃぁこの都市の観光名所みたいなものじゃて。 引き抜こうとする者は後を絶たぬが、少しでも動いた試しはないわい」
「そうなのか…? さっき握った感じじゃ、意外と簡単に引き抜けそうだったんだが…」
「ガハハッ! どれ。 そう言うなら物は試しじゃ、思い切り引っ張って――
「いいのか? ……ふんッ! 」
「…………」
「…………ぬ、抜けちまったぞ爺さん」
「な、なんと……! コイツぁ、たまげた…」
大剣は地面を捲り上げ、あっさりと引き抜かれた。
呆然とする俺と、ドワーフの爺さん。
周りには騒ぎを聞きつけ、既に人だかりが出来始めていた。
「何という怪力だ…! 」
「きっと、彼は地竜様の使いなのよ…! 」
「……! 」
「……」
(おいおい、どうすんだコレ…! 今更地面に戻したところで……意味、ねぇよな…)
引き抜いてしまった以上はどうすることも出来ず。
片手で大剣を持ち上げたまま、この見知らぬ土地で唯一接点があるドワーフの爺さんに助けてくれと視線を送る俺であった。
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