出発

 最終試験の翌日。部屋の窓から数人の候補生が、マイクロバスに乗る姿を僕は眠気の残るまぶたで見つめていた。宿舎に残ったのは僕とあの棚橋さんだった。


 当初は僕のみを合格者にするつもりだったらしい。最終試験の合否の時、彼女が訴え出たのだ。数年前、彼女の姉が面接に合格したまま、帰ってこなかったことを知ったという。これが、ここにきた彼女の本来の目的だった。姉を探していたのだ。


 すぐに僕と彼女は、実験の責任者の元へと案内された。

 女試験官は、白衣姿の男性に声をかけた。見るからに科学者の目だった。彼は僕を見るなり、

「ほぉ、今回の被験者は若いですね。で、そちらの女性は?」

 彼女が睨みつけた顔で、科学者の男を見つめていた。

「きみは……? もしや?」

 女試験官が、

「棚橋ツグミさんの妹さんで」

「そうか、ツグミさんの」

「あの、姉をご存知なんですか? あ、あのぉ」

 試験官が男に掌を向け、

「ご紹介します。この方は実験プロジェクトの総責任者、シライモトフジ博士です。そして」

 今度は僕らに掌をむけ、

「戸岐原龍美さんと棚橋千奈美さんになります」

「千奈美さん、私としても申し訳なく思っている」

 シライ博士は、腰をかがめるほど深くお辞儀を彼女にした。

「どういうことなんですか?」

「君たちは20年前の実情を少なくともの当たりにしているはずだ」

 20年前---

 東京オリンピックが開催予定だった年だ。


「すでにスタンバイはできている」

「できている?」

 僕のはるか前方に巨大なまでの円筒物が見えた。

「これは?」

「試作機だがタイムマシンだ!」

「タイムマシン!? じゃ、じゃあ被験者というのは?」

「そうだ。しかし、これはまだ試作段階だ。それにひとり専用機になる」

「お姉ちゃんが乗ったっていうのも?」

「ああ、もちろんひとりだ。だから、戸岐原くんが20年前に飛び、若いころの私に会い、重篤にある彼女を救うため、彼の実験に協力して欲しい」

「重篤……」

「お……ねぇちゃん」

 棚橋さんが半分放心していた。

「千奈美さん、しっかり。気を持つんだ! まだ望みはあるって」

 彼女に叫んだ。

「20年前、というとですよね?」

 博士はゆっくりと頷きを見せた。

 決心するしかなかった。試作段階のタイムマシンには、事故のリスクが多いことを何かのメディアで知っていたからだ。募集時の文言がこういうことだったのか、と改めてわかった。

「行きます。リスクは高いですが、千奈美さんのお姉さんを連れて戻ってきます」

「龍美さん」

 すぐさま、円筒型のタイムマシンに乗り込んだ。すでに最終試験時、VRで機器の操作を熟知していた僕には、手早く準備の手筈が整っていた。

「戸岐原さん、お姉ちゃんをどうかお願いします」

 いまにもこぼれ落ちそうな彼女の涙目に、安心させる言葉をかけた。

「きっと、連れて帰ってきます」

「しっかりな」

 シライ博士から勇気をもらうと僕は2020年7月に目標を合わせ、時空瞬間移動装置を起動させた。


つづく

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