第2話 友人キャラの朝は早い(後)

 想定外の事態だ。


 俺の計画では起床したら早々に孤児院を去り、修行の地として選んだバンダス山岳……通称”地竜が統べし山”へと向かう予定であった。


 チビ共が起きるのは日頃から俺やミアさんより遅く、ミアさんに関しては親父さんを介してだが事前に旅に出る話を伝えていたので何も問題は起きないだろうと踏んでいたのだが。


「今日から俺が修行の旅に出る事は聞いていた筈だが…」


「ええ、しっかりと父から聞かされています。 だからこそ、こうして止めに来たのです」


「ミア…。 引き留めてくれんのは、その…嬉しいが。 俺はどうしても旅に出なくちゃならねぇんだ」


「何故そんなにも旅にこだわるのです? 私を、家族を、置き去りにしてまで行く必要があるのですか…? 」


 普段の柔和な表情とは違い、思い詰めた様子のミアさんを前に心が揺れる。


 が、ここで尻込みするわけにはいかない。


 俺が勇者と合流せず、万が一でも邪悪な存在に世界が支配されるような事があってはならないからだ。


(っても、それをどう彼女に説明する? この先、邪神と魔王が世界を脅かし、その危機を救う勇者を俺は支えなくちゃならねぇ、とか言えるわけねーしな…)


「グレン、何故黙っているのです……? 私達はもう、貴方にとって過去の存在なのですか…! 」


「それは…! 違うッ」


「なら…!! 」


「だが、俺は…俺は、旅立たなくてはならねぇ。 例え今回、旅立つのを先延ばしにしても。 近い将来必ず旅立つ時がくる…」


「なぜ…何故そう言い切れるのです…! 私達は約束した筈です、例え血の繋がりはなくても家族として共に生きていこうと……何処にもいかないでください…! 私を置いていかないでっ……! 」


「ミア…」


 目の前で涙を流されてはじめて。


 本当の意味で彼女に、家族であるミアと向き合えた気がした。


(クソっ! )


 俺は何してんだ。


 ゲームの知識を持ったまま転生した俺はこの先に起こる事、未来にばかり目を向けていた。


 今を共に生き、今まで共に歩んだ家族を…家族の気持ちを、俺は何も分かっちゃいなかった。


 いや、考えようとしていなかったんだ。


 知識が先行し、自分が記憶したゲームの流れに気を取られ、周囲との意識の乖離に気付いていない。


 今の俺は、突然修行だのなんだといって碌に説明もしないまま旅立とうとしていた。


 家族を泣かしたまま旅に出る。


(そんなんでいいわけねぇ…)


 固まっていた頭をフル回転させる。


 未来ゲーム知識をただ伝えて納得してもらおうと考えたからややこしくなるんだ。


 この世界に合わせて、旅の理由を落とし込む。


 最適な答えは、未来の友人……勇者の旅立ちの言葉に隠されていた。


(勇者……お前の文言、使わせてもらうぜ)


「俺は、神託を受けたんだ」


「……! 」


「言っても信じてもらえねぇ、そう思ってた……。 この先、訪れる試練。 大いなる脅威から皆を、家族を護る為には旅に出なくちゃなんねぇんだ」


 正直、自分でも何を言ってるんだコイツはと思うのだが。


 神や邪神が存在し争うようなこの世界だからこそ、神託という言葉は旅出の理由として最適だった。


(我らが勇者様も、生まれ故郷の村を離れる時泣きじゃくる幼馴染に神託の話をしていたしな…! )


「グレン……何故もっと早く話してくれなかったのですか…? 貴方の言葉を、私が、私達が疑うわけないじゃないですか……」


「兄ちゃん!! 」


「にいちゃっ……! 」


 バンッという音と共に、部屋に流れ込んでくるチビ達。


「お前ら…どうして…」


「あたち…ミアの泣き声、聞いた」


「ボクも」


「わたしも! 」


「兄ちゃん居なくなっちゃヤダ! 」


「行かないで…! 」


「皆……」


 チビ達の泣き顔は想像よりもずっと俺の心を揺さぶった。


 もしも。


 もしも今日、予定通りに事が運びチビ達が寝ている間に俺が居なくなっていたら……。


 それはなんて残酷な行動だったんだろう。


(ほんと、バカだったぜ…俺は)


 顔を合わせない方がいい。


 そうやって別れを”避けていた”のは俺自身だった。


「グレンくん……ものは相談なんだが、旅立ちを一日ずらしてはどうかね? 今日は家族みんなで話をしよう。 僕達の間に、やっぱり隠し事は似合わない…そうだろう? 」


「親父さん……。 ああ、そうだ…そうだった」





「すまねぇ皆…!! 今更だが、兄ちゃんの話を…聞いてくれるか? 」




 ◇◆◇




 俺の旅立ちは想像していたようなスマートなものでは全くなかった。


 でも、それでいい。


 それがいい。


 全てを話せたわけじゃない、だが神託という形で旅立つ理由……そして必ず家族の元に戻るという思いを、決意を言葉として伝えることが出来た。


「それでも私は…貴方をただ待っているだけなんてできないです。 グレン、覚悟していて下さい…必ず――」


 ミアさんが残した意味深な呟きが少し……いや、結構気になるが後半はチビ達の声にかき消されて聞き取れなかったし、あまり深く考え込んでも仕方がないだろう。







 生活費の中から親父さんが工面してくれた貴重な旅の資金を使い。


 俺はバンダス山岳の麓に広がる巨大都市”バンダスランダ”へ向かう馬車に揺られている。


(何時か何倍にもして親父さん達に恩返しをしねぇとな…)


 見慣れた街並みから徐々に移り行く景色を眺める。


 この身に流れる魔王の血、邪神の脅威……その全てを打ち破って家族を、勇者を、この世界を。


(必ず救ってみせる)


 大それた夢。


 それを可能にする力……その才覚を、役割ロールを、俺は手にしているのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る